自賠責で否認された中心性脊髄損傷が、原告側医師の意見書に依拠して、本件事故により生じたものとして認められた事例(控訴中)
【事案の概要】
(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 発生日時 平成25年3月27日午前6時40分頃
イ 発生場所 岐阜県多治見市内路上
ウ 原告車 普通乗用自動車
エ 被告車 普通貨物自動車
オ 事故態様 信号待ちの車列に従い停車中の原告車に被告車が追突し、その衝撃で原告車が先行車に追突した。これにより、原告車は、①リアバンパーとバックドアパネル中央部押込みあり、リアフロアーパネル押込み損傷大、②押込みによりクーラコンデンサを介したラジエーターまで損傷した。
(2)原告は、本件事故後(平成25年3月27日及び同月28日)、A病院で治療を受けた。同病院の診療録等には、「右頚部とその周辺部の痛みあり」、「神経学的所見はなく」、「四肢しびれ(―)」などと記載されていた。
(3)原告は、平成25年3月30日から、B整形外科で治療を受けるようになった。同日の診療録には、手指の痺れ(-)と記載されていたが、5月11日に実施されたMRI(C6/7頸椎間)で髄内高輝度(+)であったことなどから、中心性脊髄損傷と診断された。ただし、主治医のC医師は、7月11日付け書面で、「原告は平成25年3月30日頃から就労可能である」と述べていた。
(4)原告は、平成26年5月30日発行の、B整形外科のC医師作成の後遺障害診断書で、症状固定日を同月1日、傷病名を「頸椎捻挫、胸椎捻挫、右前腕挫傷、中心性脊髄損傷」、自覚症状を「頭痛、頸椎捻挫、項部痛、背部通痛、両手しびれ、右下肢しびれ、左下肢しびれ、右手指伸展障害」として、症状固定したと診断された。
しかし、自賠責保険における後遺障害等級認定では、以下の理由により、上記の自覚症状は中心性脊髄損傷によるものとは捉えられず、他覚的に証明されているものと捉えることも困難と判断した(ただし、項部痛、頭痛、背部痛等の症状については、症状の一貫性があるものして、14級9号に該当すると判断した。)。
・頚部MRIにおいて、輝度変化像が認められるものの、経時的なMRIにおいて変化が認められず、外傷性の変化とは捉えられない。
・脊椎圧迫骨折、脱臼等の本件事故に起因する明らかな器質的損傷は認められず、脊髄や神経根への明らかな圧迫所見も見出せない。
・神経学的所見について、前記後遺障害診断書上、「右手関節背屈筋力低下MMT5-」、「10秒テスト右16回、左30回」とされているものの、「感覚低下なし」、「深部腱反射は正常」とされている。
・A病院発行の「照会・回答書」(平成26年9月9日付)上、「神経症状を思わせる所見なし」、「麻痺の所見なし」とされている。
【争点】
(1)原告の後遺障害の有無・程度
(2)原告の損害と損害額
以下、上記(1)について、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)意見書
ア D医師(原告側)
・原告の頸椎(C6-7)につきMRI検査をした際の3つの画像(①平成25年5月11日、②同年8月3日、③同年10月12日)の椎体部髄内の輝度変化は、脊髄損傷を示しており、経時的にも縮小傾向を認めることから、脊髄損傷後の変化として相違しない。この椎体部髄内の輝度変化(病変)は本件事故により生じたものと考えられる。
・原告の訴える症状(注:「検討ウ」にて後述)は、いずれも脊髄損傷に由来するものとして相違はない。
・原告の訴える症状経過(注:「検討ア」にて後述)は、本件事故により脊髄損傷を負ったと考えることと矛盾しない。事故直後は、本人も興奮状態にある交感神経優位の体質となっているため、各損傷が起こっていたとしても自覚症状は感じないことが多く、同時に受傷直後は、脊髄内は組織の一過性の虚血が起こるのみで、様々な症状を呈するまでに至らないことが多く、診察上「神経学的所見なし」と判断されるケースも散見される。
就寝する頃合いにおいては、受傷後数時間が経過しており、脊髄内では2次的変化が生じ始めており、脊髄内では灰白質を中心にマイクロバクテリアの増殖が起こり、炎症が惹起されているため、ようやく症状を呈して来る。そのため身体全体のこわばり感や四肢の痺れ感を自覚し始めたものと考えられる。この変化は72時間後をピークとして、受傷後1週間たつと、マイクログリアも消失し、症状も定常化してくる。
・原告の頸椎(C6-7)につきMRI検査をした際の画像(平成25年5月11日)の輝度変化は、脊髄損傷後の変化である浮腫・瘢痕・壊死及び外傷性脊髄空洞症を示している。
・一般に脊髄空洞症は、Chiari奇形、頭蓋底陥入症、癒着性くも膜炎、脊髄浮腫等を基礎疾患として、これに伴う合併症であることが顕著とされているが、原告に上記基礎疾患は認められない。しかし、突発性の脊髄空洞症で、かつ、その患者が本件のような症状を呈するのは、100万人に7人という割合になる一方、脊髄損傷後の外傷性脊髄空洞症は12~22%とされていることなどからすれば、原告についても外傷後に脊髄空洞症を発症したと考えるのが妥当である。
イ E医師(被告側)
原告の頸椎MRI所見は、以下の理由から、本件事故とは何ら因果関係のない所見である。
・本件事故から1ヶ月以上が経過しても、B整形外科の担当医師は原告を中心性脊髄損傷と診断しておらず、その発症を想起させる症状も認められていない。
・本件事故によりC2~5レベルでT2高信号領域を脊髄内に認めたり、C6―7レベルに髄内高信号有りといった、頚髄の機能的・形態的変化が発生したとすれば、それは頚髄の物理的損傷に由来するものである。
しかし、原告の初診時(A病院)の外来診療録には、原告に四肢麻痺や呼吸停止など脊髄に重大な損傷を来したことを示唆するような症状の記載はなく、神経学的異常所見も記載されていない。
とすれば、本件事故により上記の頚髄の機能的・形態的変化が発生したというのは、外傷医学的にも、単なる一般的な経験論からも甚だ理解に苦しむと言わざるを得ない。
・原告の頸椎MRI所見は、症状発症前の脊髄空洞症(外傷性のものではない脊髄空洞症)の存在を示すものであり、原告の訴える症状は、この外傷性ではない脊髄空洞症の症状が、平成25年6月頃から発現してきたものと考えるのが妥当である。
ウ F医師・G医師(被告側)
MRI画像に見られる脊髄内の輝度変化は、以下の理由から、本件事故の以前からあった先天的な脊髄空洞症と考えるのが当然である。
・事故後の神経学的な他覚所見に、脊髄損傷を裏付ける所見がないこと
・受傷後早期にではなく、受傷後1ヶ月半経過してからMRIを撮ったこと
・輝度変化の部位と損傷レベル診断が一致しないこと
・経過中に画像の変化がないこと
・輝度変化は広範囲に及び、外傷性の脊髄空洞症としての画像ではないこと
・輝度変化は中心管やその周辺にあり、先天的な脊髄空洞症の所見として何ら矛盾しないこと
(2)検討
ア 本件事故直後の症状経過について
原告は、本件事故当日、帰宅後に首や背中だけでなく右肩や右腕など他の箇所にも痛みがあることに気づいた、体全体がこわばってしまっているようで両手足が痺れたような感じがあった。事故翌日、A病院で、上記の事実を伝えたが、今は事故で衝撃を受けた直後だから色々と体全体に違和感があると思うが、時間と共に消えていくので心配ないとの説明を受け、そのように理解した。
原告は、平成25年3月30日、B整形外科を受診し、首や背中以外にも痛みがあり、体がこわばっているようで動かしにくいこと、さらに両手足の痺れについても伝えた。診察中、握力測定(握力:右23㎏・左40㎏)や10秒テスト(右20・左24)を受け、この際に右手指について強く力を入れている間は指が伸びているものの、力を抜くと指が曲がってしまうことに気づき、尋ねたところ一過性のもので心配ないとの説明を受け、そのように理解した。
本件事故直後の症状経過に関する原告の説明は、基本的にはこれを信用することができ、被告の主張するように、右手指の症状や四肢の痺れに関する症状が、平成25年6月頃から発現したものであって本件事故との時間的近接性に欠ける、などとは到底言えず、むしろ本件事故直後からその症状は発現していたものと認められる。これは、本件事故の態様、そこから窺われる衝撃の程度からも十分首肯できる。
イ 脊髄空洞症の原因について
原告の頸椎(C6―7)のMRI画像には輝度変化が認められることは、各意見書ともこれを認めるところである(上記(1))。ここで認められる脊髄空洞症の原因についてであるが、D医師が指摘するように、外傷性ではない脊髄空洞症の場合は、基礎疾患に伴う合併症として発症することが多いところ、原告にそのような基礎疾患は認められず、また、突発性の脊髄空洞症は極めて稀な症例とされている。そのうえE医師やF医師・G医師の意見書において、原告の脊髄空洞症が突発性のものであるとする重要な根拠の1つは、原告の右手指の症状や四肢の痺れに関する症状が、本件事故からある程度期間を置いてから発症した点にあるが、この前提を採用できないことは上記アのとおりである。
したがって、原告の脊髄空洞症は、D医師が意見を述べるように、外傷性のものと認めるのが相当である。
ウ 結論
以上のとおり、原告は、本件事故により、中心性脊髄損傷、頚部捻挫、胸椎捻挫、右前腕挫傷等の傷害を負ったものと認められる。
そして、上記傷害により、症状固定日である平成26年5月1日当時、①両こめかみから後頭部、頭部付け根にあけての頭痛、②頚部痛及び頸椎可動域制限、③背部痛、特に両肩部から肩甲骨付近の痛み、④両前腕部から右手掌・拇指側を中心とした痺れ感、⑤右手指伸展制限、⑥両大腿部後面から腸脛、第1趾を中心とした痺れ感といった後遺障害が残存したものと認められる。
また、原告の収入状況の推移、日常生活及び翻訳業において最も大きな影響を与えているのが右手指伸展制限などであること、介護保険を利用するにしても、原告の日常生活において両親の介護の占める割合は大きく、肉体的な負担も重いことなどを勘案すると、原告の後遺障害は、自賠責保険における後遺障害等級の9級10号(神経系統の機能又は精神に障害をのこし、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に相当するものと認められる(注)。
注)請求額42,462,528円に対し、28,709,338円の支払いを認めた。