【労働】東京地裁令和6年7月19日判決(労働判例1322号14頁)

取引先に対し、従業員の経歴等を詐称してITエンジニアを派遣することにより報酬を得ることを目的とした詐欺行為又はその準備行為の実施を命じるという、使用者の代表者らによる従業員に対する違法な業務命令権の行使による不法行為の成立を認めた事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告Aは、令和3年3月31日から同年12月1日まで、株式会社F(以下「F」という。)の代表取締役であり、令和3年11月24日から令和5年1月16日まで、株式会社S(以下「S」という。)の代表取締役であった者である。
   被告Bは、T株式会社(以下「T」という。)の代表取締役である(なお、被告Aは、Tの事業については同社から業務委託を受けて関与していたものであるが、Tの代表者として行動していた。)。
   T、F及びSは、SES(システムエンジニアリングサービス)事業として、システム開発、保守、運用業務の委託を受ける事業を行い、従業員は、運用業務の委託を受けた企業等に常駐して勤務していた(以下、SES契約に基づき、委託元企業等に常駐して勤務する形態を「派遣」ということがある。)。
   T、F等は、令和3年頃、未経験者をITエンジニアとして採用する旨の求人情報を、大手求人サイトに掲載した。

(2)被告Aは、SES事業を遂行するにあたり、コロナ禍においては、ITエンジニアの未経験者をSESとして募集する企業がなく、未経験者を派遣することが難しい状況にあったことから、未経験者を経験者であるものと詐称して派遣することとした。
   そこで、被告らは、共謀の上、T、F及びSにおいて、
  ・ITエンジニアの未経験者を積極的に採用し、採用した従業員に5年程度の実務経験があるものとして振る舞うよう指導し、
  ・ITエンジニアの経験者を募集している取引先に対し、同取引先が募集条件として提示するプログラミング言語について5年の実務経験があるITエンジニアを派遣できるとの虚偽の説明をして営業活動を行い、取引先との間でSES契約を締結し、未経験者である従業員を派遣した。

(3)被告らは、T、F等として未経験者を採用するに当たり、「【採用の流れマニュアル】クリーンタイプ」と題する文書(以下「採用マニュアル」という。)を作成し、それに従って自ら又は従業員らをして採用活動を行った。
   被告らは、応募者に対し、プログラミングスクール(以下「スクール」という。)の受講が必須であり、従業員であれば割引価格で受講できるなどと説明して受講料を支払わせるなどしていたが、スクールの内容は、未経験者経歴を詐称するためのスキルシートの作成及び面接の指導並びに取引先に対する営業活動を含むものであり、その主目的は、未経験者に経歴を詐称させてSESとして派遣するための営業活動及びその準備をすることにあった。
   被告らは、T、F及びSにおいて採用内定を出した者との間で、SES契約に基づく派遣が決まった後に雇用契約を締結し、派遣日以降の給与を支払った。

(4)原告Aは、令和3年2月1日、求人サイトに掲載されていたTの求人広告を見て応募した。Tは、未経験者でも稼げるなどとして、ITエンジニアを募集していた。原告Aは当時大学4年生であり、大学卒業後の同年4月に新卒として入社する就職先を探していた。
   原告Aは、同年2月4日、同社の代表面接として、被告Aによる面接を受け、同日、口頭で採用内定を受けた後、内定通知書及び労働条件通知書入社予定日を同年4月1給与を月30万円とするなどの記載がある。)の送付を受けた。
   原告Aは、T従業員のMから、同社に入社するために必要であるとの説明を受け、同年2月9日、Tのスクールの受講を申し込み、同年3月25日までに代金60万円を支払った。
   原告Aは、同年2月11日、スクールの受講を開始し、被告らは、スクールの講師を務めた。スクールの内容は、主に、虚偽の内容を記載したスキルシートの作成と、Fの他の従業員をSESとして派遣するための電話及びLINEによる営業(テレアポ)であった。
   スクールにおいて、被告らは、原告Aに対し、経歴を盛るのは普通のことであると説明した。原告Aは、当時22歳で、ITエンジニアとしての経験を有していなかったが、被告Bの指導により、25歳でITエンジニアとして5年の経験があり、8つの案件でシステム開発等に携わったとの内容のスキルシートを作成した。
   被告Bは、同年3月3日、原告Aに対し、同人の入社する会社の名称がFに変わると伝えた。

(5)被告Bは、原告Aに対して面接の指導をし、5年の経験があるITエンジニアであるものとして受け答えをするよう指示した。
   その後、原告Aは、虚偽の内容のスキルシートを送付した取引先との面接を受け、令和3年4月20日、N社において業務を遂行する案件(以下「N社案件」という。)のためにO社に派遣されることとなった。
   原告Aは、同月21日、被告Aの指示より、派遣先に対し、虚偽の生年を伝えた。
   原告Aは、同月22、Fとの間で、契約期間を同月21日から同年5月31日まで、自動的に更新、基本給月額30万円とする雇用契約を締結した。
   原告Aは、同年4月20日以降、N社案件での業務を開始するまでの間、被告らの指示を受け、採用マニュアルに従ってFの採用面接を行うなどした。

(6)原告Aは、令和3年5月6N社案件での業務を開始し、官公庁系のシステムの詳細設計等の業務に従事した。
   原告Aは、システム設計等の業務の経験を有していないことから、担当業務を遂行することはできず、他のエンジニアに対して質問を繰り返したり、スキルがあるはずなのに何もできないとの叱責を受けたりするなどして、すぐにでも逃げ出したいと思いながら勤務をすることとなり、耳鳴りや吐き気が止まらなくなって欠勤するなどした。
   原告Aは、同年6月2日、被告Bに対し、「精神的に色々とキツくなってきました。年齢も色々と詐称してやって行く事が僕には向いてなかったです。」等としてFを退職する旨のメッセージをLINEで送信し、Fを退職した。
   被告Bは、同月16日、被告Aの指示を受け、原告Aに対し、退職後にFの従業員と連絡を取ることは禁止であること、エンジニアとして現場で働いている以外の時間分の給与は出ないこと、交通費の支給は無いこと、退職者同士複数人で集まっていることを把握しており、そのリーダーに対しては5000万円の損害賠償請求を行うことなどを記載したメッセージをLINEで送信した。
   その後、原告Aは、体調不良であり、かつ、短期間での転職となることから、転職活動をしたものの再就職先を探すのに苦労し、同年11月又は12月頃、別の企業に就職した。

(7)原告Aは、同様の事情の下でF又はSを退職した原告B及び原告Cと共同して本件訴えを提起し、
   T、F等の各求人広告は被告らのいわゆる求人詐欺によるものであり、被告ら又はT、F又はSの従業員を称する者らから、経歴を詐称したスキルシートの作成や取引先との面接を強要され、その結果、F又はSとSES契約を締結した取引先において能力を超過する業務を担当することとなり、業務を遂行することができずに退職に追い込まれたことにより精神的苦痛を受けた
などと主張して、被告らに対し、共同不法行為に基づき、連帯して、損害金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)被告らによる原告A及び原告Bに対するスクールの受講契約への勧誘及び締結が詐欺に当たるか(争点1)
(2)被告らの原告らに対する違法な業務命令権の行使による不法行為の成否(争点2)
(3)原告らの損害額等(争点3)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(被告らによる原告A及び原告Bに対するスクールの受講契約への勧誘及び締結が詐欺に当たるか)について
 ア T、F及びSは、未経験者の従業員について5年程度の経験があるITエンジニアであると詐称して、取引先との間でSES契約を締結し、未経験者を経験者として派遣することにより、取引先から、経験者を派遣した場合に得られる額の報酬を得ることにより利益を得ていたと認められる。
   取引先は、具体的なシステム開発等の業務遂行のために必要な人員を確保するために、要求するスキルや経験年数、開発環境及び期間等を明示してSESによるITエンジニアを募集しているのであるから、当該システム開発等の業務に必要な知識及び経験を有するITエンジニアが派遣されるものと信用してSES契約を締結するのが通常であると認められる。
   そうすると、取引先が、経歴を詐称した未経験者が派遣されるものと知っていたならば、T、F及びSとの間でSES契約を締結するとは考えられないのであって、被告らの事業内容は、取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするものというほかない。
   そして、T及びFのスクールは、取引先に、T又はFから経験者が派遣されるものと誤信させてSES契約を締結するために、経歴等を詐称したスキルシートの作成及び面接の指導をし、さらには、営業活動をさせるものであったのであるから、T及びF(のスクール)が、その事業内容である上記詐欺行為を実現するための手段であり、かつ、詐欺行為そのものである営業活動を含むものであって、およそ社会的な相当性を欠く内容のものであった。
 イ ところが、被告らは、T及びFの求人広告において、スクールを「プログラミングスクール」と称し、原告Aに対しては、被告Bの部下に当たるMをして、カリキュラム内容について、「PHP・Javaをメイン」、「AWSなどを含めたクラウドについてなど今現場が必要としているスキルを伝えております」などと説明し、原告Bに対しては、「開発エンジニア_超実践コース」であるとして受講料の支払を受けた。
   このような説明を受けた原告らは、実際にITエンジニアとして必要なスキルを習得できると誤信してスクールの受講契約を締結したものと認めるのが相当であるところ、上記のような不法な目的のスクールであると知っていたとすれば、一般企業への収束を希望していた原告A及び原告Bが、スクールの受講契約を締結するとは考えられない
   そして、T及びF従業員は、被告らの指示により、被告らが作成した採用マニュアルにしたがって採用活動及びスクール受講の勧誘行為をしていたことが推認でき、被告らと勧誘等を行ったT及びF従業員との間に共謀があったと認められる。
 ウ そうすると、スクールの受講契約への勧誘及び締結は、被告ら並びにT及びF従業員による詐欺行為(共同不法行為)に当たる。

(2)争点2(被告らの原告らに対する違法な業務命令権の行使による不法行為の成否(争点2)
 ア 被告ら並びにF及びS従業員らは、原告らの雇用主又は上司として、原告らに対し、
  ・経歴や年齢を偽る内容のスキルシートを作成させ、
  ・経歴詐称により従業員を派遣することを目的として、取引先に対する営業活動(テレアポ)をさせ、
  ・経歴等を詐称して面接を受けさせ、
  ・取引先においてSESとして勤務をさせた。
   これらの命令はいずれも、F又はSが、取引先に対し、従業員の経歴等を詐称してITエンジニアを派遣することにより報酬を得ることを目的とした詐欺行為又はその準備行為の実施を命じたものであり、雇用主であるF又はSの代表者である被告Aやその指示を受けた被告B又はその部下らが、原告らに対し、業務上の命令として、上記詐欺行為の一部を担うよう命じたのであるから、正当なものとみるべき余地はなく、違法な業務命令であったというほかない。
 イ この点、被告らは、原告Aは経歴を詐称することを了承していたと主張し、被告A本人は、本人尋問において、原告らは経歴を詐称することを了承していたと供述しているところ、同主張は、原告らが自らの意思で詐欺行為に加担していたから、被告らの業務命令は原告らの意思に反するものではなく、不法行為に当たらないと主張するものと解される。
   しかしながら、T、F等の求人広告において、従業員の経歴を詐称して取引先に派遣することをうかがわせる記載はなく、原告らが、経歴詐称をして勤務することになるものと認識して同各社に応募したと認めることはできない。
   また、T、F等の採用面接において、被告ら又はその指示を受けた従業員らが、原告らに対し、経歴詐称をして取引先にSESとして派遣する事業をしている会社であることを具体的に説明して原告らの了承を得たものと認めるに足りる証拠はない。
   そうすると、原告らが、詐欺行為に加担する意思をもってT、F等に応募し、採用されたと認めることはできない。
   なるほど、原告らは、少なくとも取引先の面接を受ける時点までには、自らが詐欺行為に加担している旨認識していたと推認されるが、これは、原告らが、同各社において正社員として採用されたことから前勤務先を退職するなどしていて、容易にF又はSを辞めることもできない状況にあったことを考慮すれば、上司である被告ら又はその他従業員からの指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていたというべきであって、被告らの業務命令は原告らの意思に反するものであったというほかない。
   したがって、原告らが、自ら経歴詐称をしていることを認識していたとの事実は、被告らの業務命令が原告らに対する不法行為に当たるとの判断を左右しない

(3)争点3(原告らの損害額等)
 ア 原告らが、T、F等の求人に応募してから、F又はSを退職するまでの間に、被告ら及びその指示を受けた従業員らから受けたスクールへの勧誘及び業務指示は、被告らの原告らに対する共同不法行為に当たるから、これにより原告らに生じた損害について、被告らは連帯して賠償する責任を負う。
 イ 原告Aの損害
  a)スクール代金 60万円
  b)逸失利益 66万9815円
   原告Aは、Tの採用内定を受けたために、被告らの取引先に対する詐欺行為に加担する業務を遂行することとなったが、そうでなければ、大学を卒業した後の令和3年4月から再就職した同年11月又は12月頃までの間他の企業に就職して給与収入を得ることができたということができる(原告Aは再就職するまでに5か月程度の時間を要したが、Fにおける就労期間が極めて短期間であったことが転職活動に不利に働くことは当然であることからすると、上記程度の転職活動の期間を要することは通常であると認められる。)。
   そして、原告Aは、その間、Fから支払われた同年5月分(同月6日から同月31日までの分)の給与以外の収入を得ることができなかった。原告Aが他の企業に就職した場合に得ることのできた賃金額は、被告らが給与額として提示した月30万円を同額と認めるのが相当である。
   もっとも、原告Aは、Fを退職してから6か月の間Fにおける勤務を継続し、賃金を得ることができた旨を主張するにとどまっているところ、Fが詐欺行為をその事業内容とするものであることからすれば、Fでの勤務を継続することが原告Aにとって正当な利益となるものとは考え難いため、退職後の逸失利益に関する原告Aの主張は理由がない
   また、原告Aは同年2月12から、被告らの指示により被告らの詐欺行為のための準備の一環であるスクールの受講を開始しており、同日から同年3月31日までの間被告らの指示によりFの業務に従事していたといえるものの、同期間、原告Aは大学に在籍していたから、他の企業に正社員として就職する機会を有していたとは認められない。そこで、同期間については月額20万円の限度で逸失利益を認めることとする。
   そうすると、原告Aの請求する逸失利益のうち、令和3年2月12日から同年3月31日までの期間について月20万円の逸失利益を認め、同年4月1日から同年5月5日までの期間について月30万円の逸失利益を認めるのが相当であり、その額は66万9815である(1円未満切り捨て。計算式:20万円×((17日÷28日)+1か月)+30万円×(1か月+(5日÷31日))。
  c)給与の天引額 4万3090円 
  d)慰謝料 100万円
   原告Aは令和3年2月から同年10月までの間、被告らの詐欺行為に加担させられ、退職後も、被告らから脅迫的な内容のメールを受信するなどし、加えて、短期間での転職であることから転職活動に苦労するなどして、相当程度の精神的苦痛を被ったものと認められる。
   本件に顕われた全ての事情を総合すると、慰謝料は100万円が相当である。
    e)弁護士費用 23万円
  f)合計額 254万2905円
 ウ 原告Bの損害 略
 エ 原告Cの損害 略

(4)結論
   原告Aの請求は、被告らに対し、連帯して、254万円2905円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容。なお、原告B及び原告Cについては、省略する。)。


【コメント】

   本裁判例は、取引先に対し、従業員の経歴等を詐称してITエンジニアを派遣することにより報酬を得ることを目的とした詐欺行為又はその準備行為の実施を命じるという、被告らによる原告らに対する違法な業務命令権の行使による不法行為の成立を認めた事例です。
   本裁判例は、原告らが、少なくとも取引先の面接を受ける時点までには、自らが詐欺行為に加担している旨認識していたと推認されるものとしつつ、当時の原告らが、上司である被告ら又はその他従業員からの指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていたことから、被告らの業務命令は原告らの意思に反するものであったと認定して、原告らが、自ら経歴詐称をしていることを認識していたとの事実は、被告らの業務命令が原告らに対する不法行為に当たるとの判断を左右しないとの判断を導いている点が注目されます。

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