会社と労働組合との団体交渉に参加した組合員が、会社側の社労士である原告を指して、「平気で嘘をつくブラック社労士やなりすまし社労士」などと論評した投稿は、原告の社会的評価を低下させるものの、上記論評の前提事実を真実と信ずるについて相当の理由があることから、違法性ないし責任が阻却される旨判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)原告は、特定社会保険労務士(以下「特定社労士」という。)の資格を有し、代表者としてA社労士事務所を開設している者である。
原告は、平成28年4月1日、株式会社B(以下「本件会社」という。)との間で、契約期間を平成29年12月31日まで、賃金を月額16万2000円とする内容の契約書を作成し(以下、当該契約書に基づく契約を「本件契約」という。)、同日までの間、本件会社の執行役員を務めていた。
C労働組合c支部(以下「本件組合」という。)は、一定の地域等で企業の枠を超え、主に中小企業の労働者により組織され、個人で加盟することのできる労働組合である。被告らは本件組合の執行委員会の構成員であり、被告Dは委員長、被告Eは事務局長であった。
(2)Fは、平成27年4月、本件会社に雇用され、本件会社が経営する「Gレストランg店」(以下「本件店舗」という。)において勤務していたところ、本件店舗において制服着脱等に要する時間につき賃金が支払われていないことから退職を決意し、本件店舗の店長に対し、有給休暇を消化してから退職を考える旨のL I N Eのメッセージを送信した。これに対し、同店長がFに対して同人の勤務中の不法行為等を理由に自主退社ではなくなる旨のL I N E のメッセージを送信したことから、Fは、平成28年11月頃、本件組合に加入した。
(3)本件組合は、本件会社に対し、平成28年11月11日頃、Fの有給休暇申請及び未払賃金等の問題に関して団体交渉を申し入れた。
(4)平成28年12月9日午後6時から約1時間半、本件会社の本社会議室において、本件組合と本件会社との間で第1回目の団体交渉(以下、本件組合と本件会社との間のCの労働条件等に関する団体交渉を、開催された回数に対応して「第1 回団体交渉」などという。)が開催された。本件会社側は、原告、本件会社の管理本部管理部部長、管理部人事担当リーダーが出席し、本件組合側は、被告らは、Fを含め複数の組合員が出席した。
(5)「h」というツイッター(インターネットを利用してツイートと呼ばれるメッセージ等を投稿することができる情報ネットワーク)のアカウント名の保有者(以下「H」という。)は、平成29年2月6日及び同月7日、本件組合の公式アカウントによる第2回団体交渉の日時等の告知をする内容のツイートを引用した上で、「これ、時間都合つく組合員の人は全員来て欲しいです。よろしくお願いしますね。」などと投稿し、また、同月8日、本件組合のツイートを引用した上で、「Gレストランの他に飲食店Iや飲食店Jなども経営する、B社はテレビなどでも取り上げられる急成長している飲食店グループ。そんな会社が大学生を脅したり、労基法違反なんて言語道断。#Gレストランはガチな監獄」と投稿した。
(6)平成29年2月13日午後7時から約1時間半、本件会社の本社会議室において第2回目の団体交渉が開催された。本件会社側は、原告、本件会社の管理本部管理部部長、管理部人事担当リーダーに加え、本件会社とは何ら契約関係がない、原告の知人であるKが出席し、本件組合側は、被告ら、Fを含め組合員20名程度が出席した。
第2回団体交渉中、本件組合らがKの立場について問うたのに対し、Kは、本件会社の事務員である旨回答した。組合員の一人が普通の事務員が団体交渉に出てくるのはおかしいと考え、Kの氏名をインターネットで検索したところ、Kが特定社労士であることが判明し、Kが本件会社とは何らの契約関係もない特定社労士であることを認めるに至ったことから、組合員らは、Kについて「社労士法違反ではないか」、「虚偽の発言をするな」と追及した。
(7)Hは、平成29年2月13日から同月14日にかけて、ツイッター上で「良い団体交渉だった。労働組合、強いぞ。」、「今日会った人みんなパワフルでキャラ濃かったな……明日からまたがんばろ。」、「闘ってる当事者が、団交毎に強くなる。強くなって、今度は誰かを助けたいと思う。知らない誰かのために、一緒に怒る。労働組合における、団体交渉って本当に大切な事だと思った。改めて。団体交渉やってこそ、価値があるというか。うまく言えないけど」、「平気で嘘をつくブラック社労士やなりすまし社労士と、そんな奴らに餌をやり、交渉に関するあらゆる事を一任するブラック企業、生きてて恥ずかしくないんかな。こっちの当事者は事実無根な濡れ衣を着せられて、人生をめちゃくちゃにされているんだって事どうしてもわからせてやりたい。数は力だ。詳しい事は書けないにしても、会社の体質としてL社もb社も大して変わりはないってイメージだった昨日の団交。」と断続的に投稿した(以下「本件投稿」という。)。
(8)本件組合、F及び本件会社は、平成29年3月6日、①本件会社がFの不正行為を疑ったことについてFに対し謝罪の意を表する、②本件会社が団体交渉時においてFによる制服着脱の実演をするよう求めたことにつきFが不快な思いをしたことについて謝罪の意を表する、③本件合意書に定めるもののほかに債権債務のないことを相互に確認するなどと記載された平成29年3月6日付け合意書を作成し、Fに係る団体交渉は終了した。
(9)原告は、平成29年12月27日、被告ら及びFに対し、本件投稿が原告の名誉を毀損したことなどが被告らの共同不法行為に当たるとして、本件訴えを提起した。
なお、原告は、平成30年8月22日の本件第4回口頭弁論期日において、Fに対する請求を放棄した。
【争点】
多岐に渡るが、本件投稿に関する争点は、以下のとおりである。
(1)本件投稿が原告の社会的評価を低下させるものか否か
(2)本件投稿が原告に対する関係で共同不法行為等を構成するか否か
(3)本件投稿の違法性ないし責任が阻却されるか否か
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件投稿が原告の社会的評価を低下させるものか否か)について
ア 判断枠組み
人の社会的評価を低下させる表現は、事実の摘示であるか、又は意見ないし論評の表明であるかを問わず、人の名誉を毀損するというべきところ、ある表現による事実の摘示が又は意見ないし論評の表明が人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該表現についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準としてその意味内容を解釈して判断すべきである(最高裁昭和31年7月20日判決参照)。
そして、問題とされている表現が、事実の摘示であるか、意見ないし論評の表明であるかを区別するに当たっては、当該表現についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり、当該表現が他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、他方、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成9年9月9日判決、最高裁平成16年7月15日判決参照)。
イ 検討
Hは、本件投稿の約1週間前(平成29年2月6日ないし7日)、本件組合の公式アカウントによる同月13日に第2回団体交渉を行う旨の告知をする内容の投稿を引用(リツイート)し、また、本件投稿の約6日前(同月8日)にも、本件組合の投稿を引用(リツイート)した上で、「Gレストランの他に飲食店Iや飲食店Jなども経営する、B社はテレビなどでも取り上げられる急成長している飲食店グループ。そんな会社が大学生を脅したり、労基法違反なんて言語道断。#Gレストランはガチな監獄」と投稿していること、本件投稿にも「会社の体質としてL社もb社も大して変わりはないってイメージだった昨日の団交」との表現部分があることからすれば、本件投稿にいう「ブラック企業」は、第2回団体交渉相手方である本件会社(株式会社B)のことであると判別できる。
そして、本件投稿内容に関心を有し、これを閲覧する者の中には、本件会社との団体交渉に参加していた者のほか、原告と面識があり、原告が社労士であって本件会社と契約関係があることを知る者が含まれていることは見やすい道理であるから、本件投稿の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、本件投稿にいう「平気で嘘をつくブラック社労士」、「なりすまし社労士」のいずれかが原告を指すものであると理解するということができる。
また、以上のような本件投稿の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすると、本件投稿は、本件会社から金銭を受領し団体交渉に関する事項を委任された社労士である原告が、団体交渉において虚偽の事実を述べ、又は、何らか身分を偽って団体交渉に参加したとの事実を摘示した上で、違法ないし不当なことを生業とする社労士であるとの論評をしたものということができる。
そうすると、原告が虚偽の事実を述べた者であるか、又は、なりすましをした者かは、一義的に読み取ることはできないものの、いずれかであることは明らかであるから、本件投稿は、原告について社労士として品位を欠き、信用のできない人物であるとの印象を抱かせるものであるといえ、原告についての社会的評価を低下させるものということができる。
ウ 小括
以上のとおり、本件投稿は、原告の社会的評価を低下させるものであるといえる。
(2)争点2(本件投稿が原告に対する関係で共同不法行為等を構成するか否か)について
Hによる本件投稿は、その前後の一連の投稿を併せ読むと、組合員として第2回団体交渉に参加したことを踏まえ、団体交渉の経過や団体交渉における本件会社側の対応の問題点等を広く不特定多数者に伝えることにより、社会における本件組合の活動に対する支持を広げ、団体交渉を正常化し、ひいては、Fの労働問題を早期に解決することを目的としたものとみることができる。また、被告ら自身も、不法行為責任の免責の文脈では、本件投稿が本件組合の正当な団体行動としての組合活動である旨主張しているところである。以上からすれば、本件投稿は、本件組合の団体行動としての組合活動の一環であるとみることができる。
したがって、Fの労働問題に関して本件会社との団体交渉を持ち、これに参加して交渉を遂行していた本件組合の執行委員会の構成員である被告らの活動は、Hによる本件投稿と同一の目的を有する共同行為であるということができ、本件投稿が原告の社会的評価を低下させるものであるといえる以上、原告に対する関係で共同不法行為(民法719条1項)を構成すると解するのが相当である。
(3)争点3(本件投稿の違法性ないし責任が阻却されるか否か)について
ア 判断枠組み
事実を摘示する表現の名誉毀損については、その表現行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示事実が真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され(最高裁昭和41年6月23日判決参照)、また、
ある事実を基礎として意見ないし論評を表明する表現の名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提事実がその重要な部分につき真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及びなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され(最高裁昭和62年4月24日判決、最高裁平成元年12月21日判決、前掲最高裁平成9年9月9日判決参照)、不法行為責任は成立しないというべきである。
さらに、表現行為が労働組合により組合活動の一環としてされたものである場合の名誉毀損については、憲法28条が団体交渉その他の団体行動をする権利を保障する趣旨に鑑み、結果的に使用者等の名誉を毀損するようなものであったとしても、当該表現行為の趣旨・目的が当該組合活動と関連性を有するものであるか否か、摘示事実の真実性、表現形態の相当性及び表現行為の影響等一切の事情を総合し、正当な組合活動として社会通念上許容された範囲内のものであると判断されるか場合には違法性が阻却されると解するのが相当である。
イ 公共性及び公益目的について
本件会社はテレビなどでも取り上げられている飲食店を経営する企業であり、原告は、自らが開設する社労士事務所のホームページにおいて、高難度労務管理、トラブル対応などを得意とし、クライアント企業の取締役を兼任することで業務領域を広げている旨記載していて、団体交渉や労使間のトラブルについてクライアント企業の役員として対応することを業務とする特定社労士であるから、本件投稿内容は労働問題という公共の利害に関わるものといえる。
また、本件投稿は、前記(2)のとおり、組合活動の一環として行われたものであり、その目的は、団体交渉における本件会社側の対応の問題点を明らかにした上で団体交渉を正常化し、ひいては、Fの労働問題を早期に解決するという労働問題の正当な活動のためであったということができるから、専ら公益目的に出たものということができる。
ウ 真実性又は相当性等について
前記(1)イのとおり、本件投稿は、本件会社から金銭を受領し団体交渉に関する事項を委任された社労士である原告が、団体交渉において虚偽の事実を述べ、又は、何らか身分を偽って団体交渉に参加をしたとの事実を摘示した上で、違法ないし不当なことを生業にする社労士であるとの論評をしたものということができる。
このうち、原告が本件会社から金銭を受領し交渉に関する事項を委任されていた社労士であるとの事実については、真実であるということができる。
また、本件投稿の摘示事実のうち、原告が団体交渉において虚偽の事実を述べ、又は、何らか身分を偽って団体交渉に参加したとの事実については、Kは自分が本件会社の事務員である旨述べるなどしていたにもかかわらず、真実は本件会社と何らの契約関係もない特定社労士であったことからすれば、同人についは身分を偽って団体交渉に参加したといえるものの、原告については、団体交渉において虚偽の事実を述べ、又は、何らか身分を偽って団体交渉に参加した事実を真実と認めることができない。
もっとも、Kが身分を偽った説明をしてから、第2回団体交渉の場で組合員らがその点について追及した間において、Kとともに団体交渉に臨んでいた原告は、何ら真実を明らかにすることもなかったことからすれば、同団体交渉に参加していたHが、Kとともに団体交渉開始前から一緒に行動し、団体交渉の準備を一手に引き受け、第2回団体交渉では専ら発言するなどしていた原告は、Kと意思を通じて共同して行動して、Kの上記行為についても原告の意思によるものである旨信じることには相当の理由があるといえる。
また、上記摘示事実を前提とする、違法ないし不当なことを生業にする社労士であるとの論評については、上記の事情に加え、原告が第2回団体交渉の場においてFによる制服着脱の実演を求めるなどしていたこと、Hが違法ないし不当なことを生業とする社労士の具体的氏名を摘示していないことなどを併せ考慮すれば、その表現が意見ないし論評としての域を逸脱したものとまでいうことはできない。
したがって、Hによる本件投稿については、正当な組合活動として社会通念上許容された範囲内のものであるか否かなど判断するまでもなく、違法性ないし責任が阻却され、不法行為責任は成立しないこととなる。
エ 以上によれば、被告らは、本件投稿につき共同不法行為責任や使用者責任を負わない。
(4)結論
原告の請求は理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例は、ある事実を基礎として意見ないし論評を表明する表現の名誉毀損について、上記意見ないし論評の前提事実がその重要な部分につき真実であることの証明がないにもかかわらず、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があると判示したものです。本件では、第2回団体交渉において虚偽の事実を述べ、又は、何らか身分を偽って団体交渉に参加したKと原告が、意思を通じて共同して行動していたなどと認定されたことから、上記の判断が導かれています。