【民事】福岡地裁令和2年1月23日判決(判例タイムズ1479号179頁)

原告従業員らの供述は合理的に理解できるとして、同人らにおける架空取引の認識を否認しつつ、関係書類の管理体制が不適切であったことを理由に、原告に2割の過失を認めた事例(控訴後一部和解成立)


【事案の概要】

(1)原告は,運送業務等を業とする株式会社である。
   被告Y4は,原告を懲戒解雇された後の平成25年7月,被告Y1に入社した。被告Y4は,平成27年1月以降,被告Y1運輸の営業を担当するようになった。
   被告Y4は,被告Y2社に被告Y1運輸の下請を行わせるようになった。その後,被告Y4は,原告勤務当時知り合っていたA2からの依頼に応じて,原告に被告Y1運輸の下請を行わせた。
   さらに,被告Y4は,遅くとも平成26年11月以降,原告又は被告Y2社を運送の元請(被告Y1運輸)と下請の間に入れて(かませて),曾孫請として運送を行う業者の手配や,請求又は支払のための明細書の作成を自ら行って,原告又は被告Y2社が,運送や下請の手配にはかかわらずに,1%程度のマージンを取得でき,売上高が増えるような取引を構築するに至った。上記の取引は実運送であり,注文者はK運輸社などである。

(2)被告Y4は,原告勤務当時の同僚であった被告Y6が原告退社後に被告Y5社を設立したことを知り,平成27年5月頃以降,仕事の世話をするようになった。しかし,被告Y5社の売上は思うように上がらなかった。加えて,平成27年9月にK運輸社との取引が終了して被告Y1運輸の売上げが減少したこと,及びA2から原告の売上を増やすことに協力するよう求められたこともあった。
   そのため,被告Y4は,平成27年8月頃から同年11月頃までの間,被告Y5社,自ら立ち上げたW社及び架空の運送事業者であるV社から,被告Y1運輸(元請)が運送委託を受け,これを原告(下請),被告Y2社(孫請)及び被告Y5社(曾孫請)に順次下請けさせて,委託料及びその内訳が記載された書面を作成して決済を行う取引(以下「本件第1取引」という。)を構築するに至った。上記の取引は架空取引であり,曾孫請の被告Y5社は,実際には運送業務を行っていなかったところ,被告Y4は,原告(A2)に本件第1取引を持ち掛けた際,被告Y5社が被告Y2社の曾孫請となることを秘していた。

(3)被告Y4は,平成27年12月頃,被告Y1運輸において,最低でも4%のマージンを取得できない運送受託や下請委託を実施しない方針となったことから,本件第1取引の運送委託者の立場から被告Y1運輸を離脱させなければならなった。そこで,被告Y4は,A2に対し,上記の事情を説明して,本件第1取引を終了させた。とはいえ,被告Y5社等のために,本件第1取引と同様の取引を行うこと必要性は依然として存在していた。
   そこで,被告Y4は,平成27年12月頃から平成29年8月頃までの間,被告Y1運輸が,W社及びV社分も一括して被告Y5社(運送委託者)から手配を受けるものの,貨物利用運送取引における関係書類上は,被告Y1運輸の名前を出さないようにして,被告Y5社が原告(運送受託者)に直接運送委託をし,これを被告Y2社(下請)及び被告Y5社(孫請)に順次下請けさせながら,委託料及びその内訳が記載された書面を作成して決済を行う取引(以下「本件第2取引」という。)を構築するに至った。上記の取引は架空取引であり,孫請の被告Y5社は,実際には運送業務を行っていなかったところ,被告Y4は,原告(A2及びA2。以下「A2ら」という。)に本件第1取引を持ち掛けた際,被告Y5社が被告Y2社の孫請となることを秘していた。
   A2らは,被告Y1運輸が運送委託者の立場から抜けるため,被告Y4が行おうとする業務は取次となるものの,同業務は,本件第2取引においても,本件第1取引と同様に,被告Y1運輸従業員のY4が,被告Y1運輸の事業として行うものだと理解していた。

(4)本件第2取引における売上は,開始当初(平成27年12月)は月額約2600万円であったが,約6か月後(平成28年6月)には月額約5600万円,約1年後(同年12月)には月額約6400万円と増加していった。
   A2らは,同年8月頃,原告内部の稟議により,被告Y5社に対して月額約8300万円を限度とする与信を得ていたが,売上が月額7000万円を超えた平成29年4月頃,原告の○○営業所所長は,A2らに対し,同年6月分以降の取引額を減額するよう指示した。そこで,A2らは,被告Y4に取引額を減らすよう申入れ,被告Y4がこれに応じた。しかし,被告Y5社は,同年7月,原告に対して支払いをしなかった。その頃,本件第2取引は終了した。

(5)原告は,本件第1取引に基づき,平成27年9月18日から同年12月18日までの間,被告Y2社に対して,合計6911万3621円を支払った。他方,被告Y1運輸は,本件第1取引に基づき,平成27年11月2日から平成28年2月1日までの間,原告に対して,合計6981万1740円を支払った(注:69万8119円の黒字である。)。
   原告は,本件第2取引に基づき,平成28年1月20日から平成29年7月20日までの間,被告Y2社に対して,合計9億8936万8367円を支払った。他方,被告Y5社は,本件第2取引に基づき,平成28年2月29日から平成29年6月23日までの間,原告に対して,合計8億7079万6612円を支払った(注:1億1857万1755円の赤字である。)。
   原告は,本訴を提起して,被告Y1運輸らに対し,上記各差額の合計額から既払額(注:原告は,被告Y5社らの債権者から,約370万円を回収した。)を控除した1億1419万6472円の支払いを求めた。


【争点】

   本訴における争点は多岐に渡るが、以下,下記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。
(1)本件第1取引及び第2取引における原告の錯誤の有無(争点1)
(2)被告Y4の不法行為に対する原告の過失の有無等(争点2)


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件第1取引及び第2取引における原告の錯誤の有無)について
 ア 本件第1取引及び同第2取引は、他の実取引が先行、あるいは併存する中で行われていたものであり、その態様は、本件各実取引における同様の関係書類が用いられ、また、作業内容の流れ等も、格別異なるところはないこと等を踏まえると、A2らにおいて、即座にこれらの取引が架空の取引であろうと疑うほどの事情は認められない。
   本件第1取引への関与を解消しようとした被告Y1運輸においても、本件第1取引におけるマージンが低率であったことを問題視したに過ぎず、架空取引である疑いを抱いていたわけではない。
 イ 本件第1取引及び同第2取引は、架空の取引でありながら、資金決済が行われ、これにより、支払サイトの時間差を利用して被告Y5社の資金繰りを助け、原告や被告Y2社に、見せかけの売上の増加や、マージンの取得という利益を与える形態のものである。そして、被告Y5社は、被告Y2社から支払われる孫請負代金又は曽孫請代金を原資として、当初は被告Y1運輸に、後には原告に対して元請負代金を支払い、上記孫請負代金又は曽孫請負代金は、下請負代金から順次各1%を控除した額となる。そのため、被告Y5社は、当初の請負代金との差額を負担する必要があり、これを補うためには回を追うごとに発注を増額せざるを得ず、原告及び被告Y2社は、資力に乏しい被告Y5社に不履行が生じたときのリスクを負うことになる。
   ここで、原告において、売上(元請負代金又は下請負代金)を増やしたいとの会社の方針あるいは成績を上げたいとのA2らの思惑、さらには、取引に対する1%のマージンの取得があったとしても、そのことと、原告と被告Y2社が負う上記リスクとの均衡は、必ずしも取れているとはいえず、A2らが、本件第1取引及び同第2取引の内実を知った上でこれに加担していたとは考え難い。
 ウ 本件第1取引及び同第2取引の発注者であるV社は架空の業者であり、W社は被告Y4が始めた自営業者出会って、さらに、被告Y5社の業績は良くなかったにもかかわらず、被告Y4は、A2らに対して、これを秘して、いずれも実績のある会社のように説明していた。
 エ これらの事情からすれば、A2らの供述のうち、本件第1取引について、被告Y5社や、V社、W社が信頼できる会社である旨の説明を受けたという経緯、そして、本件第2取引について、被告Y1運輸が貨物利用運送業務から運送取次業務に変わるものと理解したという経緯に照らして、本件第1取引及び同第2取引が架空取引と知っていれば関与していないとする部分は合理的に理解できる。そもそも、被告Y4も、A2らを騙していたという認識だったというのである(被告Y4本人)。したがって、A2らが、本件第1取引及び同第2取引が架空であることを知っていたとはいえない。

(2)争点2(被告Y4の不法行為に対する原告の過失の有無等)について
 ア 以下の事実が認められる。
  ・原告は、本件各実取引並びに本件第1取引及び同第2取引に係る各関係書類の管理等を被告Y4に任せ切りにしていた(マージンが1%から0.5%に減少した時期があった点についても、原告において、被告Y4これを確認し、あるいは異議を述べた形跡などは認められない。)。
  ・原告は、その書類の記載等について、煩雑な手続を嫌って、本来の手続であれば大部となる配達確認書を一部省略するなどの処理を許容していた。
  ・A2らも、そのような原告の管理体制の下で、被告Y4の指示により、又はこれに沿うため、請求書の宛名を切り貼りしたり、被告Y5社の名刺を自ら作成するといった例外的な措置をとったりした。
 イ これらの事情からすれば、A2らは、原告の売上を増やすために、被告Y4の誘いに乗りながら、関係書類の管理等には何ら関心を持つことなくいたものと認められ、原告において、本件第1取引及び同第2取引に係る各関係書類を適切に作成・管理していれば、本件第1取引及び同第2取引が架空であることにまでは気が付かなったとしても、架空取引が継続し、これにより損額額が拡大するという事態は避けられたものと認めるのが相当である。
   したがって、本件第1取引及び同第2取引において損害が生じたことについては、原告のこれらの不適切な管理体制による2割の寄与があるものということができる。

(3)結論
   本件第1取引及び同第2取引においては、原告が被告Y2社に対して支払った10億5848万1988円から、原告が支払を受けた総額である9億4432万0248円を控除した残額である、1億1416万1740円が、原告の損害となる。
   したがって、原告の請求は、被告Y4に対しては、1億1416万1740円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告Y1運輸に対しては、9132万9392円(注: 原告に2割の過失を認めた。)の及び遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   前勤務先(原告)を懲戒解雇されて現勤務先(被告会社)に中途採用で入社した従業員(被告)が、主に原告勤務当時の同僚で現在は原告を退職している者の利益を図って、原告らの関与する循環取引を主導したために、同循環取引の破綻後、原告から被告会社に対する使用者責任に基づく多額の損害賠償が認められたという複雑な事案です。

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