【個人情報】京都地裁令和元年8月8日判決(労働判例1217号67頁)

公益通報を目的として情報セキュリティーポリシー違反の非違行為を行った原告に対して、停職3日とする懲戒処分をすることは重きに失し、裁量権を逸脱又は濫用の違法があると判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告は、京都府内の地方公共団体である。被告は、児童福祉法12条1項に基づき、被告の保健福祉局の下で、児童福祉センターの一部署として児童相談所を設置している(以下「京都市児童相談所」という。)。
   原告は、平成9年4月1日に事務職員として被告に採用された後、平成24年4月23日から、保険福祉局児童福祉センター児童相談所A課に配属となり、京都市児童相談所において勤務していた者である。
   社会福祉法人B園(以下「B園」という。)は、京都市C区に所在する児童養護施設である。B園の施設長であったD園長(以下「本件施設長」という。)は、平成27年9月8日、B園に入所していた被措置児童(平成26年○月入所の当時○歳の女子児童。以下「本件児童」という。)を平成26年8月○日に淫行させたものとして、児童福祉法34条1項6号違反の容疑により逮捕された(以下「本件逮捕」という。)。

(2)京都児童相談所は、平成26年8月20日及び同月21日、本件児童の母親から、電話で、本件児童が同日に本件施設長と外泊しようとしている旨の相談を受けた(以下「本件相談」という。)。京都児童相談所のG所長らは、同年10月1日、本件施設長に対し、本件相談を含む内容について事情聴取を行った。
   原告は、同日、上記の事情聴取の現場をたまたま目撃したことをきっかけとして、B園で何が起こったのかを調べてみようとの思いを抱くようになり、同日以降、その勤務時間中に、職場の業務用パソコンから、京都市児童相談所において支援の対象となっている児童の情報をデータ管理する児童情報管理システム及びバックアップフォルダ(以下「児童情報管理システム等」と総称することもある。)にアクセスして、児童情報管理システムにより本件児童の個人情報が記録された処遇情報データを閲覧するとともに、バックアップフォルダに保存された本件児童及びその妹の個人情報が記載された児童記録データを繰り返し閲覧した(以下、児童情報管理システム及びバックアップフォルダでデータ管理された児童の情報を「児童記録データ等」と総称する。)。

(3)京都市児童相談所は、平成26年12月24日、本件児童の母親から、本件児童が本件施設長から性的な行為をされたと言っている旨の通告を受け、これを被措置児童虐待通告として受理した上で(以下「本件虐待通告」という。)、平成27年1月28日、保険福祉局児童家庭課に対し、本件施設長による本件児童に対する性的虐待があったとする被措置児童虐待案件(以下「本件虐待案件」という。)として報告していた。
   また、保健福祉局は、同月30日、京都市長及び同副市長に対し、本件虐待事案に関して、本件児童に対して本件施設長による被措置児童虐待(性的虐待)があったとする本件虐待通告があったことなどを説明する上局報告(以下「本件上局報告」という。)を行っており、また、京都市児童相談所及び保健福祉局児童家庭課は、同年2月24日、本件虐待事案に関して警察に相談を行っていた。

(4)原告は、平成27年2月2日、職場の回覧文書を見て、同年1月30日に本件上局報告が行われたことを知った。原告は、本件上局報告の具体的な内容を知らなかったが、本件上局報告では、平成26年8月に本件児童の母親から本件相談があった事実については触れられていないのではないかとの疑いを抱いた。 そこで、原告は、平成27年3月15日、京都市の公益通報処理窓口であるH弁護士(以下「H弁護士」という。)に対し、電子メールで、本件上局報告について、「京都市児童相談所の不作為を隠蔽するような情報の取捨選択が行われている可能性が高い。具体的には、平成26年8月に断片的情報が寄せられていたにもかかわらず、『平成26年12月24日に発覚』と報告されていると思われる」ことなどを指摘した通報を公益通報として行った(以下「1回目の内部通報」という。)。しかし、1回目の内部通報に対しては、同年6月23日、京都市児童相談所に不適切な対応はなかった旨の回答がされた。
   原告は、平成27年10月9日、H弁護士の法律事務所を訪問して同弁護士と面談し、1回目の内部通報と同様の内容で、公益通報として再度の通報を行った(以下「2回目の内部通報」という。)。しかし、2回目の内部通報に対しても、同年11年26日、1回目の内部通報に対する回答と同趣旨の回答がされた。

(5)原告は、遅くとも平成27年11月10日までの間に、職場の業務用パソコンから、バックアップフォルダが保存されていたサーバーにアクセスし、同バックアップフォルダに保存されていた本件児童の妹の児童記録データのうち、平成26年8月22日の本件児童の母親からの相談内容を含む記載がされた文書ファイルの片面1ページを出力し、出力した当該文書を複数枚複写した上で、複写文書のうちの一枚を2回目の内部通報に係る同年10月9日のH弁護士との面談の際に同弁護士に交付し、複写文書のうちの一枚を自宅に持ち帰って保管した(以下、上記の複数枚の複写文書のうち、原告が自宅に持ち出した一枚を「本件複写文書」という。)。
   また、原告は、平成27年11月10日、保険福祉局によって行われた事情聴取において、本件複写記録を自宅に保管していることを問題視されたが、同日夜に、本件複写文書を自宅のシュレッダーで廃棄した。

(6)京都市長は、平成27年12月4日付けで、原告に対し、原告が地方公務員法29条1項各号の懲戒事由に該当する下記アないしウの非違行為をしたものとして、同条項に基づき、原告を8日から同月10日までの3日間の停職とする懲戒処分をした(以下「本件懲戒処分」という。)。
 ア 原告は、平成26年9月以降の勤務期間中、児童情報管理システムにより自己の担当業務に関係のない本件児童の個人情報が記載された処遇情報データを閲覧するとともに、本件児童及びその妹の個人情報が記載された児童記録データを繰り返し閲覧した(以下「本件対象行為1」という。)。
 イ 原告は、平成27年1月頃、本件児童の妹の児童記録データに係る文書ファイルの片面1ページを出力し、当該出力文書を複数枚複写した上、そのうち1枚(本件複写記録)を自宅に持ち出すとともに、同年11月10日に行われた保健福祉局による事情聴取において、持ち出した本件複写記録の返却に同意していたにもかかわらず、同日夜に無断で自宅のシュレッダーで本件複写記録を破棄した(以下「本件対象行為2」という。)。
 ウ 本件児童の個人情報漏えいに当たる非違行為(詳細については、省略する。以下「本件対象行為3」という。)。


【争点】

(1)本件各対象行為の有無(争点1)
(2)本件各対象行為の懲戒事由該当性(争点2)
(3)本件懲戒処分に裁量権の逸脱又は濫用があるか否か(争点3)
   以下、上記(3)についての、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、裁判所は、本件対象行為1及び3については、地方公務員法29条1項各号のいずれの懲戒事由にも該当しないものと判断した。
   他方、裁判所は、本件対象行為2については、被告が定めた電子情報等の保護に関する管理基準7条(電子情報等の持出し)及び9条(入出力帳票の廃棄)に違反した非違行為と評価すべきものであって、地方公務員法29条1項1号の懲戒事由に該当するものと判断した。


【裁判所の判断】

(1)地方公務員につき地方公務員法29条1項各号の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うとしていかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指導監督にあたる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。 すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、裁判所が上記処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を逸脱又は濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和52年12月20日判決(神戸税関事件・労働判例288号22頁)参照)。

(2)そこで、懲戒事由に該当する本件対象行為2を行った原告に対して停職3日を内容とする本件懲戒処分を行うことが、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を逸脱又は濫用した違法があるものといえるか否かについて、以下検討する。
 ア 本件対象行為2の原因、動機について
  a)本件複写記録の持ち出し行為について 原告は、1回目の内部通報の結果を受けて、その調査結果に個人的に不満を抱いたため、2回目の内部通報を行うこととし、その歳にH弁護士に渡す本件児童の妹の児童記録に係る複写文書1枚とともに、本件複写記録を自宅に保管したものといえる。 このような経緯を経て行われた本件複写記録の持ち出し行為は、いわゆる公益通報を目的として行った2回目の内部通報に付随する形で行われたものであって、少なくとも原告にとっては、重要な証拠を手元に置いておくという証拠保全ないし自己防衛という重要な目的を有していたものであり、このほかに、本件複写記録に係る個人情報を外部に流出させることなどの不当な動機、目的をもって行われた行為であるとまでは認められないのであるから、その原因や動機において、強く非難すべき点は見出し難い。
  b)本件複写記録の自宅での廃棄行為について I課長からの返却の指示があったにもかかわらず、原告がこれに従わず、安易に本件複写記録を自宅で廃棄したことそれ自体は、大いに非難されるべきものである。
   しかしながら、原告は、上記廃棄行為の翌日に自ら自宅で本件複写記録を廃棄したことを申告しているのであって、原告による上記廃棄行為について、証拠隠滅を図るなどの不当な動機や目的があったとは考え難い。そうすると、原告による本件複写記録の自宅での廃棄行為は、その動機や目的において、殊更に悪質性が高いものであったとまではいえない。
 イ 本件対象行為2の性質、態様について
  a)本件複写記録の持ち出し行為について 原告が持ち出した本件児童の個人情報としては、本件複写記録の1枚のみであり、本件全証拠を検討しても、原告において、本件児童の児童情報データ等のうち、他の文書ファイルについて出力や持ち出しを行った事実は認められない。そうすると、原告による本件複写記録の持ち出し行為は、飽くまで、本件虐待事案に対する原告の職務上の関心に起因して行われた性質の行為である。
   そして、原告は、本件複写記録を自宅で保管していたにすぎず、その保管状況は必ずしも明らかではないものの、自宅で保管していた本件複写記録が外部に流出した事実は認められず、同記録が外部の目に触れる状況ではなかったものと考えられることからすると、必ずしも情報漏えいの危険性の高い不適切な態様での保管状況であったとまではいい難い。
  b)本件複写記録の自宅での廃棄行為について 本件複写記録を廃棄したこと自体は上記アのとおり大いに避難されてしかるべき行為ではあるものの、その廃棄の態様は、自宅でシュレッダーに掛けて裁断して行ったというものである。そうすると、本件複写記録に記載された情報を外部に容易に認識し得ないような方法で廃棄したものであって、この点については酌むべき事情であるといえる。  
 ウ 本件対象行為2の結果、影響について
   原告が自宅に持ち出した本件複写記録はシュレッダーで廃棄されており、結果としては、同記録が一般市民の目にする形で外部に流出することのないまま処分されたものである。そして、被告の保健福祉局の調査の結果によっても、L議員による本件児童記録の情報の入手経路は明らかになっておらず、本件全証拠を検討しても、原告が自宅に持ち出した本件複写記録によって、本件児童の個人情報がL議員に流出したことを認めるに足りる証拠はない。
   この点について、本件児童からは、原告による本件対象行為2を含む各行為について京都市児童相談所に対する信頼を損ねるものである旨の強い非難が寄せられていることは十分に考慮すべきであるとしても、原告による本件対象行為2によって、被告の児童福祉行政に対する信頼が回復不能なほどに大きく損なわれたとまでは認めることはできない。
 エ 本件対象行為2の前後における態度について
   原告は、本件複写記録を廃棄した当初から、本件複写記録を廃棄したことそれ自体の不適切性については、K部長らから指摘を受けると、軽率な行為であったことを素直に認めているのであり、一定の反省の態度を見て取ることができる。
 オ 原告の懲戒処分歴について
   原告にはこれまで懲戒処分歴は存在せず、かえって、原告は、FA制度で京都市児童相談所A課に配属となった平成26年度の人事評価においては、いずれの評価項目も良好な評価を得ており、かつ、日頃の勤務態度についても、児童に対して熱心に対応しており、業務面においては特段の問題はないとの評価を得ていたものである。 これに加え、原告は、本件対象行為2についても、基本的には、京都市児童相談所の職員としての職責を果たすべきとの自らの有する職業倫理に基づいて行ったものであるから、大いに軽率な面があったことを踏まえてもなお、上記の懲戒処分歴や勤務態度といった事情は、酌むべき事情として考慮すべきものといえる。

(3)以上に加え、京都市職員の懲戒処分に関する指針では、情報セキュリティーポリシー違反の非違行為については戒告から免職まで処分量定の幅は広く規定されている中で、過去に非公開情報がインターネットを経由して外部から閲覧できる状態となり当該情報の拡散を招いた職員が停職10日の懲戒処分とされた懲戒事例との比較において、本件対象行為2を行った原告に対する懲戒処分として、本件複写記録の情報が拡散するまでには至らなかったにもかかわらず、停職3日とする本件懲戒処分を選択することは、重きに失するものといわざるを得ない。
   以上によれば、本件懲戒処分は、社会通念上著しく妥当性を欠いて、その裁量権を逸脱又は濫用した違法がある。

(4)結論 本件懲戒処分の取消しを求める原告の請求には理由がある(請求認容)。

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