約款を適用して、原告に対して支払われた人身傷害保険金(自賠保険金を含む)をすべて、原告の素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額に充当した事例(確定)
【事案の概要】
(1)次の交通事故が発生した。
ア 発生日時 平成20年10月1日午前7時30分頃
イ 発生場所 福島県郡山市交差点内(以下「本件交差点」という。)
ウ 被控訴人兼附帯控訴人亡A(以下「第1審原告亡A」という。)車両 普通乗用自動車
エ 被控訴人兼控訴人兼附帯控訴人(以下「第1審被告」という。)車両 普通乗用自動車
オ 事故態様 丁字路交差点である本件交差点内に右折するため進入してきた第1審原告亡A車両の右側面前部と、第1審原告亡Aから見て右側車道から本件交差点内に直進するため進入してきた第1審被告車両の右前部が衝突した(以下「第1事故」という。)。その後、第1審原告亡A車両は発進し、歩道を超えて路外の斜面を転落して停止した(以下「第2事故」という。)。
(2)B保険会社(以下「第1審原告保険会社」という。)は、平成20年3月30日、第1審原告亡Aとの間で、その所有に係る上記(1)ウの車両について、第1審原告保険会社を保険者とする車両保険及び人身傷害保険を含む自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
本件保険契約に係る約款(以下「本件約款」という。)の人身傷害条項には、次の規定(以下「本件約款8条」という。)がある。
第8条(すでに存在していた身体の障害または疾病の影響等)
① 被保険者が第1条(この条項の補償内容)の障害を被ったときすでに存在していた身体の障害もしくは疾病の影響により、または同条の障害を被った後にその原因となった事故と関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により同条の傷害が重大となった場合は、当会社は、その影響のなかったときに相当する額を損害額として決定しこれを支払います。
(3)第1審保険原告保険会社は、第1審原告亡Aに対し、平成23年6月8日、本件保険契約に基づき、人身損害4,042万4,856円(うち1,195万2,695円は自賠責保険によるもの)を支払った。
(4)第1審原告亡Aは、平成28年6月27日、本件事故とは別の原因である誤嚥性肺炎により死亡したところ、平成21年5月から死亡するまでの間、C市から合計1555万円8,779円の介護保険金の給付を受けた。
また、第1審原告亡Aは、労災保険から、以下の支給を受けた。
ア 療養補償給付(治療費) 832万5,503円
イ アフターケア委託費(診療費及び薬剤費) 204万3,489円
ウ 休業補償給付(特別支給金を除く。) 106万1,423円
エ 障害補償給付(特別年金を除く。) 258万2,737円
【争点】
(1)第1事故の状況及び過失割合
(2)本件事故と第1審原告亡Aの頸髄損傷との因果関係
(3)第1審原告亡Aの損害額(人身損害)
(4)第1審原告亡Aの損害額(物損)
(5)素因減額
(6)損益相殺及び損害の填補(介護保険及び労災保険に係る給付金)
(7)損害の填補(人身傷害保険)
上記(6)及び(7)は、控訴審において、新たに追加された争点である。以下、これらの争点及び第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求に対する裁判所の判断の概要を示す。
なお、上記(5)については、原審・控訴審とも、40%の素因減額を認めている。
【裁判所の判断】
(1)損益相殺及び損害の填補(介護保険及び労災保険に係る給付金)について
ア 治療費及び文書代、入院雑費並びに通院交通費 0円
上記の合計額109万4,490円には、上記各損害項目と同一性を有する労災保険療養給付の金額832万5,503円(A)が含まれていないから、この給付額を上記金額に加算すると、その合計額は、941万9,993円となる。そして、この金額を素因減額した後の金額は565万1,995円(=941万9,993円×0.6)(B)である。そこで、(A)の金額を(B)の損害額に充当すると、(注:A›Bであるから)治療費及び文書代、入院雑費並びに通院交通費はすべて填補されていることになる。
なお、第1審原告保険会社及び第1審原告亡A承継人らは、労災保険からの給付金は、社会保障としての性質を有するから、素因減額前に損害の填補に充てるべきであると主張する。しかし、労災保険からの給付金は、過失相殺後の損害額に充当されるべきものである(最高裁平成元年4月11日判決)ところ、民法722条2項の過失相殺の規定が類推適用される素因減額においても(最高裁平成4年6月25日判決)、同様に、第1審原告亡Aの損害額から素因による減額をし、その残額から労災保険からの給付金を控除するのが相当である。
イ 器具・介護用品購入費(平成23年9月分までの分)、器具・介護用品購入費(平成23年10月から平成28年6月までの分)及び介護関係費 286万5,049円
上記の合計額は、2,373万9,677円(C)である。そして、第1審原告亡Aは、平成21年5月から死亡するまでの間、C市から合計1,555万8,779円(D)の介護保険の給付を受けており、(C)の金額については、社会保障としての性質上、素因減額前に(C)の填補に充当するのが相当であるから、これを控除した後の残額は818万0,898円(=2,373万9,677円―1,555万8,779円)(E)となる。そして、(E)を素因減額した後の金額は490万8,538円(=818万0,898円×0.6。1円未満切り捨て)となるところ、第1審原告亡Aは、上記各損害項目と同一性を有する労災保険給付として204万3,489円(F)の支払を受けたから、(F)を(E)の損害額に充当すると、286万5,049円(=490万8,538円―204万3,489円)となる。
ウ 休業損害 9万0,380円
判断枠組みは、上記イと同様である。
エ 逸失利益 94万9,484円
判断枠組みは、上記イと同様である。
なお、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aの逸失利益を算定するに当たり、既存障害の存在を考慮しているのであるから、その逸失利益の金額に対して更に素因減額をすることは、第1審原告亡Aの素因を二重に評価して減額することになるから、公平性を欠き不合理であると主張する。しかし、逸失利益を算定するに当たって考慮した第1審原告亡Aの既存障害は、素因減額において考慮した第1審原告亡Aの素因とは別の障害に係る素因であるから、上記の主張は失当である。
オ 入通院慰謝料 189万6,000円
第1審原告亡Aの入通院慰謝料の金額は316万円であり、これに素因減額をすると、その金額は、189万6,000円(=316万×0.6)となる。
カ 後遺障害慰謝料 594万円
第1審原告亡Aの後遺障害慰謝料の金額は990万円であり、これに素因減額をすると、その金額は、594万円(=990万×0.6)となる。
なお、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aの後遺障害慰謝料を算定するに当たり、既存障害の存在を考慮しているのであるから、その後遺障害慰謝料の金額に対して更に素因減額をすることは、第1審原告亡Aの素因を二重に評価して減額することになるから、公平性を欠き不合理であると主張する。しかし、上記エで述べた理由から、上記の主張は失当である。
キ 小括
上記アないしカのとおり、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険に係る給付金を損害の填補として充当した後の残損害額は、1,174万0,913円となる。
(2)損害の填補(人身傷害保険)について
ア 第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aに対し、平成23年6月8日、本件保険契約に基づき、人身損害に対する保険金として、4,042万4,856円を支払った(以下「本件人身損害に対する保険金」という。)。本件人身損害に対する保険金のうち、1,195万2,695円は自賠責保険によるものであるから、人身損害保険金として支払われた金額は2,847万2,161円となる。
イ 本件約款8条は、被保険者の既に存在していた身体の障害もしくは疾病、すなわち素因の影響により傷害が重大となった場合は、人身傷害保険金は、素因の影響がなかったときに相当する損害額(素因減額後の損害額)を対象として支払われるとの内容を定めたものであり、素因減額分の損害額に対して人身損害保険金は支払われないことを明記したものと解される。
したがって、本件約款8条が適用される場合、第1審原告亡Aに対して支払われた人身傷害保険金は、すべて素因減額後の第1審原告亡Aの損害に充当されるべきものである。そして、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aに支払った人身傷害保険金のすべてについて、加害者である第1審被告に対して求償し得ると解される
ウ 上記のとおり、本件約款8条を適用して、第1審原告亡Aに対して支払われた本件人身損害に対する保険金4,042万4,856円をすべて、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額1,174万0,913円に充当すると、1審原告亡Aの損害はすべて填補されたことになり、1審被告に対して請求できる金額は0円となる(請求棄却)。
(3)第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求について
上記(2)アのとおり、本件人身損害に対する保険金4,042万4,856円のうち、1,195万2,695円は自賠責保険によるものである。しかし、上記自賠責保険による保険金額は、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額1,174万0,913円を上回る。それゆえ、第1審原告保険会社が人身傷害保険金として第1審原告亡Aに対して支払った2,847万2,161円は、第1審原告亡Aの第1審被告に対する損害賠償請求権が存在しない部分に支払われたものと言わざるを得ず、その支払によって、第1審原告保険会社が、第1審原告亡Aの第1審被告に対する損害賠償請求権を代位取得することはない 。 したがって、第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求は理由がない(注)。
(注)車両保険金の支払に基づく請求については、第1審原告保険会社の請求を認容した。