景表法7条1項の規定に基づく措置命令の取消訴訟において、原告の統計的調査及び分析を前提として当該二重価格表示が有利誤認表示には該当しないとの主張を排斥した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)原告は、多数の従業員を擁し、数億アイテムにわたる幅広い商品を取り扱う100億米ドルを優に超える売上高(ただし、平成28年度)を有する、商品販売用ウェブサイト「A」(以下「本件ウェブサイト」という。)を運営してリテール事業(原告が仕入先(原告が本件ウェブサイトにおいて販売する商品を調達する際の販売元のこと。以下同じ。)から商品を買取仕入れ等の方法によって調達し、本件ウェブサイトにおいて販売する小売事業者の頃。以下同じ。)及びマーケットプレイス事業(原告が、商品の製造事業者、小売事業者等に対し、原告が運営する電子商品街である本件ウェブサイトにおいて商品を出品し、販売するための場及びこれに伴うサービスを提供する事業(なお、上記の場に出品して販売する商品の製造事業者、小売業者等を総称して、以下「出品者」という。)のこと。以下同じ。)を営む法人であって、世界各地で様々な商品を販売するウェブサイトを運営する世界的にも有名な米国法人の傘下にある法人である。
(2)本件ウェブサイトにおいて提供されている商品には、①原告のみが(リテール事業者として)販売するもの、②単数又は複数の出品者のみが(マーケットプレイス事業を利用して)販売するもの、③原告(リテール事業)及び単数又は複数の出品者(マーケットプレイス事業を利用)のいずれもが販売するものの3種類がある。
本件ウェブサイトには、商品詳細ページの価格欄に販売価格が表示されるほか、参考価格が併記されることがあるところ、これは、リテール事業における原告の仕入先や出品者が、任意で、原告が使用するコンピュータシステムに入力する情報である。
(3)原告が販売する商品B(以下「本件商品」という。)は、本件ウェブサイト中の本件商品に係る商品詳細ページにおいて、平成29年6月16日から同年7月18日までの間及び同月21日、実際の販売価格(956円)を上回る「参考価格:¥3,780(ただし、左記の金額をいわゆる見え消しにした状態である。)」との価格が、実際の販売価格と併記されて表示されていた(以下「本件表示」という。)。
本件表示の直下には、本件表示に係る本件商品の販売者が原告であることを示す旨の記載が表示されていた。
(4)消費者庁長官は、平成29年、原告に対し、本件商品を含む5商品の取引について、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)7条1項の規定に基づく命令(消表対第○号。以下「本件措置命令」という。)をした。本件措置命令のうち本件商品に係る部分は、概要、以下のとおりである。
ア 原告は、本件商品を一般消費者に販売するに当たり、本件ウェブサイトにおいてした本件表示が、実際の販売価格を上回る「参考価格」と称する価額を実際の販売価格に併記することにより、あたかも、「参考価格」と称する価格は、一般消費者がこれを参考にすることにより実際の販売価格の安さの判断に資する価格であり、実際の販売価格が当該価格と比較して安いかのように表示していた。
イ 実際には、「参考価格」と称する価額は、本件商品の製造事業者が設定した本件商品の希望小売価格よりも高い本件商品の6本分の希望小売価格に基づく価格であった。
ウ 本件表示は、本件商品の各商品の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であり、景表法に反するものである。
エ 原告は、今後、本件商品又はこれと類似する商品の取引に関し、本件表示と同様の表示を行うことにより、当該商品の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示をしてはならない。
(5)原告は、平成30年1月26日、本件訴えを提起して本件措置命令の取消しを求めた。
(6)原告は、Cに対し、本件表示が一般消費者において本件商品を購入にするに当たって及ぼす影響の有無について分析を実施するよう依頼した。
Cは、いわゆるウェブアンケート調査業務を行なっている会社に対し、日本の人口構成に合わせた年代、地域別及び男女別の構成となるような一般消費者に対する調査として、本件表示を表示した商品画面を見せたグループ(以下「本件グループ①」という。)と、本件表示を表示しない商品画面を見せたグループ(以下「本件グループ②」という。)の2つのグループに対する調査(以下「本件調査」という。)の実施を委託し、最終的に、本件グループ①については2,273名、本件グループ②については2,246名、合計4,519名の者から回答を得た。
本件調査においては、「問3」として、本件グループ①には、本件表示が表示された本件商品の商品画面を、本件グループ②には、本件表示が表示されていない本件商品の商品画面を、それぞれ表示した上で、
「あなたは、このDを購入したいと思いますか。次のAの商品ページを見てください。あなたが、画像のDをAで購入することを検討していると想定してください。このDは、一ヶ月くらい前には、2,000円程度で販売されていたこともあると想定してください。また、表示されている価格には、配送料も含むものとしてお考えください。✳︎画像をクリックすると、大きい画面でご覧になれます。画面をスクロールしてご覧ください。」との質問がされ、
本件調査の調査対象者は、「購入したいと強く思う」、「購入したいと思う」、「あまり購入したいとは思わない」又は「全く購入したいとは思わない」という4つの選択肢の中から1つのものを選択して回答することが求められていた。
Cに所属する者又は所属していた者らは、本件調査を基に、両グループを比較対照し、「本件グループ①と本件グループ②との間で本件商品を購入したいという回答比率に差異がない」という仮説(以下「本件仮説①」という。)を帰無仮説(ある仮説が正しいかどうかを判断するために立てられた仮説のこと。以下同じ。)とし、「本件グループ①と本件グループ②との間で本件商品を購入したいという回答比率に差異がある」という仮説(以下「本件仮説②」という。)を対立仮説(上記の帰無仮説の説明の中にある「ある仮説」のこと。以下同じ。)として、本件仮説①が棄却されるか否かという統計分析(以下「本件分析」という。)を行うという手法を採用した。
そして、本件調査における「あなたは、このDを購入したいと思いますか。」という核心的な質問について、実現値(実際の試行の結果として観察された値のこと。以下同じ。実現値を基に、p値(帰無仮説が正しいと仮定した場合に、実現値以上に帰無仮説に反する値がどの程度起こりうるのかの確率を表す数値のこと。以下同じ。)が求められることとなる。)を求め、当該実現値を前提とするp値について、有意水準(帰無仮説を棄却するか否かの基準となる確率のことであり、実現値が、確率分布上、めったに起こらないことが実現したものであるかそうではないかという珍しさを測る基準としての確率のこと。以下同じ。)1%(p値:0.01)を適用し(本件においては、p値が0.01を下回らない限り、本件仮説①が棄却されないとの結論を採用するという意味である。)、本件グループ①と本件グループ②との間で回答比率に統計的に有意な差異は認められなかった(本件仮説①が棄却されなかった)と結論し、また、有意水準を5%(p値:0.05)に設定したとしても、本件グループ①と本件グループ②との間で回答比率に統計的に有意な差異は認められなかったという結論を導いた。
【争点】
種々の争点があるが、以下、本件表示が実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示(以下「有利誤認表示」という。)であったか否かに関して、原告が、本件調査及び本件分析を前提に、本件表示が有利誤認表示には該当しない旨を主張したことに対する、裁判所の判断の概要を示す。
なお、本件訴えについては、請求棄却の結論である。
【裁判所の判断】
(1)原告の主張
原告は、本件分析が、本件調査の結果を前提として、以下の結論を導く内容のものである旨を主張する。
ア 健全な常識を有する一般消費者は、通常、本件表示を含む商品詳細ページだけではなく、様々な情報源から参考となる情報を収集しており、本件商品の価格のみならず、他のDも含めたDの一般的な価格水準がどの程度のものかについて十分な常識や知識を有していたといえる。
イ 本件グループ①と本件グループ②の「購入したいと思う」との回答比率の差異に係るp値が0.056であり、「購入したいと強く思う」及び「購入したいと思う」を併せた回答比率の差異に係るp値が0.053であったから、有意水準を1%とすると、統計的に有意な差異はなく、有意水準を5%としても統計的に有意な差異はないといえる。
ウ 上記イを前提とすると、本件表示の有無によって、本件商品を「購入したいと強く思う」又は「購入したいと思う」と回答した割合に有意な差異が生じなかったことが判明したところ、これは、一般消費者が本件商品を購入する際に本件表示を参考としていないことを示唆するものである。
(2)検討
本件調査及び本件分析には、次のような問題点があることが認められる。
ア 本件調査は、消費者の実際の購買行動で現実に示された効用の選択の効果ではなく、仮定の条件の下で行われた仮想的な効用の選択の結果にすぎず、そもそも、分析して結論を導こうとするに当たってエビデンスとしての価値が一段階低いものである上、バイアスもかかりやすいため、情報提供の仕方次第で人間の認知や行動が変わるというフレーミング効果に注意するなど、質問の設計や集計した回答の分析において慎重な配慮が求められるところ、
本件調査においては、被験者が選択に困難を覚える強制的選択(被験者に無理な想定を押し付けて選択を強いる実験の設計をすること)を避け、どの選択も選択しない選択肢を入れるなどの被験者のバイアスを抑える工夫が全くされていない。
イ 本件調査の質問文には、「あなたが、画像のDをAで購入することを検討していると想定してください。」という文言が挿入されているところ、これは、「購入したいと強く思う」又は「購入したいと思う」との回答を増やす方向でのバイアスをかけてしまうおそれがあり、かつ、このバイアスが本件グループ①又は本件グループ②のそれぞれにどの程度の介入効果を与えるかが不明であり、また、両グループに全く同じ影響しか与えないという保証もないから、回答者に対して不当な誘導をすることになる。
ウ 本件調査は、実際の販売価格(956円)に比較対照価格(3,780円)を併記する二重価格表示が一般消費者の認識に与える影響を確認する目的でされたものであるところ、本件調査の質問文には、「このDは、一ヶ月くらい前には、2,000円程度で販売されていたこともあると想定してください。」という文言が挿入されており、両グループともに、「一ヶ月くらい前には、2,000円程度で販売されていたこともある」という価格と比較して有利に感じるおそれがあるため、「3,780円」という比較対照価格の表示の影響を減殺し、両グループ間の差がなくなる方向に寄与してしまうおそれがあるほか、回答者の価格判断に予測不可能なバイアスを与えているのであり、上記の目的をわざわざ判別しにくくする情報を挿入するものというべきであって、回答者に対して不当な誘導をすることになる。
エ 本件調査の対象物であるDは、これを購入して消費しようとする関心層自体が限定的な商品であるという特性を有しており、現に、本件調査においても、「あまり購入したいと思わない」と「全く購入したいと思わない」の回答比率の合計が、本件グループ①においても本件グループ②においても、70%台に上っている。しかも、これは、前記イの通り、「購入したいと強く思う」又は「購入したいと思う」との回答を増やす方向でのバイアスがかかっているおそれがある状況下での回答であるから、関心層が実際よりも水増しされている可能性があり、実際の無関心層は、更に多い可能性も否定できない。
また、本件分析において確認すべきなのは、一般消費者が、本件グループ①の場合に、本件グループ②の場合と比較して有利に感じ、本件商品を購入する方向に誘引される可能性があるか否かであるが、Dのような関心層自体が限定的な商品の場合には、二重価格表示の影響を受けにくい無関心層の認識に与える影響を見てもあまり意味がなく、二重価格表示が関心層に与える影響を確認すべきである。Dに関心がない人に無理な想定を押し付けて強制的選択を強いたところで、信頼できる回答は得られず、無意味であるから、電子商取引によりDを購入することに関心がありながらDの価格について十分な知識を持たないような消費者層を選定する必要があり、そのような被験者を選対するためのスクリーニング調査を実施すべきであったが、本件調査においては、そのようなスクリーニングが実施された形跡はない。
そうすると、本件調査におけるサンプルサイズが、表面的には4,000名を超えるものであるにもかかわらず、真に分析に貢献する関心層の回答は、1,000名に満たない数である可能性が高く、本件分析に係る分析結果の統計的信頼度が著しく低下し、4,000名というサンプルサイズから想定される水準の半分以下の統計信頼度しか有さないこととなる。
オ 本件分析によれば、本件グループ①と本件グループ②の「購入したいと思う」との回答比率の差異に係るp値が0.056であり、「購入したいと強く思う」及び「購入したいと思う」を併せた回答比率の差異に係るp値が0.053であったところ、これらは、有意水準を10%とすると統計的に有意な差異があると認められ、有意水準を5%としたとしても、おおよそ統計的に有意な差異があると評価することも可能な数値である(なお、消費者利益保護の立場からすると、有意水準は5%又は10%と設定するのが望ましい。)から、本件分析は、飽くまでも、有意水準を1%に設定している結果、「本件グループ①と本件グループ②との間で本件商品を購入したいという回答比率に差異がない」という仮説(本件仮説①)が棄却されないという結果になっているにとどまる。
カ 本件仮説①が棄却されないという結論をとるとしても、そのことから直ちに、本件仮説①が正しいと結論することはできず、十分な検定力(例えば、検定力0.95)を持った検定を経て初めて当該結論をとることができるところ、本件分析においては、検定力は0.8と一番緩い水準で設定されているにとどまっているほか、効果量についても、具体的な実例に即することなく、手引書から直ちに数値を適用するにとどまっており、根拠が薄弱であって、厳密な分析とは言えない。
キ 前記アないしエのとおり、本件調査には、①被験者のバイアスを抑える工夫がされていない、②質問文に、回答者に対して不当な誘導をする効果を有する文言が複数含まれている、③サンプルサイズとの関係で、統計的信頼度が低いという問題点があり、これに加えて、④そもそも、仮定の条件提示の下で行われた仮想的な効用の選択の結果にすぎず、エビデンスとしての価値も相対的に低いことを併せ考慮すると、本件調査の結果は、基本的に信頼性に乏しいものと評価せざるを得ない。
そうすると、信頼性に乏しい本件調査の結果に依拠してされた本件分析も、基本的には、信頼性に乏しいものと評価せざるを得ないものである上、この点をひとまずおいたとしても、前記オ及びカのとおり、本件分析は、
a)有意水準を1%に設定した結果のものであり、他の有意水準を前提とすると、異なる結果となる可能性もあること、
b)検定力を最も緩い水準に設定しており、本件仮説①が正しいとの結論をとるには不十分な検定がされているにとどまっていること、
c)効果量を具体的な実例に即することなく手引書の数値をそのまま用いて設定しており、厳密な分析を可能とするものとはいえないこと
に照らすと、本件分析自体、その手法等に問題があり、信頼性に乏しいものと評価せざるを得ないものというべきである。
(3)小括
以上によれば、本件調査及び本件分析の結果を前提とした原告の個別の主張の当否を個別的に判断するまでもなく、本件調査及び本件分析に依拠した原告の主張は、
本件表示において表示された「参考価格」は、事実に基づかない、客観的には虚偽のものであったことになり、「比較対照価格については、事実に基づいて表示する必要があり、比較対照価格に用いる価格が虚偽のものである場合」(「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」(平成12年6月30日付け公正取引委員会)第4の1(2)の定め)に該当することになるから、本件表示の実際の販売価格よりも高額である価格を表示した本件表示は、「一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当する」(同上)ものと認めるのが相当である
との認定及び判断を左右するものとはいえず、採用することができない。
【コメント】
原告は、「本件グループ①と本件グループ②との間で本件商品を購入したいという回答比率に差異がない」という仮説(本件仮説①)を帰無仮説とし、「本件グループ①と本件グループ②との間で本件商品を購入したいという回答比率に差異がある」という仮説(本件仮説②)を対立仮説とした上で、本件仮説①を真と主張する立場で、本件仮説①が棄却されるか否かという統計分析を行なっています。
一般的には、その否定のしやすさから、2つのグループに差異がないとの仮説(本件仮説①)を帰無仮説とするものと思われます。しかし、裁判所の指摘するとおり、仮に、本件仮説①が棄却されないとしても、そのことから直ちに、本件仮説①が正しいと結論することはできません。したがって、本件のような統計分析は、むしろ本件仮説②を真と主張する立場において、本件仮説①を帰無仮説、本件仮説②を対立仮説として、本件仮説①を棄却することにより、本件仮説②を真と主張する際に有効なのではないかと思われます。