【刑事】東京高裁令和2年2月7日判決(判例タイムズ1476号123頁)

ウェブサイトAの閲覧者が使用する電気計算機のCPUにマイニングに係る演算を行わせるプログラムコードは、その機能を中心に検討すると、反意図性もあり不正性も認められるので、不正指令電磁的記録に該当すると判示した事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)被告人は、インターネット上のウェブサイトA(以下「A」という。)を運営する者である。
   Coinhive(以下「コインハイブ」ということがある。)は、登録者に対し、ウェブサイト閲覧者がその閲覧中に使用する電子計算機の中央処理装置(以下「CPU」という。)に、その同意を得ることなく仮想通貨Bの取引台帳へ取引履歴を追記する承認作業等の演算を行わせ、その演算が成功すると、報酬として仮想通貨の取得が可能になるという作業(以下「マイニング」ということがある。)を実行するための専用スクリプトを提供し、報酬の7割を登録者に分配し、報酬の3割をコインハイブ側が取得するウェブサービスである。コインハイブ登録者が、コインハイブから提供された前記専用スクリプト内の所定の箇所に登録者に割り当てられたサイトキーを記述し、そのスクリプトをウェブサイト内に設置すると、閲覧者の電子計算機の能力でマイニングが実行され、登録者が生じた報酬の分配を得ることができる。

(2)被告人は、平成29年9月、ウェブサイト上の記事で、サイト閲覧者の電子計算機を用いたマイニングが広告に代わるサイトの収入源になるかどうかという話題を取り上げた記事を読み、試験的にサイトの収入源として、閲覧者にマイニングさせる仕組みをAに導入することにした。同記事には、広告収入の代替手段として仮想通貨のマイニングを導入することに肯定的な意見や、ユーザーに無断かつ強制的にマイニングを強いる仕様は許されないのではないかという否定的な意見が記載されていた。
   その後、被告人は、コインハイブに登録して、コインハイブが提供するマイニング専用スクリプトに、被告人に割り当てられたサイトキーを記述し、このスクリプトを、Aを構成するファイル内に設置した。被告人は、A閲覧者が使用する電気計算機のCPUにマイニングに係る演算を行わせるプログラムコード(以下「本件プログラムコード」という。)に設けられた、A閲覧時のCPU使用率調整のための設定値を0.5と設定した。この設定値の場合、マイニングを実行すると、閲覧者の電子計算機の消費電力が若干増加したり、CPUの処理速度が遅くなったりするが、極端に遅くなるものではなかった。しかし、A閲覧時に、本件プログラムコードが実行されマイニングが行われていることは表示されなかった。

(3)被告人は、平成29年10月30日、Aにおいて閲覧者の同意なくマイニングをさせていることに関し、「ユーザーの同意なくCoinhiveを動かすのは極めてグレーな行為な気がするのですが」との指摘を受け、「個人的にはグレーとの認識はありませんが(略)、ユーザーへの同意を得る方向で検討させていただきます。」と返信したが、その後も、11月8日までの間、マイニングについて閲覧者の同意を得る仕様に変更せずに、A閲覧者の電子計算機によりマイニングを実行させた。

(4)原判決(横浜地裁平成31年3月27日判決)は、Aには、マイニングについての説明がなく、閲覧中にマイニングが実行されていることについての同意を取得する仕様にもなっていないことなどから、本件プログラムコードは、人の意図に反する動作をさせるべきプログラムに該当するとして、反意図性を肯定した。          
   他方、原判決は、意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであっても、社会的に許容し得るプログラムは不正性を否定すべきであるとした上で、本件当時、本件プログラムコードが社会的に許容されていなかったと断定することができず、不正性に関し合理的な疑いが残るとして、不正指令電磁的記録該当性を否定し、被告人を無罪とした。
   なお、原判決は、被告人が、本件プログラムコードが不正指令電磁的記録に当たることを認識認容しつつこれを実行する目的があったものと認定するには合理的な疑いが残るとし、争点(2)の実行の用に供する目的も認められない旨付言した。


【争点】

(1)本件プログラムコードの不正指令電磁的記録該当性(168条の2第1項1号、刑法168条の3)
   特定のプログラムが、
 ア 使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」ものであるかどうか(反意図性の要件)
 イ 「不正な指令を与える」ものかどうか(不正性の要件)
(2)実行の用に供する目的の有無
(3)故意の有無
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

    原判決は、刑法168条の2第1項の解釈を誤り、その結果、事実誤認をしたものであり、破棄を免れない。以下、理由を述べる。
(1)反意図性に関する原判決の判断について
 ア 刑法168条の2以下に規定する不正指令電磁的記録に関する罪は、電子計算機において、使用者の意図に反して実行されるコンピュータ・ウイルスなどの不正プログラムが社会に被害を与え深刻な問題となっていることを受け、電子計算機による情報処理のためのプログラムが、「意図に沿う動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令」を与えるものではないという社会一般の者の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するために、意図に沿うべき動作をさせない、又はその意図に反する動作をさせるという反意図性があり、社会的に許容されないプログラムの作成、提供、保管等を、一定の要件の下に処罰対象とするものである。
   このような法の趣旨を踏まえると、プログラムの反意図性は、当該プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で、一般的なプログラムの使用者の意思に反しないものと評価できるかという観点から規範的に判断されるべきである。
   原判決は、本件プログラムコードが、その機能を認識した上で実行できないことから、反意図性を肯定しているが、そのような点だけから反意図性を肯定すべきではなく、そのプログラムの機能の内容そのものを踏まえ、一般的なプログラム使用者が、機能を認識しないまま当該プログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合に反意図性を肯定すべきである。
   原判決は、このような検討をせずに本件プログラムコードの反意図性を肯定しており、十分な検討をしたとはいえないが、以下のとおり、反意図性を肯定した結論は正当といえる。
 イ 本件プログラムコードは、Aを閲覧している者に、電子計算機の機能を提供させてマイニングを行わせるという機能を有するものであり、ウェブサイト(A)を閲覧することによりマイニングが実行されることについての表示は予定されておらず、閲覧者の電子計算機の機能の提供により報酬が生じた場合にもその報酬を閲覧者が得ることは予定されていない。
   一般的に、ウェブサイト閲覧者は、ウェブサイトを閲覧する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行することは承認していると考えられるが、本件プログラムコードで実施されているマイニングは、ウェブサイトの閲覧のために必要なものではなく、このような観点から反意図性を否定することができる事案ではない。その上、本件プログラムコードの実行によって行われるマイニングは、閲覧者の電子計算機に一定の負荷を与えるものであるのに、このような機能の提供に関し報酬が発生した場合にも閲覧者には利益がもたらされないし、マイニングが実行されていることは閲覧中の画面等には表示されず、閲覧者に、マイニングよって電子計算機の機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒絶する機会も保障されていない。
   このような本件プログラムコードは、プログラム使用者に利益をもたらさないものである上、プログラム使用者に無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとするものであり、このようなプログラムの使用を一般的なプログラム使用者として想定される者が許容しないことは明らかといえるから、反意図性を肯定した原判決の結論に誤りはない。

(2)不正性に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について
 ア 刑法168条の2以下の規定は、一般的なプログラム使用者の意に反する反意図性のあるプログラムのうち、不正な指令を与えるものを規制の対象としている。これは、一般的なプログラム使用者の意に反するプログラムであっても、使用者として想定される者における当該プログラムを使用すること自体に関する利害得失や、プログラム使用者に生じ得る不利益に対する注意喚起の有無などを考慮した場合、プログラムに対する信頼保護という観点や、電子計算機による適正な情報処理という観点から見て、当該プログラムが社会的に許容されることがあるので、そのような場合を規制の対象から除外する趣旨である。
 イ しかるところ、本件プログラムコードは、その使用によって、プログラム使用者(閲覧者)に利益を生じさせない一方で、知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであって、一定の不利益を与える類型のプログラムである上、その生じる不利益に関する表示等もされていないのであるから、このようなプログラムについて、プログラムに対する信頼保護の観点から社会的に許容すべき点は見当たらない。
   また、本件プログラムコードは、A閲覧中に、閲覧者の電子計算機の機能を、閲覧者以外の利益のために無断で提供させるものであり、電子計算機による適正な情報処理の観点からも、社会的に許容されるということはできない。
 ウ これに対し、原判決は、①ウェブサービスの質の維持向上、②電子計算機への影響の程度、広告表示プログラムとの対比、③他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合との対比、④同様のプログラムに対する賛否、⑤捜査当局等による事前の注意喚起がなかったこと、などを挙げて、社会的許容性が否定できないとし、弁護人もこれと同趣旨の主張をする。しかし、この判断は、以下のとおり首肯することができない。
  a)原判決は、前記①のとおり、本件プログラムコードの実行により、ウェブサービスの質の維持向上が期待でき、閲覧者の利益になる旨説示するが、この種の利益が、意に反するプログラムの実行を、使用者が気づかないような方法で受忍させた上で、実現されるべきものでないことは明らかである。
  b)原判決は、前記③のとおり、他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合などと比較して、本件プログラムコードの許容性を論じているが、より違法な事例と比較することによって、本件プログラムコードを許容することができないことも明らかである。
  c)原判決は、前記④のとおり、同様のプログラムに対する賛否が分かれていたとし、これを社会的許容性を肯定する方向の事情と主張しているが、プログラムに対する賛否は、そのプログラムの使用に対する利害や機能の理解などによっても相違があるから、プログラムに対する賛否が分かれているということ自体で、社会的許容性を基礎づけることはできない。本件は、一般的なプログラム使用者が機能を認識しないまま実行されるプログラムに反意図性が肯定される事案であり、プログラムを使用するかどうかを使用者に委ねることができない事案であるから、賛否が分かれていることは、本件プログラムコードの社会的許容性を基礎づける事情ではなく、むしろ否定する方向に働く事情といえる。
  d)原判決は、前記⑤のとおり、捜査当局等による事前の注意喚起がなかったことを、社会的許容性を基礎づける方向の事情としているが、不正性のあるプログラムかどうかは、その機能を中心に考えるべきであり、捜査当局の注意喚起の有無によって、不正性が左右されるものではない。
  e)原判決は、前記②のとおり、本件プログラムコードの電子計算機への影響を広告表示プログラムとの対比などから社会的許容性を検討しているが、他のプログラムの社会的許容性と対比して本件プログラムコードの社会的許容性を論じること自体が適切でない。弁護人が比較の対象とした、社会的に許容されている広告表示プログラムがどのようなものかは必ずしも明らかではないが、広告表示プログラムは、使用者のウェブサイトの閲覧に付随して実行され、また、実行結果も表示されるものが一般的であり、その点で、閲覧者の電子計算機の機能を閲覧者に知らせないで提供させる機能のある本件プログラムコードとは、大きな相違があり、その点からも比較検討になじまない。
 エ これらによれば、本件プログラムコードは、その機能を中心に検討すると、反意図性もあり不正性も認められるので、不正指令電磁的記録に該当するというべきであり、原判決は、刑法168条の2の解釈を誤り、その結果、不正指令電磁的記録該当性を否定する不合理な判断を行っており、原判決には、事実誤認がある。

(3)実行の用に供する目的(争点2)の判断の誤り等について  略

(4)破棄自判について
 ア 原判決は、法令の解釈を誤って事実を誤認したものであり、この点をいう論旨は理由があるから、刑法397条1項、382条により、原判決を破棄する。
 イ 原判決は、争点の一部の判断の結果無罪判決をしているが、本件は、外形的事実関係には争いがなく、不正指令電磁的記録該当性に関わる法解釈によって、各争点の判断が実質的に決せられる事案といえ、これまでに検討したところによって、直ちに判決するこができるものと認められるから、刑訴法400条ただし書により更に判決する。
 ウ 被告人を罰金刑10万円に処し、その罰金を完納することができないときは、労役場に留置する。

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