【交通事故】大阪地裁令和5年2月27日判決(自保ジャーナル2138号19頁)

聴覚障害者の基礎収入について、死亡時の賃金センサスの全労働者平均賃金497万2,000円の85%に相当する422万6,200円と判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成30年2月1日午後3時53分頃
 イ 発生場所 大阪市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 被害者  A(平成18年9月生まれ(本件事故当時11歳)の女性)
   なお、Aは、先天性の両側感音性難聴があり、本件事故当時、B支援学校(以下「本件支援学校」という。)の小学部(5年)に通学していた。
 エ 被告車両 被告Yの運転する小型特殊自動車(ホイールローダー)
        なお、被告Yは、本件事故当時、被告会社の従業員であり、その業務の執行として被告車両を運転していた。
 オ 事故態様 被告Yは、被告車を運転中、てんかんの発作により意識喪失の状態に陥り、被告車両を歩道に向けて暴走させ、本件支援学校からの下校中であり、歩道上に立っていたAに被告車両を衝突させた。

(2)Aの死亡及び相続等
   Aは、本件事故により脳挫傷、脳幹損傷等の障害を負い、C病院の救命救急センター(以下、単に「C病院」という。)に救急搬送され、入院治療を受けたが、本件事故当日である平成30年2月1日に死亡した。
   Aの相続人は、原告D(Aの父)と原告E(Aの母。法定相続分は、各2分の1)である。

(3)原告D、原告E及び原告F(Aの兄)は、本件訴えを提起して、被告Yに対しては民法709条に基づき、被告会社に対しては民法715条に基づき、次の金員の連帯支払を求めた。
 ア 原告D及び原告Eが相続したAの人的損害に係る請求
   Aは、本件事故により○○円の損害を被ったところ、原告D及び原告Eが2分の1ずつの割合で相続したことによる各○○円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金
 イ 原告ら固有の慰謝料及び弁護士費用に係る請求
   原告D及び原告Eにつき慰謝料○○万円(前記アの請求に関するものを含む。)及び弁護士費用○○万円、原告Fにつき慰謝料○○万円及び弁護士費用○○万円及びこれらに対する遅延損害金


【争点】

(1)Aの損害(争点1)
  ・逸失利益(争点1-1)
  ・死亡慰謝料(争点1-2)
(2)原告ら固有の慰謝料(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、逸失利益(争点1-1)についての各当事者の主張は、概要、以下のとおりである。
(原告の主張)
 ・基礎収入 賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2,000
 ・生活費控除率 45(ただし、基礎収入が497万2,000円以下とされる場合には、40
 ・就労可能年数 49年(対応するライプニッツ係数は、12.912)
 ・計算式等 497万2,000円×(1-0.45)×12.912=3,530万9,155
(被告の主張)
 ・基礎収入 平成30年の聴覚障害者(男女計)の平均賃金294万0,700
       さらに、Aに一般には労働能力喪失率92と評価される既存障害があったことを斟酌すべきである。
 ・生活費控除率 通常より低く抑えるべきではない。


【裁判所の判断】

(1)争点1-1(逸失利益)について
 ア 基礎収入
   Aについては、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2,00085に相当する422万6,200を基礎収入とするのが相当である。理由は次のとおりである。
  a)原告らの主張
   原告らは、年少者の逸失利益について、賃金センサスの全労働者平均賃金を基礎収入として算定する実務が定着しており、Aは、感音性難聴があったとしても、死亡時11歳の年少者で将来について様々な可能性を有していたこと等から、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2,000を基礎収入とすべきと主張する。
  b)一般論
   不法行為により死亡した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるべきである(最高裁昭和39年6月24日判決参照)。
  c)前提事実その1
   Aは、本件支援学校の小学部入学時から本件事故当時まで、小学校の学年相応の教科書を用いて学習を進めており、評定も平均的であったことに照らせば、学習にとくに支障はなかったと認められる。
   また、原告D及び原告Eが、Aに対し、幼少期から様々な学習の機会を継続して設けていたこと、A自身も本件支援学校での学習に励んでいただけでなく、他の生徒と共に学習塾での学習にも取り組んでいたこと、加えて、Aが、学習のみならず、学校・行事や他者とのコミュニケーションにも積極的に取り組んでいたことに加え、Aが本件支援学校を卒業した後、聴覚高等支援学校に進学していた蓋然性が高いといえることをも考慮すると、
   Aには、勉学や他者との関わりに対する意欲と両親による支援が十分にあり、年齢相応の学力や思考力を身に付けていく蓋然性があったといえ、Aには、将来様々な就労可能性があったということができる。
  d)前提事実その2
   他方、Aには感音性難聴があったところ、聴力障害は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)施行規則や自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表第2においてその程度において後遺障害の等級が定められ、労働能力喪失率が定められている。これは聴力障害によって就労の上で他者とのコミュニケーションが制限され、その結果、労働能力が制限されることを前提としたものと認められ、聴力障害によって労働能力喪失率表どおりに労働能力が制限されるとみるべきかは別としても、聴力障害が労働能力を制限し得る事実であること自体は否定することができない
   これに対して、原告らは、Aの補聴器を装着した状態の聴力は22.5dbであり、口話でコミュニケーションをとることが可能であった旨主張し、Aの聴力障害は労働能力に影響しないものであったという主張と解される。
   しかし、Aの聴力の具体的な程度等について、
  ・平成24年10月以降、3(身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)では、聴力障害の3級は、「両耳の聴力レベルが90db以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの)とされている。」)の身体障害者手帳を受けていたこと
  ・Gセンターにおける平成29年11月の聴力検査では、右が100db、左が93.75db補聴器装用時閾値が42.5db)であり、これは自賠法施行令別表第2では4級に相当する程度のものであったこと
   他方で、
  ・Aにとって慣れた環境である本件支援学校における検査では、平成29年度の聴力レベルは補聴器草々時閾値で右が25db、左が45dbであり、Aが慣れた環境における慣れた相手との間のいては口話でコミュニケーションをとることができたことをも考慮すると、
   Aの聴力障害は、慣れた環境においては、これがコミュニケーションに与える影響としては、Gセンターにおける検査結果を前提とする自賠法施行令別表第2における4級に相当するものよりある程度軽いものであったと認められるものの、労働能力に影響がない程度のものであったということはできない
  e)検討
   以下、Aの死亡時を基準として、Aが将来就労により得られたであろう収入について検討する。
  ①障害者雇用実態調査における平成30年の聴覚障害者(週所定労働時間が30時間以上である者)の平均収入(平成20年については月20万2,000円、平成30年については月23万5,000)は、同年の(短時間労働者を除いた)全労働者平均賃金(平成20年については月32万8,800円、平成30年については月33万6,700円)の7であり、
   また、収入が高水準にあるといえるH社の令和元年の聴覚障害者の平均年収471万4,671円が、同社全体の平均年収754万6,000円の約6割に相当する額であり、令和元年の全労働者平均賃金である約500万円を若干下回る金額であったことにかんがみれば、
   Aの死亡時において、聴覚障害者の収入が全労働者平均賃金と同程度であったとはいえない
  ②他方、聴覚障害者の大学等への進学率は、平成12年以降手話通話が乳幼児期から導入されるようになり、概ね乳幼児期に手話通話を取得した世代と考えられる平成26年度のろう学校高等部卒業生の進学率について平成21年度頃までの進学率と比較して大幅とまではいえないものの、増加傾向にある
   また、聴覚障害者の就労状況についても、平成28年における雇用者の割合は、20歳から39歳までの階層では、同じ階層の総人口における雇用者の割合より高くなっているところ、手話通話の導入等により充実した教育を受けたことが就労率が高い原因の1つとみても不自然とはいえず、聴覚障害者の学力水準の向上や大学等への進学率の増加は、平均収入が増加することを予測させる事情である
   さらに、平成28年の聴覚障害者全体における年齢階層別の雇用者の割合において比較的若年層で雇用者が多いことに照らせば、平成30年においても聴覚障害者全体における雇用者のうち比較的若年である者の割合が多いと推認できるところ、若年層は収入が低く、年齢とともに収入が増加することが一般的であるから、若年層が多いことは、同年の聴覚障害者の平均収入を低いものにとどめる要因になっているといえ、同年の調査時の若年層の年齢が上がるにつれて平均収入が上がることが予測される
  ③また、障害者法制等に関し、障害者権利条約の批准(平成26年1月20日)の前後を通じて関連する法律が整備されていること(平成23年6月17日、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律成立、同年、障害者基本法改正、平成24年6月、地域社会における共生の実現に向けて新たな障害保健福祉施策を講ずるための関係法律の整備に関する法律(障害者総合支援法)成立、平成25年6月28日、障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進や社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮の提供義務(行政機関等に対しては法的義務とされたが、民間事業者に対しては努力義務とされた。)等について定めたもの)成立、同年、障害者雇用促進法改正、平成28年6月28日、障害者差別解消法施行、同日、障害者雇用促進法施行、令和2年12月1日、聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律施行、令和3年6月、障害者差別解消法改正(民間事業者についても障害者に対する合理的配慮の提供が法的義務とされた。)、令和4年5月25日、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律施行)に照らせば、
   Aの死亡時においても、将来、障害者の就労に関する法律の整備がさらに進むとともに、必要かつ合理的な配慮がなされなければならないという理念が時間の経過とともに社会に浸透することが予想できたといえる。
  ④加えて、実際の就労環境についても、テクノロジーの発達により様々な企業等において音声認識アプリが普及し、聴覚障害者のコミュニケーション手段の1つとして活用されているが、テクノロジーは今後も加速的に進歩することが予測される
  ⑤以上のとおり、Aの死亡時である平成30年の時点では、聴覚障害者の平均収入は、週所定労働時間が30時間以上である者について全労働者平均賃金の約7割ではあったものの、
   同年を基準としても、死亡時に11歳であったAが将来就労したであろう時期においては、聴覚障害者の大学等進学率の向上及び同年における聴覚障害者の若年層の雇用者の年齢の上昇による聴覚障害者の平均収入の上昇を予想でき、
   また、法律等の整備を前提とする就労機会等の拡大やテクノロジーの発達によるコミュニケーション手段の充実により聴覚障害が就労に及ぼす影響が小さくなっていくものとみとめられ、この点においても、聴覚障害者の平均収入は平成30年における金額より高くなると予想される。
  ⑥そして、前記c)及びd)のとおり、Aについて、その聴力障害が労働能力を制限する程度のものではあるものの、
   手話だけでなく環境によっては口話も可能であったことに加え、年齢に応じた読み書き能力を習得していて、勉学や他者との関わりに対する意欲を十分に有していたことに照らせば、将来において自ら様々な手段や技術を利用して聴力障害によるコミュニケーションへの影響を少なくすることができたといえ、
   この点に、前記のとおり平成30年を基準としてもAの就労したであろう時期に聴覚障害者の平均収入が増加すると予想できることを総合すると、
   Aの基礎収入は賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2,00085%に相当する422万6,200とするのが相当である。
 イ 生活費控除率
   前記アのとおりの基礎収入を前提とすると、生活費控除率については45とするのが相当である。
 ウ 労働能力喪失期間等
   労働能力喪失率は100%、労働能力喪失期間は49年(ただし、死亡時11歳であったAが18歳に達してから67歳までの期間であって、これに対応するライプニッツ係数は、12.912である。)とするのが相当である。
 エ 計算式等
   422万6,200×1×(1-0.45)×12.912=3,001万2,781

(2)争点1-2(死亡慰謝料)について
   Aの死亡慰謝料としては2,600万円とするのが相当である(詳細については省略)。

(3)争点2(原告ら固有の慰謝料)について
   原告D及び原告Eの固有の慰謝料としては200万円、原告Fの固有の慰謝料としては100万円を認めるのが相当である(詳細については省略)。

(4)結論
   原告らの請求は、原告D及び原告Eについて、損害賠償金各○○円及びこれに対する遅延損害金を求める限度において、原告Fについて損害賠償金○○万円及びこれに対する遅延損害金の限度において理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、聴覚障害者であるAの基礎収入について、Aの聴力障害が労働能力を制限する程度のものではあるものの、将来において自ら様々な手段や技術を利用して聴力障害によるコミュニケーションへの影響を少なくすることができたことに加えて、死亡時である平成30年を基準としてもAの就労したであろう時期に聴覚障害者の平均収入が増加すると予想できることから、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2,000円の85%に相当する422万6,200円と判示した事例です。
   類似の裁判例として、全盲の視覚障害者である控訴人(一審原告)の逸失利益の算定に用いる基礎収入について、その就労可能期間を通じ、平成28年賃金センサス男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(489万8,600)の8である391万8,880を用いるのが相当と判示した、広島高裁令和3年9月10日判決があります。
   なお、生活費控除率については、特に女子年少者の逸失利益につき、全労働者(男女計)の全年齢平均賃金を基礎収入とする場合には、その生活費控除率を40~45%とするものが多いことが指摘されています(2024年版赤い本上巻195頁参照)。

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