【名誉毀損】東京高裁平成30年12月5日判決(判例タイムズ1461号115頁)

名誉棄損記事につき不法行為の成立を認めつつ、保護すべき社会的名声に乏しいことなどを理由として、各2万7000円の慰謝料を認容した事例(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)当事者等
 ア 第1審原告X1(以下「X1」という。)は、平成15年7月、当時、倉庫業・不動産業を廃業して投資会社に業態変更しようとしていたH社の執行役員に就任し、平成16年6月にH社の取締役に就任し、同年7月から平成19年9月までの間、H社の代表取締役を務めていた。
   X1は、平成24年4月、第1審原告会社の執行役員に就任し、同年6月、第1審原告会社の代表取締役に就任した。第1審原告会社は、通信機器等の事業を営む会社を支配・管理する持株会社であり、現在、JASDAQに上場している。
 イ 第1審原告X2(以下「X2」という。)は、平成16年10月、ファンドの組成・管理等を目的とするK株式会社(以下「K社」という。)に入社したが、平成17年12月、K社を辞めてH社に入社した。X2は、平成18年2月から、H社のファンドの管理等を担当する関連事業部長を務めていたが、平成20年10月に退社した。X2は、一時H社の100%子会社であるL社の取締役であった。
   X2は、平成21年6月、第1審原告会社の取締役に就任し、平成23年6月にいったん退社した後、平成27年6月、再び第1審原告会社の取締役に就任した。
 ウ 第1審被告(以下「被告」という。)は、平成9年4月、Zと婚姻し、平成11年頃、同人の紹介でX1と知り合った。
   Zは、平成15年6月、H社の取締役に就任し、平成16年2月から平成17年5月までH社の代表取締役であったが、平成18年9月にH社の取締役を退任した。

(2)K社の100%子会社であったB社は、M社が設立したC社との間で締結していた匿名組合契約の終了に伴い、C社から後に上場廃止となるD社発行の株券(以下「本件株券」という。)の償還を受けることになっていた。しかし、本件株券は、M社の事務所に保管中に持ち出された。その後、本件株券は、第1審原告X2によって、H社において借株として資金繰りに使用するために、H社の事務所内に持ち運ばれた。

(3)被告は、平成24年4月11日から同年8月までの間、インターネット電子掲示板に記事①から⑨まで(以下「本件各記事」という。)を投稿した。本件各記事は、平成25年2月までに電子掲示板から削除された。


 【争点】

(1)本件各記事の名誉棄損該当性
(2)本件各記事のうち、上記(1)でX1又はX2の名誉を棄損するものと認められた記事(以下「本件名誉棄損記事」という。)の違法性阻却事由の有無
 ア 事実の公共性及び目的の公益性
 イ 真実性・相当性
(3)第1審原告X1及び同X2の損害
   以下、裁判所の判断の概要(ただし、(1)については、本件名誉棄損記事に関する判示のみ)を示す。


【裁判所の判断】 

(1)本件各記事の名誉棄損該当性
 ア 本件記事①
   月刊「P」2011年(平成23年)12月号(以下「本件雑誌」という。)を引用する方法により、「昔は、脱税を幇助する国際間の金の運び屋に過ぎなかった」と記載されている。これは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、第1審原告X1の社会的評価を低下させるものといえる。
 イ 本件記事②
   本件雑誌を引用する方法により、「第1審原告X1がマネーロンダリングをしていた」との事実が摘示されている。マネーロンダリングとは、一般用語としては、取得原因を明らかにしたくないうしろめたさのある資金(犯罪収益に限られない)を、現金で移動したり、預金口座間を移動させたり、国境を越えて投資したりして取得原因が分からなくなるように装うことをいうものと解される。上記事実は、第1審原告X1の社会的評価を低下させるものである。
 ウ 本件記事④
   「第1審原告X1が、各種行政当局や捜査機関等による追求から逃れるため、資産を売却して隠匿した」との事実を摘示するものである。これは、第1審原告X1の社会的評価を低下させるものである。
 エ 本件記事⑥
   第1審原告X2が業務上横領により民事訴訟を提起され、刑事告発されたことを摘示するだけではなく、「主犯」、「どう考えてもあり得ない嘘までX2はついて逃げ切ろうとしており」、「横領を幇助」、「横領が発覚」との記載が含まれている。これらを全体として読めば、「第1審原告X2が業務上横領をした」との事実を摘示するものであるから、第1審原告X2の社会的評価を低下させるものである。
 オ 本件記事⑦
   「第1審原告X2が、不正な資産売却や粉飾決算処理を行った」、「第1審原告X2が、詐害行為に加担し、不正な会計処理やマネーロンダリングに従事した」との事実を摘示するものであるから、第1審原告X2の社会的評価を低下させるものである。
 カ 以上によれば、本件各記事のうち、本件記事①・②・④は第1審原告X1の名誉を毀損し、本件記事⑥・⑦は第1審原告X2の名誉を毀損するものと認められる。

(2)本件名誉棄損記事の違法性阻却事由の有無
 ア 事実の公共性及び目的の公益性
   本件名誉毀損記事の投稿は、公共の利害に関する事実に係り、主として公益を図る目的で行われたものであるといえる。
   この点、第1審原告らは、①第1審被告が、本件各記事を、匿名掲示板において、短時間のうちに繰り返し投稿したこと、②その際、複数のIDを使用して、本件各記事が複数人によって投稿されたかのような外観を作出していること、③第1審被告が使用したIDの中には第1審原告らを揶揄する文字列が含まれていることなどを総合すると、第1審被告が本件各記事を投稿した目的は、主として第1審原告らの悪評を流布することにあったと主張している。
   しかし、①本件各記事は、上場会社の役員又は元役員の経営者としての適格性や事業担当部長の適格性という公共性の高い事実に関するものであること、②第1審被告が使用したIDを除き、本件各記事には第1審原告らを揶揄するような表現は含まれていないことなどを考慮すると、第1審原告ら主張にかかる上記事情をもって、本件各記事を投稿した主たる目的が公益を図ることであったことを否定するには無理があるというほかない。よって、第1審原告らの上記主張は採用できない。
 イ 真実性・相当性
  a)本件記事①
   第1審原告X1は、平成21年に旧証券取引法違反の容疑で検察官から取り調べを受けた際、平成17年6月と11月の2回、H社の社長としてシンガポールに出張した際、顧客の依頼により、顧客名義の口座から出勤された現金各2000万円を預かり、これを税関に申告せず手荷物に入れて日本国内に持ち込み、後日日本国内で顧客に渡した、顧客の上記依頼の目的は、シンガポールの顧客名義口座に入金されたキャピタルゲインを現金で日本に持ち込むことにより、日本における課税を免れることにあり、第1審原告X1もその目的を理解していたなどと供述しているとおりある。
   よって、第1審原告X1が国境を越えて現金を移動させたこと、その目的が脱税の幇助など資金の出所を不明にするためにあったことは、真実であることの証明があるというべきである。
  b)本件記事②
   前記a)認定のとおり、第1審原告X1は、海外において預かった顧客の資金を、税関に申告することなく現金で日本国内に持ち込んでいたと認められる。そして、顧客の資金を現金で国境を越えて移動させて顧客資金の取得原因を不明にさせたこと、そのようなことを依頼する顧客は資金の取得原因を明らかにしたくないといううしろめたさを有していることが通常である。
   よって、第1審原告X1が当該顧客と共に一般用語でいうマネーロンダリングを行っていたことを真実であることの証明がある。
  c)本件記事④
   第1審原告X1がシンガポールの自宅(通称「〇〇 HOUSE」)を売却した事実は認められるが、その時期を的確に認めるに足りる証拠はない。また、売却時に税務当局や債権者等による追及を受ける状況にあったことや、その追及から逃れるためにシンガポールの自宅を売却したことを認めるに足りる証拠もない。
   そうすると、本件記事④の摘示事実が真実であるとは認められない。また、第1審被告において上記事実が真実と信じるについて相当の理由があると認めることもできない。
  d)本件記事⑥
   B社は、平成23年11月18日付けで、東京地方検察庁検察官に対し、第1審原告X2を業務上横領の容疑で刑事告発し、同検察官はこれを受理している。また、別件訴訟の判決においても、第1審原告X2がB社に返還すべき本件株券を、貸株としてH社に持ち込んでH社の資金繰りに使用させたことが認定されている。とすれば、仮に後に本件株券をB社に返還したとしても、本件株券をH社に貸株として利用させて、B社への返還が不可能となるリスクのある状態に置いたことは、他人の財産の預り主や受任者としての善管注意義務違反に当たるおとはもちろん、第1審原告X2が業務上横領をしたということにほかならない。
   よって、本件記事⑥の摘示事実(業務上横領)は真実であることの証明がある。
  e)本件記事⑦
   本件記事⑥の摘示事実のうち、第1審原告X2が、「不正な資産売却」を行い、「詐害行為に加担」した事実は真実であると認められる。
   他方、第1審原告X2が、「粉飾決算処理」を行い、「不正な会計処理やマネーロンダリングに従事」した事実が真実であると認めることはできず、第1審被告において同事実が真実と信じることについて相当の理由があると認めることもできない(詳細は省略)。
  f)以上によれば、本件名誉毀損記事のうち、第1審原告X1に関する本件記事④及び第1審原告X2に関する本件記事⑦の一部については不法行為が成立するが、その他の記事については違法性が阻却され、不法行為は成立しない。

(3)第1審原告X1及び同X2の損害
 ア 慰謝料
  a)本件名誉毀損記事のうち、第1審原告X1及び同X2に対する不法行為が成立するのは、その一部(本件記事④及び⑦の一部)に止まる。また、本件各記事は、平成25年2月までに削除されている。さらに、不法行為が成立する記事についても、その投稿は、上場会社の経営者や事業部長としての適格性という公共性の高い事実に関するものであって、主として公益を図る目的で行われたものである。
  b) 第1審原告X1及び同X2については、問題の潜む上場企業(H社)の投資事業に業態変更した後の取締役又は事業部長として、その社会的評価はもともとたいして高くなかったことがうかがわれる。
   そして、第1審X1は、国境を越えた不正な現金移動などにより資金の出所を不明にする行為を実行するような人物であって、取締役としての忠実義務や善管注意義務を果たす資質や、受任者・受寄者としての善管注意義務を果たす資質に欠けることが明らかであって、保護すべき社会的名声に乏しい。
   同様に、第1審X2も、預かり資産(D社株式)のH社への不正貸与をするなど、取締役としての忠実義務や善管注意義務を果たす資質や、受任者・受寄者としての善管注意義務を果たす資質に欠けることが明らかであって、保護すべき社会的名声に乏しい。
   さらに、第1審X1については、第1審被告が本件各記事を投稿する前から、本件各記事と同じ内容を含む出版物が複数発行されていた。
  c)これらの事情を考慮すると、本件名誉棄損記事のうち一部について不法行為が成立するとしても、その違法性や名誉が毀損された程度は著しく低いといわざるを得ない。このほか、証拠によって認められる諸般の事情を考慮すると、本件記事④及び⑦の一部によって第1審原告X1及び同X2が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、各2万7000円と認めるのが相当である。
 イ その他の損害
  a)調査費用 0円
  b)逸失利益 0円
  c)弁護士費用 各3000円

(4)結論
   第1審原告X1及び同X2の請求は、損害賠償各3万円の限度で理由があるが、第1審原告会社の請求の全部並びに第1審原告X1及び同X2のその余の請求は理由がないから、第1審原告X1及び同X2の請求を損害賠償金各120万円の限度で、第1審原告会社の請求を損害賠償金各70万円の限度で認容した原判決は、一部失当である(原判決変更)。

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