【労働】熊本地裁平成30年2月20日判決(労働判例1193号52頁)

社会福祉法人佳徳会事件(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)原告は、平成16年6月、保育士の国家資格を取得し、平成24年頃、特定非営利活動法人〇〇センター熊本(以下「本件NPO法人」という。)が設置運営する認可外保育施設「A園」(以下「旧保育園」という。)でボランティアとして活動していた。そして、原告は、平成26年1月1日、本件NPO法人との間で、保育士として、期間の定めのない雇用契約を締結した(以下「旧雇用契約」という。)。
   旧保育園の園長は、被告代表者である。そして、国立療養所A‘園と本件NPO法人は、平成23年7月15日、A’園の敷地内にある旧看護学校の建物及びその隣接敷地について賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。)、旧保育園は、上記の建物を改修した施設を園舎として使用していた(以下「旧園舎」という。)。  

(2)本件NPO法人は、平成27年12月4日、旧保育園に勤務する全職員に対し、平成28年4月1日から保育園の運営主体が社会福祉法人である被告に変更すること、希望する職員については1月末までには面談を実施すること等について説明をした。原告は、2月13日、被告代表者から個人面談を受け、原告の健康上の理由から4月以降採用できないとして、退職するよう告げられた。そこで、原告は、3月7日、ローカルユニオン熊本(以下「本件労働組合」という。)に加入し、3月10日、旧保育園との間で、団体交渉の申入れを行った。
   被告は、平成28年3月16日、上記団体交渉申入れに対し、本件NPO法人において雇用期間中の職員は、3月31日をもって整理解雇とし、4月1日付で、被告に採用希望の者は、本人の希望する雇用形態(正職員または非常勤職員)で新規採用する、ただし、採用後は、新規採用者全員を試用期間とする、との回答をした(以下「本件回答」という。)。原告は、3月30日、採用後3か月の条件付期間中、被告において勤務成績不良、または職員として適当でないと認められた場合等には、被告から一方的に解雇されても異存はない旨の誓約書を提出した(以下「本件誓約書」という。)。
   被告が設置運営する認可保育園「A園」(以下「本件保育園」という。)は、4月1日、旧園舎を引き続き使用する形で運営が開始された。本件保育園の園長は、被告代表者である。
   被告は、平成28年5月6 日、職員会議の際に労働条件通知書及び確認書(正職員用)と題する書面を各職員に渡し、原告は、同日、同書面(以下「本件労働条件通知書」という。)に署名・押印した。原告が、署名、押印した本件労働条件通知書では、「契約期間 平成28年4月1日から平成29年3月31」、「試用期間契約期間3カ月」とされていた(以下「本件規定」という。)。

(3)被告は、原告に対し、平成28年6月29日付解雇通知書により、原告と被告との間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)について、試用期間満了に際して本採用しないことを理由として、同年6月30日付をもって解雇する旨の意思表示をし、同通知は、同日原告に到達した(以下「第1解雇」という。)。
   その後も、被告は、原告に対し、同年11月21日付書面及び平成29年4月24日付で書面により、懲戒解雇及び普通解雇の意思表示をした。


【争点】

(1)原告に対する本件規定の適用の有無
(2)被告の原告に対する各解雇の有効性
(3)期間満了による本件雇用契約の終了の有無
(4)被告の原告に対する不法行為の有無


【裁判所の判断】

(1)原告に対する本件規定の適用の有無
 ア 被告と本件NPO法人との事業譲渡 
   被告は、本件NPO法人から改修後の旧園舎という資産、補助金交付に係る事務報告、A‘園における保有資産の運営事業者としての地位及び本件賃貸借契約の借主としての地位を引き継いでおり、これは有機的一体としての保有事業の譲渡が行われたものでといえる。したがって、被告は本件NPO法人から旧保育園に係る事業について譲渡されたものと認められる。
   もっとも、本件NPO法人と被告との間で事業譲渡があったからといって、当然に従前の雇用契約が被告に承継されるものではなく、従前の雇用契約が被告に承継されているか否かは、本件NPO法人と被告との間で雇用契約の承継について特別の合意がなされているか否かで判断することになる。
   この点、本件NPO法人は、
  ・平成27年12月4日に実施された職員説明会において、職員に配布された事業移管に関する説明資料には、被告での雇用を希望する職員については個別に面談を行った上で、個別の雇用条件、待遇の内示を行うこと、平成28年4月1日付で本件保育園の辞令が交付されること等の説明がされ、被告においては等級制に応じた給与制度であることを説明する給料表が添付されていること
  ・当初、原告は被告において雇用できない旨告げられ、他の2名の職員はパートタイム職員待遇での雇用となる旨告げられていること
   被告は、
  ・平成28年3月16日、本件労働組合に対し、本件NPO法人で契約中の職員は同月31日をもって整理解雇とし、同年4月1日付で被告において新規採用する旨の回答をしていること
等の事実関係からすると、被告と本件NPO法人との間で、雇用契約の承継まで行うとの合意があったとは認定できない。
 イ 被告と本件NPO法人との同一性
   原告は、被告と本件NPO法人が実質的に同一であることを理由に、原告との間では本件NPO法人の雇用関係が承継されているとの主張をしている。これは、被告についての法人格の否認の主張であると思われえる。
   しかし、原告は、法人格の濫用目的や法人格の形骸化について何らの主張をしていない。したがって、この点についての原告の主張は採用できない。
 ウ 試用期間の定めの適用の有無
   本件回答及び本件誓約書等の事実関係からすれば、原告と被告との間には、試用期間の定めについての合意がなかったものとは認定できない。
   もっとも、試用期間の定めが有効とされる理由は、雇用契約において、採否決定の当初は労働者の適格性の有無について必要な調査を行い適切な判定資料を十分に収取できないため、後日の調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨で一定の合理性な期間解約権を留保する試用期間を定めることが合理的である点である。
   本件においては、
  ・原告は、事業譲渡を受けた本件保育園において保育士として被告に雇用されたものであるところ、本件NPO法人に平成26年1月から雇用され、旧保育園の保育士として2年以上勤務していること
  ・本件NPO法人と被告との間では代表理事と理事が相互に共通しており、旧保育園と本件保育園の園長はいずれも被告代表者であり、運営体制も従前の体制とほぼ変わりはなく、保育事業の譲渡もほぼ無償で行われる等、保育事業の点においては、実質的に同一の事業者であること
からすると、被告は、原告を雇用するにあたり、原告の保育士としての適格性を判断するための情報は十分に把握していたものといえ、原告と被告との雇用関係において、使用者の解約権を留保するための試用期間を定める合理性はない。
   したがって、被告が留保された解約権の行使として原告を解雇することは試用期間制度の濫用であって認められず、第1解雇については、被告との雇用関係について普通解雇として有効か否かを判断することとする。
 エ 雇用期間の定めの有無
   前記認定のとおり、被告は、原告を採用するにあたり、試用期間の定めについては説明があったものと認められるが、有期雇用期間の説明については、平成28年4月1日の本件保育園での勤務開始まで説明があったものとは認められない。
   そして、
  ・原告らは、本件NPO法人においては期間の定めのない正職員として雇用されており、本件保育園においても従前の雇用関係が継続されることを希望して労使交渉を行っていること
  ・被告は、平成28年3月16日付で、原告らに対し、希望する雇用形態(正職員もしくは非常勤職員)で新規採用する旨を回答し、原告らは正職員として雇用されることになったこと
などからすると、原告と被告との雇用契約は、期間の定めのない正職員としての合意があったものと認められ、期間の定めのある正職員としての合意があったものとは認められない(労働契約法第7条参照)。

(2)被告の原告に対する各解雇の有効性
 ア 懲戒解雇の有効性
   本件において懲戒事由に該当する行為は、解雇後のメール送信のみである。当該行為は解雇後の事由ではあるが、被告の職場秩序の維持という一般規程であり、原告の労務提供義務を前提としないから解雇事由として認められる。
   しかし、
  ・その違反については、職務行為を超えての専断的行為としての服務規程違反であり(就業規則21条1号)、秘密の漏洩や被告の信用毀損等は認められないこと
  ・職場の混乱についても、被告の業務量が増えたというもので、企業秩序の破壊の程度が重大とはいえないこと
  ・原告に企業秩序の維持の破壊の意図までは認められず、調査不足という過失に寄り生じた結果であること
  ・当該行為が原告の解雇後の行為で、事前に職場で相談できない状況であったこと
を踏まえると、被告が、他の懲戒の履行をせずに、直ちに懲戒解雇とすることは合理性を欠き、社会通念上相当とはいえない。したがって、当該解雇は解雇権の濫用として無効である。
 イ 普通解雇の有効性
   普通解雇についても、原告の各就業規則違反について、被告が改善、指導を行った事実は認められず、勤務成績が不良で保育士としての就業に適さないとまでは認められない。したがって、普通解雇についても解雇権の濫用として無効である。
 ウ 以上のとおり、本件については、いずれの解雇についても解雇権の濫用であり、無効である。

(3)期間満了による本件雇用契約の終了の有無
   前記(1)で判断のとおり、原告には、有期雇用期間の定めは適用されず、原告と被告との雇用契約は、従前のとおり期間の定めのないものであると認められる。
   したがって、原告が、被告に対し、期間の定めのない労働契約上の権利の確認を求める請求には理由がある。

(4)被告の原告に対する不法行為の有無
 ア 不法行為該当性 略
 イ 原告の損害
   違法な解雇が不法行為を構成する場合、同違法な解雇により侵害されるのは、原告の賃金請求権という財産上の請求権であり、その侵害行為によって権利者が被った財産上の損害がてん補されれば、権利者の精神的苦痛も同時に慰藉されるものである。
   しかしながら、本件においては、
  ・原告は本件労働組合による労使交渉の結果、被告に雇用されたにもかかわらず、わずか6か月で原告の意思に反して解雇されたこと
  ・その解雇の態様も体調不良で欠勤していた原告の自宅に被告代表者らが訪れて解雇の通知をしたものでること
  ・園児や保護者の目に触れる場所である本件保育園の玄関に貼ってある職員一覧に「原告は6月30日付で解雇されました。」と記載して張り出したものであること
等、合理性を欠く悪質な行為である。
   原告が、このような被告の行動により、A‘園内にある本件保育園で保育士として勤務するという希望を絶たれ、長期間不安定な地位に置かれている状況を踏まえると、原告の精神的苦痛を慰藉するには賃金請求権での補てんを除いても、30万円が相当と認められる(注:その他、弁護士費用として10万円を損害として認めた)。

(5)結論
   以上のとおり、原告の請求は労働契約上の地位の確認及び毎月18万9000円の未払賃金請求及び40万円の損害賠償請求を認める限度で理由がある。

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