【労働】東京地裁平成29年11月30日判(労働判例1189号67頁)

東京電力パワーグリッド事件(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、大学卒業後の平成10年4月1日、被告との間で、期間の定めのない雇用契約(以下「本件契約」という。)を締結し、技術職として、被告の送電部門に配属された。
   しかし、原告の勤務ぶりについて、低い評価の状態が続いたため、被告は、平成16年7月、原告を工事部門に異動させ、机上業務を中心とした業務を担当させた。しかし、ここでも原告の勤務ぶりについて、低い評価の状態が続いたため、被告は、平成19年7月、原告を再び送電部門に異動させた。

(2)原告は、平成18年2月1日、被告のA産業医と面談し、人前で緊張してしまうのが気になる旨述べた。原告は、A産業医の提案を切欠として、Bメンタルクリニックへの通院を始めたところ、平成19年12月には、症状が落ち着いたため、一旦、投薬治療が中止となった。
   しかし、原告は、平成20年8月頃から、心身の状態が再度悪化したため、Bメンタルクリニックへの通院を再開した。その後、原告の休暇の取得日数が顕著に増加し、平成23年に入ると、有給休暇及び傷病休暇を使い果たすまでに至った。そこで、原告は、A産業医の勧めにより、主治医のB医師にも相談した上で、同年3月8日から療養休暇の取得を開始し、療養休暇の期間満了後である平成24年3月8日から傷病休職(以下「本件休職」という。)に入った。
   原告は、傷病休職に入る前の段階で、本来は外勤業務が主な業務である送電部門に所属していたが、被告は、原告の体調面等に配慮し、原告の業務負荷を軽減するとともに、ほぼ内勤を担当させていた。

(3)原告は、休職から1年を経過しても症状の改善が見られなかった。そこで、被告のメンタル専門医のE専門医が、平成25年3月14日、原告に対し、リワークプログラム(注1)への通所を勧めたところ、原告は、これを受け入れ、同年6月上旬から、Gクリニックで提供されているリワークプログラムへの通所を開始した。
   しかし、原告のリワークプログラムへの出席率は低く、また、欠席した際に、連絡が取れないことが多かった。そこで、E専門医が、同年10月10日、原告に対し、復職のためにはリワークプログラムで復職可の了解を取る必要があることを伝えところ、原告が欠席することは、少なくなった。
   このような状況下で、E専門医が、Gクリニックに対し、原告のリワークプログラムでの状況を問い合わせた。これに対し、同クリニックのG医師は、同年12月6日付けで、原告の出席率が復職可能な数値に足りず、休職に至った過程についての自己分析も不足していることなどから、原告が復職可能な状態にはないとの診断をした旨回答した。

(4)原告は、B医師から、平成26年2月3日付けの職場復帰の意見書及び同月4日付の診断書の交付を受けたところ、上記の各書面においては、いずれも原告が就労可能である旨の記載がされていた。原告は、同日、被告に対し、上記各書面を提出して、復職を申し入れた。
   被告は、原告からの上記復職申入れを受け、原告の同意を得た上で、E専門医を通じ、Gクリニックに対し、原告のリワークプログラムの状況について問い合わせた。これに対し、同クリニックは、同月7日、E専門医宛てに、G医師作成の原告に関する診断書及びリワークプログラムの評価シートを送付した。同評価シートには、特記事項として、「遅刻は12月に7日、1月に1日と徐々に少なくなってきているが、遅刻するときに連絡を入れることができない。」、「総合的にみると、振り返りがまだ不十分であり、対人関係面での課題も多く残されているため、復職し、継続していくことは難しい。ただし、個々人で黙々とする作業で、何を優先すべきか(実施順序)を指示してもらえれば、できる可能性がある。」との記載があった。

(5)原告は、平成26年2月19日、被告に対し、職場復帰支援勤務申請書(注2)を提出した。同申請書には、職場復帰支援勤務の「実施期間および勤務時間・内容については、会社の提示した内容により、就業いたします。」と記載されていた。
   これに対し、A産業医は、同日、原告に対し、復職及び職場復帰支援勤務不可とする意見書を提出した。また、E専門医も、同月13日付で、原告に対し、同様の内容の意見書を提出した。
   さらに、E専門医は、同月25日、B医師に対し、同医師が原告を復職可能と診断するに当たって参考とした資料について問い合わせた。これに対し、B医師は、リワークプログラムでの評価シートは参考とせずに復職可能と診断した旨回答した。併せて、同医師は、原告の人事的な事柄については職場の判断を尊重する旨回答した。 

(6)被告の就業審査委員会は、同年3月5日、上記のA産業医及びE専門医の判断を踏まえて、原告に対して職場復帰支援勤務を適用せず、原告の復職を不可とすることを決定した。そして、原告は、平成26年3月7日付けで傷病休職期間(以下「本件休職期間」という。)満了による退職との辞令を受けた。

注1)リワークプログラムとは、主としてうつ病などの気分障害に罹って働けなくなって休業した労働者向けに、病状の回復、安定と復帰準備性の向上及び再発防止のためのセルフケア能力の向上を目的とし、医療機関が診療報酬の枠組みで提供するリハビリプログラムのことである。

注2)職場復帰支援勤務制度とは、傷病休職者が、就業に徐々に慣れ、安心して復職できるように定められたものであり、傷病休職者のうち、復職を希望し、就業審査委員会において職場復帰支援勤務の適用が必要と判断された者について、最長期間を3か月とし、1日あたりの勤務時間を最短で半日とし、段階的に増加させることなどを内容とする制度である。


【争点】

本件契約が本件休職期間の満了により終了したか否か、すなわち、原告が平成26年3月7日の休職期間満了時に就労可能な状況にあり、原告を復職させるべきであったか否か。


【裁判所の判断】

(1)休職事由の消滅に関する判断枠組みについて。
 ア 被告の就業規則によれば、被告の休職制度は、労働契約関係を維持しながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇の猶予を目的とするものであると認められる。そうすると、休職事由が消滅したということは、いったん禁止又は免除した労務の提供を再度求めることを意味するので、本件契約の債務の本旨に従った履行の提供が必要であるから、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうものと解される。
   ただし、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易度等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務を提供することができ、かつ、その提供を申し出ているならば、その債務の本旨に従った労務の履行の提供があるとする片山組最高裁判決は、本件においても斟酌するのが相当である。
 イ 本件において、原告について休職の事由が消滅したというためには、
  ・休職前の業務である架空送電設備の保守、運用、管理の業務が通常の程度に行える健康状態になっていること、又は当初経緯作業に就かせればほどなく上記業務を通常の程度に行える健康状態になっていること(以下「①健康状態の回復」という。)、
  ・これが十全でないときには、被告において原告と同職種で、同程度の経歴の者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務を提供することが必要である(以下「②他部署への配置」という。)
   以下、①健康状態の回復及び②他部署への配置について検討する。

(2)①健康状態の回復について
 ア 原告は、本件休職前には、ほぼ内勤の業務に従事しており、人と接するとすればほぼ社内の人間のみであるという状況において、療養休暇取得及び本件休職に至っている上、本件休職期間満了時においても、規則正しく定時に勤務できる状態にまで回復していたとはいえないばかりか、自己の精神疾患に対する病識が欠如し、復職後における自己のストレス対処も不十分な状況にあったことなどの事情を総合考慮すると、仮に休職前に勤務していた送電部門に復職したとしても、他の社員との仕事上の対人関係を負担に感じ、精神疾患の症状を再燃させ、あるいは悪化させて、就労に支障が出るおそれが大きい状態であったと認められる。
   そして、被告社員の仕事上の対人関係に原告の精神的な負担があるとすると、原告の業務の負担を軽易なものにしたからといって、原告の精神状態の負担が直ちに軽減されるとも解されないことに照らし、当初軽易作業に就かせればほどなく当該職務を通常の程度に行える健康状態であったと認めることもできない。
   以上によれば、原告は、本件休職期間満了時において、従前の職務を通常の程度に行える健康状態、又は当初軽易作業に就かせればほどなく当該職務を通常の程度に行える健康状態になっていたと認めることはできない。

(3)②他部署への配置について
 ア 原告は、平成26年2月19日、被告に対し、職場復帰支援勤務申請書を提出して居り、同申請書には、職場復帰支援勤務の「実施時間及び勤務時間・内容については、会社の提示した内容により、就業いたします。」との記載がある。よって、原告は、被告に対し、上記申請書の提出をもって、休職前の部署に限らず、被告が配置可能と認める部署での業務遂行を申し出たことが認められる。
 イ 次に、原告が配置される現実的可能性があると認められる他の業務が存在したか否かについて検討する。
   原告は、本件休職前に勤務していた部署以外に、配置される現実的可能性のある他の業務を行う部署として、給電所系統運用グループ及び支社総務グループに加え、原告が平成16年から3年間勤務していた工事部門があると主張する。
   しかし、給電所系統運用グループ及び支社総務グループは、いずれも他部署又は社外とのやり取りが要求される部署である。そして、原告に精神疾患についての病識がなく、ストレス対処の習得が見込まれない状況であったことに照らし、原告にとっては、新たに配属された部署で業務を覚えたり、一から人間関係を構築すること自体が大きな精神的負担となり、精神状態の悪化や精神疾患の再燃を招く可能性があるというべきである。よって、いずれの部署も、原告が配置される現実的可能性があったということはできない。
   また、原告が精神的な問題を感じてA産業医と初めて面談したのは、工事部門に所属していた平成18年であること、送電グループに戻った後も、療養休暇に入る直前までには、精神疾患により服薬治療をしている原告のため、業務の負担軽減が行われ、本来行うべき外勤業務は担当せず、ほぼ内勤業務のみとなっていたにもかかわらず、本件休職に至ったことなどの事情を総合考慮すると、工事部門についても、原告が配置される現実的可能性があったと認めることはできない。
   なお、原告は、個人で黙々とする作業を中心とする部署であれば就労可能であるとも主張するけれども、被告において他者との関わりが全く不要な部署は容易に想定し難いところである。
   以上に述べた諸事情に加え、原告が社内の人間との対人関係を負担に感じて精神疾患を発症し、その病識もないことを踏まえると、本件休職期間満了時において、原告が配置される現実的可能性のある部署が存在したと認めることはできない。

(4)結論
   以上によれば、本件契約は、本件休職期間の満了により終了したものと認められる(請求棄却)。

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