【交通事故】福岡地裁平成31年2月28日判決(自保ジャーナル2061号90頁)

交差点での直進車と左方からの左折車との間の事故で、事故発生前に直進車も左折車も停止していたことから、個別事情を踏まえ、両運転者の過失割合を検討した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成28年7月27日午前9時50分頃
 イ 発生場所 福岡市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 原告車  原告が運転する普通乗用自動車
 エ 被告車  被告が所有し、運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 被告車の左前部が、原告車に接触し(以下「本件接触」という。)、これにより原告車に右リヤドア、右リヤフェンダー擦過等の損害が生じた。

(2)本件現場付近は、別紙2交通事故現場見取図(略)のとおり、本件道路、本件道路と交差する2本の道路(以下、そのうちの原告車が進行してきた道路を、「本件交差道路」という。)等が変則的な交差点である(以下「本件交差点」という。)。
   本件事故が発生する前、被告車は本件道路を進行しており、原告車は、本件道路を本件交差点方面に進行していた。
   本件交差点には、信号機が設置されていないが、本件交差道路は、本件交差点の手前で一時停止規制されている。
   本件道路には、(被告車の進行方向から見て)本件交差点の先に所在する別の交差点において、対面交通信号(以下「本件信号」という。)がある。本件現場は、本件交差点から本件道路を本件信号方面に進行した位置である。


 【争点】

(1)被告の過失及び過失相殺
(2)原告の損害
   以下、上記(1)についての、裁判所の判断の概要を示す。


     なお、被告は、過失相殺について、以下のとおり主張した。
 ア 原告車と被告車はいずれも本件交差点前で一時停止し、その後、双方が発進したところ、本件交差道路には一時停止規制があり、本件道路には一時停止規制がなかったのであるから、原告車側には一時停止規制が働き、被告車が優先となる。
   したがって、原告車は、左折するに当たり右方の安全を十分確認し、直進の被告車の進路を妨害してはならない義務を負っていた(道路交通法43条)。それにもかかわらず、原告は、同義務を怠り、直進する被告車の進行を妨げる態様で左折しようとしたのであるから、原告の過失は大きい。
 イ 本件交差点は変則丁字路交差点と目すべきであり、前記事故態様からすると、本件事故について被告に軽度の前方不注視が認められるとしても、原告の過失割合は、85%というべきである。


【裁判所の判断】

(1)原告車及び被告車に対する入力方向
 ア 原告車には、5時方向からの入力と、1時半ないし2時方向からの入力があったものと認められる。
 イ 被告車には、11時方向からの入力と、7時方向からの入力があったものと認められる。

(2)争点(1)(被告の過失及び過失相殺)について
 ア 本件接触時点での各車両の速度について
   原告は、原告車は本件接触時、徐行していた旨主張する。そして、原告本人及び被告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、原告車も被告車も本件信号が青色表示になったのを契機に発進したところ、本件接触地点までの被告車の移動距離が原告車の移動距離より大きいことからすると、本件接触時においては、被告車の方が原告車より速度が大きかったと考えられる。
 イ ノーズダイブについて
   被告は、本件事故時において、原告車が急制動し、これによりノーズダイブを起こし、本件接触後、再び前進を始めたとし、これを前提として、原告車の位置関係について主張する。
   この点、ノーズダイブの傷の特徴として、後方下がりの連続した直線の線状痕になり、線状根は一定の角度になり、それぞれの直接損傷は均一の幅に印象されることが認められる。そして、原告車の右側面の傷が後方下がりになっていることからすると、これらの傷のうち、前記1時半ないし2時方向からの入力による前方から後方のものについては、原告車が制動装置を取った際についたものと考えることができる。
   しかし、①原告車には5時方向の傷があり、被告車には11時方向の傷があること、②原告本人及び被告本人の各供述によれば、被告は本件事故による衝突前にブレーキを踏んだのに対し、原告は衝突後にブレーキを踏んだこと、③一般に、自動車の制動措置を取るときには空走時間があること等に照らすと、原告車がノーズダイブをしていたとしても、それは、本件接触後に生じた可能性が否定できない。
 ウ 本件接触時の状況について
   以上を前提として、本件接触時の状況について検討する。
   原告は、原告車は、別紙③の地点でいったん停止した後、本件信号が青色表示になったことから徐行又は低速で発進したところ、被告車に追突され、原告車5時方向からの入力による傷が発生した旨主張する。
   これに対し、被告は、原告車が被告車より高速で走行しており、いったん被告車が原告車に衝突し、被告車11時方向からの入力による傷が発生した後、原告車の速度の方が速かったため、被告車を追い抜き追い越したことで、被告車に7時方向からの入力による傷が生じた旨主張する。
   しかし、前記のとおり、被告車11時方向からの入力があることが認められるところ、これに対応して原告車に対し、5時方向からの入力があったと見るのが自然である。そして、両車両の各入力方向からすると、被告車が、原告車の後方から走行し、原告車に接触したと考えるのが自然である。
 エ 過失相殺について
  a)事故態様
   以上の検討によれば、本件事故においては、本件信号が赤色表示であったため、本件道路を走行していた被告車は本件交差点の手前で停止しており、原告車はいったん本件道路の一時停止線前で停止し、その後別紙②地点まで進み停止していたところ、 本件信号が青色表示に変わったため、原告車は本件道路に進入し、被告車も発進したが、原告車に気付きブレーキをかけたものの、原告車の後方から原告車に接触し、その後停止し、他方、原告車は、接触後ブレーキをかけ、停止したことが認められる。
  b)一般論
   このことからすると、本件事故は、本件道路と本件交差道路が交差する本件交差点で発生した直進車と左方からの左折車との間の交通事故である。このような場合、左折車が徐行し、直進車についてはある程度の減速をしていることを前提とし、徐行又は減速していないことを修正要素として過失割合を論ずることが一般的である。
   しかし、本件事故においては、直進車も左折車も本件信号が青になるのを待って停止していたのであり、直進車が走行していることを前提とする上記一般的な場合とは事情を異にすると考えられ。したがって、本件においては、個別事情を踏まえ、原告と被告の過失割合を検討することとする。
  c)検討
  ①被告の過失について
   本件事故の前記事故態様、殊に、原告車が先に本件交差点に進入していたところ、被告が後方からこれに接触し、その直後停止し、原告がその更に後に停止したと考えられることからすると、直進車である被告には、前方にいる左折車の動静を確認した上で発進する注意義務があると考えられるにもかかわらず、これを怠った前方不注視の過失があるというべきである。
   そして、被告本人の供述によれば、被告は、自分(被告)が優先すると思って前進したことが認められる一方、被告が発進した時点での本件交差点の状況に関する具体的な説明がないことに鑑みると、被告は、別紙【ア】の地点から発進する際に、原告車の動静を確認しようとした形跡はうかがわれない。    
   このことに加え、
  ・本件交差道路は本件交差点で終了し、本件道路は一方通行道路であることから、本件交差道路から本件交差点に入る車両は左折するしかなく、本件道路を走行する車両の運転者としてもこのことを認識できたと考えられること
  ・現に、原告車は、被告車の前方で、本件道路に左折進入する態勢で、一時停止線を越えた位置で停止していたこと
  ・一般に、直進車が交差点の手前において信号待ちしている場合、左方から左折進入する車両の運転者は、一時停止規制があったとしても、直進車に路を譲られた等の考えの下、直進車の通過を待たず、当該道路に左折進入しようとする事態は容易に想定できること
等からすると、被告の過失の程度は重大である。  
  ②原告の過失について 前記のような状況下では、左方からの左折車である原告は、自分(原告車)が直進車である被告車の進路上に進路変更していくことになり、その進路を妨害する度合いが大きいことから、本件交差点に左折進入するにあたり、前方及び右方を十分注意して、被告車の動静を確認した上で発進する注意義務があると考えられる。
   そして、原告本人の供述等によれば、原告は、本件交差点に進入する際、被告が頭を下に向けていたのを視認したことが認められるところ、このような状況では、被告が原告車の存在を認識していたかどうか、ひいては、原告車に道を譲っているかどうかが明らかであったということはできない。したがって、原告にも、別紙②の地点から発進した際に、前方不注視の過失があったというべきである。
  ③小括
   以上の状況、殊に、本件は、原告車が被告車の進路上に進路変更していく事案である一方で、被告が発進する際、原告車の動静を確認しようとした形跡がうかがわれないのに対し、原告は被告車の動静を確認しようとしたといえることその他本件で現れた一切の事情を考慮すると、原告と被告の過失割合は、20:80が相当である。

(3)結論
   以上によれば、原告の請求は、217万1,073円(注:請求額414万9,000円)及びこれに対する遅延損害金の支払を 求める限度で理由がある(一部認容)

 

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