【知的財産】大阪高裁令和7年2月27日判決(判例タイムズ1535号180頁)

脚本家である一審被告が、同じく脚本家である一審原告の同意を得て、同人の作成した原案に加筆、修正した脚本原稿を本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ていなかったとしても、上記加筆、修正作業が一審原告の意に反するものとはならず、著作者人格権(同一性保持権)侵害には当たらない旨判示した事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)控訴人兼被控訴人である一審原告(以下「一審原告」という。)は、後に被控訴人兼控訴人である一審被告(以下「一審被告」という。)により加筆・修正されて原判決別紙作品目録記載の映画(以下「本件映画」という。)の脚本とされた第12稿の原案である第10稿を作成した著作者であり、本件映画のクレジット表記において一審被告とともに脚本家として表示されている。一審原告が映画製制作に関わったのは本件映画が初めてである。
   一審被告は、第10稿を加筆、修正して本件映画の脚本12稿を作成した者であり、本件映画のクレジット表記において一審原告とともに脚本家として表示されている。一審被告は、昭和後期から多くの話題作を手掛け、多数の受賞歴もある著名な映画脚本家である。
   Zは、映画等映像作品の企画・制作・配給・販売等を目的とする株式会社であり、本件映画の制作プロダクションである。
   X3は、Z社の代表者であり、本件映画の監督である。
   Wは、映画等の映像作品の制作・宣伝・企画配給等を目的とする株式会社であり、本件映画の配給会社である。
   X4は、W社の代表者であり、本件映画のプロデューサーである。
   X5は、映画評論家であり、X4とともに本件映画のプロデューサーである。

(2)一審原告は、日本近代文学史において著名な詩人であるHの娘であるX6の小説(以下「本件小説」という。)を映画化するための脚本を執筆して第8稿まで作成していたが、一審被告の紹介によってX3が第8稿を知るところとなり、同人及び同人が代表者を務めるZ社等が第8稿を用いた映画化を計画することとなった。

(3)一審原告、一審被告、X3及びX5は、令和3年8月14、Z社の事務所において、第8稿の映画化に向けての打合せ(以下「本件打合せ①」という。)を行い、同打合せにおいて、8稿をベースに本件映画の制作を進めることや、X3の発案した第8稿の変更方針が合意された。また、その席で一審被告が脚本家に加わることとなった

(4)一審原告は、第8稿に本件打合せ①を踏まえた変更を加えて9稿を作成し、さらに一審被告の指摘に従って変更を加えて10稿を作成した。これを受けてX3は、令和3年8月1910稿準備稿(注:最終脚本となる「決定稿」が作成されるまでの間に、映画の概要を表示し、俳優に出演を働き掛けたり、ロケ地の下見をしたり、映画制作費用を見積もったりする上で必要とされる脚本原稿のことである。)とすることを決定した
   その後、X3は、本件小説の現在の著作権者と交渉し、映画化の許諾を得た。
   また、X3は、令和3年9月7日、一審原告及び一審被告に対し、撮影開始予定日が同年11月1日になった旨が伝えた。

(5)一審被告は、本件打合せ①の後、第10稿の加筆、修正作業のために、一審原告に対して、本件映画のクライマックスシーンの修正提案を電話で伝えたり、Hが日米開戦をどのように考えたか分かる資料の収集を求めたり、脚本に記述されている道具類等に関して歴史的な裏付け調査を求めたりした。一審被告は、第10稿に変更を加えた11稿を、令和3年10月12X3に対して、同月13一審原告に対して、それぞれメールで送信した。

(6)一審被告、X3、X5及びX4は、令和3年10月14、W社の事務所において、一審原告は参加せずに行われた打合せ(以下「本件打合せ②」という。)が行われた。
   その結果を踏まえて、一審被告は、令和3年10月19日、第11稿に加筆、修正して変更した12稿を、一審原告、X3、X5及びX4に対して、メールで送信した。
   X3は、第12稿を受領後、後記(7)の事情で一審原告から異論を伝えられることもなかったので、同稿をもって最終脚本(決定稿とすることを決定した

(7)一審原告は、一審被告から第12稿がメールで送信されていたことに気付いていなかったため、X3に対し、同月26日になって同日時点の脚本原稿の送付を求め、さらに同月27日に同脚本データの送信も求めた。
   その上で、一審原告は、撮影開始予定日の3日前の同月28日、X3に対し、一審原告抜きの話合いで決まった決定稿は受け入れられないなどと記載したメールを送信した。

(8)一審原告は、令和3年10月30日、X3に対し、第12稿(決定稿)につき、特に変更を求めたい箇所及び変更方針を具体的に記載したメールを送信したが、その内容が本件映画の制作に反映されることはなかった。
   なお、10稿と第12稿との間の差異のうち、一審原告が問題とする変更部分は、原判決別紙「原告が主張する権利侵害部分(赤字部分)」記載のとおりである(以下、上記の箇所に関する変更を「本件変更」と総称する。)。

(9)本件映画は、令和3年11月1日、撮影が開始され、令和4年8月の試写会を経て、同年12月9日に一般公開された。

(10)一審原告は、本件訴えを提起し、一審原告が作成した脚本原稿(第10稿)を、一審被告が、一審原告に無断でその内容を改変して第12稿を作成し、一審原告が有する第10稿についての著作者人格権(同一性保持権)を侵害したと主張して、一審被告に対して、不法行為に基づく損害賠償として、110万円及びこれに対する遅延損害金の支払等を求めた。
   なお、一審原告は、本件映画の映画監督であるX3、X3が代表者を務める本件映画の制作プロダクションであるZ社及び本件映画の配給会社であるW社を一審原告の共同被告として本件訴訟を提起していたが、原審における口頭弁論終結後、X3、Z社及びW社との間で和解が成立した。

(11)原審(大阪地裁令和6年5月30日・判例秘書L07950294)は、一審被告による第10稿から第12稿への変更のうちの本件変更が一審原告の同一性保持権の侵害に当たると認めて、不法行為に基づき慰謝料5万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却するなどした。これに対し、一審被告及び一審原告は、それぞれ原判決を不服として控訴した。


【争点】

(1)原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)
(2)原告の損害の有無及び額(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)についての各当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。
    (一審原告)
 ア 一審原告は、脚本が変更される場合には、第10稿の場合と同じく関係者に送信される前に、一審原告による最終確認が求められ、一審原告が承諾しなけれ ば、再度、一審被告又は一審原告が修正することになるとの認識であった。
 イ 一審原告の個別の同意がない変更につき包括的に同意した事実はない。
     (一審被告)
 ア 一審被告が行った第10稿に変更を加えて第11稿を作成し、次いで、再度、変更して第12稿を作成する作業は、本件打合せ①で形成された同意に基づき行った行為であり、同行為は、Z社及びX5が一審原告から第8稿を映画化する(翻案する)ことを許諾された本件打合せ①の席において、一審原告も同席する場で、Z社及びX5から、脚本家として第8稿を映画脚本にふさわしいものに翻案することについて業務委託をされて行った行為である。
 イ 一審被告が加筆、修正することについては一審原告との間で一連のやりとりがあり、一審原告は、第10稿以降の一切の作業を一審被告に委ねていた
 ウ 一審被告が、脚本を作成したとしても、これを本件映画の脚本(決定稿)とする否かを決定する権限は本件映画のプロデューサーなどの制作者側にあり、脚本家である一審被告にはない。
 エ 本件映画制作のために委託された脚本作成作業においてされた第10稿から第12稿への本件変更は、一審原告が同意した行為であり、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権を侵害する行為とはならない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無)について
 ア 判断枠組み
   一審被告が第10稿から第11稿への変更を経て作成した第12稿は、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権の侵害に該当しうる改変に当たる(注:原判決のとおりであり、理由についての詳細は省略する。)。
   そうすると、一審被告が第10稿から第11稿を経て第12稿を作成する過程でした第10稿の変更行為(本件変更)は、これが一審原告の意に反するものであるならば、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権の侵害に該当する。
 イ 検討
  a)一審被告は、一審原告も同席する本件打合せ①の席において、本件映画のプロデューサーであるX5から本件映画の脚本家に加わるよう依頼され、一審原告も一審被告が脚本家として連名となることに同意したこともあって、その依頼を承諾し、第10稿を加筆、修正して第11稿を経て第12稿を作成する作業を行うことになったと認められるが、その関係は、法的には一審被告が脚本家として本件映画のプロデューサーから映画制作のために第10稿の見直し作業業務委託を受けてこれを履行した関係であるといえる。
   そして、
  ・令和3年8月14日の本件打合せ①以後にされた第8稿から第10稿に至る変更作業は同日から同月19日までの5日程度で済んでいるのに対し、一審被告による第10稿から第11稿への変更作業はその後2か月にも及ぶ期間を要していること
  ・その作業期間中の直接の変更作業を一審被告が単独でしていたことや、一審被告がその作業期間中、何らかの創作を伴う変更を加えようとしていることは、一審原告に対する調査依頼等の内容からも理解できたはずのものであること
  ・そうであるのに、一審原告は、これに異議を述べることなく一審被告の作業に協力していたこと
が認められるから、以上によれば、一審原告は、一審被告が、第10稿を一審被告としての創作も加えながら加筆、修正をして変更することを容認していたと認めるのが相当である。
   その上、一審原告は、第10稿から第11稿へ変更した一審被告の加筆、修正についての不満をX3に伝えながら、X3から、本件打合せ②を受けて第11稿を加筆、修正する作業を一審被告が担当することを聞かされ、それが第11稿を破棄して第10稿に戻すだけであるという単純な作業でないことは想定できるのに、なお一審被告が単独で第11稿に加筆、修正をして第12稿とする作業をすることを容認していたことも明らかである。
   以上を総合すると、一審原告は、一審被告が、本件映画の脚本作業のため第10稿から第12稿に至る加筆、修正作業をすること自体は同意していたと認めるのが相当である。
  b)これに対し、一審原告は、一審被告が第10稿を加筆、修正するとしても、第三者に提供する場合には、事前に一審原告の確認、承諾を得なければならないように主張する。
   確かに、第10稿を見直すことで完成する脚本は、一審原告と一審被告とが脚本家として名を連ねるものとなる以上、加筆、修正の作業を一審被告主体で進めるとしても、映画撮影前のいずれかの段階で一審原告との調整は必要である。
   しかし、本件打合せ①においても一審被告が本件映画の脚本家として加わることが決まった際にも、また、その後においても、そのような加筆、修正作業の進め方についての細かな話がされた事実は認められず、一審原告の主張によっても、一審原告自身、第8稿から第10稿に至る原稿の見直し作業と同様に、第10稿以降の加筆、修正作業も当然一審原告の確認を経て外部に提供されると考えていたというだけであって、一審原告主張に至る合意がされた事実を認めるに足りる証拠があるわけではない。
   したがって、一審被告が、第10稿から第12稿に至る加筆、修正をすること自体が同意されていたと認められる以上、10稿を加筆、修正した脚本原稿を映画監督であるX3及び映画プロデューサーであるX5ら本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ていなかったとしても、そのことから遡って、一審被告が一審原告の同意の下に行っていた上記加筆、修正作業が一審原告の意に反するものとなるものではない
  c)なお、10稿を加筆、修正して変更した第12稿を決定稿として映画制作をするにためには第10稿の著作者である一審原告の同意は欠かせないにもかかわらず、本件映画は一審原告から明示的な同意を得ないまま、第12稿が決定稿とされて制作されたことが認められる。
   しかし、脚本家である一審被告が決定稿を決める権限を有しないことは一審原告も争っておらず、このことは、第11稿がX3の意見によって更に変更されることになった経緯、さらにはX3が第12稿を決定稿とする判断をしたことから明らかであるから、一審被告が一審原告を含む本件映画制作者側に第12稿を提出した後に一審被告以外の者が第12項を決定稿とする本件映画を制作したからといって、そのことを根拠に、一審被告が第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。
   また、一審被告は、本件訴訟において、一審被告による第10稿の加筆、修正については一審原告の包括的同意があるとさえ主張しているが、実際には、一審被告は、第10稿の加筆、修正作業の成果物である第11稿及び第12稿とも、映画監督及び映画プロデューサーらの映画製作者側にメールを返信する際には、一審原告にも併せてメール送信をして、一審被告が加筆、修正した脚本原稿について検討し意見を述べる機会を与えているのであるから、包括的同意をいう趣旨は、あくまで映画監督及び映画プロデューサーらの映画制作者側に脚本原稿を提供する前段階の作業内容についてのものをいうと理解できる。
   そして、上記のとおり、一審被告は、単独で第10稿を加筆、修正する作業を行いつつも、その作業成果物である第11稿及び第12稿について、一審原告に対しても検討し意見を述べる機会を与えていたというのであるから、一審被告は、本件映画のプロデューサーから委託された第10稿の見直し作業という業務を履行するに当たり、一審原告が第10稿の著作者であることを踏まえた行為をしていたと評価することができ、その点からも、12稿提出後一審被告以外の者によってされた行為を根拠に、一審被告に対して第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。
  d)以上によれば、一審原告が作成した第10稿に本件変更を加えて第12稿を作成した一審被告の行為は、一審原告が同意している行為の範囲内で行われたと評価することができる以上、その限度において、本件変更は一審原告の意に反する改変ではなく著作者人格権(同一性保持権)侵害には当たらないといえるから、著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由とする一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。

(2)結論
   以上によれば、一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がない(一部取消自判、一部控訴棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、脚本家である一審被告が、同じく脚本家である一審原告の同意を得て、同人の作成した原案(第10稿)に加筆、修正した脚本原稿(第12稿)を映画監督であるX3及び映画プロデューサーであるX5ら本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ていなかったとしても、上記加筆、修正作業が一審原告の意に反するものとはならず、著作者人格権(同一性保持権)侵害には当たらない旨判示した事例です。
   本裁判例は、加筆、修正の作業を一審被告主体で進めるとしても、映画撮影前のいずれかの段階で一審原告との調整は必要であるとしつつ、当事者間において、第10稿を加筆、修正した脚本原稿を映画監督であるX3及び映画プロデューサーであるX5ら本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ることが合意されていたと認められないことから、上記の結論に至ったものと考えられます。

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