【知的財産】東京地裁平成30年3月29日判決(判例時報2387号121頁)

本件イラストは、本件写真素材の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえないことから、本件写真素材の複製にも翻案にも当たらないと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、写真、CG、動画、イラスト等の映像コンテンツの販売、撮影業務等を目的とする株式会社である。
(2)原告は、〇〇という題名の写真素材CD(以下「本件写真素材CD」という。)を、訴外株式会社A(以下「訴外A」という。)等のウェブサイトにおいて、定価4万1040円(税込み)で販売している。本件写真素材CDには合計75点の写真素材が収録されており、その一つに「コーヒーを飲む男性」という題名の、別紙1(判例時報2387号129頁参照)の写真素材(以下「本件写真素材」という。)が収録されている。
(3)被告は、平成27年10月頃、同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏表紙を作成するために、インターネットで「コーヒーを飲む男性」の画像を検索し、表示された本件写真素材のサンプル画像を参照して、イラスト(以下「本件イラスト」という。)を描き、別紙2(同128頁参照)のとおり、当該小説同人誌の裏表紙に掲載した。そして、被告は、同月1月18日、同人誌イベントに当該小説同人誌を出品して、50冊を販売した。
(4)ところが、被告は、平成28年7月、訴外人物からの指摘を受けて、本件写真素材が本件写真素材集CDに収録されていることを知った。そこで、被告は、訴外Aに対し、本件イラストの作成に際して、本件写真素材のサンプル画像を参照したことを謝罪し、使用料の支払を申し出る内容のメールを送付した。すると、訴外Aは、原告に連絡するよう指示した。そこで、被告は、原告に同趣旨のメールを送付した。
   上記の被告からの申出に対し、原告は、当初、損害賠償金として本件写真素材の販売価格(注:2万7000円)の20倍に当たる54万円の支払を求めた、その後、本件写真素材の販売価格とアートリファレンス料(構図や表現方法を参照して新たな作品を制作する際に、著作者から許可を取得する代行手数料)(注:3万2400円)の合計5万9400円の5倍である、29万7000円の支払を求めた。しかし、被告がこれに応じなかったため、原告は、本訴を提起した。


 【争点】

(1)本件写真素材は著作物に当たるか
(2)原告は本件写真素材の著作権者か
(3)被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか
(4)著作権侵害による損害の有無及び額
   以下、上記についての、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、被告は、原告の請求が不法行為に当たるとして、9万2200円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める反訴を提起したが、棄却された(詳細は省略)。


【裁判所の判断】

 (1)争点(1)(本件写真素材は著作物に当たるか)について
 ア 写真は、被写体の選択・組合せ・配置・構図・カメラアングルの設定、シャッターチャンスの捕捉、被写体と光線との関係(順光、逆光、斜光等)、陰影の付け方、色彩の配合、部分の協調・省略、背景等の諸要素を総合してなる一つの表現であり、そこに撮影者等の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ、著作物に当たるというべきである。
 イ 本件写真素材は、別紙1のとおり、右手にコーヒーカップを持ち、やや左にうつむきながらコーヒーカップを口元付近に保持している男性を被写体とし、被写体に左全面上方から光を当てつつ焦点を合わせ、背景の一部に柱や植物を取り入れながら、全体として白っぽくぼかすことで、赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されたカラー写真であり、被写体の配置や構図、被写体と光線の関係、色彩の配合、被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現において撮影者の個性が表れているものといえる。
   したがって、本件写真素材は、上記の総合的表現を全体としてみれば創作性が認められ、著作物に当たる

(2)争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について
 ア 原告は、被告が本件写真素材を原告に無断でトレースし、小説同人誌の裏表紙のイラストに使用して、当該小説同人誌を販売した行為は、原告の本件写真素材に係る著作権(複製権、本案件及び譲渡権)を侵害していると主張する。
 イ 複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照)、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうものと解すべきである。
   また、翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいうものと解すべきである(最高裁平成13年6月28日判決参照)。
 ウ 本件イラストは、別紙2のとおり、A5版の小説同人誌の裏表紙にある3つのイラストスペースのうちの一つにおいて、ある人物が持つ雑誌の裏表紙として、2.6㎝四方のスペースに描かれている白黒のイラストであって、背景は無地の白ないし灰色となっており、薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の画面中央部を縦断して加入され、また、文字も加入されているものである。
 エ 前記(1)イで説示した本件写真素材の創作性を踏まえれば、本件写真素材の表現上の本質的特徴は、被写体の配置や構図、被写体と光線の関係、色彩の配合、被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現に認められる。
   一方、前記【事案の概要】(3)のとおり、本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されているものの、本件イラストと本件写真素材を比較対照すると、両者が共通するのは、右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の、右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分のみである。
   他方、本件イラストと本件写真素材の相違点としては、
  a)本件イラストはわずか2.6㎝四方のスペースに描かれているにすぎないこともあって、本件写真素材における被写体と光線の関係(被写体に左全面上方から光を当てつつ焦点を合わせるなど)は表現されておらず、かえって、本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている、
  b)本件イラストは白黒のイラストであることから、本件写真素材における色彩の配合は表現されていない、
     c)本件イラストはその背景が無地の白ないし灰色となっており、本件写真素材における被写体と背景のコントラスト(背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで、赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されているなど)は表現されていない、
   d)本件イラストは上記のとおり小さなスペースに描かれていることから、頭髪も全体が黒く塗られ、本件写真素材における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず、また、本件イラストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されていることから、鼻が完全に隠れ、口もほとんどが隠れており、本件写真素材における被写体の鼻や口は再現されておらず、さらに、本件イラストでは本件写真素材における被写体のシャツの柄も異なっている
こと等が認められる。
   これらの事実を踏まえると、本件イラストは、本件写真素材の総合的表現全体における表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係、色彩の配合、被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず、本件イラストは、本件写真素材の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。
 オ したがって、本件イラストは、本件写真素材の複製にも翻案にも当たらず、被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したものとは認められない。
   なお、原告は、譲渡権侵害も主張するが、本件イラストが本件写真の複製及び翻案には当たらないため、本件イラストを掲載した小説同人誌を頒布しても譲渡権の侵害とはならない。

(3)争点(2)(原告は本件写真素材の著作権者か)について
   以上から、その余の争点について判断するまでもなく原告の請求には理由が認められないが、以下、念のため争点(2)についても判断する。
 ア①原告は、平成19年5月17日、(住所は省略)在住のカメラマンとの間で、期間を1年とする撮影請負契約を締結した。同請負契約12条には、「乙(判決注:カメラマン)は本契約で撮影した作品の一切の権利を甲(判決注:原告)に譲渡する。」との記載がある(甲20)。
  ②本件写真素材は、原告の企画のもと、同年11月14日、(住所は省略)で撮影された(甲19)。
  ③原告は、同年頃、写真素材等を自ら又は販売代理店を通じて販売等するため、カメラマンやイラストレーター等著作者との間で、当該著作者から提供される著作物の第三者への使用許諾を含む非独占的使用許諾契約を締結することがあり、同契約では著作権は第三者に留保されていた(甲24,26、乙96)。
 イ 前記(1)イのとおり、本件写真素材は創作性を有しており、著作物に当たるところ、その創作性はカメラマンの撮影によって生じたものであるから、本件写真素材の著作権は、原始的には本件写真素材を撮影したカメラマンに帰属する。
   これに対し、原告は、本件写真素材を撮影したカメラマンと締結した請負契約書において、当該カメラマンが当該契約で撮影した作品の一切の権利を原告に譲渡する旨の規定があることにより、原告が当該カメラマンから著作権を含むすべての権利を譲渡されたことが明らかであると主張する。
   確かに、前記ア①のとおり、原告が(住所は省略)在住のカメラマンとの間で締結した請負契約書(甲20)には同趣旨の規定の存在が認められる。しかしながら、前記ア②のとおり、本件写真素材が撮影されたのは平成19年11月14日であるところ、上記カメラマンが同日に本件写真素材の撮影をしたことを示す証拠は何ら存在しない(なお、この点については、被告から年度も立証を求められたものの、原告から証拠が提出されなかったものである。)。
   一方で、前記ア③のとおり、原告は、本件写真素材の販売に当たっては、カメラマン等の著作者との間で非独占的使用許諾契約を締結することがあり、同契約では著作権は著作者に留保されていたものと認められる。そうすると、本件写真素材についても、著作権は著作者に留保され、原告は非独占的使用許諾のみを受けていた可能性も否定できず、原告が本件写真素材の著作権を有しているものと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
 ウ したがって、原告を本件写真素材の著作権者であると認めることはできず、これに反する原告の主張は採用できない。
   なお、一般に、非独占的使用権者は、使用許諾を受けた著作物に係る著作権の侵害者に対して、損害賠償を請求することはできないことを念のために付言する。

(4)結論
   以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却する。

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