【労働】東京地裁平成31年4月26日判決(労働判例1207号56頁)

国・茂原労基署長(株式会社A)事件(確定)


【事案の概要】

(1)株式会社A(以下「本件会社」という。)は、平成25年7月25日に設立された株式会社であり、和洋食レストラン「〇〇」(以下「本件店舗」という。)の経営等を業とする。
   亡B(以下「被災者」という。昭和34年〇月生まれ)は、平成25年9月26日、本件会社との間で、雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、店長として調理業務に従事していた者である。
   原告は、被災者の配偶者である。

(2)被災者の本件店舗における労働条件、賃金等は次のとおりであった。なお、本件雇用契約は、口頭でされており、雇用契約書は作成されていない。
 ア 所定労働時間
   午前10時30分から午後10時30分までの8時間(そのうち午後2時30分から午後5時までの2時間30分は休憩時間であり、午後3時から午後5時までは店舗自体を閉店した〔ただし、土日祭日を除く。〕。)
 イ 支給賃金
   本件会社は、被災者に対し、平成25年11月26日から平成26年2月25日の間、次の名目で月額31万4100円の賃金等を支払った。なお、超過手当と深夜業手当とを合わせて以下「本件固定残業代」という。
   基本給 15万5000円
   役職手当 5万円
   超過手当 10万円
   深夜業手当 5000円
   通勤手当 4100円

(3)被災者は、平成26年3月〇日午後11時50分頃、自宅で倒れ、病院へ救急搬送されたが、翌〇日午前1時4分に直接死因「不整脈」により死亡した。

(4)原告は、平成26年9月4日、茂原労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に対し、被災者は加重労働等により死亡したとして、労災保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料を請求した。

(5)監督署長は、平成28年7月8日付けで被災者の死亡が業務上の死亡であると認定して、原告に対し、同月15日付けで、遺族補償年金及び葬祭料のそれぞれにつき、給付基礎日額を1万0243円として算出した給付額を支給する旨の各処分をした。その後、監督署長は、上記の各支給処分を取り消した上で、改めて給付基礎日額を1万2166円として算出した給付額を支給する旨の各処分をした。

(6)原告は、前記(5)の各処分に関し、給付基礎日額の算定に誤りがある旨主張して、千葉県労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対して、審査請求をしたところ、審査官は、上記の各支給処分を取り消した。そこで、監督署長は、平成29年2月22日付けで、改めて給付基礎日額を1万3330円として算出した給付額を支給する旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。
   なお、 監督署長は、本件各処分における平均賃金及び給付基礎日額の計算において、①本件固定残業代を通常の労働時間の賃金(労基法37条1項参照)として算入せず、さらに、②本件固定残業代を基礎賃金から除外した上で、本件算定期間中の労働時間が別紙1「労働時間一覧表」(略)の「原告」の「実労働時間数」欄記載のとおりであることを前提として算出された割増賃金を算入した。

(7)原告は、本件各処分について給付基礎日額の算定に誤りがある旨主張して、審査官に対して、審査請求をした。しかし、審査官は、平成29年5月26日付けで、同審査請求を棄却する旨決定した。
   原告は、平成29年6月17日、本件訴えを提起した。 


【争点】

(1)本件固定残業代を通常の労働時間の賃金として算入すること及び割増賃金の基礎賃金に算入することの可否について、それら算入の前提として本件固定残業代が本件雇用契約の内容となっているか否か(争点1)
(2)割増賃金の算定基礎である本件算定期間中の労働時間数(争点2)
   以下、争点(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、裁判所は、争点(2)についても、「事案に鑑み」検討し、以下のとおり判示した。
   本件算定期間中の労働時間については、被告が主張するとおり、別紙1「労働時間一覧表」(略)の「被告」の「実労働時間数」欄記載のとおりに認定するのが相当である。そうすると、本件各処分において、被災者の上記労働時間数を前提として時間外労働等の割増賃金を計算し、これを平均賃金の算定基礎とし、給付基礎日額を算定した点に誤りはないこととなる。 


【裁判所の判断】

(1)判断枠組み
 ア 遺族補償給付及び葬祭料は、いずれも給付基礎日額を算定の基礎として支給額が決定されるところ、給付基礎日額は、労基法12条の平均賃金に相当する額とするとされ(労災保険法8条1項)、給付基礎日額の算定に当たっては、診断によって業務上の疾病の発生が確定した日等が労基法12条1項所定の算定事由発生日とされている(労災保険法8条1項)。そして、平均賃金は、算定事由発生日以前三か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額であり(労基法12条1項)、賃金は、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対価として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう(同法11条)。
 イ そうすると、「その労働者に対し支払われた賃金の総額」とは、労基法の適用を前提として、現実に既に支払われている賃金だけではなく、実際には支払われていないものであっても、算定事由発生日において、労基法の適用上支払われるべき既に債権として確定している賃金債権をも含まれると解される。よって、時間外労働、休日労働又は深夜労働(以下「時間外労働等」という。)が行われている場合には、同法37条所定の割増賃金も平均賃金の算定基礎に含まれることとなる。
 ウ そして、同法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けている趣旨は、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の機影を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとするものである。よって、割増賃金の算定方法が同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労基法37条等」という。)に具体的に定められているものの、同条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。そこで、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うこともできる。そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである(最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件・労働判例1186号5頁等)。

(2)検討
 ア 本件雇用契約は、口頭でされたにすぎず、これを証する契約書は作成されていない。また、本件会社名義の就業規則及び賃金規程は、本件会社の設立日(平成25年7月25日)よりも前の平成22年11月1日にいずれも施行されているなどの問題があることから、その効力を認めることはできない。
   さらに、本件会社の実質的経営者であったC(以下「C社長」という。)が被災者に対して、本件雇用契約締結時において本件固定残業代と割増賃金の関係について説明したことも証拠上窺われない。
 イ 以上に対し、被告は、
  ・本件固定残業代(「超過手当」、「深夜残業手当」)の名称からすれば、社会通念上、超過手当が時間外労働に対する手当、深夜業手当が深夜労働に対する手当と認識するこができること
  ・賃金台帳及び給料明細書に基本給及び役職手当とは別に本件残業代が記載されていること
  ・本件会社は被災者に対して給料明細書を交付していること
  ・本件固定残業代が現に支払われていたこと
からすれば、本件会社及び被災者は、本件固定残業代が時間外労働等の対価として支払われていたことをそれぞれ認識していた旨主張する。
   しかし、被災者が、上記のとおり、雇用契約書も就業規則もなく、しかも、本件雇用契約締結時において、本件会社から本件固定塹壕代についての説明がなされたことは窺われない状況において、わずか4か月程度の給与明細書の交付と本件固定残業代の受領のみをもって、本件雇用契約の締結に当たり、本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われることについてその内容を理解した上で、応諾するに至ったことを推認することまではできず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
 ウ また、被告は、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ、被災者と本件会社との間において、本件会社が被災者に対して前職の月給21万円(注:被告は、C社長が本件雇用契約の締結に先立って被災者の前職の給料を確認しており、基本給の金額について本件雇用契約(基本給と役職手当)と前職の雇用契約とでおおむね整合すると主張している。)の2倍以上にあたる月給約46万円を支払う旨の雇用契約が成立していたとは考えられないから、時間外労働の対価として本件固定残業代を支払う旨の合意があった旨主張する。
   しかし、具体の固定残業代について、それが雇用契約の内容となっていることが否定された以上は、使用者の雇用契約締結時に有していた意図等の如何にかかわらず、法律上通常の労働時間の賃金として組み入れざるを得ないのである。その意味で、本件固定残業代が通常の労働時間の賃金に組み入れられた場合の賃金水準の問題を指摘する被告の上記主張は失当であり、採用することができない。
 エ 本件雇用契約の契約当事者の合理的意思を推認するための基礎事情との観点からしても、被告は、上記のとおり、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当することのほか、被災者の本件算定期間中の時間外労働時間数は約123時間ないし約141時間であることを主張する。しかし、その主張を前提としても、超過手当においてあらかじめ想定される時間外労働時間数(約67時間)と被災者の実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)から窺われる勤務状況との間に約2倍もの大きな乖離が見られるところであり、この点はかえって本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われていないことを推認させるものである。
 オ 以上の事情を総合的に考慮すると、本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われているものとはされておらず、ひいては本件固定残業代が本件雇用契約の内容となってはいないこととなる。
 カ したがって、平均賃金の算定基礎においては、まず、本件固定残業代を通常の労働時間の賃金として算入し、さらに、本件固定残業代を基礎賃金に含めた上で算出した割増賃金をも算入することになる。しかるに、監督署長は、これらの算入処理をすることなく、平均賃金及び給付基礎日額を算出し、これを前提として本件各処分をしている。よって、本件各処分には、平均賃金、ひいては給付基礎日額の算定の誤りがあるから違法であって取消しを免れない。

(3)結論
   本件各処分をいずれも取り消す。

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