被相続人が金融機関に提出した印鑑届書の情報は、相続人等に関するものではなく、個人情報保護法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たらない旨判示した事例(破棄自判により確定)
【事案の概要】
(1)被上告人の亡母(以下「亡母」という。)は、平成15年8月29日、銀行である上告人A支店に普通預金口座(以下「本件預金口座」という。)を開設し、その際、上告人に、第1審判決別紙記載の印鑑届書(以下「本件印鑑届」という。)を提出した。
(2)亡母は、平成16年1月28日に死亡した。その法定相続人は、いずれも亡母の子である被上告人ほか3名であった。亡母の平成15年8月29日付けの遺言書による遺言は、本件預金口座のうち1億円を被上告人に相続させるなどというものであった。
(3)被上告人は、上告人に対し、亡母が提出した本件印鑑届の情報は、個人情報の保護に関する法律(以下「法」という。)2条7項に規定する保有個人データ(注:ある情報が個人保有データに該当するというためには、少なくとも開示請求者に関するものとして、法2条1項にいう「個人に関する情報」に該当することが必要である。)に該当すると主張して、法28条1項に基づき、本件印鑑届書の写しの交付を求めた。
(4)原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、被上告人の請求を認容した。
ある相続財産についての情報であって、被相続人に関するものとして、その生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」であったものは、当該相続財産が被相続人の死亡により相続人や受遺者(以下「相続人等」という。)に移転することに伴い、当該相続人に帰属することになるから、当該相続人等に関するものとして、上記「個人に関する情報」に当たる。
本件印鑑届書の情報は、本件預金口座に係る預金契約上の地位についての情報であって、亡母に関するものとして、上記「個人に関する情報」であったから、亡母の相続人等として上記預金契約上の地位を取得した被上告人に関するものとして、上記「個人に関する情報」に当たる。
【争点】
本件印鑑届書の情報が、被上告人に関するものとして、個人情報の保護に関する法律2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるか否か。
【裁判所の判断】
原審の上記判断は是認することはできない。その理由は、次のとおりである。
(1)法は、個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み、個人情報の適正な取扱いに関し、個人情報取扱事業者の遵守すべき義務等を定めること等により、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするものである。
法が、保有個人データの開示、訂正及び利用停止等を個人情報取扱事業者に対して請求することができる旨を定めているのも、個人情報取扱事業者による個人情報の適正な取扱いを確保し、上記目的を達成しようとした趣旨と解される。
このような法の趣旨目的に照らせば、ある情報が特定の個人に関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるか否かは、当該個人情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである。
したがって、相続財産についての情報が、被相続人に関するものとして、その生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして、上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。
(2)本件印鑑届書にある銀行印の印影は、亡母が上告人との銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、被上告人が亡母の相続人等として本件預金口座に係る預金契約上の地位を取得したからといって、上記印影は、被上告人と上告人との銀行取引において使用されることとなるものではない。
また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、被上告人と上告人との銀行取引に関するものとはいえない。
その他、本件印鑑届書の情報の内容が、被上告人の関するものであるというべき事情はうかがわれないから、上記情報が被上告人に関するものとして、法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるということはできない。
(3)以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである(破棄自判)。
【参考条文】
個人情報の保護に関する法律
2条1項 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(電磁的方式(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。次項第二号において同じ。)で作られる記録をいう。第18条第2項において同じ。)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方式を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
二 個人識別符号が含まれるもの
2条4項 この法律において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の重合物であって、次に掲げるもの(利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるものを除く。)をいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの
2条6項 この法律において「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。
2条7項 この法律において「保有個人データ」とは、個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令に定めるもの又は一年以内の政令で定める期間以内に消去することとなるもの以外のものをいう。
28条1項 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。