【労働】名古屋高裁平成30年6月26日判決(労働判例1189号51頁)

NHK(名古屋放送局)事件(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

   本件は、被控訴人の従業員(職員)であった控訴人が、精神的領域における疾病による傷病休職の期間が満了したことにより解職(以下「本件解職」という。)となったところ、
(1)同期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であり、被控訴人との間の労働契約が存続していると主張して、
  ①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
  ②休職期間経過後の賃金及び賞与の支払い
を求めるとともに、
(2)傷病休職中に行ったテスト出局(注)(以下「本件テスト出局」という。)により、労働契約上の債務の本旨に従った労務の提供をし、途中で本件テスト出局が中止され、これにより労務の提供をしなくなったのは被控訴人の帰責事由によるものであるとして、
  ③本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、職員給与規程(職員就業規則)による賃金及びこれに対する遅延損害金を、
(3)本件テスト出局の中止や解職に至ったことに違法性があると主張し、
  ④不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
   さらに、控訴審において、上記③の請求につき、
(4)仮に本件テスト出局中に控訴人の行った作業が労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供に該当しないとしても、労働基準法及び最低賃金法上の労働に該当し、最低賃金額以上の賃金が支払われるべきであるとして、
  ⑤本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、最低賃金額相当額の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるために予備的請求原因を追加した事案である。

注)テスト出局とは、一般に、試し出勤、リハビリ出勤などと称され、心の健康の問題ないしメンタルヘルス不調により、療養のため長時間職場を離れている職員が、職場復帰前に、職場復帰の可否の判断等を目的として、本来の職場などに一定期間継続して試験的に出勤をするものをいう。


【争点】

(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否か
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
 ア 本件テスト出局の目的
   本件テスト出局の後半12週間はフルタイムの出局となり、このうち少なくとも最終6週間は職場の実態に合わせて通常業務を想定した作業を行うとした上、本件テスト出局の状況を踏まえ、産業医及び部局長の合意が得られれば復職が命じられるとしている。とすれば、本件テスト出局は、単に休職者のリハビリのみを目的としているものではなく、職場復帰の可否の判断をも目的として行われる試し出勤(勤務)の性格をも有していると認められる。
 イ 賃金請求権が発生するか否か
   休職者は事実上、テスト出局において業務を命じられた場合にそれを拒否することは困難な状況にあるといえるから、単に本来の業務に比べ軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまではいえない。
   とすれば、当該作業が使用者の指示に従って行われ、その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には、当該作業は、業務遂行上、使用者の指示監督下に行われた労働基準法11条の規定する「労働」に該当するものと解される。
   それゆえ、無給の合意があっても、最低賃金法の適用により、テスト出局については最低賃金と同様の定めがなされたものとされて、これが契約内容となり(同法4条2項)、賃金請求権が発生する。
 ウ 職員給与規程による賃金の支払について
   労働契約の内容となる職員給与規程による賃金の支払請求が認められるためには、労働契約も双務契約であるから、賃金の対価に見合った債務の本旨に従った労務(履行)の提供が必要となる。
   本件テスト出局の期間中に控訴人の行った作業が、処遇区分が中堅の職員のC2である、報道制作の専任記者(マスター1級(専任職)の賃金に相当する対価に見合う労務を提供したものと認めることは困難であり、労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供を行ったとはいえない。
   したがって、控訴人の被控訴人に対する職員給与規程による賃金の支払請求は認められない。
 エ 最低賃金額相当の賃金の支払について
   本件テスト出局中、控訴人はその上司であるA部長の指示に従って、被控訴人の業務であるニュース制作に関与し、控訴人が関与したニュースは放映され、その成果を被控訴人が享受している。
   したがって、被控訴人が出局していた時間は使用者である被控訴人の指揮監督下にあったとものと見られるから、この時間は労働基準法11条の規定する労働に従事していたものである。
   それゆえ、無給の合意があっても最低賃金法により、被控訴人は控訴人に対し、その労働に対し最低賃金額相当の賃金を支払う義務を負う(労働基準法11条、13条、28条、最低賃金法2条、4条1項、2項)。
   なお、本件テスト出局期間中は、1日につき標準報酬日額の85パーセントに相当する額の傷病手当及び付加給付金が健保から控訴人に支給されているが、本来、傷病手当は賃金を控除した金額を支払うべきものであり、控訴人に賃金が支払われた場合は、不当利得として傷病手当を返還すべきこととなると考えられる。
   それゆえ、傷病手当を受給しているからといって賃金請求権が発生しないとはいえない。

(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否か
 ア 医師の各意見書について
   外部の大学病院の教授であるE医師の意見書及び被控訴人の産業医であるB医師の証言によれば、
  ・控訴人が、A部長から遅刻をしたことを問いただされると体調不良を来し、早退していること
  ・前回のテスト出勤の際、退寮期限の延長を要求し、被控訴人本部(東京)の人事局を訪問するなどの攻撃的行動をしていること
  ・E医師の診察の際、多弁でE医師の話を遮るようなことがあったこと
などから、控訴人の病態について、純粋なうつ病ではなく、E医師は気分感情障害と、B医師は双極性障害Ⅱ型と診断したことが認められる。
   そして、B医師の証言によれば、双極性障害Ⅱ型は、躁状態とうつ状態の波をコントロールすることを目的として治療を行うものであり、単にうつ病を前提として治療を受けているだけでは職場復帰は不可能で、職場における人間関係のストレスを克服するための治療(認知行動療法等)をしない限り、控訴人の職場復帰は困難であることが認められ、控訴人は精神的領域の疾病が治癒しておらず、その職場復帰の可能性はなかったと認められる。
   これに対し、控訴人の主治医のD医師は、控訴人代理人に対する平成28年6月15日付け回答書において、
  ・控訴人は、反抗的に軽躁様(興奮、易刺激性、攻撃的)ないし混合状態のない気分の波が出現しやすい傾向にある
  ・復帰に向けて認知行動療法などストレス対処に関する治療についても提案したが、本人の希望がなかった。
  ・ストレス負荷の内容によっては、反抗的に情緒不安定となりトラブルを生じる可能性がないとはいえない
旨記載しており、D医師の意見を基にしても控訴人の精神的領域における疾病が復職可能な段階まで治癒していたとは認め難い。
   なお、本件テスト出局に中止に繋がった、控訴人が、平成26年12月19日、早退したしたことについて、控訴人は、本件テスト出局が労働を行わせるのに無給であることに対して抗議をしたもので、抗議は正当なもので衝動とはいえないと主張する。
   しかし、本件テスト出局中も控訴人には傷病手当が支給され、経済的には無給であっても何ら不利益を受けることはなく、本件テスト出局が完了すれば復職の可能性が高くなるのに、そのことを考えず、A部長から雪のために遅刻したことについて「しつこく問いただされた」ことに憤慨し、早退し、翌日も体調不良を理由に遅刻したことは、衝動的な行動と評価せざるを得ず、控訴人の上記主張は採用できない。
 イ 他の職務の復職可能性について
   最高裁平成10年4月9日判決(片山組事件・労働判例736号15頁)の示す判断枠組みを用いて、本件について検討すると
  ・控訴人から報道制作以外の他の業務に対する労務の提供の申出があったことを認めるに足りる証拠はないこと
  ・控訴人のように精神的領域における疾病で休職していた場合には、職場復帰するときに新たな業務ではなく、従前経験していた業務に復職させるのが相当と考えられること
  ・休職前、相応に高度で責任ある立場で業務を行う地位にあったこと
  ・職場復帰を目指した本件テスト出局中に、精神的領域における疾病が原因となってテスト出局自体が中止となっていること
などに鑑みると、控訴人について他の現実に配置可能性があったと認めることはできない。
 ウ 以上によれば、控訴人は治癒しておらず、休職事由は消滅していなかった(本件解職は、有効)。

(3)結論
   上記(1)については、最低賃金額相当の支払を求める限度で理由があるから、(請求棄却とした)原判決を変更する。
   上記(2)については、理由がないから棄却するのが相当である(控訴棄却)。

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