【交通事故】東京地裁平成30年7月19日判決(自保ジャーナル2033号128頁)

原告(歩行者)と被告車との衝突地点を、被告車走行車線上の中央線付近と認定した上で、双方の過失割合を、原告30%、被告70%と判断した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成24年10月25日午前3時3分頃
 イ 発生場所 千葉県茂原市の道路(以下「本件道路」という。)
   本件道路は、中央に白色破線の区分線(以下「中央線」という。)が引かれた片側1車線(1車線の幅員約3.3m)の有料道路であり、両側に白色実践で区切られた幅員0.9~1.3m程度の路側帯がある。
 ウ 原告   歩行者
 エ 被告   被告所有・運転の自動車(以下「被告車」という。)
 オ 事故態様 被告車が本件道路を歩行していた原告と衝突した。

(2)被告と被告保険会社は、本件事故当時、記名被保険者を被告、契約車両を被告車とする対人補償、車両補償及び人身傷害補償条項を含む自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

(3)原告(事故当時28歳)は、本件事故後、B医療センターに救急搬送され、右下腿開放骨折等と診断され、以後、平成26年7月まで、各医療機関に入通院した。

(4)原告は、自賠責保険の後遺障害等級認定において、平成27年1月15日頃までに、①右脛骨開放骨折に伴う右膝関節の機能障害については、後遺障害には該当しないが、②上記骨折に伴う右下腿痛の症状については、自賠法施行令別表第二の14級9号(局部に神経症状を残すこと)に該当すると判断された。
   なお、上記の判断に際しては、G整形外科(注:右下腿のボルト除去手術を施行した医療機関)作成の平成26年8月16日付け後遺障害診断書(以下「当初診断書」という。)が提出されたが、同診断書には、関節機能障害につき、膝関節の伸展・屈曲に関する記載はあったものの、足関節に関する記載はなかった。

(5)本件事故に関し、被告保険会社から原告又は医療機関に対し、合計229万9,848円の任意保険金が支払われた。
   また、本件事故に関し、本件保険契約に基づき、被告保険会社から、被告又は医療機関に対し、車両保険金として89万4,936円が、人身傷害保険金として97万0,082円が、それぞれ支払われた。


 【争点】

(1)事故態様及び過失割合
(2)原告の後遺障害の内容、程度
(3)原告の損害
(4)被告の損害
   以下、上記(ただし、(3)については、逸失利益についてのみ、(4)については、施術費用についてのみ)についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、(1)に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
 ア 原告の主張
   本件事故は、被告車が時速約60㎞の速度で本件道路の中央線を跨いで走行中に、対向車線側にいた原告と衝突したという事故、あるいは、被告車が、対向車線側の路肩に乗り上げた後、左に急ハンドルを切って同路肩付近を歩行していた原告と衝突したという事故であるから、原告に過失はない。
 イ 被告らの主張
   被告車との衝突時、原告は酒に酔った状態で本件道路の中央線付近を歩行していた。本件道路の両端には歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯が設けられているところ、夜間の事故であること、本件道路は有料道路であり幹線道路に準じるものであること、原告が道路の中央付近をふらつきながら歩行していたことを考慮すれば、その過失割合は50%を下らないというべきである。


【裁判所の判断】

 (1)事故態様及び過失割合
 ア 本件道路(1車線の幅員3.3m)は、緩やかな左カーブを描く形状であり、格別視界を妨げるものはない。交通規制はされておらず、最高速度は時速60㎞(道路交通法22条1項、道路交通法施行令11条)であるが、有料道路であり、信号機の設置もあまりないことから、速度超過がされやすいこともあって、「この道路は高速道路ではありません」との看板が立てられている。
   被告は、被告車(車体の幅189㎝)を運転し、本件道路を時速60㎞程度の速度で進行し、助手席に同乗するAとの雑談に夢中になって前方をよく見ていない状態で、格別の事情もないのに前照灯を下向きにしたまま運転をしていたところ、本件道路の自車走行車線上を歩行中の原告を、右前方10m強程度の距離に至って初めて認め、急制動及び左転把の措置を講じたが間に合わず、同人を被告車のボンネット上に撥ね上げてフロントガラスに衝突させ、路上に転倒させた。
 イ 上記アの事実認定に反し、原告は、被告車が中央線を超えて対向車線上にいた原告に衝突したと主張する。
   しかし、原告が中央線を越えて原告に衝突したことを認定するに足りる的確な証拠はない。原告は、上記主張事実に沿うような供述をするが、事故当時の記憶はないことを認めており、同供述は確たる根拠もないままに自身の推測を述べるものにすぎない。
 ウ また、原告は、上記アの認定に用いた、被告の指示説明に基づき作成された実況見分調書、ひいては被告の供述が信用できないと主張する。
   しかし、被告の供述内容は、被告車が中央線を越えて走行するような事情はなかったこと、衝突時に原告が被告車の走行車線上の中央線付近にいたことという主要な点で、本件事故に係る捜査段階から一貫しており、同乗者であるAも、これと同旨の証言をしている。事故状況をみても、上記アで認定した本件道路の形状や走行車線の幅員、被告車の幅当の事情に照らせば、被告がAとの雑談により前方をよく見ていない状況にあったことを考慮しても、被告車が中央線を越えて走行するとは直ちには考えにくく、原告代理人の被告及びAに対する各反対尋問の結果を踏まえても、これを窺わせる事情は見当たらない。
   その一方で、救急搬送先の病院で、救急処置時に測定された原告の血中アルコール濃度が90㎎/dlであったことに照らせば、本件事故当時の原告は、相当程度酒に酔った状態であったことが推認されるから、車道の中央付近を歩行していてもおかしくはない。
   これらの事情を総合考慮すれば、衝突地点は、被告車走行車線上の中央線付近であった旨の被告の供述は十分信用できるというべきである。
 エ 上記アで認定した事実によれば、被告には前方不注視の過失があり、原告にも歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯を歩行せずに、漫然と本件道路の中央線付近を歩行した過失があるから、原告及び被告は、いずれも民法709条に基づき、互いに本件事故により相手方に生じた損害を賠償する責任がある。
   双方の過失の対比のほか、本件事故は夜間に生じたものであること、本件道路は幹線道路とはいえないものの有料道路である上、高速道路ではないことの注意を喚起する看板が立てられていることなどからすると、事実上高速度で車両が往来していることが窺われ、その点で歩行者がいることを予測しにくい面があるのを否定できないこと、その一方で、被告は、夜間、特段の支障もないのに前照灯を上向きにすることなく被告車を運転し、更に同乗者との雑談に夢中になっていたことで、至近距離に迫るまで原告の存在に気付かなかった点で著しい過失があるというべきであることを考慮すれば、双方の過失割合は、原告30%、被告70%とするのが相当である。

(2)原告の後遺障害の内容、程度
 ア 原告は、平成24年10月25日の本件事故により、右下腿(脛骨)開放骨折の傷害を負っており、同年12月27日には骨折に対してプレート固定手術が行われ、その後骨癒合が得られるも、右足関節の拘縮等が生じて残存したことが認められ、これによれば、原告には、本件事故により、右足関節の可動域に制限が生じることの原因となる損傷が生じたと認められる。
   そして、原告の右足関節の可動域角度は、本件事故後一貫して制限された状態にあり、とりわけ伸展(背屈)については、改善した様子が一切見受けられない。
   よって、原告には、本件事故によって負った傷害により右足関節の拘縮等が生じ、これにより右足関節に可動域制限が残存したと認めることができる。
 イ そして、可動域制限の程度については、別紙(略)記載の測定結果の推移をみれば、健側・患双方の可動域が測定され、かつ、測定の正確さを疑わせる不自然さのみられない測定結果は、最後の測定である⑦平成27年2月16日のものであり、これによれば、患側の可動域が健側の可動域の4分の3以下に制限されていると認めることができる(なお、屈曲(屈底)につき健側と患側に格別の差異はないとみても同じである。)。
   よって、原告には、本件事故により、12級に該当する右足関節の可動域制限(以下「本件後遺障害」という。)が残存したものと認められる。その症状固定時期は、当初診断書記載の医師の診断のとおり、平成26年7月22日と認めるのが相当である。

(3)原告の損害(逸失利益、認定額:1,015万4,475円)
 ア 証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
  ①原告は、平成24年3月にK大学の大学院を卒業し、同年4月1日付でL県に採用されて、同県のM部所属の職員として勤務していたが、平成30年3月31日付けで辞職したこと
  ②原告の給与所得は、平成24年(就職前のアルバイト代を含む。なお、本件事故による休職にかかわらず全額の支給がなされている。)は、320万0,153円、平成25年は332万7,354円(本件事故による休職のために減額された37万5,260円を加えた額は370万2,614円)、平成26年は422万8,945円、平成27年は465万4,338円と推移したこと
  ③上記②のとおり、症状固定時(平成26年7月22日)以降減収がなく、むしろ増収しているのは、L県の給与体系(原告の属する年代では成績不良であっても昇給していくことになる。)等が主な原因であること
  ④原告は、農業コンサルタントなどの農業の現場での仕事に従事することを希望してL県に就職したもので、本件事故以前にはその希望どおり農業の指導担当としての職務に従事しており、田んぼ等の現場に毎日出て農家の指導等に当たっていたこと
  ⑤原告は、本件事故後もしばらくは上記④と同じ職務に従事していたが、本件後遺障害のために、足元の悪い現場での歩行やしゃがみこんでの草丈や葉数の生育調査等に支障が生じ、相応の肉体的、精神的負荷を被っていたところ、平成29年度からは内勤に配置転換されたこと
  ⑥原告は、公務員として農業コンサルティング等の現場での仕事を続けていくことの限界を感じるなどしたことから、上記①のとおりL県職員を辞職したこと
  ⑦原告は、本件後遺障害の症状固定時の前後頃より、フットサルやジョギングを行っているが、いずれもリハビリ目的であり、質量ともに本件事故以前と同じようにはいかないと感じていること
 イ 以上を踏えて検討するに、まず、原告は、必ずしも公務員としての安定した地位や収入に拘っていたものではなく、むしろ農業の現場で自身の考えに沿った内容の仕事を行うことに価値を見出していたものである。そうすると、本件後遺障害の有無にかかわらず、将来、転職をした可能性は相当程度あったものと考えられる。よって、原告が定年まで公務員を続けることを前提に基礎収入や労働能力喪失率を定めるのは相当ではない。
   転職することも含め、農業コンサルティング等の仕事を行うことで、自己実現を図っていくという希望を原告が有していたことを前提に、症状固定時の原告の年齢や事故以前の健康状態、原告の学歴や職歴、その収入状況、本件後遺障害の内容等を考慮すると、原告の逸失利益については、基礎収入は430万円(平成26年男性労働者・全年齢学歴計平均賃金である536万0,400円の8割相当額)、労働能力喪失期間は67歳までの38年間(ライプニッツ係数16.8679)、労働能力喪失率は14%として算定するのが相当である。
   (計算式)430万×14%×16.8679

(4)被告の損害(施術費用、認定額:8万4,500円)
 ア 被告は、本件事故翌日の平成24年10月26日から平成25年3月19日までの間、負傷名及び部位を頸椎捻挫、右肘関節捻挫及び腰部捻挫として(ただし、右肘関節捻挫については平成24年12月28日まで)、C整骨院に合計61回通院し、各部位ことに電療、あんま及び後療の各施術を受け、合計28万1,691円の施術費を要したことが認められる。
 イ 上記(1)アで認定したとおり、時速60㎞程度で走行中に原告との衝突を避けるべく急制動と左転把の措置をとったという事故態様のほか、本件事故により、被告車にも右フロントフェンダー及びフロントバンパに凹損が生じ、フロントガラスの右半分程度がクモの巣状に破損したと認められ、これらの事情によれば、本件事故の被告に対する衝撃も相応のものであったことが推認される。
   よって、被告は、本件事故により、頸部捻挫、右肘関節捻挫及び腰部捻挫の傷害を負ったと認められる。
 ウ もっとも、被告は、医師による診断と治療を一切受けておらず、本件事故直後に実施された実況見分にも立ち会っていて、本件事故における捜査の過程で自身の受傷の事実を申告した形跡もみられないことからすれば、その受傷の程度は比較的軽いものであったことが推認される。また、整骨院の施術証明書上も受傷の程度は判然としないから、被告に施された施術のすべてが必要かつ相当なものであったとは認め難く、上記施術費の全額を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
   以上に指摘した諸事実を勘案すれば、本件事故と相当因果関係があるのは、その3割に相当する上記金額と認めるのが相当である。

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