【交通事故】東京高裁平成31年3月14日判決(自保ジャーナル2050号163頁)

控訴人が事故を起こした車両は、同人が「常時使用する自動車」に該当し、自動車保険契約の他車運転特約は適用されない旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被控訴人(1審被告)は、保険会社であり、控訴人(1審原告)は、被控訴人との間で自動車保険契約を締結していた者である。
   有限会社B(以下「B会社」という。)は、本件で控訴人が事故を起こした普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)の登録上の使用者である(なお、登録上の所有者は株式会社Cである。)。 Dは、B会社の代表者である。Eは、控訴人の元妻であり、B会社の経理を担当している。Dの息子と控訴人及びEの娘は、夫婦である。

(2)控訴人は、被控訴人との間で、控訴人が所有する自動車について、自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。本件保険契約の車両条項において、被保険者は、「ご契約のお車を所有する者」とされていた。 本件保険契約には、以下のとおり、他車運転特約(以下「本件他社運転特約」という。)が定められている。
   「当社は、記名被保険者またはその家族が、自ら運転者として運転中の他の自動車をご契約のお車とみなして、この保険契約の保険契約条項に従い、普通保険約款車両条項(同条項について適用される他の特約を含みます。)を適用します。(以下略)」
   本件他車保険特約における「他の自動車」は、次のように定義されている。
   「ご契約のお車以外の自動車であって、その用途車種が自家用8車種であるものをいいます。ただし、次の自動車を除きます。
   ①記名被保険者、その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が所有(注)または常時使用する自動車(以下略)
   (注)所有権留保条項付売買契約による購入、および1年以上を期間とする貸借契約による借入れを含みます。」

(3)控訴人は、平成28年10月12日午後5時40分頃、千葉県茂原市内の路上において、本件車両を運転中、対向車両とすれ違う際に、本件車両の右側面を対向車と接触させる交通事故(以下「第1事故」という。)を起こし、本件車両の右ドア付近を損傷した。第1事故の修理代金について45万2,650円(税込)とする見積書が存在する。
   控訴人は、同年11月9日午後7時43分頃、対向車との接触を避けるため、ハンドルを切った際、進行方向左側の縁石に乗り上げ、車底部で縁石上を滑走し、車底部を損傷する交通事故(以下「第2事故」といい、第1事故と併せて「本件各事故」という。)を起こした。第2事故の修理代金について311万4,569円(税込)とする請求書が存在する。

(4)控訴人は保険代理店を介して、被控訴人に対し、本件各事故の発生を報告し、本件保険契約に係る本件他車運転特約に基づき車両保険金を請求したが、平成28年12月26日、被控訴人の委任を受けた弁護士から、本件車両は控訴人が所有又は常時使用する自動車に該当し、本件他車運転特約の対象外であるため、保険金請求には応じられないという内容の書面を受け取った。

(5)控訴人(1審原告)は、本件他車運転特約に基づいて、被控訴人(1審被告)に対し、保険金356万7,219円及び遅延損害金の支払いを求める訴えを提起したが、原審(東京地裁平成30年11月1日判決・自保ジャーナル2050号167頁)は、控訴人(1審原告)の請求を棄却した。


【争点】

(1)本件車両は、控訴人が「所有又は常時使用する自動車」に該当するか(争点1)
(2)本件他車運転特約が適用される場合、控訴人は、被控訴人に対する本件他車運転特約に基づく車両保険金の請求権を有するか(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件車両は、控訴人が「所有又は常時使用する自動車」に該当するか)について
 ア 本件他車運転特約は、記名被保険者等が被保険自動車以外の「他の自動車」を運転中に起こした事故についても、一定の要件の下に本件保険契約の担保の対象とし、ただし、担保の対象となる「他の自動車」から記名被保険者等が所有又は常時使用する自動車を除外している。
   その趣旨は、記名被保険者等が被保険自動車を含む2台以上の自動車を所有し又はこれら2台以上の自動車若しくは被保険自動車以外の自動車を常時乗り回している場合には、被保険自動車1台分の保険料で他の自動車についての危険まで賄うこととなり、当該保険加入者が保険料の負担を不当に免れることとなるため、これを防止することにあると解される。 そうすると、上記の「常時使用する自動車」とは、当該自動車の使用状況からみて、事実上所有しているものと評価し得るほどの支配力を及ぼしていることまで要するものではなく、その使用の形態に照らして日常的に使用しているか否か、また、当該自動車の所有者又は使用者の個別的、一時的な使用許可ではなく、包括的な使用許可に基づくものであるか否かという観点から、「常時使用する自動車」に該当するか否かを判断するのが相当である。
 イ 平成26年11月4日、本件車両の所有権は、被控訴人から株式会社Cに移転され、本件車両の所有者は被控訴人と近しい縁戚関係にあるDが代表者を務めるB会社となった。
   しかし、控訴人は、その後も、自ら本件車両を整備に出すなどした(注:本件車両の整備や車検の手続は、有限会社F(以下「F会社」という。)において行われていたところ、本件車両の入庫及び納車の際は、控訴人又はEが同社に来店し、Dが来店したことはなかった。)ほか、遅くとも平成27年9月30 日以降平成28年10月12日の第1事故発生後の時期に至るまで、自らに宛てて作成、交付されるなどした領収証や郵便物を随時本件車両に持込み(注:平成28年12月12日、被控訴人の委託を受けた調査会社の調査員がF会社に入庫されていた本件車両を確認したこところ、車内には、弁護士事務所から控訴人宛ての平成27年9月30日付け速達郵便(弁護士選任届の送付案内)等の控訴人宛の書面が置かれていた。)、弁護人選任届や第1事故に関する保険金請求書類の各送付案内など臨時に使用するだけの自動車であればその車内に残置するとは通常考え難い書面を含めて種々の書面を本件車両内に保管している。
   さらには、控訴人は、本件各事故の発生当時、運転に供することができる自己所有の自動車が複数あったにもかかわらず(注:本件各事故の当時、被控訴人は、本件保険契約の被保険自動車のほか、複数の自動車を所有しており、これらの自動車も使用可能な状態であった。)、1月足らずの間に2度にわたり本件車両を自ら運転している。
   他方で、本件車両の登録上の使用者であるB会社の代表者については、本件車両を仕事や遊びのため自ら使用していた旨述べながら、本件各事故後に本件車両の損傷状況を自ら確認していないなど不自然な点が見受けられ、本件車両の関心の低さがうかがわれる。
  ウ そうすると、控訴人は、本件車両の所有名義を他に移転した後も、約2年間にわたり、本件車両を整備に出すなどして運転に備えながら、随時本件車両を運転し、その際重要書類等を車内に持ち込み保管するなどしていたもので、B会社の包括的な使用許可に基づいて、本件車両を控訴人の自己所有車両ともども日常的に乗り回し使用していたことが推認される。
   したがって、本件車両は控訴人が「常時使用する自動車」に該当すると認めるのが相当であり、本件他車運転特約は適用されない。

(2)結論
   以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人に本件各事故について保険金を支払う義務があるとは認められず、控訴人の請求は理由がない(控訴棄却)。

Verified by MonsterInsights