【知的財産】東京地裁令和5年12月11日判決(判例タイムズ1520号244頁)

芸能プロダクションである被告が、その所属タレントであった原告の肖像写真を自社のウェブサイトに掲載し続けた行為について、原告の肖像権侵害を否認した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告は、タレント、モデル、演劇その他の芸能活動を行ってきた者である。
   被告は、タレントやモデルの育成及びマネジメントを主とするプロダクション業務等を業とする芸能プロダクションである。

(2)原告と被告は、平成30年12月5日頃、原告が被告の専属タレントとして、被告の指示に従って芸能活動を行い、被告が原告に対し、当該芸能活動に係る報酬等を支払うことを内容とする専属契約(以下「本件契約」という。)を締結した

(3)原告は、本件契約締結から令和2年7月頃までの間、被告の専属タレントとして芸能活動を行ってきたが、同月4日、被告の従業員に対し、事務所(被告)を辞めたい旨伝えた。
   そして、原告は、令和2年8月7、被告に対し、本件契約を解除する旨の解除通知書(以下「本件通知書」という。)を送付した

(4)その後、被告は、原告に対し、本件契約の解除が無効であるとして、本件契約が存続していることの確認等を求める本訴(以下、下記反訴と併せて「別件訴訟」という。)を提起し、これに対して原告は、被告に対し、本件契約に基づく未払報酬等の支払を求める反訴を提起したが、令和4年11月29上記本訴請求及び反訴請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された
   原告は、上記判決に対して控訴し、被告は附帯控訴したが、令和5年4月18原告が当該控訴を取り下げたため、上記判決は確定した

(5)被告は、本件通知書の受領後である令和2年9月7日以降も、自社のホームページにおいて、原告の肖像写真及び氏名(以下「本件写真等1」という。)並びに原告のプロフィール及び肖像写真(以下「本件写真等2」といい、本件写真等1及び2の肖像写真を、併せて「本件写真」といい、本件写真等1及び2を、併せて「本件写真等」という。)を削除せず、その掲載(以下「本件掲載」という。)を続けた
   しかしながら、上記のとおり、別件訴訟の判決が令和5年4月18に確定したことから、被告は、同日、自社のホームページから、本件写真等を削除した

(6)原告は、令和5年、本件訴えを提起して、被告に対し、本件契約が解除されたにもかかわらず、被告がそのホームページ上に本件写真等を掲載し続けているとして、
   主位的に本件掲載が肖像権及びパブリシティ権侵害を構成すると主張し、不法行為に基づき、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払並びに本件写真等の削除を求め、
   予備的に本件掲載が不正競争防止法2条1項1号に掲げる不正競争に該当すると主張し、同法4条に基づき、損害賠償金の支払を求めた。
   なお、原告は、令和5年6月12日、本件訴えの全部を取り下げたものの、被告は、同月20日、これに同意をせず、同年10月5日、弁論が終結された。


【争点】

(1)パブリシティ権侵害の有無(争点1)
(2)肖像権侵害の有無(争点2)
(3)不正競争防止法2条1項1号該当性(争点3)
(4)損害発生の有無及びその額(争点4)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(パブリシティ権侵害の有無)について
 ア 判断枠組み
   肖像等を無断で使用する行為は、
  ①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、
  ②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、
  ③肖像等を商品等の広告として使用する
など、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である(ピンク・レディー事件・最高裁平成24年2月2日判決)。
 イ 検討
   芸能プロダクションである被告は、被告に所属するタレントを紹介するために、そのホームページにおいて、他の所属タレントと併せて原告の氏名及び肖像写真(本件写真等1)をトップページに掲載するとともに、原告のプロフィール及び肖像写真(本件写真等2)を所属タレントのページに掲載したことが認められる。
   上記の事実によれば、被告は、所属タレントを紹介する被告のホームページにおいて、原告が被告に所属する事実を示すとともに、原告に関する人物情報を補足するために、本件写真等を使用したことが認められる。
   そうすると、被告が商品等を使用する行為は、専ら原告の肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず、パブリシティ権を侵害するものと認めることはできない

(2)争点2(肖像権侵害の有無)について
 ア 判断枠組み
   肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当である(最高裁昭和44年12月24日判決、最高裁平成17年11月10日判決、前掲最高裁平成14年2月2日判決各参照)。
   そうすると、容ぼう等を無断で撮影、公表等する行為は、
  ①撮影等された者(以下「被撮影者」という。)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき
  ②公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき
  ③公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるとき
など、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。
 イ 検討
  a)前記(1)アの事実によれば、被告は、所属タレントを紹介する被告のホームページにおいて、原告が被告に所属する事実を示すとともに、原告に関する人物情報を補足するために、本件写真を使用したものである。そして、本件写真の内容は、白色無地の背景において、原告の容ぼうを中心として正面から美しく原告を撮影したものであることが認められる。
   そうすると、本件写真は、私的領域において撮影されたものではなく、原告を侮辱するものでもなく、平穏に日常生活を送る原告の利益を害するものともいえない
   したがって、被告が本件写真を使用する行為は、原告の肖像権を侵害するものと認めることはできない
  b)これに対し、原告は、自らの意思に反して芸能事務所の所属タレントとして肖像が利用された場合には、精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に該当する旨主張する。
   しかしながら、原告は、肖像権侵害を主張するものの、肖像に化体しこれに紐付けられた法律上保護される利益(民法709条参照)を具体的に特定して主張するものではなく、主張自体失当というほかない。
   仮に、原告の主張を前提としても、本件契約に係る解除が有効であるとする別件訴訟の棄却判決が有効であるとする別件訴訟の棄却判決が、令和5年4月18日に確定したところ、被告は、同日には、自社のホームページから、本件写真を削除したことが認められる。
   そうすると、原告の主張を十分に斟酌しても、本件契約の解除の有効性が訴訟で争われていた事情を考慮すれば、その間に本件写真を掲載した行為が、受忍限度を超える侮辱ということはできず、その他に、原告主張に係る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えることを裏付ける的確な証拠はない。
   したがって、原告の主張を採用することはできない。

(3)争点3(不正競争防止法2条1項1号該当性)について
 ア 判断枠組み
   不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」とは、
   人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。
 イ 検討
   原告の氏名又は肖像は、原告を示す人物識別情報であり、本来的に商品又は営業の出所表示機能を有するものではない
   そして、原告は、芸能プロダクションである被告に所属する一タレントであったにすぎず、原告自身がプロダクション業務等を行っていた事実を認めるに足りない。
   そして、本件全証拠をもっても、原告の氏名又は肖像が、その人物識別情報を超えて、原告自身の営業等を表示する二次的意味を有するものと認めることはできず、まして、原告の氏名及び肖像が、タレントとしての原告自身の知名度とは別に、原告自身の営業等を表示するものとして周知であるものとは、明らかに認めるに足りない
   したがって、原告の氏名又は肖像が周知な商品等表示に該当するものと認めることはできない

(4)結論
   原告の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、一般論として、他人の容ぼう等を無断で撮影、公表等する行為が、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えて肖像権を侵害する場合として、3つの類型を示した上で、芸能プロダクションである被告が、その所属タレントであった原告の肖像写真を自社のウェブサイトに掲載し続けた行為について、上記の3つの類型のどれにも該当しないことから、原告の肖像権侵害を否認した事例です。
   本裁判例が、上記の3つの類型を前提に、原告に対し、その主張する「肖像に化体しこれに紐付けられた法律上保護される利益(民法709条参照)」を、具体的に特定して主張する(プライバシーに係る法的利益、名誉感情又は平穏に日常生活を送る利益など)ことを求めている点も注目に値します。
   なお、本裁判例は、「本件契約の解除の有効性が訴訟で争われていた事情を考慮すれば、その間に本件写真を掲載した行為が、受忍限度を超える侮辱ということはできず」とも判示しています。この点については、「本判決はいわば3類型説を適用して判断を導くものであるが、仮に総合考慮説を採用したとしても、上記の事情を考慮すれば、肖像権侵害を構成しない旨を念のため説示したもの」と評されています(本裁判例の解説・判例タイムズ1520号246頁参照。なお、肖像権侵害の判断基準に関する近時の裁判例については、拙稿「肖像権侵害の判断基準について」もご参照ください。)。

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