【交通事故】大阪高裁平成31年1月22日判決(自保ジャーナル2042号16頁)

医学的には半月板の損傷が自然治癒することは殆どないとされていることから、右膝内側半月板損傷の機能障害に関し、後遺障害等級第12級相当の損害を認定した事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
 ア 発生日時 平成27年8月7日午前11時36分頃
 イ 発生場所 京都府市宇治市内の道路(以下「本件道路」という。)
 ウ 甲車両  1審原告兼反訴被告(以下「1審原告」という。)が運転する普通乗用自動車
 エ 乙自転車 1審被告兼反訴原告(以下「1審被告」という。1962年3月生)が運転する自転車
 オ 事故態様 1審原告が、甲車両を運転し、本件道路を東から西に向かって走行し、対向車と離合するため道路左側に甲車両を寄せたところ、1審被告も、その頃、同一方向に向かって本件道路左端を走行していたため、乙自転車と甲車両の左側面後部が衝突した。

(2)1審被告(本件事故当時53歳)は、a市交通局b営業所に勤務し、市バス業務を担当する地方公務員であるが、本件事故当時、主にデスクワークを担当していた。
   1審被告は、事故当日の平成27年8月7日、B病院で診察を受け、痛みのため右膝の屈曲が困難であると訴えたところ、同病院のA医師は、同日、本件事故での受傷について、「右膝挫傷」と診断した。
    1審被告は、その後、A医師の容認の下、自宅近くの接骨院で施術を受けていたが、B病院での診療の際には、右膝の違和感、階段降下時の膝崩れ、右膝屈曲時の膝の内側の痛みなどを訴えていた。そこで、A医師は、同年10月9日、MRI検査を行ったところ、右膝内側半月板損傷が疑われる所見があっため、同年10年16日、本件事故での受傷について、「右膝挫傷」に加え「右膝内側半月板損傷」と診断した。

(3)1審被告は、平成27年11月21日、B病院を受診し、マックマレー検査により内側半月板損傷を示す陽性所見が見られた。
   しかし、同年12月16に再度行われたMRI検査では、前回に認められた右膝内側半月板損傷が改善しているとの所見が得られた。そして、平成28年1月27にB病院を受診した際は、右膝間接の可動域が130度であり、マックマレー検査でも右膝内側半月板損傷を示す所見が「陰性」とされた。
   しかし、1審被告は、その後も、痛みや膝崩れといった右膝の症状を訴えており、右膝関節の関節可動域(屈曲)は、平成28年2月13日が90度、同年3月11日が100度であった。

(4)A医師は、受傷から半年以上が経過しても右膝の症状が緩解せず、これ以上保存的治療をしても治療効果が得られる見込みが乏しいと判断し、平成28年4月8日に症状が固定したとする後遺障害に関する診断書を作成した。同診断書では「右膝痛、屈曲位90度を超えると痛み、階段の昇降時に膝くずれ等あり、歩行時力が入りにくい」との自覚症状があるとされ、膝関節の屈曲可動域は健側(左)の130度に対して右が90度(自動、他動とも)とされた。
   損害保険料率算出機構(事前認定)は、同年5月11日までに、1審被告には、上記診断書において診断された後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残存するものと認め、かつ、右膝関節はその可動域が健側(左膝関節)の可動域角度の4分の3以下に制限されるとの機能障害があり、右膝の神経症状は昨日障害に包摂して評価されるべきものであって、本件後遺障害は全体として等級表12級7号に該当するものと認めた。

(5)1審被告の事故前及び事故後の給与収入は、平成26年分が820万9、203円、平成27年分が830万3,904円、平成28年分が817万8,968円であった。
   1審被告は、西暦2022年3月に60歳となり、同月末をもってa市を定年退職することになるが、特段の事情がなければ同年4月1日から5年間は再任用される可能性が高い。しかし、再任用職員に支給される給与は、通常、定年前支給額の半額程度となる。


 【争点】

(1)事故態様、当事者双方の過失の有無及び割合
(2)1審被告の損害(反訴)
 ア 1審被告の後遺障害
 イ 逸失利益
 ウ 慰謝料
   以下、上記についての裁判所の判断を示す(注:1審原告の損害(本訴)に関しては、原判決・本判決とも、甲車両の修理費5万3,028円を認めた。)。


   なお、上記(2)についての1審(京都地裁平成30年6月14日判決)の判断は、以下のとおりである。
 ア 1審被告の後遺障害
   事前認定おいて、右膝の関節機能障害について12級7号該当とされた。しかし、①右膝の半月板損傷は改善していて、器質的変化が残存したとはいえない(平成27年12月16日)。また、②関節可動域についてみても、初診時から約90度の屈曲が可能であったところ、治療期間中にいったん130度程度まで回復した後に、症状固定時の測定値90度に至ったことからすると(同年8月7日、平成28年1月27日、同年4月8日)、症状固定時の測定値をただちには採用し難い。
   そうすると、12裕7号該当は認められない。
   他方、被告の右膝の痛みの訴えは本件事故後一貫していて、かつ、MRI検査において右内側半月板損傷の可能性が認められたことを踏まえると、同症状は医学的に説明可能なものであるから、14級9「局部に神経症状を残すもの」に該当する。
 イ 逸失利益 111万7,765円
   基礎収入を平成26年(本件事故前年)の年収とし、労働能力喪失率5とした上で、今後の症状に対する慣れが期待できるから、労度能力喪失期間3年間(対応するライプニッツ係数は2.7232である。)と定める。
 ウ 慰謝料
  a)通院慰謝料    90万円
  b)後遺障害慰謝料 110万円


【裁判所の判断】

(1)事故態様、当事者双方の過失の有無及び割合
 ア 甲車両は、本件道路を、東から西に向かって走行していたが、1審原告は、前方に対向車を認め、その対向車をやり過ごすため、甲車両を、本件道路左(南)の有蓋側溝に設置された電柱(以下「本件電柱」という。)手前の本件道路左寄りに停止させようとし、ブレーキをかけ、左にハンドルを切って本件電柱の手前の位置に停止した。
   1審被告は、本件道路の左寄りを乙自転車に乗って走行していたが、急に甲車両が左に寄せて来たため、道路を塞がれ、停止することもできず、乙自転車の前かご、ハンドル右側、1審被告の右膝が、甲車両の左側面後部と衝突した。
   前記の事実は、京都府E警察署の警察官が平成27年8月18日に作成した「現場の見分状況書」(注:本件事故の11日後に、1審原告と1審被告の双方が現場に立ち会い、警察官に対してした説明に基づいて作成されたもの)の記載に沿うものである(注:1審原告は、本件事故の発生状況について、乙自転車は、本件電柱を超えて東から西に進行し始めた甲車両に、本件電柱よりも西側で衝突した旨主張していた。)。
 イ 前記認定事実に照らせば、本件事故は、主に、左側を走行する乙自転車に気付かないまま、急に甲車両の進路を変更し、乙自転車の進路を塞ぐように甲車両を走行させた1審原告の過失によって発生したものと認められる。
   ただし、甲車両がブレーキをかけ、すぐに停止している事実に照らせば、甲車両はかなり低速で走行していたものと推認される。1審被告も、本件道路のような狭い道路(幅員約4.5m、その左右(南北)に幅員0.8mの有蓋側溝がある。)を走行する場合には、他の車両の動静にも気を配る必要があるから、本件事故が発生するについては、低速で後方から接近してくる甲車両に対する1審被告の注意が足りなかったことは否定できない。
 ウ 本件事故の発生に寄与した双方の過失割合は、1審原告が9割、1審被告が1と認めるのが相当である(注:原判決と同じ。)。

(2)1審被告の損害(反訴)
 ア 1審被告の後遺障害
  (注:下記イにて、本件後遺障害による労働能力喪失率14%を認めていることから、後遺障害等級12に該当すると判断したものと推認される。)
   1審原告は、平成28年1月27日の右膝関節の可動域が130度であり、マックマレー検査の結果が陰性であったことから、1審被告には客観的な医学的所見によって裏付けられるような後遺障害はないと主張する。しかし、本件事故当日から症状固定時までの検査所見や治療経過を総合考慮して、A医師が、本件後遺障害が残存すると診断し、後遺障害に関する診断書を作成している事実に加え、医学的には半月板の損傷が自然治癒することは殆どないとされている事実(この事実は、当審証拠(略)により認められる。)によれば、平成28年1月27日の上記所見を捉えて本件後遺障害の存在を否定することは相当ではない。
 イ 逸失利益 1,133万4,446円
  a)平成28年簡易生命表によれば、54歳の男子の平均余命は28.91年であるから、1審被告は、平成28年4月8日の症状固定時(当時1審被告は54歳)においてなお14年間は就労可能であったと推認される。
  b)1審被告は、これまでのところ労働能力喪失に伴う減収が現実化していないし、定年退職までは減収が顕在化しない可能性が高いということができる。
   しかしながら、1審原告は、右膝の痛みや不安定さによって業務の支障が生じないように努力しているものと認められ、そのことが減収を食い止めている面も否定はできない。また、本件後遺障害の内容、部位及び程度と1審被告の職務内容に照らせば1審被告が定年退職後に高収入を得るために再任用以外の転職を試みた場合、本件後遺障害が不利益をもたらす可能性があるといわざるをえない。
  c)したがって、1審被告は、本件後遺障害により、上記14年間にわたり、症状固定時の給与収入817万8,968円の14%の得べかりし収入を失ったものと推認すべきであり、年5分のライプニッツ係数(9.8986)を用いて中間利息を控除し、逸失利益につき症状固定時の金額を算出すれば、1,133万4,446円となる。
 ウ 慰謝料
  a)通院慰謝料   130万円
  b)後遺障害慰謝料 260万円

(3)結論
  a)本訴請求については、1審原告及び1審被告の各控訴をいずれも棄却する。
  b)反訴請求については、上記(2)のとおりに原判決を変更し、1審原告の控訴を棄却する。

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