【交通事故】東京地裁令和4年5月31日判決(自保ジャーナル2145号34頁)

原告の右下肢の可動状態の回復状況、職種その他の事情に照らして、逓減方式にて休業損害を算定し、原告の年齢を考慮して、後遺障害逸失利益の基礎収入を、症状固定時の男性高卒全年齢計の469万9400円の約89%とした事例(控訴審確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成21年10月27日午後11時37分頃
 イ 発生場所 東京都江戸川区内の信号機により交通整理の行われている十字路交差点(以下「本件交差点」という。)
 ウ 原告原付 原告(本件事故当時31調理師)運転の自家用原動機付自転車
 エ 被告車  被告運転の自家用普通貨物自動車
 オ 事故態様 被告が、本件交差点の対面信号機の青色表示に従って東方から北方に被告車を右折させたところ、本件交差点を同じく対面信号機の青色表示に従って西方から東方に対向直進してきた原告原付が急制動によりバランスを失って滑走し、被告車左前部と衝突するとともに、原告が右大腿部を被告車左後輪に轢過された。

(2)原告は、本件事故により、右大腿骨骨幹部骨折、右大腿骨転子部骨折、右下肢皮膚剥脱創、右脛骨骨髄炎等の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けた。
 ア B病院
  a)入院
  ・平成21年10月28日から平成22年3月17日まで(141日間)
   右大腿骨骨折に対する手術施行
   糖尿病と診断
  ・平成23年1月14日から同年2月18日まで(36日間)
   髄内釘入れ替え等施行
  ・平成24年5月21日から同年5月30日まで(10日間)
   髄内抜釘去施行
  b)通院
   平成22年3月31日から平成26年3月5日まで
  ・当初、平成25年6月19日に症状固定の予定。
 イ C整形外科 略
 ウ Dクリニック 
 エ Eクリニック 略
 オ F病院 略
 カ G病院
  a)入院
  ・平成25年8月26日から同年9月10日まで(16日間)
   右下腿瘢痕拘縮形成術及び皮下腫瘍切除術施行(平成25年7月17日)
  ・平成26年6月9から同月29日まで(21日間)
   右下腿瘢痕拘縮形成術(瘢痕部分の半分程度)施行(平成26年6月18日)
  b)通院
   平成24年3月28日から平成27年3月4まで
 キ H整骨院 略

(3)原告は、右座骨神経損傷、骨盤骨折、右下腿瘢痕拘縮及び左中指挫創の傷病名のもと、歩行障害、つよいしびれ、足趾・足関節の運動障害、睡眠障害、ぼっ起不全、左中指屈曲障害の症状が残存し、平成27年3月4日に症状固定した。

(4)被告加入の自賠責保険会社は、平成28年10月3日、原告の後遺障害について、以下のとおり判断した。
 ア 右足関節及び右足指の可動域制限は、いずれも神経麻痺(注:骨幹部骨折に伴う座骨神経麻痺)によるものと捉えられることから可動域測定値について自動運動による測定値を採用するとした上で、
  ・右足関節機能障害を自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表(以下、単に「別表」という。)第二8級7号、
  ・右足指機能障害を同9級15号
として、これらを同一系列の障害として併合7と判断した上、
  ・右下肢瘢痕を同12相当、左下肢瘢痕を同145号と判断して、
上記の障害を併合して後遺障害併合6と判断した。

(5)原告は、平成30年8月31日、本件訴えを提起して、被告に対し、民法709条及び自賠法3条に基づき、既払金を除いた損害賠償金5182万3500円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)本件事故態様及び過失割合(争点1)
(2)原告の後遺障害の内容及びその程度(争点2)
(3)原告の損害
 ア 休業損害(争点3-1)
 イ 後遺障害逸失利益(争点3-2)
(4)素因減額の要否(争点4)
(5)消滅時効の成否(争点5)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(5)については、下記のとおり、裁判所は判断を示さなかった。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故態様及び過失割合)について
   双方の過失を対比すると、原告15%、被告85%とするのが相当である(詳細については、省略する。)。

(2)争点2(原告の後遺障害の内容及びその程度)について
 ア 右下肢の機能障害の原因
   徒手筋力テストの推移(略)に加えて、平成25年3月1日には右足関節及び右足指の底背屈の自動運動について少し反応が出るようになったことからすれば、原告の神経は再生されて遠位の効果器である筋肉群と少なくとも有効に結合する程度には回復したものと考えられる。
   以上に加えて、本件事故態様からは、原告の受傷は圧挫等の閉鎖創と考えられ、前記の一般的な医学的知見(略)にも鑑みれば、原告の大腿骨骨幹部骨折に伴う座骨神経麻痺は、軸索損傷による不全麻痺であったと考えられ、身体状態にもよるが、受傷後も徐々に回復することを期待し得る障害というべきであって、今後回復の見込まれない完全麻痺とは一線を画するものといえる。
   もっとも、特にG病院における原告の徒手筋力テストの結果は、振れ幅が大きくやや安定していない。原告の座骨神経麻痺は、糖尿病の影響も相まって、その症状が一方向に回復することにならずに、治療が遷延しつつ症状が固定した可能性が払拭できない。
   以上からすると、本件事故による原告の座骨神経麻痺は、自動運動の不可能な完全麻痺であったとは認めることができないことから、原告の右下肢の機能症が残存したか否か、それがどの程度であるかは、症状固定時における他動値により評価しつつ、糖尿病の影響による治療の遷延や回復しきらずに症状が固定した可能性を考慮して、素因減額によって調整するのが相当というべきである。
 イ 右下肢の機能障害の程度
   原告の足関節には8級7号の、足指には9級15号の各後遺障害が残存したところ、1下肢の機能障害と同一下肢の足指の機能障害がある場合には同一系列の障害といえるので、両者を合せて原告の右下肢の後遺障害は7相当であるといえる。
 ウ その他の後遺障害
  ・原告の右下肢の瘢痕 12相当
  ・左大腿部の瘢痕 145号
 エ 小括
   原告には、7相当の足関節及び足指の後遺障害並びに12相当及び145号該当の瘢痕があるので、これらを合わせて6相当の後遺障害が残存したと認めることができる。

(3)争点3-1(休業損害)について
 ア 認定事実
  a)原告は、平成22年3月17日に松葉杖を使用して退院し、J整形外科で週5回リハビリを行った後、髄内釘入れ替え等のために(B病院に)再度入院し、退院後、平成23年5月17日には肩松葉杖歩行を許可され、同年6月には全荷重が許可された。
   さらに、原告は、平成24年5月に髄内抜釘去後、同年7月18は、重労働、スポーツ、過度の負荷の禁止を引き続き継続すべき旨を医師から指示されつつも、片松葉杖の使用が終了となり、同年11には、ADL(日常生活動作)が自立して、屋内での歩行は大丈夫だが、長い労作が難しい程度となったことから、立ち仕事は1時間を限度された。
   その後は症状が変わらず、B病院の医師は平成25年6月19症状固定とする予定であったが、G病院において腓骨の筋膜脂肪有茎皮弁の縫縮手術を検討していることから延期となり、最終的には平成27年3月4症状固定となったことが認められる。
  b)原告は調理師であって立ち仕事が主であり、松葉杖を使用した歩行しかできない状態や、日常生活動作が自立していない状態では、様々な食材を冷蔵庫等の保存場所から取り出したり、洗い場やガスコンロ等の設備がある厨房の中を移動したりして、調理などを行うことは相当な困難が伴うものであったと考えられる。
  c)他方で、原告は、平成22年7月9にはレンタカーを借り受けて運転し、その後も複数回レンタカーを借りて自動車の運転をしており、その際には、右足をアクセルペダルに置き、左足をブレーキペダルにおいて運転していたことが認められることからすれば、右足関節や右足指を含む下肢を用いたアクセルペダルを調節・制御することが可能な程度の身体状態にあったといえる。
 イ 休業割合(逓減方式)
  a)上記アの事情に照らせば、本件事故日である平成21年10月28日から平成22年6月30日までの246日間は、完全に休業する必要が認められるというべきである。
  b)次に、レンタカーを借り受けて運転を行った時期である平成22年7月1日からADLが自立する平成24年11月の前月(注:10月)末日までの854日間は、松葉杖などの制限はあるものの一時的に他の職種に就くことを含め一定の限度で就業することは可能であったと考えられ、期間を通じて8割の休業割合を認める。
  c)さらに、同年11月から、症状が固定すると当初見込まれた平成25年6月19日までの231日間は、期間を通じて5割の休業割合を認めるのを相当とする。
  d)同月20日から症状固定した平成27年3月4日までの623日間は、腓骨の筋膜脂肪有茎皮弁の縫縮手術のために合計40日間入院していることも考慮して、期間を通じて4割の休業割合を認めるのを相当とする。
 ウ 基礎収入
   原告の本件事故前の平成21年8月から同年10月までの3ヶ月間の収入が105万4270円であるから、これを本件事故日である同月27日までの88日間で除した1万1980円と認める。
 エ 小括
   以下の計算式のとおり、原告の休業損害は1550万0922円であると認められる。
  (計算式)1万1980円/日×(246日+854日×8割+231日×5割+623日×4割)= 1550万0922円

(4)争点3-2(後遺障害逸失利益)について
 ア 基礎収入
   本件事故前年の平成20年の原告の現実収入388万5000であると認められ、これは、同年の賃金センサス男子高卒30歳ないし34歳平均434万9600円の約89%に相当する。
   若年層の現実収入をそのまま基礎収入とした場合、将来の昇給分が考慮されないこととなってしまうところ、現実収入と年齢別平均賃金とを対比した割合の限度で全年齢平均賃金に乗じた金額を基礎収入とするのは合理的である。
   したがって、原告の基礎収入は、症状固定時である平成27年男性高卒全年齢計の469万9400円の約89%ある418万2500とするのが相当である。
 イ 労働能力喪失期間
   原告は、症状固定時(平成27年3月4日)37歳であるから、67歳までの30年間(対応するライプニッツ係数15.3725)を認める。
 ウ 労働能力喪失率
   前記(2)のとおり、原告は、7相当の足関節及び足指の機能障害に加えて、12相当及び14瘢痕の後遺障害を残したことが認められる。
   調理師である原告の労働能力に与える影響としては機能障害のみであるといえ、その業務が長時間立位で厨房内を動き回り調理することを内容とするものであることからすれば、機能障害の影響は低くはないというべきである。
   他方、自動車の運転を行っていることや、平成30年には、曲がりなりにも本件事故前に相当する程度の水準の収入を得ていることなども併せ鑑みれば、自助努力や職場の環境等の特段事情を考慮しても、本件事故による後遺障害に伴う労働能力喪失率として45%を認めるのが相当である。
 エ 小括
   以上によれば、原告の後遺障害逸失利益は2893万2966円となる。
  (計算式)418万2500円×45%×15.3725=2893万2966円

(5)争点4(素因減額)について
   本来、本件事故により原告が被った損害については、前記(2)アのとおり、素因減額による調整を施すのが相当であるものの、その調整を施すまでもなく、原告の被告に対する損害賠償請求権はすべて填補済みというべきであり(詳細については、省略する。)、相当な素因減額の割合について判断するまでもない

(6)結論
   その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原告の右下肢の可動状態の回復状況、職種(調理師)その他の事情に照らして、逓減方式にて休業損害を算定し、原告の年齢(本件事故当時31)を考慮して、後遺障害逸失利益の基礎収入を、症状固定時の男性高卒全年齢計の469万9400円の約89%とした事例です。
   また、本裁判例は、原告に併合6級相当の後遺障害が残存したことを認めつつ、調理師である原告の労働能力に与える影響としては機能障害のみであることや、平成30年には本件事故前に相当する程度の水準の収入を得ていることなどを考慮して、本件事故による後遺障害に伴う労働能力喪失率45%(8級相当)と認定しています。

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