【知的財産】東京高裁令和元年10月30日判決(公刊物未登載)

ISP事業者による自主的な取組としてのサイトブロッキングが、日本国憲法21条2項の通信の秘密の侵害に該当する可能性があることを、付言において判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)控訴人(第1審原告)は、被控訴人(第1審被告)との間で、インターネット接続サービス等を受けるために、IP通信網契約及びOCN光withフレッツ契約を締結している者である(以下、上記各契約を合せて「本件契約」という。)。
   第1審被告は、電気通信事業を営む株式会社であり、インターネット・サービス・プロバイダ事業者(以下「ISP事業者」という。)である。

(2)第1審原告は、平成23年6月25日、第1審被告との間で、本件契約を締結した。本件契約については、IP通信網サービス契約約款共通編(以下「本件約款」という。)が適用され、本件契約の内容となっている。 本件約款には、次の規定がある。
   1条  当社は、(中略)電気通信事業法(中略)に基づき、このIP通信網サービス契約約款(中略)を定め、これによりIP通信網サービス(中略)を提供します。
   4条  この約款においては、次の用語はそれぞれ次の意味で使用します。
    2   電気通信サービス 電気通信設備を使用して他人の通信を媒介すること、その他電気通信設備を他人の通信の用に供すること
    3   IP通信網 主としてデータ通信の用に供することを目的としてインターネットプロトコルにより符号、音響又は影像の伝送交換を行うための電気通信設備(後略)
    4  IP通信網サービス IP通信網を使用して行う電気通信サービス(後略)
   また、電気通信事業法には、次の規定がある。
   4条1項 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

(3)知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議は、平成30年4月13日、「インターネット上の海賊版対策に関する進め方について」と題する文書を公表し、同文書により、被害が甚大で特に悪質な海賊版サイトに関して、法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な対応としてISP事業者による自主的な取組としてのサイトブロッキング(閲覧防止措置。以下「ブロッキング」という。)を実施し得る環境を整備するため、「知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議」において、①特に悪質な海賊版サイトへのブロッキングが緊急避難(刑法37条)の要件を満たす場合には、違法性が阻却されるものと考えられること、②ブロッキングの対象として適当と考えられる特に悪質な海賊版サイトに関する考え方について、政府としての決定を行うと発表した。
   また、同会議は、同日、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」と題する文書を公表し、同文書において、「運営管理者の特定が困難であり、侵害コンテンツの削除要請すらできない海賊版サイト」として、「漫画村」、「Anitube」、「Miomio」の3サイト(以下「本件3サイト」という。)を挙げ、法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置として、民間事業者による自主的な取組として、本件3サイト及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキングを行うことが適当と考えられるとした。

(4)第1審被告は、平成30年4月23日、日本電信電話株式会社らと共に、「インターネット上の海賊版サイトに対するブロッキングの実施について」と題する文書を公表し、同文書により、同月13日に開催された知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議において決定された「インターネット上の海賊版対策に関する進め方について」に基づき、サイトブロッキングに関する法制度が整備されるまでの短期的な緊急措置として、本件3サイトに対するブロッキング(以下「本件ブロッキング」という。)を、準備が整い次第実施すると発表した。

(5)ブロッキングの手法等
 ア 通常、ユーザーがISP事業者に対して特定のウェブサイトへのアクセスを求める場合の過程は、以下のとおりである。
   すなわち、ユーザーは、インターネット・ブラウザ上で、「FQDN」(ツリー型の「DNS」(ドメイン・ネーム・システム)の階層構造において、あるホスト(ウェブサーバ等)を特定するために、当該ホストからDNSの最上位階層(トップレベルドメイン)までの全てのラベルを並べて書いたもの)等を入力する。ISP事業者は、FQDNをIPアドレス(インターネットプロトコルで定められているアドレス)に変換するために、DNSサーバを使用する。
   そして、ISP事業者のDNSサーバでFQDNからIPアドレスに変換した後に、ユーバーのインターネット・ブラウザから当該FQDNに対応するIPアドレスのウェブサーバに接続することで、ユーザーは、インターネット・ブラウザ上において当該ウェブサーバから入手可能なコンテンツを閲覧することができる。
 イ 本件ブロッキングを実施する場合の手法は、以下のとおりである。
   すなわち、ISP事業者である第1審被告は、事前に自身のDNSサーバの設定を変更し、ユーザーから、FQDNをそれに対応するIPアドレスに変換するリクエストがあった場合に、当該IPアドレスのウェブサーバに接続する代わりに、当該サイトをブロッキングした旨のサイトへ誘導(ブロック)するか、あるいは、当該リクエストに応じる機能を無効にする。これによって、ユーザーがそのインターネット・ブラウザ上でブロッキング対象のコンテンツを閲覧することができないようにする。

(6)第1審原告は、平成30年4月26日、「別紙URL目録(略)記載のURLを宛先とする通信を妨害してはならない」との判決を求めて、本件訴訟を提起した。

(7)原判決(東京地裁平成31年3月14日判決。未公刊判例)は、第1審原告の請求は特定されている(注:第1審被告は,本案前の主張として、「妨害」という用語は多義的であり、請求の趣旨が特定されていないと主張していた。)として却下はしなかったが、差止めの必要性が認められないとして請求を棄却した。
   なお、原審において、第1審原告は、差止めの根拠に関し、以下のとおり主張した。
 ア 第1審被告は、本件約款1条及び4条に基づき、第1審原告に対し、電気通信設備を第1審原告の通信の用に供して第1審原告が行う通信を媒介する債務を負っているところ、本件ブロッキングは一部の通信の媒介を行わないことであって、本件約款1条及び4条に反するものである。 したがって、第1審原告は、第1審被告に対し、本件約款1条及び4条に基づき、第1審被告が第1審原告に対して本件契約(本件約款1条及び4条)に基づき負っている債務の履行請求として、本件ブロッキングの差止めを求めることができる。
 イ 第1審被告は、電気通信事業者として、電気通信業務(電気通信事業法2条6号)を提供しており、第1審被告が提供する電気通信サービスは、当然ながら電気通信事業法に適合する電気通信役務(同法2条3号)として提供されるのであって、同法を遵守した役務が提供されることは、本件契約の債務の本旨となっている。
   ところが、被告が本件ブロッキングを実施しようとすれば、対象通信か否かの確認をするために顧客が行う全通信を知得しなければならず、通信の秘密は侵してはならない旨を定めた電気通信事業法4条1項に反することになり、本件契約の債務の本旨に反することになる。
   したがって、第1審原告は、第1審被告に対し、被告が原告に対して本件契約(本件約款1条及び4条)に基づき負っている債務の履行請求として、本件ブロッキングの差止めを求めることができる。
 ウ 通信の秘密は、憲法21条により、憲法上の基本的人権として保護されるべきものであり、民間事業者である第1審被告に対しても、人格権又は人格的利益として保護されるべきものである。 したがって、第1審原告は、第1審被告に対し、憲法21条を根拠とする人格権又は人格的利益に基づく妨害予防請求権を有しており、上記人格権又は人格的利益に基づき、本件ブロッキングの差止めを求めることができる。


【争点】

(1)控訴人(第1審原告)の被控訴人(第1審被告)に対する本件ブロッキングの差止請求が認められるか否か
(2)仮に、差止めの必要性が認められないとして原告の請求が棄却されるとしても、本件訴訟は「権利の伸張若しくは防御に必要であった行為」(民事訴訟法62条)であったとして、訴訟費用については被告の負担とすべきか否か


【裁判所の判断】

   裁判所は、原判決の理由を引用して、控訴人(第1審原告)の請求は理由がないものと判断したが、訴訟費用の負担に関して、以下のとおり付言した。
   「本件ブロッキングを実施した場合には、第1審被告によりユーザーの全通信内容(アクセス先)の検知行為が実行され、このことが日本国憲法21条2項の通信の秘密の侵害に該当する可能性があることは、第1審原告が指摘するとおりである。児童ポルノ事案のように、被害児童の心に取り返しのつかない大きな傷を与えるという日本国憲法13条の個人の尊厳、幸福追求の権利にかかわる問題と異なり、著作権のように、逸失利益という日本国憲法29条の財産権(財産上の被害)の問題にとどまる本件のような問題は、通信の秘密を制限するには、より慎重な検討が求められるところではある(以下略)。」

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