【名誉毀損】東京高裁令和2年11月11日判決(判例タイムズ1481号66頁)

発信者情報開示請求訴訟において、権利侵害の明白性の要件について権利侵害された者が権利回復を図ることができないような解釈運用がされるべきでないとして、控訴人提出の各陳述書によって権利侵害の明白性の立証が一応できていると認定した事例(確定)


【事案の概要】

(1)氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)が、インターネット上の転職総合サイトである「T会議」(以下「本件サイト」という。)の転職先企業の一つである控訴人(1審原告)についての口コミ欄に、別紙投稿記事目録記載の各記事(以下「本件記事」という。)を投稿した。本件サイトの各口コミには、「【良い点】」と「【気になること・改善したほうがいい点】」の欄が設けられている。本件記事は、いずれも後者の欄に投稿されたものである。

(2)控訴人は、本件訴訟を提起して、本件記事が控訴人の名誉権を侵害することが明らかであるなどと主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項の開示関係役務提供者である被控訴人(1審被告)に対し、同項に基づき、被控訴人の有する発信者情報の開示を求めた。
   原審(東京地方裁判所令和2年3月25日判決)は、控訴人の請求を棄却したので、これを不服とする控訴人が、控訴した。


【争点】

(1)同定可能性の有無
(2)名誉棄損の有無
(3)不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせる事情の存否
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)名誉棄損に係る発信者情報の開示請求の要件について
   法4条1項による開示関係役務提供者が保有する権利侵害にかかる発信者情報の開示の請求は、当該発信者情報が請求者の損害賠償請求の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときであって、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」に限ってできるとされている。
   そして、「当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」とは、立法担当者の説明によれば、当該侵害情報の流通によって請求者の名誉が棄損されたことに加え、違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情の存在しないことが必要であり、侵害情報の流通が事実の摘示を伴う場合には、当該情報の流通が公共の利害に関する事実に係るものであり、かつ、その目的が専ら公益を図るものであること、さらに、摘示された事実が真実であることについて、これらをうたがわせるような事情が存在しないことを要するものとされている。
   法は、インターネット等の特定電気通信の特性から、権利侵害情報の送信について開示関係役務提供者の損害賠償責任を制限するとともに、権利を侵害された者が当該情報の発信者に対して損害賠償請求権を行使するに当たって必要な発信者情報の開示手続を定めたものである。
   そして、4条において、権利侵害された者と発信者間の訴訟においては、本来、違法性阻却事由として発信者が主張・立証しなければならないものを、発信者情報開示請求訴訟においては、請求原因として権利侵害された者の主張立証責任であると定めたのは、発信者情報が発信者のプライバシーに関する事柄であって、発信者の匿名性を維持しつつ、発信者自身の手続参加を予定していない訴訟構造の中で発信者のプライバシー及び表現の自由の利益と権利侵害された者の権利回復を図る必要性との調和を図るための措置であると解される。
   したがって、4条の「権利侵害が明らか」についての解釈においても、権利侵害された者が権利回復を図ることができないような解釈運用がされるべきでないことが前提となっているというべきである(因みに「権利侵害」の中には権利を侵害された者が立証することが難しい発信者の故意過失や責任阻却(真実と信じるにつき相当の事由があること)は入っていないと解釈されている。)。

(2)争点1(同定可能性の有無)について
   本件サイトにおいては、企業名を控訴人と明示した上で口コミ記事が投稿されているから、本件記事が控訴人について投稿されたものであることは明らかである。

(3)争点2(名誉棄損の有無)について
 ア 本件記事3について
   投稿記事が他人の名誉を棄損するか否かは一般閲覧者の普通の注意と読み方に基づき判断すべきであるところ、本件記事3のうち「役員に意見しようものならやってもいない事をでっちあげられ辞めさせられる。」の部分は、そのような読み方をした場合、控訴人の社内においては、社員が役員に意見を述べた場合に、その社員がやっていない解雇の理由となる行為をやったことにして辞めさせられることがあるという事実を摘示しているものと認められる。そして、かかる事実は、控訴人の社会的評価を低下させるものということができる。
 イ 本件記事4について 略
 ウ 本件記事5について 略
 エ 小括
   以上によれば、本件各記事により控訴人の社会的評価が低下し、名誉が棄損されたことは明らかというべきである。

(4)争点3(不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせる事情の存否)について
 ア 本件各記事は公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的でされたものと認められるか否かについて
   転職総合サイトの役割の一つは、転職を考えている者に見込み転職先企業についての種々の情報を提供し、その希望に沿った転職を可能ならしめることにある。
   本件各記事は、転職先企業の一つである控訴人に、理不尽な社風や、上司に意見が言えない雰囲気や、休日出勤の慣行などがあることを指摘するものであり、これらの事実は、転職を考える際において重要な要素というべき事柄である。
   これらの事実についての情報を提供することは、実際の事実・経験に即した情報であれば、それが控訴人の悪い評判、不満・批判を内容とするものであっても、転職希望者の転職先選択の参考になるものであるから、本件各記事は公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的でされたものと認めることができる。
 イ 本件各記事で摘示された事実が損実であるか否かについて
  a)控訴人は、甲9ないし12、甲21及び22の陳述書を提出する。
   甲9は控訴人の業務管理の取締役であるAが、甲10は総務部勤務の従業員が、甲11はMR事業部の従業員が、甲12は管理者従業員が、甲21は業務部の従業員が、甲22は経営戦略室の従業員がそれぞれ作成したものであり、次のように記載されている。
  ①本件記事3について
   従業員の言い分を聞くよう心がけているので、弁解を口答えなどとして切り捨てるということもない(甲9)。
   当社を退職する人はいるが、役員に意見したことが原因でやってもいないことをでっちあげられて退職されられた人はひとりもいない(甲11、12、22)。
  ②本件記事4について 略
  ③本件記事5について 略 
   以上の控訴人提出の陳述書は、概括的で、抽象的な記載にとどまっているが、本件各記事の内容が真実でないことの一応の立証がされているということはできる。
  b)他方、被控訴人は、本件各記事の発信者の回答書(乙1、2)を提出しており、当該回答書には、発信者がいかなる経緯、事実関係を根拠として本件記事の各表現・記述を行ったかについて、記載されている。その内容は、以下のとおりである。
  ①本件記事3について
   「あらぬ疑いをかけたり、身に覚えもないのに個人の主観でしかないようなことで叱責され、『役員の悪口を言っている』『SNSに会社の悪口を書いている』『反発している』等何を根拠に言っているのか不明で、事実確認が難しいような事柄にカマをかけるように問い詰められたりすることがあり、やってもない事をでっちあげられ、事実でないことを公表され、居ずらくなって結果的に辞めさせるという事実は存在していた。このきっかけとして役員に意見した時点で態度が豹変し、急に状況が悪くなったと感じた。」(乙1)。
  ②本件記事4について 略
  ③本件記事5について 略
  c)被控訴人提出の上記回答書に表れた発信者の記載内容は、自己の体験を述べた形式で一応の具体性はあるものの、抽象的な事実にとどまり、日時や場所の特定もないことから、控訴人において反論をすることができる内容となっていない。
   法4条1項が、発信者の匿名性を維持し、発信者自身の手続参加が認められていない手続法の枠組みの中で、発信者の有するプライバシー権や表現の自由等の権利ないし利益と権利を侵害されたとする者の権利回復の利益をどのように調整するかという観点から、前記のとおり権利侵害の明白性の要件が設けられ、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないことが必要とされていることからすれば、上記の回答書(乙1、2)の提出があったことをもって、本件投稿に摘示された事実が真実であることをうかがわせるような事情があるということはできない。立証責任を転換したことによって、上記回答書に応じて事実の不存在まで厳密な立証を求めると、本来、被害者と発信者との間で争われるべき事項について、発信者からの日時、場所等の特定がなく、抽象的な事実に止まる、中途半端な上記回答書について、およそそのような事実はないという不可能に近い立証を強いることになり、相当でないからである。
   そうすると、発信者情報開示請求訴訟においては、上記控訴人提出の各陳述書によって、控訴人は「権利侵害の明白性」の立証が一応できていると認定・解釈されるべきと考えられる。
  d)小括
   以上によれば、本件各記事が本件サイトに掲載されたことによって控訴人の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(5)結論
   控訴人の請求は理由がある(原判決取消・請求認容)。


【コメント】

   本裁判例は、経由プロバイダを被告とする発信者情報開示請求訴訟において、発信者の有するプライバシー権や表現の自由等の権利ないし利益と権利を侵害されたとする者の権利回復の利益の調整において、原審よりも後者の利益を重視した事例です。東京高裁令和2年12月9日判決(判例タイムズ1481号70頁)も、同様の判旨を述べています。

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