ログイン型SNSにおいて、当該ログイン状態を利用して投稿行為が行われたことの証明がなされていないことから、経由プロバイダに対する発信者情報開示請求が認められなかった事例(確定)
【事案の概要】
(1)氏名不詳者は、別紙投稿記事目録記載1ないし5の各投稿日欄の日付において、同目録の各内容欄記載の写真(以下「本件各写真」という。)を含む記事をインターネット上のウェブサイトである「インスタグラム」に投稿した(以下、同目録の番号に合せて「本件投稿行為1」ないし「本件投稿5」といい、本件投稿行為1ないし5を併せて「本件各投稿行為」という。)。 本件各写真は、複数の写真をつなぎ合わせる形で構成されているところ、本件各写真には、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載の各写真が利用されている。
(2)本件各写真が投稿された上記ウェブサイト(以下「本件サイト」という。)に記事を投稿するためには、予めユーザ名及びパスワード等を登録してアカウントを作成し、登録したユーザ名及びパスワードを用いてアカウントにログインする必要がある。 本件各投稿行為は、いずれも「○○」というユーザ名のアカウント(以下「本件アカウント」という。)にログインした状態でなされた。
(3)本件サイトにおいては、あるアカウントに複数の者が同時にログインすることが可能であり、当該アカウントに対し複数のアクセス元からのログインが併存し得る。
(4)原告は、本件サイトを運営する訴外フェイスブック・インクから、本件アカウントへログインするための情報が発信された発信日時及び発信元のIPアドレスの開示を受けたところ、その内容は別紙発信者情報目録1(1)ないし(13)のとおりであった(以下、同目録記載1(1)ないし(13)で特定される各ログインを併せて「本件各ログイン」という。)。
(5)原告は、経由プロバイダである被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、本件各写真の投稿に用いられたアカウント同一のアカウントへのログインに用いられた別紙発信者情報目録1の各IPアドレス(以下「本件各IPアドレス」という。)を同目録記載1の発信日時頃に割り当てられていた者に係る同目録記載2の情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を求めた。 なお、被告は、本件各発信者情報を保有している。
【争点】
(1)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法4条1項柱書)に当たるか否か(争点1)
(2)被告が「開示関係役務提供者」に該当するか(争点2)
(3)権利侵害の明白性(争点3)
(4)本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点4)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、争点1についての各当事者の主張は、概要、以下のとおりである。
(原告の主張)
「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、問題となっている情報を現実に発信した際に把握される発信者情報に限定されるべきではなく、不法行為に基づく損害賠償責任等を負う者に関する情報が含まれる。なぜなら、上記の解釈を行わない限り、各投稿時の情報を保存しない本件サイトのようなログイン型SNSにおいては他人の権利を侵害した者を特定することが不可能となり、被害者の当該加害者に対する正当な権利行為の可能性が絶たれるからである。 本件各投稿行為をした者と本件アカウントへログインした者は同一人物である。また、仮に、別人であったとしても、本件アカウントにログインした者は、本件アカウントの管理運営について密接な関連性があり、本件各投稿行為をした際の事情を把握していると考えられる以上、本件各投稿行為について損害賠償責任等を負う者といえ、本件各発信者情報は、そのような者に係る情報である以上、「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当する。
(被告の主張)
法が、発信者情報の開示請求権を創設した反面、発信者のプライバシーや表現の自由、通信の秘密等に配慮し、その権利行使の要件として権利侵害の明白正等の厳格な要件を定めた趣旨や、法4条1項の文言に照らすと、開示請求の対象は、開示請求者の権利を侵害したとする情報の発信者についての情報に限られると解すべきであり、権利侵害情報でない情報の発信(以下「非侵害発信」という。)に係る者の情報は、これが開示されることにより、侵害情報の発信者が特定される可能性があるとしても、発信者情報開示請求の対象にならないと解すべきである。 そして、本件アカウントへのログインの際の情報の発信は非侵害発信であり、この発信に係る者の情報は、発信者情報開示請求の対象にならないと解すべきである。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法4条1項柱書)に当たるか否か)について
ア 原告が開示を求める本件各発信者情報が本件アカウントへのログインの際のものであるとしても、当該ログインからログアウトまでの機会に当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われたことの証明がなされているといえる場合には、本件アカウントへのログインの際の情報は法4条1項柱書に規定する「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解するのが相当である。なぜなら、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われたことの証明があった場合には、当該ログインに係る情報を「当該権利の侵害に係る発信者情報」と解することに文理上の障害はなく、また、かかる解釈は、権利の侵害を受けた者の正当な権利の行使を可能にするという立法趣旨にも合致するからである。
イ そこで、本件ログイン(1)ないし(13)につき、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われたことの証明がなされているか否かを以下検討する。
a)本件ログイン(1)ないし(3)は、本件各投稿行為より時間的に後になされたものであり、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われるということはそもそも不可能である。
b)本件ログイン(4)ないし(13)は、本件各投稿行為より時間的に先行してなされているから、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われた可能性は認められる。
しかしながら、上記各ログインに関しても、本件サイトにおいては、同一のアカウントに対し、複数の端末からのログイン状態の併存が可能であることからすれば、いずれのログイン状態を利用して本件各投稿行為がなされたのか不明であり、ひいては、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われたと認めるには至らないといわざるを得ない。 また、本件においては、本件各投稿行為がなされた日からさかのぼって36日間(本件投稿行為1の場合)ないし46日間(本件投稿行為2の場合)の期間内に、本件ログイン (4)ないし(13)のとおり、複数のIPアドレスによるログインがあるものであって、投稿行為に用いられたアカウントに、投稿日から過去にさかのぼる相応の期間、唯一特定のIPアドレスによるログインしかなかったというような場合に当たるものでもない。
これらによれば、本件各ログインの発信元のIPアドレス(本件各IPアドレス)相互の関係が証拠上不明であることを考慮するまでもなく、本件は、上記アで説示した場合には当たらないというほかない。
c)以上からすれば、本件ログイン(1)ないし(13)につき、当該ログイン状態を利用して本件各投稿行為が行われたことの証明がなされているとはいえない。 したがって、本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとは認められないというべきである。
(2)結論
その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない(請求棄却)。