控訴人(1審原告)の供述は信用できないとして、被控訴人(1審被告)による本件店舗の設置や保存に瑕疵があったとはいえないと判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)控訴人(1審原告)は、昭和44年生の女性である。
被控訴人(1審被告)は、食料品、衣料品等の販売等を目的とする株式会社である。被控訴人は、福岡県○○所在の建物(以下「本件店舗」という。)において、スーパーマーケットを経営している。
(2)平成26年10月9日、本件店舗付近において降雨はなかった。本件店舗においては年1度の創業感謝祭が開催されており、店内は普段より混み合っている状態であった。
控訴人は、同日夕方、ジーンズを着用しゴム草履を履いて、内縁の夫であるA及び同人の母と共に本件店舗を訪れた。Aとその母は、控訴人がレジに並んだ後、先に本件店舗を出て駐車してある自動車に戻った。
控訴人は、同日午後4時38分に精算を済ませたが、その後、本件店舗の従業員に対して店内で転倒した旨申告した。当日本件店舗で勤務していたBは、同従業員から呼び出されてその後の対応を任されたところ、Bが到着した際、控訴人は、サッカー台と北側出入口の間の窓際に設置されている製氷機(以下「本件製氷機」という。)の付近に立っており、転倒した旨を申告するとともに駐車場にいるAを呼ぶように求めた。Bは、駐車場にAを呼びに行き、Aと共に本件店舗内に戻ったところ、Aから本件製氷機付近にマットが敷かれていないことから控訴人が滑って転倒した旨を言われて、謝罪した。
本件製氷機はその機能上水漏れが発生しない製品であったが、Bは、控訴人及びAからの申告を受けて、本件製氷機の周辺の床の状況を確認した。しかし、水漏れは確認できず、したがって、被控訴人において、本件当日、本件店舗の床の乾拭き清掃等を指示したこともなかった。また、控訴人らの他に、床が濡れていることを指摘した者や、転倒した者はいなかった。
(3)控訴人は、平成26年10月9日から平成28年11月11日まで、C病院、D整形外科、E整形外科等に入通院して治療を受けた。
【争点】
(1)本件店舗に設置・保存の瑕疵があったか
(2)本件店舗の設置・保存の瑕疵により被控訴人が被った損害及び額
(3)過失相殺の当否
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、1審(福岡地裁小倉支部平成30年9月18日判決)は、本件店舗内を歩行中に足を滑らせてその場に転倒した(以下「本件転倒事故」という。)という原告の主張を認めず、仮に本件転倒事故が発生したとしても、被告による本件店舗の設置・保存に瑕疵があったと認めることができないとして、原告の請求(請求額1,844万9,889円)を棄却した。
【裁判所の判断】
(1)本件店舗に設置・保存の瑕疵があったか
ア 控訴人は、本件当日の状況について、以下のとおり、供述する。
・饅頭と焼酎の精算後に本件製氷機の前を通って北側出入口に向かったが、複数の女性がたばこの自動販売機の前で立ち話をして行く手を塞いでいたため、青果非冷什器の前を通って迂回して出入口に向かおうとした。
・そのとき買い忘れに気付いて売り場の方へ戻ろうと方向転換したところ臀部をつく形で転倒した。
・下半身にはジーパンを着用していたが下着までびしょびしょになるくらいに濡れた。
・右手を床について立ち上がろうとしたが立ち上がれずにいたところ、しばらくして転院に呼ばれたAが駆け付けて抱き起こしてくれた。
・Aから本件製氷機から水が漏れておりマットも敷かれていないため床が濡れていると指摘され、別紙「控訴人の主張」(略)の点線で囲った部分の床全体に見てわかる程度の水が流れ、浅い水溜まりのようになっているのに気づき、水で滑って転倒したのだと分かった。
・控訴人は当時ゴム草履を履いていたが、そのときまで右手を床についたときも床が濡れていることに気づかなかった。
・店員はAの指摘を受けて慌てて床を拭いていた。
イ しかしながら、本件製氷機は当時故障しておらず(注:控訴人において、本件製氷機について点検を行ったが、故障や不具合は見当たらなかった。)、仮にこの点を措いて本件製氷機から水が漏れていたとしても、控訴人が供述等するような態様で広範囲の床面に水が溜まることはあり得ない(注:被控訴人は、平成30年5月8日、本件店舗において、本件製氷機の正面から1.5Lの水を滴下させる実験を行ったところ、水の一部は時間の経過とともにタイル下に浸潤し、床の表面においては製氷機前1m四方より広がることはなく、本件製氷機の正面1.33mの位置にある商品陳列棚の位置まで達することはなかった。)。
ウ また、控訴人は、本件製氷機からは別紙「控訴人の主張」(略)のとおり広範囲に浅い水溜まりができるほどに水が漏れており、転倒によって控訴人の下半身は下着までびしょびしょになるほど濡れたという一方、転倒前に薄いゴム草履を履いて本件製氷機の前を歩いていたときにも、転倒後に立ち上がろうと床に手をついたときにも、本件製氷機からの水漏れや床面の水溜まりには気付かず、しばらくして来たAの指摘によって初めて気付いたというが、実際に本件製氷機からの水漏れによって水溜まりが生じていたとすれば、控訴人がこれに気づかなかったというのは考え難いことであり、上記供述等は著しく不自然、不合理である。
エ 加えて、当時、本件店舗内は日頃より多くの客で混み合っていたのであるから、控訴人が供述等するように広範囲の床面に水が溜まった状態であるならば、控訴人が通りかかる前に、床面の状態に気づいた他の客がその旨通報指摘するなどして、本件店舗の従業員が直ちに本件製氷機前などへの客の立入りを規制し、速やかに床の乾拭き清掃の作業等を行ったであろうと考えられる。
しかるに、本件では、控訴人及びAの他に床が濡れていることを指摘した者や転倒した者はおらず、本件店舗の従業員らにおいて床の乾拭き清掃等をした事実もなかったし、控訴人やAの供述等の他に、本件製氷機から水が漏れていたことや床が濡れていたことを裏付ける証拠もない。
オ したがって、上記控訴人の供述は信用できず、当時、本件店舗において本件製氷機の故障により床が濡れて滑りやすい状態であったとは認めるに足りない。
カ そして、
・被控訴人は、本件のわずか2週間前に、本件店舗の床に滑りにくいコーティング剤を塗布した(注:被控訴人は、平成26年9月21日ないし同月26日にかけて、本件店舗の床にセラミック計コーティング剤「○○」を塗布する工事を行った。「○○」は、ワックスやセラミックタイルと比べて乾湿いずれの状態でも滑り抵抗係数が高く、濡れた状態でも東京都福祉のまちづくり条例施設整備マニュアルが示した日本建築学会の推奨値を満たしている。)ばかりであって、本件当時その塗膜の摩耗や、劣化はおよそ生じていない状態であったこと
・本件から数年経過後の測定結果でも、本件店舗の床は湿潤状態でも安全性を満たすものと評価されたこと(注:一般財団法人Pは、平成30年4月18日、本件店舗の床の滑り性について測定した結果、湿潤状態であっても安全基準を満たしていると評価した。)
・本件製氷機からの水漏れ以外の原因により本件店舗の床が滑りやすい状態にあった等というような事情も証拠上窺えないこと
から、被控訴人による本件店舗の設置や保存に瑕疵があったとはいえない。
(2)結論
以上の次第で、その余の点に判断するまでもなく控訴人の請求は理由がなく棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない(控訴棄却)。