【労働】札幌地裁令和元年10月30日判決(労働判例1214号5頁)

雇止め事由である原告による新人の同僚へのハラスメントを否認して、雇止めを無効と判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告は、平成4年4月に被告が運営するA幼稚園の教諭として勤務し、平成27年3月末日に60歳で定年退職した後、同年4月1日から、定年後の再雇用契約により被告に勤務し、平成29年4月1日以降は、3歳児の園児のクラスである年少組のB組の補助担任業務に就いていた。
   被告は、学校法人であり、原告が勤務していたA幼稚園を含む複数の学校を設置し、幼児教育を行っていた。
   訴外Cは、平成28年6月20日から10日間程度、A幼稚園で教育実習を行い、被告から勧誘を受けて、平成29年4月1日に被告に雇用された。Cは、A幼稚園にてB組の担任業務に就いていたが、同年10月26日、D園長に対し、今年度をもって退職するとの意向を伝え、平成30年1月末日に退職した。

(2)原告と被告は、平成28年4月1日及び平成29年4月1日に、上記の内容で再雇用契約を更新した(以下「本件再雇用契約」という。)。 なお、原告と被告は、再雇用契約に当たり契約書を作成したことはなく、労働条件について特段確認されることもなかった。

(3)被告における60歳定年退職後の再雇用規程(以下「本件規程」という。)には、次のとおりの規定がある。
   適用基準(第5条)
   1項 再雇用契約の締結は、再雇用申請書を提出した教職員であって、次の各号に掲げる適用基準のすべてを満たす者を対象とする。
   ①再雇用を希望し、勤務に精勤する意欲がある者
   ②直近の健康診断において業務遂行に問題がない者
   ③勤続5年以上の者で、業務に必要な資格・技能等を有する者
   2項 再雇用契約更新時の基準についても、第1項を適用する。
   契約期間(第6条)
   再雇用契約の期間は1年間とし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳に達するまで更新することができる。

(4)E理事長は、平成29年10月18日、原告と面談し、Cに対するハラスメントにより今年度で原告を雇止めする旨を告げた。
   被告は、原告に対し、平成30年2月9日付けの雇用契約の終了予告通知書にて、本件再雇用契約を、平成30年3月31日をもって終了し、更新をしない旨通知した(以下「本件雇止め」という。)。
   原告は、本件雇止めを不当として、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める本訴を提起した。

(5)被告は、本訴訟において、主としてCの陳述書(以下「C供述」という。)、G(注:Cの母)の証言及び陳述書(以下「G証言」という。)及びD園長の陳述書及び証言を根拠とし、本件雇止めの事由として、原告のCに対する以下のハラスメントを主張した
   ①平成29年5月の子どもの日の前頃、鯉のぼりの作成に関するD園長への報告時におけるCとの打合せ時の態度を翻す発言
   ②同月初旬頃、給湯室のガスの元栓の閉め忘れの責任がCにあると決めつけるなどの発言
   ③同月11日の避難訓練の反省会後の、Cの危機管理能力が低いという発言
   ④同月の母の日の前頃、原告の指示に従って行った園児の椅子の向きについて、教務主任から注意を受けた際の、指示をしたことを否定する発言
   ⑤同月中旬頃の制作の時間、事前の確認どおりに原告に園児の名前を呼ぶことを依頼した際、できるわけないと否定した発言
   ⑥同月24日、保育参観後の反省会で、Cが勝手に別の行動をしたとの発言
   ⑦同月下旬頃、運動会における親子競技のテーマに関し、D園長から再考をするよう指示を受けた際の、Cとの打合せ時の態度を翻す発言
   ⑧同年8月28日の歌の時間、園児らの面前で顔面麻痺により歌えなくなったCに対する発言
   ⑨同年12月初旬頃、職員室で作業をしていたCに対し定規を投げて渡した行為


【争点】

(1)本件雇止めの効力
 ア 本件雇止めの事由の存否(争点1)
 イ 本件雇止めの事由が存在する場合、それが更新を妨げる特段の事情といえるか否か(争点2)
 ウ 本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期(争点3)
 エ 賃金額(争点4)
(2)不法行為の成否及び損害額(争点5)
   以下、争点1から3までについての、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件雇止めの事由の存否)について
 ア ハラスメント①ないし⑧までについては、いずれについても、被告主張の原告によるハラスメントがあったと認めることはできない(詳細については、省略する。)。
   ハラスメント⑨については、Cに対し、原告が以前に指摘していたにもかかわらず指摘どおりに行わないからとの理由で30㎝の長さの定規を投げて渡すという行為は、ハラスメントと評価できる。
   しかしながら、原告は、かかる行為以前に、理事長から次年度の契約を更新しないことを告げられているのであるから、本件雇止めの事由とみることは相当でないというべきである。
   したがって、被告主張のハラスメント①ないし⑨について、いずれもハラスメントと認めることはできない。
 イ この点、被告は、原告は何かが起こると一方的にCの責任にして自らには責任がないとの態度を取り続けていた、ハラスメント①ないし⑨以外にも数多くのハラスメントがあった旨主張し、これに沿う、C供述、G証言もある。
   確かに、原告のCに対する言動には、ごく短期間のうちに、適切とは言えず、ややもすると配慮に欠けるものが何度かあったことは否定できない。また、原告が幼稚園で採られている方法を画一的に実施せずに、原告の視点から園児を指導するようCに指示したり、訓練の手順を誤解するなどの確認不足による行動を取ったことで、Cが教務主任や園長から指導、注意を受ける事態を招くなどしたことにより、Cに混乱を生じさせたり、不満や不快な思いを抱くことが重なったであろうとは推察される。
   しかしながら、原告とCの具体的なやり取りや発言経過が不明確である点を措くとしても、原告は、新人であるCに対し、単なる補助者としてだけではなく、指導や助言を行う立場でもあったのだから、このような立場から、経験を活かして厳しい姿勢や言葉で対応することが、必ずしも指導を超えるハラスメントとなるものとはいえない。
   また、子の成長・発達状況や環境を踏まえて柔軟な対応をすることが、必ずしも園の教育方針に反する不適切な内容と評されるものとはいえない。
   そして、ハラスメント①ないし⑨以外のものとして被告が主張するところは、CおよびGにおいてその内容、頻度において具体的に明示し難いものであることに加え、たとえかかる事象があったとしても、C供述からもうかがわえるCの職場環境や周囲への相談状況等を踏まえると、原告の言動のみをCの心因的負担の要因とみるのが相当とはいい難い。
   そうすると、ハラスメント①ないし⑨については、その事実を認めることができないか、認定できる限度においても個々についてはハラスメントたりえないものであるところ、これらを総合的に検討しても、雇止めの事由として認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
 ウ したがって、被告の主張を踏まえても、本件雇止めの事由を認めることはできず、更新を妨げる特段の事情の該当性について判断するまでもなく、本件雇止めは無効である。

(2)争点3(本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期)
 ア 本件規程は、被雇用者の希望や健康上の問題等の適用基準を満たし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳まで更新することができるとされている。
   そして、
  ・公的年金の支給開始年齢の引き上げに伴い無収入となる者が生じる可能性を防ぎ、65歳未満の定年を定めている事業主に対し65歳までの雇用を確保するために、高年齢者雇用安定法9条1項が、定年の定めをしている事業主に対し、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引き上げ及び定年の定めの廃止とともに、継続雇用制度の導入のいずれかを講じなければならないこととされたこと
  ・被告においても、本件規程が、高年齢者雇用安定法9条1項に則り規定されたものであることを認めていることに加え、
  ・本件規程の適用基準が、上記のとおり、いずれも勤務内容を問題とするものではないこと
  ・証拠上、他に具体的な審査基準や手続が設けられているとは認められないこと
に照らせば、かかる運用基準を満たす者については、65歳まで継続して雇用されると期待することについて、合理的な期待があると認めるのが相当である。  
   そして、原告においても、再雇用契約に当たり、これまで契約書は作成されず、特段の手続も取られていないといえることを踏まえると、65歳まで継続して雇用されると期待することについて合理的な期待があったと認められるのであるから、原告のかかる期待は保護されるというべきである。
 イ したがって、原告の本件規程に基づく再雇用契約は、平成30年4月1日も更新され、本訴訟継続中の平成31年4月1日にも更新されたとみるのが相当である。

(3)結論
   原告の請求は、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認すること及び平成30年4月1日から本判決確定の日まで、毎月20日限り月額○○円の割合による金員並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。

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