57歳(症状固定時58歳)男子(歯科技工士)による、左母指関節機能障害 8級相当45%労働能力喪失の主張に対し、14級相当、9年間10%の喪失率で逸失利益を認定した事例 (控訴後和解)
【事案の概要】
(1)交通事故の概要
日時 平成24年9月7日午前9時40分頃
場所 川崎市内
被告車 事業用中型貨物自動車(冷蔵冷凍自動車)
原告車 自家用普通自動二輪車
態様 上記場所の変形丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告乙山が被告車を運転して、a方面からb方面に向かって時速40㎞で直進するに当たり、対面信号機の信号表示に留意せずに上記速度で進行した過失によって、上記信号機が赤色信号を表示しているのを看過して本件交差点に侵入し、折から被告乙山の左前方道路を進行してきた原告運転の原告車に被告車前部を衝突させて原告車もろとも原告を路上に転倒させた(ただし、原告の対面信号が赤色表示であったかどうかについては、争いがある。)。
(2)原告の入通院状況
原告は、本件事故により顔面損傷、脳震盪、左母指基節骨骨折の傷害を負った。入通院期間は、B病院に、平成24年9月7日から同月12日までの6日、通院期間は、同月14日から平成25年10月21日(症状固定日)までの約13月(実日数22日)である。
なお、原告は、平成24年9月20日に左母指基節骨骨折につき、骨折経皮的鋼線刺入固定術が施行されている。
(3)後遺障害診断書
B病院精神神経科(巳川医師)
傷病名:左親指の指節間関節(IP)可動域制限(注:判決書からの推測)
症状固定日:平成25年10月21日
検査結果等:屈曲可動域 右90度、左60度
【争点】
(1)本件事故の態様、原告の過失の有無等
(原告の主張)
原告は、本件交差道路から青色信号に従って本件交差点に右折侵入した。原告は、被告車の速度等から本件事故を回避する手段はなく、原告に本件事故発生について過失はない。
(被告らの主張)
原告は、対面信号が赤色であるのに本件交差点に進入した(注)。そして、本件事故は、原告及び被告乙山のいずれも赤色信号で本件交差点に進入した出会頭の衝突事故であるところ、被告が先に本件交差点に進入していたことも踏まえると、その過失割合は原告55%、被告45%である。
注)ドライブレコーダーの画像によれば、被告乙山の対面信号が黄から赤に変わってから約5秒後(注:正しくは、5.8秒)に、本件事故が発生しているところ、信号サイクルによれば被告乙山の対面信号が黄から赤に変わった後の3秒は全ての信号が赤になり、原告が停止線から衝突地点までの14.5mを進行するのに3秒以上(注:正しくは、3.1秒)かかる。
仮に原告が、対面信号が青に変わってから直ちに急加速して本件交差点に進行したのだとしても、赤信号を看過して進行してきている被告車を視認することが容易であるのに被告車を認識せずに本件交差点に侵入している点や不適切なショートカットをして被告車の進路上に進行してきている点で過失があり、原告の過失割合は25%である。
(2)原告の損害(原告の主張:3、475万1、322円)
①休業損害
(原告の主張)305万円
休業期間:平成24年9月7日~平成25 年10月21 日(410日)に、①修理ギター検品係業務分として112万円、②歯科技工士売上分として193万円の休業損害が生じた。
(被告らの主張)否認
②逸失利益
(原告の主張)2、212万8、562円
(計算式)554万8、300円×0.45×8.863=2、212万8、562円
基礎収入:57歳の平成24年賃金センサス高卒男子平均年額554万8、300円
労働能力喪失率:原告は、本件事故によって左母指の指節間関節(IP)の可動域が右側の可動域の2分の1以下となって「手指の用を廃した」(10級7号相当)ところ、原告の職業が歯科技工士であることを考慮すると、後遺障害等級8級に相当する左手親指第1関節可動域制限の後遺障害が残存して45%の労働能力を喪失した。
労働能力喪失期間:就労可能年数12年(ライプニッツ係数8.863)
(被告らの主張)否認
③後遺障害慰謝料
(原告の主張)870万円(注:赤本では、8級は830万円)
(被告らの主張)否認
④既払金
(原告の主張)163万8、700円
(被告らの主張)182万6、760円
上記既払金については、治療費、休業損害を発生した都度支払ってきたものであるから、元本充当の黙示の合意がある。
【裁判所の判断】
(1)本件事故の態様、原告の過失の有無等
原告に過失はないので、過失相殺はしない。
(裁判所の認定した本件事故の態様)
ア 本件交差点は、a方面とb方面を結ぶ直進道路(以下「本件直進道路」という。)にa方面とc方面を結ぶ道路(以下「本件交差道路」という。)が鋭角に交差する変形交差点であり、信号による交通整理が行われている。
イ 原告は、c方面から本件交差道路を進行し、本件交差点から本件直進道路をa方面に進行しようと、本件交差点手前の停止線手前に先頭で赤色信号に従って原告車を停止させていたが、青色信号に変わったので停止線から原告車を発進させ、その進行方向内寄りにゼブラゾーンの左側を走行して本件交差点に進入した。
ウ 被告乙山は、被告車を運転し、a方面からb方面に向かって本件直進道路を時速約40㎞で走行していたところ、目を手でこする等して本件交差点手前の信号機が赤色信号を表示しているのを見落として本件交差点に進入したため、折から本件交差点に進入してきた原告車と衝突した。衝突地点と原告が停止していた停止線までの距離は14.5mである。
(被告らの主張に対する補足説明)
確かに、被告乙山の対面信号が青から赤に変わってから本件事故発生までの間隔は、5ないし6秒(注:正しくは、5.8秒)であり、同信号が黄から赤に変わった後の3秒は全ての信号が赤信号となるが、原告による再現実験の結果等に照らしても停止線から衝突地点まで3秒かからずに(注:正しくは、2.8秒)到達できることに照らせば、上記停止線から衝突地点までに3.1秒以上かかったと認めることはできない。よって、原告が、赤信号で本件交差点に進入したと認めることはできない。
また、被告らが、仮に原告が、対面信号が青に変わってから直ちに急加速して本件交差点に進行したのだとしても、原告には何らかの過失があると主張する点についても、①青色信号に従って本件交差点に進入している原告において被告車が停止するものと思ってそのまま発進をして進行方向内寄りに本件交差点に進入したとしても、原告に何らかの本件事故についての安全確認や回避措置懈怠があったとは評価できないし、②被告らが指摘する急発進の事実は、原告がこれを否定しており、証拠上もこれを認めることはできない。
(2)原告の損害 603万1、800円(注:原告主張額の約17%)
①休業損害 205万8、570円
(計算式)7、710円×267=205円
基礎収入:①歯科技工士分(108万1、987円+33万9、885円+48万円)+②修理ギター検品作業分(91万2、600円)=年額281万4、472円(日額7、710円
休業期間:平成24年9 月7日から平成25年5月31日までの267日
原告の左母指は、平成24年12月13日にはレントゲンにおいて骨癒合が良好であることが確認されて、戊田医師からは2、3ヶ月のリハビリを行うよう指示され、平成25年3月1日には、戊田医師が屈曲可動域の改善があり、ほぼ症状固定の状態であると判断していた。よって、原告の仕事が歯科技工士として指を使う仕事であること等も考慮しても、平成25年6月の段階では、就労可能な状態にあった。
②逸失利益 200万0、470円
(計算式)281万4、472円×0.1×7.1078=200万0、470円(原告主張との差額2、012万8、092円)
基礎収入:年額281万4、472円(休業損害と同じ)
労働能力喪失率:10%
a) 巳川医師による平成25年10月21日の後遺障害診断書には、右90度、左60度と記載され、b) 同年7月29日における左母指IPの可動域についても、屈曲につき他動については「制限なし」とされ、自動については「2分の1以上」とされている。さらに、c) 平成26年3月10日付けの「手指の関節機能障害」と題する書面に、左母指のIPの他動値は、右90度、左60度と記載され、d) 平成26年10月27日に原告が再度受診した際にも、左母指IPについて右90度、左50度と計測されていることから、原告については、左母指のIP屈曲可動域につき、右側に比べて2分の1以下になったとは認め難い。
もっとも、本件事故による受傷によって、原告の左母指について現時点でも痛みや熱さ等を感じる感覚が減退している等の神経症状が残存していることから、後遺障害等級14級に相当する後遺障害が残存したと認める(なお、原告が歯科技工士であることについては、労働能力喪失率の点で考慮する。)。
労働能力喪失期間:9年(ライプニッツ係数7.1078)
原告の症状固定時の年齢(58歳)、原告の左母指の感覚の障害も治療中にも徐々に回復してきていることを考慮
③後遺障害慰謝料 120万円(赤本では、14級は110万円)(原告主張との差額750万円)
「原告の歯科技工士としての仕事に影響があったこと」等を考慮
④既払金 被告らの主張を、認める。