駐車区画から退出する車両の運転者は、停止状態から発進することから、通路走行車両の運転者よりも重い注意義務があると判示した事例(確定状況不明)
【事案の概要】
(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 発生日時 平28年2月17日午後4時30分頃
イ 発生場所 兵庫県三木市a店(以下「本件店舗」という。)駐車場(以下「本件駐車場」という。)
ウ 原告車両 自家用普通乗用自動車
運転者 原告A(事故当時39歳)
所有者 原告B
被告車両 自家用普通乗用自動車
運転者 被告(事故当時65歳)
オ 事故態様 道路から右折して本件駐車場に進入し、駐車区画に駐車しようとした原告車両の右フロントドア付近と、本件駐車場の駐車区画から後退して駐車場を出ようとした被告車両の後面右側が衝突した。
(2)原告Aは、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右半身打撲と診断され、平成28年2月19日から同年5月14日まで、C整形外科に通院した(原告Aが本件事故により受傷したか否か及び通院期間等の相当性は主要な争点である。)。
【争点】
(1)本件事故態様及び被告の過失の有無、過失割合
(2)損害の有無及びその算定
以下、上記についての、裁判所の判断の概要を示す。
なお、被告は、(1)に関して、本件事故時に原告車両が停止していなかったことを主張し、(2)に関して、原告Xが受傷するような外力は加わっていないことを主張した。
【裁判所の判断】
(1)本件事故態様及び被告の過失の有無、過失割合
ア 本件事故態様
a)本件駐車場は、本件店舗側に駐車区画として5区画が設けられ、本件駐車場と本件車道との間には幅員約5.6mの歩道(以下「本件歩道」という。)が設けられ、本件歩道と本件駐車場との間には有蓋側溝が設けられている。本件車道から本件駐車場に出入りするための特別の進入・退出口は設けられていない。
b)原告Aは、本件車道を南進して本件駐車場手前で右折し、本件車道に進入しようとし、本件歩道上を本件駐車場に向けて走行していた際、本件駐車場の北から2区画目に、車両前方を本件店舗側に向けて駐車していた被告車両が、後進しようとするのを発見した。
c)原告Aは、本件駐車場の北から4番目の駐車区画手前の通路部分に進入し、被告車両が駐車していた区画の南側(本件駐車場の北から3番目の区画)駐車しようとし、被告車両の動静をうかがったところ、被告車両は、左折後進して原告車両の方へ向かってきており、原告Aは原告車両を別紙図面(略。以下同じ。)の㋐の位置に停止したところ、被告車両は一旦停止したが、なおも後進を続けたため、同図面の✕付近で、被告車両の右後角部辺りを原告車両の右フロント付近に衝突させた。原告車両は衝突後にクラクションを鳴らした。
d)被告は、被告車両の保有者であるところ、被告車両を本件駐車場から発進するため、上記駐車区画から後進させようとし、その際は、目視で後方を確認したが、その後は被告車両に備え付けられたカメラのモニター画面を見ながら後進を続けた。
もっとも、被告の供述によれば、本件衝突前にはギアをニュートラルに入れていたため、上記モニター画面は作動しておらず、また被告は、少なくともモニター画面を見始めてからは直接目視で又はルームミラーやドアミラーを通じて、後方を確認することは一切なかった。したがって、被告は、本件事故まで原告車両の存在に全く気付いておらず、制動装置をとることもなかった。
e)被告車両は、本件事故により右後角部に損傷が生じ、見かけ上損傷は酷くはないが、バックドアパネルの修理、リアバンパカバーの取替等を要し、修理費用として13万5000円を要した。
他方、原告車両は、右フロントドアに相当の凹みが生じており、右ドアミラーが倒れた際、ミラーベースと接触しミラー内側が損傷する等の損傷を受け、これらの取替を要し、修理費用12万9000円を要した。
イ 被告の過失の有無
本件事故は、被告車両の保有者である被告が、本件駐車場から発進するため、駐車区画に駐車していた被告車両を後進させる際、後方確認不十分のまま後進を続けて過失により、折から本件駐車場内で被告車両の動静を見るために停止していた原告車両に衝突させたものと認められる。よって、被告には、自賠法3条に基づき原告Aに生じた人身損害及び民法709条に基づき原告Bに生じた物的損害を賠償する責任がある。
ウ 過失割合
a)店舗駐車場においては複数の車両が出入庫を行い、その動きも複雑となる場合が多い。そのため、駐車のため駐車場内通路を走行する車両及び駐車区画から退出する車両ともに、通路内走行車両や駐車区画出入車両の動静に注意し、衝突を回避できるような速度と方法で通路を走行し又は出入庫すべき義務があるというべきである。そして、駐車区画から退出する車両の運転者は、停止状態から発進することになるから安全確認等がより容易であるといえ、通路走行車両の運転者よりも重い注意義務があるというべきである。
加えて、本件のように退出車両が後進する場合には、車両後方の視界が前進する際よりも制限されるため、退出車両の運転者は、よりいっそう慎重に走行すべき義務があるといえる。
さらに、前記認定のとおり、本件駐車場は、通路の左右に駐車区画が設置されているわけではなく、道路の一方(本件店舗側)に駐車区画があるうえ、通路部分は、本件歩道や本件車道に向かって見通しがよいことも考慮すると、駐車区画から退出する車両の運転者である被告は、通路走行車両の有無及び動静をより容易に確認できるということができる。
しかるに、前記認定のとおり、被告は、自車の進行方向である後方を全く見ていなかった上、通路部分で停止していた原告車両に衝突したのであるから、被告の注意義務違反の程度が著しいといえ、上記のとおり本件事故時には停止状態であった原告Aとしては、事故の発生を未然に防ぎ、これを回避する措置はほぼ期待できなかったといえる。
b)もっとも、原告Aとしても、本件駐車場の通路に進入する前に被告車両が後進して駐車区画から退出しようとしていることを確認しているのであるから、原告車両停止位置である通路部分まで原告車両を進入させずにその手前で停止させるべきである。また、原告Aは、停止後も被告車両の動静を注視しており、被告車両が原告車両に向かって後進し、危険を感じたのであるから、被告の注意を促すためにクラクションを鳴らすなどの措置をとるべきであったといわざるを得ない。
よって、これらの過失を斟酌すれば、原告らに生じた損害の5%を過失相殺として減じるべきである。
c)この点、被告は、原告車両が停止していたことを否認する。
しかし、被告は、本件事故発生まで原告車両の有無にすら気付いていなかったのであるから、原告車両の動静については、特にその内容等に不自然なところがない限り、原告A本人の供述(陳述書の記載を含む。以下同じ。)に準拠せざるを得ない。そして、同供述に特段不自然なところはない。
(2)損害の有無及びその算定
ア 原告Aの損害
a)受傷の有無について
原告Aは、本件事故によって、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右半身打撲の傷害を受け、その治療のため平成28年2月19日から同年5月14日まで、C整形外科に通院(実通院日数24日)した。
被告は、原告Aの受傷を否認する。
しかし、前記認定のとおり、原告車両の右フロントドアは相当程度凹んでおり、被告車両の見た目の損傷状況にかかわらず、原告車両の運転席にいた原告Aに相当の衝撃が加わったことは優に推認できる。また、外力の入力方向が原告の身体の右から左にかけてであることから、原告Aが被告車両の動静を見ていたとしても、なお原告Aに捻挫等を生じさせるような外力が加わったことは否定できないというべきである。
b)必要な治療期間について
被告は、平成28年月中(22日ころ)には原告Aの症状は軽快していた旨主張する。
しかし、カルテには、平成28年2月22日欄に「痛み軽い」と、同月24日欄に「鎮痛剤なくても良いぐらい」との記載があるが、上記「痛み軽い」の後ろには「鎮痛剤少し効果あり」との記載がある。また、同じカルテによれば、原告Aは医師に対し、平成28年2月19日から3月1日まで会社を休んだことを訴えている上、原告Aは、その後も通院治療中、時折痛みを訴えており、医師も物理療法や投薬を継続していることが認められる。よって、被告の上記主張は採用できない。したがって、上記の通院期間は原告Aの受傷を治療するのに必要な期間であったというべきである。
c)損害の算定
①治療費 2万7100円
②傷害慰謝料 48万円
原告Aの受傷内容が他覚的所見に乏しいこと、通院期間が86日(実通院日数27日)であること等を考慮すれば、上記金額が相当である。
③休業損害 16万9502円
前記a)の原告Aの通院状況、受傷内容等を総合すれば、原告Aは、平成28年3月末日まで(通院期間44日)、部分的に休業を余儀なくされ、その間の実通院日数17日について、平成27年度賃金センサスの女子・学歴計・全年齢平均賃金である372万7100円を365日で除した日額1万0211円の50%相当の、その余の27日について上記日額の30%相当の休業損害が発生したと認めるのが相当である。
(計算式)3,727,100円÷365日=10,211円
10,211円×(17日×0.5+17日×0.3)=169,502円
d)合計額及び過失相殺
上記の合計は、67万6602円となり、その5%を減ずれば、64万2771円となる。
イ 原告Bの損害
前記(1)アe)のとおり、原告車両の修理費として12万9000円を要し、これは原告Bの損害と認められる。
過失相殺としてその5%を減ずれば、12万2550円となる。
(3)結論
原告Aの請求は64万2771円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告Bの請求は64万2771円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。