原告の供述や主張には不自然かつ不合理な点があり、また、事故態様に関する原告の供述が大きく変遷していることから、原告の主張する交通事故の発生を否認した事例(確定)
【事案の概要】
(1)原告及び被告車の動静
ア 反訴原告(以下「原告」という。)(昭和44年生まれ)は、平成29年12月2日午後1時55分ころ、東京都国立市(以下略)付近の三叉路交差点において、国立駅方面(東側)から錦町方面(西側)に至る道路(以下「本件道路」という。)に設置された横断歩道(以下「本件横断歩道」)により、北側から南側に向かって本件道路を横断した。
イ 反訴被告(以下「被告」という。)(昭和32年生まれ)は、上記日時ころ、普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して、本件道路を国立駅方面から錦町方面に向かって直進中、本件横断歩道の手前で歩行者を横断させるために被告車を停止させた。
ウ その後、被告は、被告車を発進させ、被告車が本件横断歩道を通過した後、再度停止させて降車し、本件横断歩道付近にいた原告に対し、「(被告車を)蹴っただろう。」と詰問したが、原告はこれを否定した。
(2)交通事故の申告等
ア 原告は、被告車が本件横断歩道付近から走り去った後、徒歩で国立駅前の交番へ行き、交通事故に遭った旨申告し、平成29年12月2日午後3時35分から行われた実況見分に立ち会った。その際、原告は、別紙1現場見取図(略)のとおり、本件横断歩道を横断中、㋑地点まできた時に①地点に停止した被告車を発見し、㋒地点にいた時に②地点まで進行してきた被告車と衝突し、㋓地点で転倒したもので、その時被告車は③地点にいた旨指示説明した。
イ 被告は、翌3日、被告車及びその損傷状況について行われた実況見分に立ち会い、その際、被告車左後輪のタイヤ部分に擦過痕が確認された。
ウ 被告は、平成30年4月15日に行われた実況見分に立ち会い、別紙2現場見取図(略)のとおり、①地点で被告車を停止させていた際、原告が㋑地点で一旦停止をして被告の方を見てきたこと、原告が本件横断歩道を横断して㋒地点にいた時、前を見て①地点から被告車を発進させ、被告車が②地点に至ったとき、㋓地点にいた原告に被告車の後輪を蹴られ、③地点で被告車を停止させたところ、原告は㋔地点に立っていた旨指示説明した。
(3)原告の治療経過及び休業 略
【争点】
(1)交通事故の発生及び被告の責任(争点1)
(2)損害(争点2)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、原告は、争点1の事故態様について、以下のとおり主張した。
ア 原告は、本件横断歩道中央(別紙1㋑地点)に差し掛かったところで左方から被告車が進行してくるのを確認し、その場で立ち止まったところ、被告車も本件横断歩道手前で停車した。原告はこれを確認して横断を再開し、進行方向を見つつ、被告車も注視するため、体を進行方向斜めの方向に向けながら本件横断歩道を進んだ。
イ ところが、原告が本件横断歩道を渡りきる前、被告車の進路を超えるか超えないかという地点(別紙1㋒地点)に差し掛かった時、被告車が発進したため、驚いた原告は、被告車の方を振り返り、その際、バランスを崩してよろめいた。
ウ 原告は、よろめきつつ、発進した被告車の進路外へ逃げるように身をよじり、被告車の左側面を正面に見るような向きで腰から受け身を取った。
エ 原告は、受け身を取って地面に腰を下ろした反作用でひっくり返り、両足が持ち上がった状態になった後、受け身の勢いが失われ、持ち上がった足を地面に下ろした際、左足のつま先に、原告の前方を通過していく被告車左後輪のタイヤ部分が衝突した。
オ 原告は、足を地面につけて一度立ち上がろうとしたが、左足つま先に衝突の衝撃を受けたため、うまく立ち上がれず、転倒して尻もちをついた(以下、原告の左足つま先への被告車の左後輪の接触から、尻もちまでの一連の出来事を「本件事故」という。)。
【裁判所の判断】
(1)争点1(交通事故の発生及び被告の責任)について
ア 以下の事実が認められる。
a)本件道路は、幅員7.6mの片側1車線の直線道路(制限速度時速40km)であり、車両両側には、縁石で区切られた1.8mの歩道がそれぞれ設置されている。本件横断歩道の幅は4.6mである。
b)原告は、本件横断歩道付近の飲食店で昼食を摂り、飲酒した後、帰宅する途中、本件横断歩道の北側の歩道に至った。
c)被告は、原告が本件横断歩道を横断中、本件横断歩道から東方向へ少なくとも1m離れた地点で被告車を停止させていたところ、原告が被告車の前方で一旦停止をし、被告の方を見た。その後、原告が再び歩き始め、被告車の前方を通過したことから、被告は、被告車を発進させた。
被告は、被告車が本件横断歩道を半分程度通過した別紙2②地点において、左後輪付近からボンというような打音がしたことから、原告が被告車の左後輪のタイヤ部分を蹴ったと考え、原告に謝罪を求めるべく、同地点から6.6mほど進行した③地点で被告車を停車させ、㋔地点に立っていた原告に近寄り、「蹴っただろ。」と声をかけた。これに対し、原告は「蹴っていない。」と答えたが、被告は更に強い口調で原告を詰問し、警察に行こうなどと言った。また、被告車に同乗していた被告の妻が、原告に対し、お酒を飲んでいることを確認したところ、原告はこれを否定した。
d)原告は、反訴状においては、被告車の発進に驚いて被告車の方を振り返った際、バランスを崩し、よろめいた原告の左足のつま先に被告車左後輪が衝突し、その衝撃で転倒して尻もちをついた旨主張した。
その後、原告は、被告から具体的な事故態様について求釈明を受け、上記【争点】に記載した事故態様を主張するに至った。
イ 原告の供述の信用性について
上記アで認定した事実のほか、原告による本件事故の再現状況(乙1、2)及び原告の指示説明に基づいて行われた実況見分の結果を前提とすると、原告の供述や主張には不自然かつ不合理な点があり、また、上記アd)のとおり、事故態様に関する原告の供述が大きく変遷していることが認められる。
a)まず、原告の供述、乙1及び2を前提とすると、原告は、被告車の左端前方付近で、大きく後方に飛び、両足を高く上げた状態で路面に倒れたことになるが、被告は、その様子を全く認識しておらず、原告が故意に被告車を蹴ったと強く思い込んだことになる。
しかし、そもそも、横断歩道を横断中の歩行者を認めてその手前で車両を停止させた運転者は、歩行者が自車の進路から外れ、自車が安全に横断歩道を通過できる状況になるまで、歩行者の動静を注視しているのが通常であり、被告においても、横断中の原告を認め、原告が自車の前方を通過するのを待つため、本件横断歩道の東端から少なくとも1m以上離れた地点で被告車を停止させていたのであるから、原告が自車の進路から外れ、自車が安全に本件横断歩道を通過できる状況になるまでその動静に注目していたと考えるのが自然であり、原告が自車の前方で上記のように大きな動きをしたのであれば、それに全く気づかないとは考えにくい。
b)また、本件道路の幅員からすれば、原告が被告車の前を通り過ぎて歩道に上げるまでに要する時間はわずかであると考えられ、他方、被告車との間には少なくとも1mを超える距離があったにもかかわらず、被告車との接触を避ける目的であえて後方のアスファルトの路面に身を投げ出す受け身を取るというような行動を取るのは余り自然な反応とはいえない。
c)さらに、原告が本件事故直後の時点で、被告に対し、被告車に接触されたことや被告に事故の責任を指摘するような発言を全くしていない点も不自然といわざるを得ない。
d)原告の主張及び供述の変遷 原告は、その主張に変遷はない旨主張し、実況見分の際にも、警察官に対し、被告車と接触する前に受け身を取ったことは伝えたと思う旨供述する。
しかし、本件事故の再現状況(乙1及び2)によれば、原告は、受け身によってコンクリートの路面に背中をつけて倒れる状態になったのであり、受け身という動作が一種の積極的な防御行為であるとはいえ、それ自体、負傷の危険が高い行為であることからして、事故態様に関わる非常に重要な事情というべきであるにもかかわらず、反訴状では原告が本件事故の際に受け身を取ったことについて全く触れられていない。
むしろ、反訴状の記載の文言からすれば、原告は、左足のつま先に被告車が衝突した時点では、よろめいてはいるものの、路面に腰を付けているような状態ではなかったと主張していると解釈するのが自然であって、反訴状における主張と原告がその後に提出した準備書面における主張との間には、事故態様に関し、重要な変遷があることは明らかである。
また、原告の指示説明により作成された別紙1の現場見取図では、原告が被告車と衝突した×地点とその時原告がいた㋒地点がほぼ同じ場所となっており、警察官は、原告が立った状態でその左足のつま先が被告車と衝突したものとして同図を作成したと考えるのが自然である。少なくとも、同図の記載内容から、原告が主張するような受け身を取って路面に腰を落とした状況で被告車の方向に伸ばされた左足の先端に被告車が衝突したという説明を警察官にしたとは認め難い。
ウ その他の証拠について 略
エ 以上のとおり、原告の供述を裏付けるような明確な客観的証拠はなく、その供述には不自然な点や著しい変遷があり、採用し難く、本件事故の発生を認めるには足りない。
(2)結論
その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない(請求棄却)。