【交通事故】東京地裁平成30年5月8日判決(自保ジャーナル2027号133頁)

平成10年2月27日に診断された、原告の変形性股関節症に係る損害賠償請求の除斥期間の起算点が、加害行為時である昭和62年11月24日と判断された事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 昭和62年11月24日午後1時20分頃
 イ 発生場所 横浜市内の信号機により交通整理の行われている十字路(以下「本件交差点」という。)
 ウ 原告車 自動二輪車
 エ 被告車 Aの運転する大型貨物自動車
 オ 事故態様 原告車が本件交差点に直進進入したところ、その対向車線を進行してきた被告車が、本件交差点を右折進行し、原告車に衝突した。なお、本件事故当時、AはB会社において勤務していた。

(2)原告は、本件事故により、右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等の傷害を負い、C病院に入通院して右股関節脱臼骨折等の治療を受けた。そして、C病院の医師は、平成3年3月16日、傷病名を右股関節機能障害(右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等による後遺症)、症状固定日を同日とする後遺障害診断書を作成した。
   原告は、平成3年9月6日、自賠責保険会社から、右股関節機能障害について、後遺障害等級12級7号に該当するとの認定を受けた。

(3)原告は、平成2年11月21日、A及びB会社を被告として、本件事故により原告に生じた損害賠償を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。前訴において、平成4年3月2日、原告及びB会社との間で、次の内容の和解が成立した。 
 ア B会社は、原告に対し、本件事故による損害賠償債務として、既払金のほか、1,100万円を支払う義務のあることを認める。
 イ 原告の右大腿骨頭壊死等による将来の手術ないし治療については、現段階において、それが必要かつ確実なものであるとは認めがたいので、将来の手術費等は、本件和解の対象としない。
 ウ 原告とB会社は、本件事故に関し、上記イの問題を除いては、本件和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。

(4)原告は、平成8年2月26日以降、股関節の症状等について、C病院で受診した。C病院の診療録の平成10年2月27日の欄には、「XP:外傷性の変形性股関節症」と記載されている。
   原告は、平成28年4月11日以降、D病院に入通院し、右股関節脱臼骨折後の大腿骨頭壊死に伴う右外傷性変形性股関節症との診断を受け、同年7月12日、同院において、右股人口関節置換手術を受けた。
   D病院の医師は、平成28年10月3日、本件事故による原告の受傷について、傷病名を外傷性変形性股関節症、症状固定日を同年9月26日とする後遺障害診断書を作成した。
   原告は、平成29年3月2日、自賠責保険会社から、右股関節機能障害について、本件事故による右大腿骨頭骨折後の右外傷性変形性股関節症に伴い、右股関節に人口関節が挿入置換されていることから、後遺障害等級8級7号に該当するとの認定を受け,533万円の支払を受けた。

(5)原告は、平成29年5月29日、本件訴訟を提起した。
   なお、被告は、B会社との間で、被告車を被保険自動車とする自動車保険契約を締結していた本件会社である。また、請求額は、7,222万8,028円及びこれに対する平成29年6月7日からの遅延損害金である。


【争点】

(1)除斥期間の経過
(2)消滅時効の成否
(3)損害額


【裁判所の判断】

(1)除斥期間の経過
 ア 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解される(最高裁平成16年4月27日判決(以下「平成16年判決」という。)参照)。
 イ 本件についてみると、原告は、平成3年9月6日に右股関節機能障害について後遺障害等級12級7号の等級認定を受けるまでは、右外傷性変形性股関節症を発症していたとは認められず、その後、同疾病の診断を受けたものであるが、
  ①原告は、本件事故時に右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等の傷害を負ったこと
  ②一般に、大腿骨頭骨折が生じた場合、大腿骨頭壊死を合併することが多く、変形性関節症に至る場合も多いとされている上、骨折を合併した外傷性股関節脱臼では、骨折を合併しない場合と比べて骨頭壊死、変形性関節症などの発生率が高いこと
  ③原告に発症した右外傷性変形性股関節症は、本件事故による右股関節脱臼後の大腿骨頭壊死に伴うものであること
からすると、原告は加害行為時に傷害を負っていて、その時点で少なくとも損害の一部が発生しており、原告の右外傷性変形性股関節症及びその治療のための右股人口関節置換手術に係る損害は、上記傷害が進行したことによるものといえ、上記損害は、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害と同様のものとはいえない。
   そうすると、原告の右外傷性変形性股関節症及びその治療のための右股人口関節置換手術に係る損害は、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生するものとはいえない。よって、原告の本件事故による損害賠償請求権の除斥期間の起算点は加害行為時である昭和62年11月24日であるというべきである。

(2)結論
   以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。


控訴審の東京高裁平成31年1月31日判決は、控訴人(原告)の請求を一部認容した(上告中)。

【控訴審の判断】

(1)除斥期間の経過
   平成16年判決を前提に、以下、検討する。
 ア 本件においては、大腿骨頭壊死に伴う外傷性変形性股関節症とその治療としての右股人口関節施術による損害を請求しているところ、
  ①大腿骨頭骨折、股関節脱臼及び骨頭壊死と外傷性変形性股関節症とは別の損傷である上、大腿骨頭骨折、関節脱臼及び変形性股関節症等についての医学的知見によると、大腿骨頭骨折及び股関節脱臼が必ず外傷性変形性股関節症に至るとうわけではなく、外傷性変形性股関節症を発症する確率について明確な知見はないこと
  ②大腿骨頭骨折及び股関節脱臼から、変形性股関節症が発症する場合も、これに要する期間は、ケースバイケースであり、数十年後位の相当長期間を要することが認められ、変形性関節症発症の確立及び発症に要する期間は、現在の医学上確定することができないことが認められる。
   したがって、被害者が、交通事故により大腿骨頭骨折及び股関節脱臼を負ったとしても、変形性関節症が発症しておらず、又は、その発症の具体的な蓋然性が認められない段階で、変形性関節症の発症の一般的な危険性及び人工関節置換術の蓋然性を主張しても、変形性関節症発症を前提とした損害の賠償を受けることができないことは明らかである。
 イ 本件においては、本件事故後はもとより、前訴和解が成立した平成4年2月28日時点においても、控訴人の傷害の進行状況は確定することができなかったこと、控訴人が外傷性の変形性股関節症と診断されたのは、平成10年2月27日であったことなどが認められる。
 ウ 以上によれば、変形性関節症は、その性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生し、損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であり、加害者としても相当の期間が経過した後に、被害者が現れて損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられる。したがって、控訴人の変形性股関節症に係る損害賠償請求の除斥期間の起算点は、控訴人が外傷性変形性股関節症と診断された平成10年2月27日と認めるのが相当である。

(2)消滅時効の成否
   控訴人の変形性股関節症の症状固定は、平成28年9月26日であって、被控訴人が主張する各起算日(昭和62年11月24日又は平成3年3月16日)をもって、控訴人が本件請求に係る損害を知った時に当たるとは認められない。

(3)損害額
   控訴人の請求額のうち、以下については認めなかった。
 ア 逸失利益(平成28年9月26日以降) 0円
   控訴人の収入は、平成23年以降徐々に減少していて、平成29年の減少額は、それまでの減少額と同程度であることが認められる。そうすると、症状固定した平成29年9月26日以降、外傷性変形性股関節症発症による減収は認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
   控訴人は、平成24年以降は収入が減少していることからすれば、症状固定後の収入減少の有無にかかわらず、労働能力喪失率は45%と認定すべきであると主張する。しかし、人工股関節置換術を受けて症状固定した後は、股関節部周辺の疼痛等の症状は改善していることからすると、控訴人の上記主張は採用できない。
 イ 後遺障害慰謝料 540万円
   830万円(平成29年3月2日、8級7号と認定)―290万円(前訴和解時点において、12級7号と認定)=540万円 

(4)結論
   被控訴人に対し、76万4369円及びこれに対する平成29年6月7日からの遅延損害金の支払を命じた。

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