需要者である本件製品の専門業者が、取引の際にそもそも製品の形態に着目して本件製品を購入するものとはいえないことから、原告製品の形態は、出所表示機能を有するものではなく、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない旨判示した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)原告は、ドイツ法に基づき設立された法人であり、製造業、エネルギー、ヘルスケア、インフラ等の分野における製造等及びシステム・ソリューションの事業を行っている。
被告は、自動機械装置、駆動機器、空気圧制御機器、空気圧関連機器等の開発、製造、販売及び輸出等を目的とする会社である。
(2)原告は、別紙原告製品目録(略)記載の製品(以下「原告製品」という。)を販売している。
被告は、別紙被告製品目録(略)記載の製品(以下「被告製品」という。)を販売している。
(3)都市ガスの供給圧力は、圧力の低い方から、低圧(0.1MPa未満)、中圧B(0.1MPa以上0.3MPa未満)、中圧A(0.3MPa以上1.0MPa未満)に分類される。そして、低圧は、一般家庭や一般の商業ビルや工場などに供給されるのに対し、中圧Bは、大規模な商業施設や工場に、中圧Aは、専ら大規模工場に供給される。
原告製品及び被告製品は、いずれも、事業用の比較的高圧な中圧Bを使用するボイラーやバーナーの自動遮断弁(以下「中圧Bの遮断弁」という。)であり、大規模な商業施設や工場の暖房・熱源設備用のために用いられるものである。
(4)原告製品は、ガスバルブ本体と、それに組み合わせるアクチュエーターを一体としたものであり、その形状は、別紙原告製品説明書(略)記載のとおりである。
被告製品は、同様に、ガスバルブ本体と、それに組み合わせるアクチュエーターを一体としたものであり、その形状は、別紙被告製品説明書(略)記載のとおりである。
そして、被告製品は、主として、ガス配管と同じダクタイル鋳鉄製の管や金属製の弁、アクチュエーターとその制御装置、検出信号入力装置等で構成されており、金属部品が多くを占める。そのため、その重量は全体で25~26kg程度であり、価格は約50万円前後(税抜き)である。
(5)原告製品は、昭和60年の販売開始から10年間程度は、市場に競合品がない状態であった。そして、平成6年頃に被告が旧形態の中圧B供給用のガスバルブの販売を開始したものの、その後も、原告製品の市場シェアは推定して100%近くを維持している。
被告は、平成31年4月頃、被告製品の製造、販売を開始した。
(6)自動遮断弁は、ガスボイラーの運転停止やボイラーの異常燃焼、ガス圧力の異常などが検知されたときに、ボイラーからの検知部への通電停止信号を受け、ガスの流れを遮断するためのものである。
そして、遮断弁に不具合があるとボイラーの運転自体が不可能となるため、原告製品や被告製品に故障が生じた際には、製品を使用している工場や商業施設に多大な支障が生じるおそれがある。
(7)中圧Bのガス遮断弁の需要者は、主として、ガスボイラーを製造する専門業者であるガスボイラーメーカーのほか、ガスボイラーに使用するガスバーナーを製造する専門業者であるガスバーナーメーカーであり、日本国内では、約30社の需要者が存在する。
そして、前記(6)のとおり、不具合が生じた場合の支障が大きいことから、中圧Bのガス遮断弁の需要者であるガスボイラーメーカーやガスバーナーメーカーは、購入に当たって、製品の安全性・信頼性を重視しており、2年ないし3年かけてテストを繰り返しながら慎重にガスバルブの採否を検討し、その検討のためには、製品内部の動作や構造についても詳細な情報を要求する。
(8)被告製品は、原告製品の性能やアフターサービスに対する不満を持つ顧客からの要望を受け、原告製品の互換品として開発・製造されるに至ったものである。
(9)原告は、原告製品につき、テレビCMやチラシを使用した宣伝は行っていない。また、原告製品は、A株式会社のホームページにおいて紹介されているところ、同ホームページにおいても、原告製品の写真が掲載されているものの、特にその形態が強調されてはいない。
被告製品のパンフレットにおいても、表紙の約3分の1程度のスペースを占める被告製品の写真が掲載されているものの、「おもな特長」としては、(略)といった点が強調されているにすぎず、形態についての言及はない。
(10)原告は、本件訴えを提起して、原告製品の形態は周知な商品等表示に該当し、被告が被告製品を製造又は販売する行為は、上記商品等表示と類似の商品等表示を使用するものとして、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張して、被告に対し、不競法3条1項及び2項に基づき、被告製品の製造等の差止め並びに被告製品及びその製造に用いられる金型その他の製造機具の廃棄を求めた。
【争点】
(1)原告製品の商品等表示性(争点1)
(2)原告製品と被告製品の類似性(争点2)
(3)混同のおそれの有無(争点3)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(原告製品の商品等表示性)について
ア 判断基準
a)不競法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)と同一又は類似の商品等表示を使用等することをもって、不正競争に該当する旨規定している。
この規定は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するものと解される。
そして、商品の形態は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、上記の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべきである。
そうすると、商品の形態は、
①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、
②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下「周知性」という。)
であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
b)そして、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止するという同号の上記趣旨目的に鑑みると、
商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、上記商品の形態は、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
イ 検討
これを本件についてみると、以下の事実が認められる。
①原告製品及び被告製品(以下「本件製品」という。)は、中圧Bのガス遮断弁であるところ、その国内における需要者は、ガスボイラーメーカーやガスバーナーメーカーの専門業者約30社に限られ、一般消費者が店頭において商品を見比べて購入する性質の製品ではないこと
②本件製品は、その性質上、高度の安全性が求められる製品であり、不具合があると、多大な損失が生ずる可能性があるため、需要者である専門業者は、購入に当たって、製品の安全性、信頼性を重視していること
③現に、需要者は、2~3年かけてテストを繰り返しながら慎重に製品の採否を検討するのであり、その検討のためには、製品内部の動作や構造についても詳細な情報を要求するのが通例であること
④被告製品自体、原告製品の要望を受けて、原告製品の互換品として開発されるに至ったものであること
⑤被告製品の価格は、約50万円と高額であり、原告製品も同程度であると推認されること
⑥原告自身、原告製品に関する宣伝広告に当たって、原告製品の形態上の特徴それ自体を強調しておらず、被告においても、被告製品の形態をセールスポイントとするものではないこと
上記によれば、本件製品の需要者は、約30社の専門業者に限られるのであり、当該専門業者は、長期間費やし製品をテストするなどして、専ら安全性、信頼性の観点から本件製品を購入していることが認められることからすると、需要者である本件製品の専門業者は、取引の際にそもそも製品の形態に着目して本件製品を購入するものとはいえない。
上記の本件製品の取引の実情に鑑みると、原告製品の形態は、一定程度の周知性があるとしても、出所表示機能を有するものではなく、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
(2)争点3(混同のおそれの有無)について
仮に、原告製品の形態が商品等表示に該当するという見解に立ったとしても、上記の本件製品の取引の実情を踏まえると、需要者である本件製品の専門業者は、長期間費やして製品をテストするなどして、専ら安全性、信頼性の観点から本件製品を購入しているのであるから、当該需要者において原告製品と被告製品の誤認混同が生じないことは明らかである。
これに対し、原告は、原告製品と被告製品の類似性により、原告と被告の間に緊密な営業上の関係やグループ関係があるかのような混同が生じる旨主張する。
しかしながら、本件製品の需要者はその形態自体に着目して本件製品を購入するものではないことは、上記のとおりである。そうすると、本件製品に係る取引の実情を踏まえると、原告主張に係る広義の混同が生じるものと認めることはできない。
(3)結論
被告が被告製品を製造又は販売する行為は、不競法2条1項1号の不正競争行為に該当するものと認めることはできない。
原告の請求は理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例は、需要者である本件製品の専門業者が、取引の際にそもそも製品の形態に着目して本件製品を購入するものとはいえないことから、原告製品の形態は、出所表示機能を有するものではなく、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない旨判示した事例です。
被告製品の販売開始以前の原告製品の販売状況(【事案の概要】(5))に鑑みれば、被告製品の形態は、特別顕著性及び周知性を満たすものと判断される余地があったところ(判例タイムズ1511号234頁参照)、本裁判例は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという不競法2条1項1号の趣旨から、商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、上記商品の形態は、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないとの判断基準を示した上で、本件製品の取引の実情に鑑みて、上記の結論を導きました。本件製品の需要者が、ガスボイラーメーカーやガスバーナーメーカーの専門業者約30社に限られている点が重視されたものと考えられます。
同様の判断基準を示した上で、原告商品の形態が商品等表示に該当しない旨判示した裁判例として、東京地裁令和4年12月20日判決・判例タイムズ1516号216頁があります。
“【知的財産】東京地裁令和4年12月23日判決(判例タイムズ1511号231頁)” への1件の返信
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