主要運動である外転・内転の可動域が健側(左肩関節)の可動域の1/2をわずかに上回り、かつ、参考運動である外旋・内旋の可動域が健側(左肩関節)の可動域の1/2以下に制限されている右肩関節機能障害の程度について、自賠責と同様、後遺障害等級第10級10号に該当する旨判示した事例(本訴確定)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成29年10月24日午後8時35分頃
イ 発生場所 福岡市内の路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 原告車 原告所有・運転の大型自動二輪車
エ 被告車 被告所有・運転の普通乗用自動車(タクシー)
オ 事故態様 客を降ろした後、転回のために路外のマンションに駐車場に入ろうとしていた被告車両と、本件事故現場付近の道路を進行していた原告車両とが、道路上で衝突した。
(2)原告は、本件事故により、肋骨多発骨折、両膝関節打撲傷、右鎖骨遠位端骨折等の傷害を負い、平成29年10月24日から同年11月11日まで(19日間)A病院に入院し、同年11月13 日から平成30年7月31日まで(261日間、通院実日数209日)B病院に通院し、同日、症状固定の診断を受けた。
(3)原告の被害者請求による自賠責保険の後遺障害等級認定手続においては、右鎖骨遠位端骨折後の右肩関節の機能障害につき別表第二第10級10号に、右鎖骨位遠位端骨折後の右鎖骨の変形障害については同第12級5号に、両側の前胸部、胸骨左右の疼痛の症状については同第14級9号に該当するとされ、これらを併合した結果、別表第二併合9級と判断された。
(4)本件事故に関し、原告は、被告に対して、民法709条又は自賠法3条(物的損害を除く。)に基づく損害賠償請求をする本訴を、被告は、原告に対して、民法709条に基づく損害賠償請求をする反訴を、それぞれ提起した。
【争点】
(1)事故態様及び過失割合(争点1)
(2)原告の損害(争点2)
(3)被告の損害(争点3)
以下、主に上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。
なお、各当事者は、争点1について以下のとおり主張した。
(原告の主張)
ア 事故態様
原告が本件事故現場の西方にある三叉路交差点(以下「本件交差点」という。)を通過した際の信号機は青色灯火であった。
イ 過失割合
本件事故の事故態様に加え、本件道路が幹線道路であること、被告が右折合図をしていないことから、本件事故における過失割合は、原告:被告=0:100となる。
(被告の主張)
ア 事故態様
被告が転回しようと思った時点で、本件交差点の信号は赤であり、a方面からの車線もb方面からの車線も、車が停車していた。
イ 過失割合
被告は十分な安全確認を行なって右折しており、被告の過失は認められない。
原告は、猛スピードで走行し、しかも前方不注視と不適切なブレーキ操作によって原告車両を転倒させて本件事故を惹起させたものであり、原告の過失が100%である。
また、各当事者は、後遺障害等級認定(争点2)について以下のとおり主張した。
(原告の主張)
別表第二併合第9級(注:自賠責の認定とおり)
(被告の主張)
後遺障害等級認定手続に関し、右鎖骨変形障害については別表第二第12級5号、両側の前胸部、胸骨左右の疼痛が同第14級9号との評価に異論はないが、右肩関節の機能障害については同第12級6号ないし同第12級13号と評価すべきであり、同併合11級が妥当である。同併合第9級の認定を争う。
ただし、右鎖骨の変形障害は原告の労働に直接の影響を及ぼすものではなく、右肩関節機能障害に包摂されるべきであり、労働能力喪失率としては同第12級相当の14%、労働能力喪失期間としては10年が妥当である。
【裁判所の判断】
(1)争点1(事故態様及び過失割合)について
ア 原告車両は、a方面から走行してきて、本件交差点を青色信号で通過し、時速40㎞からそれを少し超えるくらいの速度で第2車線を走行して本件事故現場に差し掛かったこと、被告車両は、別紙1の図面(略)記載の①地点から発進して、路外への右折進行を開始したこと、被告車両が原告の進行方向を塞いだ時点で初めてその存在に気付いた原告は、急ブレーキをかけてよけようとしたが転倒してしまい、地面にたたきつけられたこと、転倒、滑走した原告車両が被告車両の左側面に衝突するまで、被告は原告車両に気が付いておらず、被告がブレーキをかけたのは原告車両との衝突地点であり、被告車両の停止位置は歩道上(同図面記載の⑤地点と⑥地点の中間)であることを認めることができる。
事故当日に被告の立合い、指示説明の下で警察官により作成されたものであることからすれば、被告車両の走行態様に関する現場の見分状況書の記載内容は、別紙1の事故現場見取図や被告の陳述書などより信用性の高いものである。したがって、被告が主張する事故態様のうち、上記認定に整合しないもの(原告車両の音に気付いた地点、ブレーキをかけた地点、停止した地点など)については採用することができない。
イ 被告は、転回しようと思った時点で、原告車両の進路であるa方面からの本件交差点の信号表示が赤色であったかのような主張をし、陳述書でも同旨を述べるが、証拠(略)によれば、同図面記載①地点から、本件交差点のうちa方面からの車線にある停止線付近の様子は見通せないものと認められるから、その主張や陳述は採用できない。したって、原告が猛スピードで走行した事実も認めることができない。
上記の事故態様に照らし、原告の前方不注視は認めることができるが、本件の全証拠によっても、そのブレーキ操作に不適切があったとは認めるに足りない。
ウ 他方、被告は衝突まで原告車両の存在に気付いておらず、対向車線を横切って路外に出るに当たり、対向車線の状況に対する注意を怠った過失があることは明白である。
ただし右折合図に関しては、原告本人尋問の結果を含む本件の全証拠によっても、被告がこれを出していなかったと認めるには足りない。
エ 以上に加え、本件事故の現場が市街地を通る片側2車線の国道であることも考慮すれば、当事者間の過失は、原告5:被告95とするのが相当である。
(2)争点2(原告の損害)について
ア 治療費 略
イ 入院雑費 略
ウ 通勤・通院交通費 略
エ 休業損害 略
オ 傷害慰謝料 158万円
カ 診断書代 略
キ 逸失利益 1,554万0,897円
a)右肩関節機能障害の程度及びその評価について
原告の症状固定の診断に当たり、原告の両肩関節の可動域の測定がされたこと、自賠責保険の後遺障害認定手続においては、上記認定結果に関して「主要運動である外転・内転の可動域が健側(左肩関節)の可動域の1/2をわずかに上回り、かつ、参考運動である外旋・内旋の可動域が健側(左肩関節)の可動域の1/2以下に制限されている」との指摘がされたことが認められる。
以上によれば、同手続において、原告の右肩関節機能障害が「1上肢の3大関節1関節の機能に著しい障害を残すもの」として別表第二第10級10号に該当すると判断されたことにつき、不審な点は見当たらない。
被告は、原告が症状固定前には自動運動で90度以上拳上できていた旨を指摘する。しかし、証拠(略)によれば、医師が、骨折後の固定により関節が拘縮し、可動域制限が起きることがある旨を述べていることが認められるから、上記の指摘によっても上記の症状固定時の測定結果の信用性は減殺されない。症状固定時の可動域が症状固定前のそれより悪化することは医学的に考えられない旨の被告の主張は、医師が専門家として述べる見解に反するものであって採用できない。
b)原告の労働能力喪失率、喪失期間
上記に加え、現実の稼働状況に関する陳述書の記載や原告本人尋問の結果を踏まえれば、原告の後遺症である右肩関節の機能障害、右鎖骨の変形障害、両側の前胸部、胸骨左右の疼痛等による労働能力喪失率は35%とみるのが相当である。
また、原告は症状固定時48歳であったから、労働能力喪失期間としては、19年(ライプニッツ係数12.0853)とみるのが相当である。
c)基礎収入
原告の本件事故前年の収入は367万4,097円であったことが認められるから、これを後遺障害逸失利益算定の基礎収入とすべきである。
d)結論
以上によれば、原告の後遺障害逸失利益は1,554万0,897円(1円未満切り捨て)となる。
ク 後遺障害慰謝料 690万円
ケ 後遺障害診断書代 略
コ 人身損害小計 2,699万7,021円
サ 過失相殺(−5%)後の金額 2,564万7,169円(1円未満切り捨て)
シ 既払額の控除後の金額 1,786万7,041円
ス 物的損害
a)原告車両に関する損害 32万6,000円
b)原告の衣服及び所持品に関する損害 7万5,250円
セ 物的損害の過失相殺後の金額 38万1,187円(1円未満切り捨て)
ソ 以上合計 1,824万8,228円
タ 弁護士費用 略
チ 原告の損害合計 2,006万8,228円
(3)争点3(被告の損害)について
ア 被告車両の修理費用 23万5,240円
イ 休車損 0円
ウ 過失相殺後の金額 1万1,762円
エ 弁護士費用 略
オ 被告の損害合計 1万2,762円
(4)結論
原告の本訴請求、被告の反訴請求はそれぞれ上記(2)及び(3)の限度で理由がある(いずれも一部認容)。
【コメント】
裁判所は、①事故態様については、事故当日に被告の立合い、指示説明の下で警察官により作成された実況見分調書に基づいて、②原告の後遺障害の程度については、自賠責保険の後遺障害認定手続における指摘事項及びその判断に基づいて、それぞれ認定がなされており、人身損害の認定の方法としては、オーソドックスなものといえます。
なお、裁判所は、転回しようと思った時点で、原告車両の進路であるa方面からの本件交差点の信号表示が赤色であったなどとの被告の主張・陳述を、証拠(略)と相反する点のあることを指摘した上で、被告は衝突まで原告車両の存在に気付いなかったことを認定していますが、この点が、過失割合の評価にどの程度影響したかは不明です。