【名誉毀損】東京高裁平成31年1月23日判決(判例時報2423号29頁)

アカウントへログインしたユーザーがログアウトするまでの間に記事を投稿しものとまでは認められないとして、ログイン情報の開示を認めなかった事例(確定)


【事案の概要】

(1)控訴人(1審原告)は、現在、Aという芸名で芸能活動をしている女子高生である。 被控訴人(1審被告)は、電気通信事業を営む株式会社であり、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)2条3項の特定電気通信役務提供者に当たる。

(2)平成29年8月20日午前1時12分、被告を経由プロバイダとしながら、ツイッター内の別紙アカウント目録(略)記載のアカウント(以下「本件アカウント」という。)へログイン(以下「本件ログイン」という。)をした者がいる。
   控訴人の端末に表示されていた平成29年8月20日頃(控訴人の所有する端末に表示された投稿日時は午後2時21分及び午後5時4分)、本件アカウントへ「整形」という記載等を含む別紙投稿記事目録(略)記載の各記事(以下「本件各記事」という。)を投稿した者がいる。

(3)本件アカウントには、平成29年8月17日以降、本件各記事が投稿される前までに11回のログインがされており、その経過は別紙「ログイン状況」(略)記載のとおりである。本件各記事が投稿される直近のログイン(⑪)が被控訴人を経由したログインである。
   上記11回のログインのうち、7回(④ないし⑩)は被控訴人以外のプロバイダ(NTTドコモ)を経由したログインであり、いずれも本件ログインの前24時間以内(グリニッジ標準時の平成29年8月19日)にされていた。なお、本件各記事の投稿は、控訴人の主張を前提とすると、本件ログインから約13時間ないし16時間が経過した後にされたことになる。
   他方、本件ログインを含むその他の4回(①ないし③、⑪)は、いずれも被控訴人を経由してログインがされていた。

(4)本件各記事が投稿された後、控訴人は、自己のツイッターのアカウントにおいて本件アカウントをブロックしたところ(ブロックしたアカウントからは控訴人をフォローできなくなる)、本件アカウントに「(略)」などとの記載がなされた。
   その後、本件カウントは閉鎖されているが、本件アカウントでは、平成29年10月頃までに、少なくとも196件のツイートがされており、同月頃にされたツイートの内容は、本件各記事との関連性は認められない(甲10。なお、被控訴人は、甲第10号証のアカウントと本件アカウントが別のアカウントである可能性を指摘したが、本件アカウントのユーザー名(ID)は複雑なものであり、別人が使用するとは考えにくいこと、共に2017年8月に登録とされているところ、同一名では別の者が同時に登録できないことなどから、採用されなかった。)。

(5)控訴人(1審原告)は、氏名不詳者によるツイッターへの投稿により、名誉が毀損され、プライバシーを侵害されたことが明らかであると主張し、被控訴人(1審被告)に対し、法4条1項に基づき、本件ログインをした者の氏名又は名称等、別紙発信者情報目録(略)記載の各情報(以下「本件ログイン情報」という。)の開示を求めた。
   原審は、本件ログイン情報は、法4条1項の発信者情報に当たらないと判断して、控訴人の請求を棄却したため、控訴人が控訴した。


 【争点】

(1)権利侵害の明白性の有無(争点①)
(2)開示の正当理由の有無(争点②)
(3)被控訴人(1審被告)の開示関係役務提供者性(争点③)
(4)控訴人が開示を求める情報(注:原審のいう「本件ログイン情報」)の発信者情報該当性(争点④)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、原審は、争点④に関し、以下のとおり判示した。
 ア 発信者情報の開示請求権について定めた法4条1項の趣旨は、特定電気通信による権利侵害情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者に、権利侵害情報を流通させた発信者に関する情報の開示請求権を、開示関係役務提供者に対するものとして認め、権利を侵害されたとする者の利益を保護する一方で、その権利行使に際しては、権利侵害の明白性等の厳格な要件の充足を求め、憲法上保障されている発信者の通信の秘密等の利益保護に十分な配慮をする点にあると解される。 よって、同項に基づく開示請求の対象は、開示請求者の権利を侵害したとする情報の発信者の情報に限られると解するのが相当である。
   この解釈は、同項但書きの「当該権利の侵害に係る発信者情報」という文理にも合致する。
 イ 原告(注:控訴人。以下同じ。)は、ツイッターの場合、ログイン時のIPアドレスしか記録されないから、ログイン情報を発信者情報に含めないと、ツイッターへの投稿で権利を侵害されても、一切、発信者情報の開示を請求し得ないことになり、不当である旨主張する。
   しかし、ログイン情報を発信者情報と解し得る規定は、法4条や同条1項が委任する特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条1項の発信者情報を定める省令の中に見いだせないのであって、原告が法令に定めのない発信者情報の開示請求権を有すると解することもできない以上、立法による解決を待つしかないというべきである。 原告の前記主張は、採用することができない。


【裁判所の判断】

(1)争点④(控訴人が開示を求める情報の発信者情報該当性)について
 ア 控訴人は、法が権利を侵害された被害者の救済の目的で制定された経緯、法4条やその委任する省令において発信者情報としてログイン情報を除くという規定がないことに照らせば、発信者情報にはログイン情報も含まれると解すべきである旨主張する。
   これに対し、被控訴人は、4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」は、開示請求権者の権利を侵害したとする通信の過程において把握される発信者情報に限定されるべきであり、控訴人が開示を求める情報は、これと異なり本件ログインの際のものであるから、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないと主張する。
   この点、法4条1項の文言上、開示の対象となるのは、「権利の侵害に係る発信者情報」である。
   しかし、例えば、権利の侵害に係る投稿の前に、ログインが一つしかないなど、当該ログインを行ったユーザーがログアウトするまでの間に当該投稿をしたと認定できるような場合には、当該ログインに係る情報を発信者情報と解することは妨げられるものではなく、発信者のプライバシー等の利益を考慮し、一定の厳格な要件のもと、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者の救済を図る法の趣旨に照らせば、そのようなログインに係る情報も、法4条1項に規定する「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得ると解される。
 イ そこで、本件各記事の投稿について、本件ログインを行ったユーザーが、本件アカウントからログアウトするまでの間に行ったものであると認められるか否かについて検討する。
  a)控訴人は、本件アカウントの投稿は、一貫して控訴人が整形していることについて言及していることや、まとまった時間に投稿されていることに照らせば、複数人がアカウントを共有して投稿しているというというよりも、個人が投稿していると言える旨主張する。
   しかし、
  ・本件アカウントの名称は、「〇〇応援隊」という、複数のユーザーにより共有されていることと矛盾しないものであること
  ・本件アカウントには、少なくとも7件の投稿(ツイート)が行われているが、本件各記事が投稿された前後にどのような投稿がされていたかは証拠上明らかでないこと
  ・平成29年8月17日以降、本件アカウントには、本件各記事の投稿がされるまでに11回のログインがあり、そのうち4回は被控訴人を経由するものであるが、7回は被控訴人以外のプロバイダを経由してされていること
に照らせば、本件アカウントが複数のユーザーの共有である可能性もあるところである。
   また、上記いずれのログインについても、対応するログアウトの日時は明らかではなく、ツイッターでは、フォローしているアカウントのツイートを閲覧するなどのため長時間投稿をせずにログイン状態が継続していることも想定されることからすれば、本件ログインより以前になされたログインによって、本件各記事の投稿が行われた可能性も十分にあるということができる。
  b)また、控訴人は、直近にログインした端末から投稿するのが自然である旨主張する。
   しかし、本件ログインが行われたのは、平成29年8月20日午前1時12分であるところ、本件各記事が投稿されたのは、同日午後2時21分、午後5時4分であって、本件ログインの13時間ないし16時間も後にされたものであり、ログインと投稿の連続性を認められるほど時間的な近接性がなく、そもそも上記のとおり長時間ログイン状態を継続していることも想定されるのであるから、必ずしも本件各記事の投稿が本件ログインによりされたことを裏付ける事情になるものではない。
  c)更に、本件各記事の投稿後も、平成29年10月頃までに、本件アカウントには合わせて196件のツイートがされ、投稿には控訴人の容姿の変化に関するものとは無関係なものも含まれていることに照らせば、本件各記事の投稿時点でも、本件アカウントに本件各記事を投稿したユーザーとは別のユーザーが存在した可能性を排斥することはできない。
  d)よって、本件各記事の投稿は、本件ログインを行ったユーザーが、本件アカウントからログアウトするまでの間に行ったものであるとまで認めることはできない。
  e)なお、本件各記事の投稿をした者以外の者のIPアドレスに係る住所、氏名等の個人情報を開示した場合には、その者の通信の秘密を侵害する結果を招くことに鑑みれば、開示を求める情報が法4条1項に規定する権利の侵害に係る情報に該当するか否かは、慎重な検討が求められると解され、別のユーザーにより投稿された可能性が一定程度存する以上、開示が認められない場合があっても、やむを得ないというべきである。
 ウ 以上によれば、控訴人が開示を求める本件ログインに係る情報が、法4条1項に規定する「権利の侵害に係る発信者情報」ということはできない。
   したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求には理由がない。

(2)結論
   控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない(控訴棄却)。

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