自損事故を起こした運転者は、車両所有者との間に直接の雇用関係はないものの、その従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、その車両、工具、資材等を使用していたことなどから、車両所有者に対して損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ損害賠償責任を負う旨判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。)は、建築業等を目的とする株式会社である。
被控訴人兼控訴人(以下「一審被告」という。)は、平成31年1月当時、株式会社A(以下「A」という。)の従業員であった者である。
一審原告は、平成31年1月当時、Aに対して業務委託をしており、その際、同社の従業員である一審被告に対し、一審原告所有のトラックを運転させることがあった。
(2)一審被告は、平成31年1月28日、一審原告所有のトラック(車両番号(略)。以下「第1車両」という。)を運転して東京都府中市内の車道を走行中、同車両を車道左側のガードレール等に衝突させる自損事故(以下「第1事故」という。)を起こした。
(3)一審被告は、平成31年3月13日、一審原告所有のトラック(車両番号(略)。以下「第2車両」という。)を運転して東京都品川区内の高速道路を走行中、同車両を横転させる自損事故(以下「第2事故」という。)を起こした。
(4)一審原稿は、本件訴えを提起して、一審被告に対し、民法709条に基づき、407万5940円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
(5)原審(東京地裁立川支部令和5年5月11日判決)は、一審原告が第1事故及び第2事故により被った損害のうち、一審原告の加入していた車両保険からの保険金及びAからの回収金によっても回復されていないものは8万3376円であると認定した上で、損害の公平な分担という見地から、一審原告が一審被告に求めることのできる損害賠償額は、「未弁済額の25%」(=2万0844円)に限られるとし、これに弁護士費用相当額2000円を加えた2万2844円及び遅延損害金の支払を求める限度で、一審原告の請求を認容した。
これに対し、一審原告及び一審被告の双方が自己の敗訴部分を不服としてそれぞれ控訴を提起した。
【争点】
(1)一審被告の免責又は賠償責任の制限の可否(争点1)
(2)賠償金の実質的な回収の有無(争点2)
(3)一審原告の損害額(争点3)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
当裁判所は、原判決とは異なり、一審原告の請求を棄却すべきものであると判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1)争点1(一審被告の免責又は賠償責任の制限の可否)について
ア 判断枠組み
a)使用者が、その事業の執行についてされた被用者の加害行為により直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者に対し上記損害の賠償を請求することができるものと解される(最高裁昭和51年7月8日判決参照)。
b)本件において、一審被告は、第1事故の時点(平成31年1月28日)では一審原告との間に直接の雇用関係はなく、一審原告の業務委託先であるAに雇用されていたものの、一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものと認められる。
そして、第1事故は、一審被告が、まさに一審原告の従業員からの指示を受けて、廃材を処分場まで運搬するため、一審原告の所有する車両(第1車両)を運転している際に生じたものであって、第1事故による一審被告の一審原告に対する損害賠償責任については、直接の雇用関係がある場合と同様に、上記a)の理が妥当するものというべきである。
c)また、第2事故の時点(同年3月13日)の雇用関係については、一審被告は既に一審原告と直接の雇用関係に入っていたと主張する一方、一審原告は第2事故の後の同月中旬頃に直接の雇用関係に入ったと主張しているところ、いずれの主張についてもその裏付けとなる客観証拠が見当たらず、証拠上は判然としない。
もっとも、第2事故の時点で一審原告との直接の雇用関係に入っていたのであればもちろん、仮にまだ直接の雇用関係に入っていなかったとしても、一審被告は、第1事故の時点と同様に、一審原告の従業員から具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものである上、第2事故はまさに一審被告が一審原告の所有する車両(第2車両)を運転している際に生じたものであって、いずれにせよ、上記a)の理が妥当することに変わりはない。
イ 検討
a)一審原告は、建設業等を目的とする株式会社であり、従業員数は5人程度、当時の年間売上高は2億1000万円程度であるものの、平成31年時点で14台の車両を有しており、このうち11台がトラック(ダンプトラックを含む。)であったものと認められる。
そして、一審原告では、一つの現場に最低でも1台のトラックを必要としていたところ、平成31年1月ないし3月当時は15件近くの現場で業務を行っており、1台のトラックで複数の現場をカバーしていたのであって、トラックに支障が生じた場合、代車が必要となる可能性が相応にあったのに、一審原告は、第1車両の車両保険では代車補償を対象外とし、第2車両の車両保険でも一般的なトラックを代車補償の対象外としていたものと認められる。
b)他方、一審被告は現場作業員であり、一審原告の従業員から直接指示を受けて解体作業や廃材の運搬に従事していたのであって、当時の給与収入は手取りで約23万円ないし25万円程度にとどまっていたものと認められる。
しかも、使用者である一審原告においては、自動車保険に加入することで損害の填補を受けたり、賠償責任を免れたりすることができるのに対し、被用者である一審被告において、そのような保険に容易に加入することができたとはにわかに認め難い。
c)そして、一審被告の惹起した第1事故は第1車両を車道左側のガードレール等に衝突させたものであり、第2事故は第2車両を横転させたものであって、いずれも比較的単純な自損事故であるうえ、その際、一審被告において、酒気帯び運転や大幅な速度超過その他の著しい過失があったとまでは認められない。
なお、一審被告の自動車運転免許には「準中型で運転できる準中型車は準中型車(5t)に限る」との条件が付されており、ここにいう「準中型車(5t)」とは車両総重量が3.5t以上5t未満の準中型車を指すところ、第2車両の車両総重量はこれを超えていたため(当事者間に争いがない。)、本来、一審被告は第2車両を運転することができなかったものである。もっとも、この条件違反と第2事故の発生との間に直接の因果関係があるとは認め難い上、一審原告の代表者の供述によれば、代表者自身は一審被告の自動車運転免許に上記の条件が付されていたことを知っていたものの、現場の従業員がこれを知らないまま、一審被告に対して第2車両を運転するよう指示したものと認められるところである。
d)以上の各認定事実を総合考慮すると、本件において、一審原告が第1事故及び第2事故により被った損害のうち一審被告に対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とするのが相当である。
(2)争点2(賠償金の実質的な回収の有無)について
関係各証拠によれば、①Aは、一審原告に対し、平成31年1月分の業務委託料として72万8000円を請求したこと、②これに対し、一審原告は、同年(令和元年)5月15日にAに対して32万8000円を支払ったのみで、差し引き40万円を支払っていないことが認められ、その後、Aが一審原告に対し、上記40万円を支払うよう求めた形跡もない。
この点、第1事故は一審被告がAに雇用されていた時点で発生したものであって、一審被告は一審原告に対して民法709条に基づく損害賠償責任を負うほか、その使用者であるAも、一審原告に対して民法715条又は同法415条に基づく損害賠償責任を負い、同債務は一審被告の債務と不真正連帯債務の関係に立つものである。また、第2事故の時点における雇用関係は必ずしも判然としないところがあるものの、一審原告の主張に照らせば、少なくとも一審原告の認識としては一審被告はなおAに雇用されていたものというべきであって、その場合、やはりAは一審原告に対して民法715条又は同法415条に基づく損害賠償責任を負い、一審被告の債務と不真正連帯債務の関係に立つことになる。
そして、上記の40万円という金額は、一審原告の主張する車両保険の免責金額(第1車両につき20万円、第2車両につき20万円)と合致すること、他に一審原告がAに対して40万円を支払わない理由は見当たらないことからすると、一審原告は、Aに対して業務委託料のうち40万円を支払わず、Aもこれ以上支払を求めないことにより、実質的にはAから損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得たことになる(相殺ないし黙示の相殺合意があったものと解される。)。
したがって、一審原告の一審被告に対する損害賠償請求債権は、民法439条1項の趣旨に照らし、上記40万円の限度で消滅したものというべきである。
(3)争点3(一審原告の損害額)について
ア 物的損害
a)第1事故によるもの
・修理費用 201万6911円
・レッカー費用 5万2380円
・代車費用 0円
・合計 206万9291円
b)第2事故によるもの
・修理費用 114万5599円
・レッカー費用 16万4316円
・代車費用 8万3376円
・合計 139万3291円
c)小計 346万2582円
イ 逸失利益 0円
ウ 損害額合計 346万2582円
エ 賠償責任の制限
前記(1)で判断したとおり、一審原告が一審被告に対して損害賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害の10%を限度とするのが相当であるところ、一審原告に生じた損害額は346万2582円であるから、一審被告に対して損害賠償を請求することができる範囲は、その10%である34万6258円に限られる。
オ 損害の填補
上記エのとおり、一審被告が一審原告に対して負う損害賠償債務の額は34万6258円に限られるところ、前記(2)において説示したとおり、一審被告はAに対して業務委託料のうち40万円を支払わず、Aも支払を求めていないのであって、実質的にはAから損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得たことになるから、一審原告の一審被告に対する上記損害賠償請求債権はその全額が消滅したことになる。
したがって、一審原告の受領した車両保険の保険金による填補について判断するまでもなく(注:一審被告は、車両保険においては、全損の場合には免責金額を控除しないのが通常であり、本件では第1事故及び第2事故のいずれも全損となっているから、(修理費用及びレッカー費用について)免責金額を差し引かずに保険金が支払われていないはずであると主張していた。)、一審原告は、一審被告に対し、第1事故及び第2事故についての損害賠償を請求することができない。
(4)結論
一審原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当でないから、これを上記のとおり変更する(破棄自判)。
【コメント】
本裁判例は、一審被告(自損事故を起こした運転者)は、一審原告(車両所有者)との間に直接の雇用関係はなく、一審原告の業務委託先であるAに雇用されていたものの、一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたことなどから、直接の雇用関係がある場合と同様に、一審被告に対して損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ損害賠償責任を負う(以下「最高裁昭和51年7月8日判決の理」と言います。)ものと判断した上で、一審原告が被った損害のうち一審被告に対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とする旨判示した事例です。
一審被告は、一審原告の業務委託先であるAに雇用されていましたが、仮に、一審被告が一審原告と業務委託契約を締結していた場合であっても、(1)アb)及びc)にて認定された事情(「一審被告は、(中略)一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していた」、「第1事故は、一審被告が、まさに一審原告の従業員からの指示を受けて、廃材を処分場まで運搬するため、一審原告の所有する車両(第1車両)を運転している際に生じた」など)の下では、最高裁昭和51年7月8日判決の理は、同様に妥当するものと考えられます。