有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることになる事情に当たると判示した事例(一部破棄差戻し)
【事案の概要】
(1)被上告人(二審控訴人、一審被告)は、セメント、液化ガス、食品等の輸送事業を営む株式会社である。
上告人(二審被控訴人、一審原告)A、B及びC(以下、「上告人ら」という。)は、いずれも被上告人と期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)を締結し、バラセメントタンク車(以下「バラ車」という。)の乗務員として勤務していたが、被上告人を満60歳で定年退職した後、被上告人と期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)を締結し、それ以降もバラ車の乗務員として勤務している。
(2)被上告人は、就業規則(以下「従業員就業規則」という。)に基づく賃金規定等において、被上告人と無期労働契約を締結しているバラ車等の乗務員(以下「正社員」という。)の賃金について、以下のとおり定めている。
ア 基本給は、原則として月給とし、在籍給及び年齢給で構成する(以下略)。
イ 乗務員に対して、その職種(乗務するバラ車の種類をいう。以下同じ。)に応じた以下の係数(略)を当該乗務員の月稼働額に乗じた額を、能率給として支給する。
ウ 職種により、職務給を支払う。その月額は以下のとおりとする(以下略)。
エ 精勤手当 略
(中略)
ケ 超勤手当 略
(中略)
サ 賞与 略
(以下略)
(3)被上告人は、被上告人を定年退職した後に有期労働契約を締結して被上告人に勤務する従業員(以下「嘱託社員」という。)に適用される就業規則として、嘱託社員就業規則(以下「嘱託社員規則」という。)を定めている。嘱託社員規則は、嘱託社員の給与は原則として嘱託社員規則の定めるところによること等を定めている。
被上告人は、平成22年4月から、嘱託社員のうち、定年退職前から引き続きバラ車等の乗務員として勤務する者(以下「嘱託乗務員」という。)の採用基準、賃金等について、定年後再雇用者採用基準を策定しており、同26年4月1日付けで改定された後の定年後再雇用者採用基準(以下「本件再雇用者採用基準」という。)の内容は、以下のアからエまでのとおりである。これによれば、上告人らを含む嘱託乗務員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであった。
(前略)
ウ 賃金
①基本賃金 略
②歩合給 略
(中略)
④調整給 老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間において月額2万円を支給する。
(中略)
⑥時間外手当 略
⑦賞与、退職金 支給しない。
エ 契約の更新 略
(4)上告人らは、定年退職した日において、それぞれ、被上告人と有期労働契約を締結した。上告人らは、当初の雇用期間の満了後、雇用期間を1年間として当該有期労働契約を更新している(以下、更新の前後を問わず、上告人らと被上告人との間の有期労働契約を「本件各有期労働契約」という。)。本件各有期労働契約は、いずれも本件再雇用者採用基準と同じ内容である。
嘱託乗務員である上告人らの業務の内容は、バラ車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送されるというものであり、正社員との間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない。また、本件各有期労働契約においては、正社員と同様に、被上告人の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められている。
上告人らは、本件各有期労働契約の締結後、平成27年10月までの間に、第1審判決別紙5(略)記載のとおり、被上告人から賃金の支払を受けた(以下、同別紙記載の賃金を「本件賃金」という。)。本件賃金の支給対象期間において、上告人A及びCは欠勤しておらず、上告人Bは一部の期間を除き欠勤していない。
(5)上告人らは、本件訴訟を提起して、①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、②嘱託乗務員に対し、精勤手当等が支給されないこと、③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、④嘱託乗務員に賞与が支給されないことが、嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違である旨主張するとともに(以下、上記①から④までにおいて比較の対象とされている各賃金項目を併せて「本件各賃金項目」という。)、本件賃金の支給対象期間において、嘱託社員の賃金に関する労働条件が正社員と同じであるとした場合、第1審判決別紙6(略)記載のとおりの賃金(以下「本件試算賃金」という。)が支払われるべきであると主張した。
(6)原審(東京高裁平成28年11月2日判決・労働判例1144号16頁)は、事業主は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえないことなどから、上告人らの賃金が定年退職時より2割前後減額されたことをもって直ちに不合理であるとはいえず、嘱託乗務員と正社員との賃金に関する労働条件の相違が労働契約法20条(注:同条は、平成30年法改正により、パートタイム労働法8条と併せて、パートタイム・有期雇用労働法8条に統合された。)に違反するということはできないと判示して、上告人らの請求をいずれも棄却した。
これに対し、控訴人らが上告した。
【争点】
嘱託乗務員と正社員との賃金に関する労働条件の相違が労働契約法20条に違反するか否か
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
原審の判断のうち、精勤手当及び超過手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反しないとした部分は結論において是認することができるが、上記各手当に係る働条件の相違が同条に違反しないとした部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)判断枠組み
ア 労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(最高裁平成30年6月1日判決・労働判例1179号21頁参照)。
イ 被上告人における嘱託乗務員及び正社員は、その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく、業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから、両者は、職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下、併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。
しかしながら、労働者の賃金に関する労働条件は、労働者の職務の内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく、使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
したがって、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。
ウ 被上告人における嘱託乗務員は、被上告人を定年退職した後に、有期労働契約により再雇用されたものである。
定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になる者であるということができる。
そうすると、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることになる事情に当たると解するのが相当である。
エ 本件においては、被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。そして、有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。
そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。
(2)検討
ア 嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等ついて
被上告人は、正社員に対し、基本給、能率給及び職務給を支給しているが、嘱託乗務員に対しては、基本賃金及び歩合給を支給し、能率給及び職務給を支給していない。
基本給及び基本賃金は、労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず、従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ、上告人らの基本賃金の額は、いずれも定年退職時における基本給の額を下回っている。また、能率給及び歩合給は、労務の成果に対する賃金であるところ、その額は、いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ、嘱託乗務員の歩合給に係る係数(注:10tバラ車で4.60%など)は、正社員の能率給に係る係数(注:10tバラ車で12%など)の約2倍から約3倍に設定されている。そして、被上告人は、全日本建設運輸連帯労働組合関東支部(以下「本件組合」という。なお、本件組合には、被上告人の従業員で構成されたN分会がある。)との団体交渉を経て、嘱託乗務員の基本賃金を増額し、歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。
このような賃金体系の定め方に鑑みれば、被上告人は、嘱託乗務員について、正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり、職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに、基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。
そうである以上、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては、嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が、正社員の基本給、能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。
そして、第1審判決別紙5及び6に基づいて、本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算金につき基本給、能率給及び職務給を合計した金額を上告人ごとに計算すると、前者の額は後者の額より少ないが、その差は上告人Aにつき約10%、上告人Bにつき約12%、上告人Cにつき約2%にとどまっている。
さらに、嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、被上告人は、本件組合との団体交渉を経て、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。
イ 嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないことについて
被上告人における精勤手当は、その支給要件及び内容に照らせば、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる。そして、被上告人の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。
なお、嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることは、被上告人が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが、精勤手当は、従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから、歩合給及び能率給に係る係数が異なることをもって、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない。
したがって、正社員に対して精勤手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給ないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
ウ 嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないことについて 略
エ 嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことについて 略
オ 嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について
前記イで述べたとおり、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは、不合理であると評価することができるものに当たり、正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず、嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
カ 嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことについて 略
キ 小括
嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。
これに対し、嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)に係る労働条件の相違については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
(3)結論
上告人らの予備的請求(注:不法行為に基づき、本件試算賃金と本件賃金との差額に相当する額の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたもの)を棄却した原審の判断のうち、精勤手当及び超勤手当(時間外手当)に関する部分は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、破棄を免れず、この点に関する論旨は理由がある(一部棄却・一部破棄自判・一部破棄差戻し)。
【コメント】
現在のパートタイム・有期雇用労働法の下でも、定年後再雇用であることは、同法8条の不合理性の判断において考慮事情となるものと解されます。それゆえ、一般に、定年後再雇用の有期雇用労働者と定年前の無期雇用労働者の基本給などの相違は、相当大きな差がない限り、違法・無効となることはないと考えられます。
“【労働】最高裁平成30年6月1日判決(労働判例1179号34頁)” への1件の返信
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