執行役員規程の趣旨に鑑みれば、執行役員の地位にある者が執行役員を退任した場合には、執行役員在任中になされた特別待遇も退任に伴い終了し、執行役員就任時における旧来の労働条件に復するものと解するのが相当である旨判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)被告は、味噌の醸造・販売及び加工食品の製造販売等を業とする株式会社である。
原告(昭和36年○月○日生)は、昭和60年4月1日、被告との間で期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した者である。
(2)原告は、平成20年6月1日には、被告において、大阪支店長兼○○(部長代理)を拝命した。その頃の原告に対しては、所定の手当のほか、月給として基本給33万円と役職手当10万円が支給されていた。
原告は、平成21年6月1日、被告の取締役会の議決に基づき、大阪支店長兼○○(執行役員)を拝命した。被告は、同月以降、原告に対し、所定の手当のほか、月給として基本給34万1000円と役職手当11万円が支給された。
原告は、平成22年6月1日、被告の取締役会の議決に基づき、常務執行役員となった。被告は、同月以降、原告に対し、所定の手当のほか、月額報酬100万円が支給された。なお、原告の報酬は、被告の決定により、平成23年9月から月額110万円に、平成24年9月からは月額120万円にそれぞれ増額された。
(3)被告は、被告上層部の若返りを企図するようになっていたところ、原告の稼働状況を期待ほどには芳しくないと考え、原告に対し、平成29年2月頃、執行役員の再任に否定的な考えを告げ、任意退職をしないとなると、被告の組織に重複しない新しい事業を立案し、これに充てざるを得ない旨告げて、原告の意向を尋ねた。これに対し、原告が任意退職に消極的な意向を示したところ、被告は、平成29年4月1日、原告を常務執行役員のまま部下のいない新設部署である○○室長に命じた。その際、原告の報酬額に変更はなかった。
被告は、原告の常務執行役員の任期が満了した後の平成29年6月1日より、原告の基本給を6等級月額34万1000円とし、役職を部長とし、役職手当11万円を支給することとした(以下、原告に対して行われた上記人事上の措置を「本件措置①」という。)。
(4)被告は、平成30年6月1日より、原告を○○室所属の専任部長とし、同日以降、役職手当11万円を支給しなくなった(以下、原告に対して行われた上記人事上の措置を「本件措置②」という。)。
(5)本件に関連する被告の主要な規程の内容は、以下のとおりである。
ア 就業規則
第2条 この規則における従業員とは、第2章で定める手続きを経て会社に採用された者および第28条2項により定年退職後引き続き雇用された者(以下「嘱託」という。)をいう。
第3条 この規則は、前条の従業員に適用するものとし、次に掲げる者の就業に関する事項は別に定める。
(1) 執行役員
(2) パートタイマー
(3) その他前各号に準ずる者で会社の指定する者
2 嘱託については労働条件の一部を雇用契約書に定める。雇用契約書に定のない部分についてはこの規則を適用する。
第58条 従業員の月例給与、賞与および退職金に関する事項は別に定める「給与規定」により支払う。
イ 給与規程
第2条 この規定は、就業規則第2条に定める正社員である従業員について適用し、従業員の給与は月給制とする。
2 嘱託者、パートタイマーその他の臨時に採用された者などの給与については別に定める。
第19条 基本給は役割と職能により定め、等級別に基本給の範囲を次に掲げる区分に設定し支払う。
等級 下限額 上限額
6等級 330,000円 480,000円
(以下略)
第22条 役職手当は、管理監督の地位にあたる従業員に対して、任命の月より解任の月まで、次に掲げる区分により支払う。
役職のランク分けは、仕事の重要性や職責の大きさにより支払う(ママ)。
ランク
職位 A B C
部長 110,000円 100,000円 90,000円
部長代理 100,000円 90,000円 80,000円
(以下略)
ウ 執行役員規程
第1条 この規程は、執行役員の就業条件と服務規律について定める。
2 この規程に定めのない事項は、次に掲げるものによる。
(1) 就業規則
(以下略)
第2条 執行役員の選任は、取締役会の決議による。
第3条 取締役会に対する執行役員の推薦は取締役社長が行う。
2 推薦の基準は、次のとおりとする。
(1) 豊かな業務経験を有すること
(2) 経営感覚が優れていること
(3) 指導力、統率力、行動力及び企画力に優れていること
(4) 執行役員にふさわしい人格、識見を有すること
(5) 心身ともに健康であること
第4条 役位は、次のとおりとする。
(1) 専務執行役員
(2) 常務執行役員
(3) 執行役員
第5条 任期は1年とする。ただし、再任を妨げない。
第9条 執行役員の報酬は就業規則第58条に定める「給与規程」に準じる。ただし、役付執行役員については、第10条に定める決定基準に基づきその都度決定する。
2 満54歳未満に就任した執行役員は6等級とし、従業員の給与規定に準ずる。満54歳以上で就任した執行役員は、年俸制とする。
(以下略)
第10条 報酬は、次の事項を勘案して決定する。
(1) 職務の内容(遂行の困難さ、責任の重さ)
(2) 従業員給与の最高額
(3) 取締役の報酬
(以下略)
第11条 執行役員は使用人賞与として、決算、営業成績により定例賞与に、加算して賞与を支給する。支給額はその都度決定する。
第13条 執行役員が次のいずれかに該当するときは退任とする。
(1) 任期が満了したとき
(2) 辞任を申し出て取締役会で承認されたとき
(3) 定年に達したとき
(以下略)
第15条 執行役員の定年は次のとおりとする。いずれも、任期中に定年に達したときは、任期満了後に退任する。ただし、執行役員が取締役を兼任する場合は取締役の定年に準ずる。
(1) 専務執行役員 63歳
(2) 常務執行役員 63歳
(3) 執行役員 60歳
エ 役職定年制度規程
第2条 この規程において「役職定年制度」とは、役職人事の円滑化と若手社員の登用による組織の活性化と競争力の強化を図るため、役職について、会社が定める一定年齢に到達したときに役職を離脱し、後進に道を譲る制度をいう。
第3条 役職の定年年齢は原則として以下の各号の通りとする。
① 部長・部長代理 57歳
(以下略)
2 前項の役職定年は、執行役員を兼務している社員は適用しない。
第4条 役職離脱日は、当該年齢に到達した直後の期末とする。
第5条 役職離脱後は、専任職として部長・部長代理(中略)を補佐するものとする。具体的な職務内容については、会社業務の必要性および本人の経験等を勘案し、役職定年時に会社と協議の上、これを決定する。
第6条 役職離脱後の対外的呼称は役職に応じ以下の各号の通りとする。
① 部長 専任部長
(以下略)
第7条 役職定年者の定年は就業規則第26条に基づき、60歳とする。
第8条 役職定年者の給与は、基本給は役職定年時点で確定され、その後定年退職まで変更しない。そのほかの手当は、別に定める「給与規程」に基づき計算、決定するものとする。但し、給与規程第23(ママ)条に定める「役職手当」は支給しない。また営業手当は一律一般職を適用する。
【争点】
(1)本件措置①の効力
(2)本件措置②の効力
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件措置①の効力)について
ア 原告は、被告において、平成21年6月1日より執行役員の地位に、平成22年6月1日より常務執行役員の地位にあったものであるところ、執行役員又は常務執行役員の在任中における原告の地位が、原被告間の雇用契約に基づくものであることは当事者間に争いがない。
イ ところで、被告の従業員には一般的に就業規則及び給与規定の内容が適用されるものとされている一方(就業規則2条、3条、58条、給与規程2条1項)、執行役員の就業に関する事項については別に定めるものとされ(就業規則3条1項1号)、別途、執行役員規程が、被告の執行役員の就業条件と服務規律を定めている(執行役員規程1条1項参照)。
そして、同規定は、執行役員の報酬について給与規程に準じるものとし(同規程9条1項本文)、役付執行役員の報酬については、職務の内容(遂行の困難さ、責任の重さ)並びに従業員給与の最高額及び取締役の報酬を勘案して、その都度決定するものと規定している(同条同項ただし書、10条)。
また、執行役員には任期があるものとし、再任が妨げられない旨も規定するものの(同規程5条参照)、任期が満了したときには、原則として退任するものと規定している(同規程13条1号)。
なお、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、これら規程の実質的周知にかけるところがあるとは認められず、その規程内容に照らせば、その内容の合理性も肯認することができるから、これら規程は本件労働契約に対してもその効力を及ぼすものとみることができる(労働契約法7条本文参照)。
ウ 前記イによれば、被告においては、従業員に対し、広く就業規則及びこれを受けた給与規程が適用されるものとされており、その直接的な適用を受けない者は、執行役員ほか就業規則3条1項各号に定められた者に限られ、これらの者については別途規程が設けられることとされているところ、執行役員規程の内容に照らせば、同規程が執行役員に係る上記別途規程に該当するものとみることができるところであって、同規程は、被告の従業員が執行役員に就任した場合における、その間の労働条件を規定したものとみることができる。
そして、執行役員規程が執行役員の待遇について別途の規程を置いているのは、豊かな業務経験を有し、優れた経営感覚の下、高い識見をもって職務に当たることが期待されている被告の執行役員として選任された被告従業員に対し、その任期中、役付の有無に応じ、その責任等に応じた特別待遇をもって報いる趣旨のものと解されるところであるから(同規程3条2項、5項、9条〜11条参照)、かかる規程の趣旨に鑑みれば、同規程は、執行役員から退任した従業員に対して退任後も同様の労働条件をもって保障することを含意する趣旨のものとは解せられず、あくまで執行役員在任中における特別待遇を保障する趣旨のものと解するのが相当である。
そうであるとすれば、執行役員の地位にある者が執行役員を退任した場合には、執行役員在任中になされた特別待遇も退任に伴い終了し、執行役員就任時における旧来の労働条件に復することとなるとみるのが、これら規程の趣旨に叶うところであって、そのように解するのが相当である。
エ しかるところ、原告に対し、月額100万円や110万円、あるいは120万円といった極めて高額な報酬額が支払われるようになったのは、原告が役付執行役員に就任したことに基づくものと認めることができる。したがって、原告に対して取られていた上記執行役員在任中における待遇(上記各報酬額の支払)も、原告の執行役員(常務執行役員)の退任により終了し、執行役員就任前における旧来の労働条件が復することとなったとみるべきものである。しかるところ、本件措置①は、復することとなるべき旧来の労働条件(部長代理職、基本給33万円、役職手当10万円)よりも多額の給与による労働条件(部長職、基本給34万1000円、役職手当11万円。なお、11万円の役職手当も、部長職にある者に支給すべきものとされている額のうち旧来の役職手当の額より多額のものと認められる。)を保障したものとみることができるのであるから、その効力を否定すべき点は見出し難い。
以上によれば、本件措置①は、有効と認められる。
オ 以上に対し、原告は、本件措置①の賃金額の減額幅が過大であって、人事権の行使としても裁量の逸脱があるから、本件措置①は無効である旨の主張をする。
しかし、前判示のとおり、執行役員の地位にある者に対して定められた報酬は執行役員在任中に限って特別待遇として支給される者であり、その者が執行役員を退任した場合、退任後も同様の労働条件をもって報いる趣旨を含有しているものとは認められず、むしろ、退任後は、執行役員就任前における旧来の労働条件に復することとなる旨がこれら規程により根拠付けられているとみることができるところであって、その旨予期すべきものである。原告に対して定められた月額100万円から120万円という高額の報酬についても以上と異にするものではないから、執行役員の退任に伴い上記待遇が終了し、旧来の労働条件に戻ることを原告においても予期すべきものということができ、旧来の労働条件以上の待遇を保障した本件措置①を受けたからといってこれが過酷に過ぎるとも言えず、被告が人事権の行使に係る裁量を逸脱し、これを濫用したということもできない。
(2)争点2(本件措置②の効力)について
ア 被告においては、役職定年制度規程に基づく役職定年制度が設けられており、同規程第3条ないし6条により、部長職の役職は57歳が役職定年とされ、部長職にあった従業員は、役職定年による役職離脱日(役職定年に到達した直後の期末)を迎えると、部長の役職から離脱し、以降、専任部長とされるものとされている(役職離脱に伴い、役職手当の支給はなくなる。同規程8条第2文ただし書。)。
なお、上記規定についても、その実質的周知に欠ける部分があるとは認められず、その内容も、同規定の目的(役職人事の円滑化と若手社員の登用による組織の活性化と競争力の強化を図る。同規程2条参照。)や規程内容に照らし、相応の合理性を認めることができるところであって、その効力を肯認することができ、本件労働契約に対しても効力を有するとみることができる。
イ しかるところ、原告は、平成30年1月6日、役職定年である57歳となったものであって、上記規程内容に基づき、直後の期末である同年5月31日をもって部長職から離脱して専任部長とされ、役職手当の支給がなくなったものと認めることができるから、本件措置②は、これに基づくものであって、その効力を肯認することができる。
ウ 以上のとおりであるから、本件措置②も有効と認められる。
(3)結論
以上によれば、本件請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。
【コメント】
原告の月給は、執行役員となった平成21年6月には45万1000円であったところ、常務執行役員となった平成22年6月には100万円となり、その後、昇給を重ねて120万円となった後、本件措置①が取られた平成29年6月には45万1000円(ただし、原告の主張によると、各種手当を含めると50万3000円です。)に減額され、さらに、本件措置②が取られた平成30年6月には34万1000円(ただし、各種手当を含めると39万3000円と思われます。)に減額されました。このような大きな賃金額の変動が、本件の紛争に至った大きな要因であったと考えられます。