【交通事故】東京地裁令和2年6月23日判決(自保ジャーナル2077号71頁)

被告車両のドライブレコーダーにより撮影・記録された映像から、被告が危険を予見してから直ちに急制動の措置を講じていたとしても、本件事故を回避することは不可能であると認定して、自賠法3 条に基づく損害賠償責任を否定した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成27年8月24日午後6時50分頃
 イ 発生場所 神奈川県座間市内の路上(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 原告車  原告運転の自転車(以下「原告自転車」という。)
 エ 被告車  被告所有・運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)
 オ 事故態様 原告が、本件事故現場の片側1車線の道路の外側に設けられた歩道(以下「本件歩道」という。)を原告自転車で走行中、ふらついて車道(以下「本件車道」という。)に転倒したところ、折から本件車道を同一方向に走行していた被告車両と衝突した。

(2)本件車道は、幅員7.4mの対向2車線であり、黄色実線の中央線の表示がある。対向車両が走行していた車線は、幅員が3.7mで、その外側に幅員1.7mの歩道が設けられており、歩道から0.4mの位置に外側線が引かれている。
   本件歩道は、本件車道と縁石で区画され、本件車道より1段高く設置されている。
   本件事故現場付近は市街地で、周囲に店舗等が建ち並び、本件事故発生時刻当時、本件車道、本件歩道とも交通は頻繁であった。

(3)被告車両は、長さ4.27m、幅1.76m、高さ1.55mの普通乗用自動車であり、本件事故発生当時、ハンドル、ブレーキ、前照灯等に不具合は無かった。
   また、原告自転車は、長さ1.6m、幅0.56m、高さ1.05mの26インチの普通自転車であり、ハンドル、ブレーキ、前照灯等に不具合は無かった。

(4)原告は、原告自転車に乗って、本件歩道上を走行しており、別紙図面(略)の電柱1の横で、原告と同一方向に向かう歩行者の右側を通って、同歩行者を追い越そうとした。同電柱と道路縁石端との距離は1.3mで、同所の本件歩道は、その手前の建物敷地の出入口部分が終わり、上り勾配となっており、本件車道との間に防護柵はない。
   原告は、上記上り勾配を上ったところで失速し、右足を地面に着こうとした。
   しかし、原告は、本件歩道の縁石に近い部分を走行していたことから、右足が縁石の外に出て、車道との段差で足を踏み外し、原告自転車共々右に傾いた。
原告及び原告自転車は、そのまま本件車道側に倒れ込む途中、別紙図面(略)【×】の地点で、折から本件車道上を同一方向に時速約38km(注:本件車道の規制最高速度は時速40kmである。)で走行していた被告車両の左前部バンパー、左前部フェンダー、ボンネット左側に接触・衝突した。
   被告は、原告との衝突直後にブレーキを踏んだ後、ゆっくりと進行して、別紙図面(略)の④の位置に被告車両を停止させた。

(5)被告車両のドライブレコーダーには、対向車線を断続的に通過する対向車両や本件歩道上を通告する歩行者等が映っており、本件事故発生の数秒前には、原告が本件歩道上を原告自転車に乗って同一方向に走行する姿が映っていた。
   そして、被告車両が別紙図面(略)②の位置(衝突地点までの距離13.8m)を通過した時点(撮影時刻18:51:19の2/28コマ目)で、本件歩道上の原告が僅かに右足を出した様子が映っている。
   また、被告車両が別紙図面(略)③の位置(衝突地点までの距離4.3m)を通過した時点(撮影時刻18:51:19の27/28コマ目)で、原告及び原告自転車が明らかに右に傾いている様子が映っている。
   被告車両は、③の位置を通過した時点から約0.4秒後に原告に衝突した。被告車両が②の位置を通過した時点から衝突までの時間は、約1.3秒(=(27−2)/28+0.4)である。

(6)原告は、本件事故に関し、被告に対し、自動車損害賠償補償法3条及び民法709条に基づき、損害賠償を求めた(なお、原告は、被告との間で保険契約を締結していた保険会社に対しても、被告に対する判決の確定を条件として同額の支払を求めた。)。


【争点】

(1)被告は被告車両の運行に関し注意を怠らなかったといえるか(争点1)
(2)原告に生じた損害の額(争点2)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、各当事者は、争点1について以下のとおり主張した(被告車両に、構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことについては、争いはない。)。
  (原告の主張)
   被告車両の車幅からすると、被告は、自車線内を走行したままで、車体左端から道路左端までに1.94m(=3.7−1.76)の空間をつくることができる。そして、ステアリング操作に関しては、運転中はステアリングを握って即座に操作可能な状態を維持しているのであるから、空走時間を考える必要はない。
   よって、被告は、原告が右足を出した時点で、ステアリングを32.13度回すこと、あるいは90度の急ハンドルで衝突を回避することが可能であり、その両者の軌跡に挟まれる領域を通過するようなハンドル操作をすれば、原告との衝突を回避することができた。
  (被告の主張)
   原告は、被告がハンドル操作により原告との衝突を回避することが可能であったと主張するが、本件車道は幅員3.7mと対向車との距離が近く、僅かでもハンドル操作にずれがあればより重大な結果を引き起こす危険があったものである。
   よって、原告の主張は不可能を強制する非現実的な主張である。


 【裁判所の判断】

(1)争点1(被告は被告車両の運行に関し注意を怠らなかったといえるか)について
 ア 被告は、本件事故発生の数秒前に、本件歩道上を走行する原告自転車を認めることができた。しかし、原告自転車は、本件車道と縁石で区画された本件歩道上を走行しており、原告自転車に本件車道への進入等をうかがわせる動きはなかった。
   したがって、本件車道を制限速度内の時速約38kmで走行していた被告において、原告自転車を認めた時点で、現行自転車の車道側への進入等を予見して速度を落として走行すべき注意義務はなかったといえる。
 イ 原告が原告自転車から右足を出して本件車道との段差に足を踏み外したのは、被告車両との衝突の約1.3秒前である。しかし、被告において、原告が僅かに右足を出したのみで本件車道に倒れ込むことまでを予見することは非常に困難であり、その時点で右にハンドルを切るべきであったということはできない。
   仮に、原告が原告自転車から僅かに右足を出した時点で何らかの危険を予見することができたとしても、同時点で、被告車両は衝突地点まで13.8mの位置を時速38kmで走行しており、その制動距離は、空走時間を平均的な0.75秒、摩擦係数を乾燥アスファルト路面の0.7で計算すると、16.0mである。
   したがって、被告が直ちに急制動の措置を講じていたとしても、本件事故を回避することは不可能であったというべきである。
 ウ 被告は、衝突の0.4秒後前には原告が明らかに右に傾いた様子を確認することができたと認められる。しかし、運転者が、その危険を理解して方向転換等の措置をとるまでに要する反応時間(運転者が突然出現した危険の性質を理解してから方向転換等の措置をとるまでに時間が経過することは明らかである。)を考慮すると、原告との衝突前にハンドルを右に切ることができたとはいえない。また、被告車両の走行車線は幅員3.7mで、対向車線上には断続的に走行する対向車があったことからすると、被告において左右90度程度の急ハンドルを行うことは非常に危険な行為であったといわざるを得ない。
   したがって、被告において、右にハンドルを切ることにより原告との衝突を回避すべきであったとはいえない。
 エ 小括
   以上によれば、被告は、被告車両の運行に関し注意を怠らなかったというべきである。

(2)結論
   原告の請求には理由がない(請求棄却)。


【コメント】

  本裁判例は、ドライブレコーダー映像の分析と力学的な計算によって、結果回避可能性の有無を検討した上で、それを否定したものです。なお、原告は、本件訴訟において、被告に7割の過失がある旨主張していました。

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