フーズシステムほか事件(確定)
【事案の概要】
(1)原告は、平成17年2月から、派遣会社との間の派遣労働契約に基づき、被告会社に派遣されて就労を開始したが、後記のとおり、平成24年4月1日、被告会社との間で直接の雇用契約を締結した。
被告会社は、鮪の卸業等を営む株式会社である。そして、被告Aは、被告会社の取締役である。
(2)原告は、平成24年4月1日、被告会社との間で、以下の内容の雇用契約を締結した(雇用契約書。以下「当初雇用契約書」といい、これにより締結された雇用契約を「当初雇用契約」という。)
ア 雇用形態 嘱託社員
イ 役職 事務統括(主任)
ウ 就業時間 午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)
エ 賃金 時給1,700円、賞与あり
オ 賃金の支払方法 毎月末日締め、翌月25日払い
カ 手当 事務統括手当 月額1万円
なお、当初雇用契約書の雇用期間の欄には、平成24年4月1日からとのみ記載されており、終期の記載はない。
(3)原告は、平成24年11月初旬頃、第1子を妊娠し、平成25年6月1日以降、出産のためしばらく出勤せず、同年7月3日に第1子を出産した後の平成26年4月14日以降、再度被告会社で再就労するようになった。
原告と被告会社との間において平成26年7 月2日付けで作成された雇用契約書(パート雇用契約書(兼労働条件通知書)。以下「パート契約書」といい、これにより被告が締結したと主張する契約を「パート契約」ということがある。)には、以下の趣旨の記載がある。
雇用期間 平成26年4月1日から同年8月31日まで
就業時間 9時から16時まで
時給 1,700円、賞与なし、毎月末日締め、翌月25日払い
なお、原告は、第1子出産後、被告会社に復帰するに当たり、平成26年4月上旬頃、被告A及びB課長と面談を行った。原告は、同面談において、夕方4時から5時の間に終業できる時短勤務を希望したところ、平成Aは、勤務時間を短縮するためにはパートタイム社員になるしかない旨説明した。被告Aは、嘱託社員の立場のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をすることもなく、原告は、雇用形態が嘱託社員からパート社員へと変更され、賞与も支給されなくなることについて釈然としないまま、有期雇用の内容を含むパート契約書に署名押印した。
(4)原告は、平成26年11月頃、第2子を妊娠し、平成27年5月下旬頃から産休を取得し、同年7月に第2子を出産した後、平成28年4月に被告会社に復帰した。
被告会社は、平成28年8月20日頃、原告に対し、原告との雇用契約について、同年8月末日をもって雇用期間満了により終了させるとの通知をした。
【争点】
本案前の争点を含めて多岐にわたるが、以下、下記の争点に絞って、裁判所の判断の概要を示す。
(1)原告と被告との間で平成26年4月に締結したパート契約の有効性
(2)被告会社による平成28年8月31日の原告に対する解雇又は雇止めの有効性
【裁判所の判断】
(1)原告と被告との間で平成26年4月に締結したパート契約の有効性
ア 前記【事案の概要】(3)のとおり、原告は、第1子出産後の平成26年4月上旬頃の面談において、被告Aらに対し、育児のための時短勤務を希望したところ、被告Aから、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ、パート契約書に署名押印したことが認められる。
イ 育児休業法23条は、事業主は、その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮すること(以下「育児のための所定労働時間の短縮申出」という。)により当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならないとし、同法23条の2は、事業主は、労働者が前条の申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。
これは、この養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、これらの者の職業生活と家庭生活の両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため、育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し、同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。
上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同条に違反するものとして違法であり、無効である。
ウ もっとも、同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから、当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない。
ただし、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも合致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。
そうすると、上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。
エ これを本件についてみるに、
a) それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、原告に相当の不利益を与えるものであること
b) 賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であること
などを総合すると、原告と被告会社とのパート契約締結は、原告に対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。加えて、
c) 被告Aは、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、原告に対し、被告会社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと
d) 平成26年4月上旬頃の面談においても、被告Aは、原告に対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと
e) パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生じることについて、被告会社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと
f) 原告は、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑を掛けているとの気兼ねから同契約の締結に至ったこと
などの事情を総合考慮すると、パート契約が原告の自由な意思に基づいてされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない。
以上のとおり、原告が自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから、その成立に疑問があるだけでなく、この点を措くとしても、被告会社が原告との間で同契約を締結したことは、育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認められる。
したがって、原告と被告会社と間で締結した前記パート契約は、同法23条の2に違反し無効というべきである。
(2)被告会社による平成28年8月31日の原告に対する解雇又は雇止めの有効性
ア 既に説示したところによると、原告は、平成28年8月時点で、被告会社において、期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきであるから、被告会社が原告に対してした同月末日で雇用契約関係が終了した旨の通知は、雇止めの通知ではなく、原告に対する解雇の意思表示であると認められる。
イ そこで、この解雇の有効性について検討するに、被告会社主張の解雇事由である、
a)原告が殊更に被告会社を批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと
b) 前記認定に係る原告が他の従業員のパソコンを使用した理由(注:知人や親戚に被告会社の商品を送るため、他の従業員のパソコンに入っている住所録から発送先の住所や電話番号等を調べたというもの)は違法又は不当なものとまではいえないこと
c) 被告会社の経営状況が原告の解雇を相当とするほどに悪化していたことを認めるに足りる証拠はないこと
などの事情を総合考慮すると、被告会社による解雇は、客観的に合理的に理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、労働契約法16条により無効というべきである。
ウ したがって、原告は、被告会社に対し、期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、前判示(略)のとおり、原告は、事務統括から降格された事実が認められず、事務統括の地位にあることによって事務統括手当月額1万円の支払を受けることができ、事務統括という地位は、事務統括手当の支払を受けるべき職位とみることができるから、その地位にあることを確認する訴えの利益が認められる。
よって、原告の被告会社に対する事務統括たる期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は、全部理由がある。
エ また、原告は、民法536条2項により、当初雇用契約に基づき、前記解雇日以降の賃金請求権を有することになる。原告は、解雇期間中の賃金額について、所定労働時間を8時間とした賃金の支払を請求しているところ、原告が短時間勤務から徐々に勤務時間を延ばすことを希望していたことはうかがわれるものの、所定労働時間を8時間とする合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、被告が支払うべき賃金額は、解雇前3か月の賃金額を平均した月額21万2,286円と認められる(注)。
注)平成28年10月から本判決確定の日まで、毎月25日限り賃金月額21万2,286円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容した(一部認容)。