原告が本件事故による治療を開始した当初から手首の痛み等を訴えていたとは認め難く、TFCC損傷は本件事故による傷害とは認められない旨判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成28年7月24日午前3時30分頃
イ 発生場所 埼玉県飯能市内路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 原告車両 甲野一郎(平成5年7月生まれの男性。以下「原告」という。)が運転する普通乗用自動車
エ 被告車両 乙山次郎(以下「被告」という。)が運転する普通乗用自動車
オ 事故態様 原告車両が本件事故現場付近の左方に湾曲している道路を進行中、前方から対向して時速100km以上の速度で進行してきた被告車両が中央線をはみ出して滑走し、被告車両の左側面部が原告車両の前部に衝突した。
(2)治療の経過等
ア B医療センター
a)平成28年7月24日(事故当日)から同年8月12日まで(入院)
・傷病名:第1腰椎脱臼骨折、第1腰椎左横突起骨折、前額部挫創
b)平成29年8月15日から同月23日まで(入院)
・抜釘術施行
c)平成28年8月13日から平成30年7月19日まで(通院:15日)
・平成30年1月18日、手首に痛みがあるとの主訴、TFCC(注:三角繊維軟骨複合体)損傷の疑いが強い旨診断、C病院を紹介。
・平成30年1月31日、治癒と診断。
・平成30年3月15日及び同年7月19日、治療。
イ C大学病院(以下「C大病院」という。)
a)平成30年4月2日から同月4日まで(入院)
b)平成30年2月5日から同年6月18日まで(通院:11日)
ウ D整形外科病院(以下「D整形外科」という。)
平成29年6月19日(通院:1日)
・両手ないし両手関節の痛みとの主訴。ただし、その原因は不詳と申告。
(3)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、民法709条ないし自賠法3条本文に基づき、損害賠償金2、575万4,830円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
【争点】
(1)本件事故により原告が負った傷害(争点1)
・原告が本件事故によりTFCC損傷の傷害を負ったか否か(争点1-1)
・症状固定日(争点1-2)
(2)本件事故により原告が被った損害(弁護士費用を除く。)(争点2)
・本件事故と相当因果関係を有する治療関係費(争点2-1)
・休業損害(争点2-2)
・逸失利益(争点2-3)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、各争点についての各当事者の主張は、以下のとおりである。
ア 争点1-1(TFCC損傷の有無)
a)原告
原告は、本件事故により手首に大きな衝撃が加わり、当初から手首の痛みを感じており、本件事故によりTFCC損傷の傷害を負った。
b)被告
否認。
イ 争点1-2(症状固定日)
a)原告
平成30年7月19日。
b)被告
遅くとも平成29年8月に行われた抜釘術の約半年後。
ウ 争点2-1(治療関係費)
a)原告
Bセンター分143万5,777円、C大病院分18万8、354円、D整形外科分370円、薬剤費1,010円の合計162万5、511円。
b)被告
原告主張の治療関係費のうち、TFCC損傷に係るものを否認。
エ 争点2-2(休業損害)
a)原告
・基礎収入は、本件事故前である平成28年4月から同年6月までの3ヶ月の支給された給与合計77万8,829円を、同期間の勤務日数64日で除した額
・休業日数は、38日。ただし、上記のうち4日は、原告の勤務先において、消化しきれなかった有給休暇は年度末に一旦消滅するところ、病気やけが等を原因として長期休暇を要する場合は消滅した有休休暇を使用することができる制度を利用。
(計算式)77万8,829円÷64日×38日≒46万2,430円
b)被告
不知ないし争う。
オ 争点2-3(逸失利益)
a)原告
・基礎収入は、賃金センサス平成28年の産業計・企業規模計・高専短大卒・男性労働者・全年齢平均の年額494万7,000円。原告は、平成26年3月にE大学校を卒業し、2級自動車整備士(以下「整備士」という。)の資格を取得して、F株式会社で勤務していた。
・労働能力喪失率は、20%。原告は、自賠法施行令別表第2(以下「別表第2」という。)の11級7号(注:脊柱に変形を残すもの。)に該当する後遺障害を負った。
・労働能力喪失期間は、43年(ライプニッツ係数は、17.5459。)。原告は、平成30年7月19日の症状固定当時24歳。
(計算式)494万7,000円×20%×17.5459≒1,735万9,913円
b)被告
・労働能力喪失率及び喪失期間を争う。
・原告の後遺障害については、3年で機能障害が完全に回復し、就労に影響を及ぼす期間は最大でも5年。
【裁判所の判断】
(1)争点1-1(原告が本件事故によりTFCC損傷の傷害を負ったか否か)について
原告は、本件事故当日に本件事故により第1腰椎脱臼骨折、第1腰椎左横突起骨折及び前額部挫創の傷害を負ったものと診断され、同日から平成30年7月19日までBセンターで入院及び通院による治療を受けたことが認められる一方、TFCC損傷に関しては、
・平成29年6月19日に両手ないし両手関節の痛みを訴えてD整形外科の診察を受けているところ、その原因は不詳と申告していること、
・Bセンターにおいては平成30年1月18日に手首に痛みがある旨を訴えてTFCC損傷の疑いが強い旨診断され、紹介されたC病院で治療を受けたこと
が認められ、
以上の経緯に照らせば、原告が本件事故による治療を開始した当初から手首の痛み等を訴えていたとは認め難く、原告の主張する傷害のうち、TFCC損傷は本件事故による傷害とは認められないというべきである。
(2)争点1-2(症状固定日)について
原告は、平成29年8月15日から同月23日までBセンターに入院して抜釘術を受け、その後の経過は良好で、Bセンターにおいて平成30年1月31日に治癒と診断されていることに照らせば、同日を症状固定日と認めるのが相当である。
(3)争点2-1(本件事故と相当因果関係を有する治療関係費)について
ア C大病院分及びD整形外科分
TFCC損傷は本件事故による傷害とは認められないから、C大病院分及びD整形外科分は本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。
イ Bセンター分
a)平成28年7月24日(事故当日)から平成29年12月7日までの分
TFCC損傷以外の治療のためと認められるから、本件事故と相当因果関係を有する損害と認められる。
b)平成30年1月18日及び同月30日の分
主としてTFCC損傷の治療のためと認められるから、本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。
c)平成30年3月15日及び同年7月19日の分
主としてTFCC損傷以外の治療のためと認められる。症状固定日は平成30年1月31日であるが、本件事故により原告が被った傷害の程度、治療の経過等に鑑み、平成30年3月15日及び同年7月19日の治療は本件事故により負った傷害の治療のために必要なものであり、本件事故と相当因果関係を有する損害と認めるのが相当である。
ウ 小括
本件事故と相当因果関係を有する治療関係費は、142万7,637円である(注:計算式は省略する。)。
(4)争点2-2(休業損害)について
ア 認定額 34万0,737円(1円未満切捨て。以下同じ。)。
(計算式)77万8,829円÷64日×28日=34万0,737円
イ 理由
a)原告の主張する休業日のうち、平成30年1月の2日はTFCC損傷の治療で通院するために休業したものと認められ、同年4月の4日は症状固定後のものであるから、いずれも本件事故と相当因果関係を有するとは認められない。
b)原告は、本件事故によって負った第1腰椎脱臼骨折、第1腰椎左横突起骨折及び前額部挫創の傷害のため、28日の有給休暇を使用して休業したほか、消化し切れず一旦消滅した有給休暇を病気やけが等を理由とする休暇のため使用することができる制度を利用して4日休業したことが認められるところ、後者の4日については、給料が支給された上、本来自由に使える有休休暇が使用できなくなったものではないから、本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。
c)証拠(略)によれば、原告が入通院しなかった日についても、本件事故により負った傷害のために休業することがやむを得なかったものと認められる。
(5)争点2-3(逸失利益)について
ア 認定額 763万9,849円
(計算式)497万7,000円×20%×7.7217=763万9,849円
イ 理由
a)基礎収入
原告は、平成26年3月にE大学校を卒業し、整備士の資格を取得してF株式会社で勤務し、平成27年の年収は354万円であったことが認められるが、
・原告が本件事故当時いまだ22歳であったこと、
・同社においては昇給の制度があること
等を考慮すると、
原告が将来賃金センサス平成28年の産業計・企業規模計・高専短大卒・男性労働者・全年齢平均の年額497万7,000円程度の年収を得られる蓋然性があったと認められ、同金額を逸失利益算定のための基礎収入とするのが相当である。
b)労働能力喪失率
・原告は、後遺障害が残るため、整備士として稼働することができず、事務職として稼働していること、
・同期に入社した従業員と比べて昇給するのが遅れたこと
等が認められ、
労働能力喪失率は20%と認めるのが相当である。
c)労働能力喪失期間
・原告の後遺傷害の内容、医療記録から認められる原告の症状の変化に加え、証拠(略)によれば、今後、原告の後遺障害が改善し、整備士として復帰できる可能性もあるというべきである。
・原告は、日々進歩する技術力に追いつくことができないから復帰する機会は事実上ない旨主張し供述するが、この点は自らの努力により補うべきものである。
・医師作成の意見書には余裕をもって考えて受傷後5年で完全に復帰できると考える旨記載されているが、本件事故から5年以上経過しても現実には復帰できていないことをも考慮し、
労働能力喪失期間は10年と見るのが相当であり、これに対応するライプニッツ係数は7.7217である。
(6)結論
原告の請求は、1,354万8,117円及びこれに対する遅延損害金を求める限度で理由がある(一部認容)。
【コメント】
本裁判例は、本件事故から約1年半後に主治医に対して手首の痛みを訴えたなどの治療経過から、原告が本件事故による治療を開始した当初から手首の痛み等を訴えていたとは認め難く、TFCC損傷は本件事故による傷害とは認められない旨判示した事例です。
TFCC損傷の受傷機転に関する原告の主張の詳細は、不明です。
仮に、TFCC損傷が本件事故による傷害と認められた場合には、局部に頑固な神経症状を残すものとして、後遺障害等級12級13号に該当し、その結果、併合10級相当と判断されたと思われます。ただし、その場合でも、逸失利益の労働能力喪失期間については、裁判例の傾向からは、10年と認定された可能性が高いと考えられます。