被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したか否かについての具体的な判断基準を判示した上で、「模倣主張楽曲」について、被控訴人会社による控訴人スコアの模倣を認めるとともに、被控訴人会社が控訴人スコアを入手し、これをあらかじめ採譜者に送付して被控訴人スコアを制作していた楽曲である限り、模倣性につき個別具体的な立証がない楽曲も含めて、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと推認する旨判示した事例(上告審係属中)
【事案の概要】
(1)控訴人(1審原告)は、被控訴人会社(1審被告)において、控訴人が制作し販売する別紙1模倣楽曲一覧(略)記載の579曲(以下「本件楽曲」という。)に係るバンドスコア(以下「控訴人スコア」という。なお、バンドスコアとは、バンドミュージックについて、ボーカル、ギター、キーボード及びドラム等のパートに係る演奏情報が全て記載されている楽譜のことである。)を、控訴人に無断で模倣して制作したバンドスコア(以下、「被控訴人スコア」という。)をウェブサイトにおいて無料で公開すること(以下では、「本件不法行為」ということがある。)によって、控訴人スコアの販売冊数の減少を招き、控訴人の営業上の利益を侵害したと主張して、
被控訴人らに対し、被控訴人については不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として、被控訴人会社の代表取締役である被控訴人Y1については被控訴人会社との共同不法行為(民法719条)又は会社法429条1項に基づく損害賠償請求として、被控訴人会社の取締役であったY2については会社法429条1項に基づく損害賠償請求として、控訴人の損害額の一部である5億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(注:詳細については、東京地裁令和3年9月28日の【事案の概要】参照。以下、被控訴人Y1及びY2固有の争点についての記述は省略する。)。
(2)原審(東京地裁令和3年9月28日・判例秘書L07631198)は、控訴人が先行公開したバンドスコアについて、被控訴人が原曲から独自に採譜した場合にはおよそ一致していることが有り得ない表記が一致している場合には、被控訴人が控訴人のバンドスコアを模倣したと認められる旨判示した上で、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、原判決を不服として控訴した。
【争点】
(1)被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したかどうか(争点1)
(2)被控訴人会社及び被控訴人Y1の不法行為の成否並びに被控訴人Y1の任務懈怠の有無(争点2)
(3)被控訴人Y2の監視義務違反の有無(争点3)
(4)控訴人の損害及び因果関係の有無(争点4)
以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)バンドスコアの模倣による不法行為の成否
ア バンドスコアは、著作権法6条各号所定の同法による保護を受ける著作物に該当しない。
著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定と解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象にはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法廷に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高平成23年12月8日判決(以下「最高裁平成23年判決」という。)参照)。
したがって、他人が制作したバンドスコアを利用してバンドスコアを制作し販売等(インターネット上に無料で公開し広告収入を得る行為を含む。以下同じ。)をする行為について不法行為が成立するためには、当該行為について著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情が認められることが必要と解される。
イ バンドスコアを制作するには、バンドミュージックの楽曲の演奏を聴音して、それを楽譜に書き起こす「採譜」という作業が必要である。
この採譜という作業には、多大な時間、労力及び費用を要し、また、採譜という高度かつ特殊な技能の修得にも多大な時間、労力及び費用を要する。
そのため、バンドスコアの制作者が販売等の目的で採譜したバンドスコアを制作者に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等すること、すなわち、バンドスコアの制作者が採譜にかけた時間、労力及び費用についてフリーライドすることが許されるとしたら、その反面、制作者が販売するバンドスコアの売上げが減少し、採譜によるバンドスコアの制作への投資を十分に回収できなくなり、採譜によってバンドスコアを制作し販売する事業者は壊滅的な打撃を被ることになって、自ら時間、労力及び費用を投じて採譜によりバンドスコアを制作しようとするインセンティブは大きく損なわれ、採譜によりバンドスコアを制作し出版しようとする者がいなくなるから、音楽の演奏を趣味・職業とする者等から一定の需要が見込めるにもかかわらず、採譜によるバンドスコアの供給が閉ざされる結果になりかねない。
また、高度な技術を身に着けて苦労して採譜した成果物についてフリーライドが許されるとしたら、多大な時間、労力及び費用を投じて採譜の技術を修得しようとする者がいなくなり、ひいては、バンドスコアに限らず、採譜によって制作される全ての楽譜が制作されなくなって、音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねない。
ウ バンドスコアの採譜を取り巻くこのような事情に鑑みれば、他人が販売等の目的で採譜したバンドスコアを同人に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等する行為については、採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の修得に要する時間、労力及び費用に対するフリーライドにほかならず、営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものということができるから、最高裁平成23年判決のいう特段の事情が認められるというべきである。
そこで、以下では、被控訴人会社が、本件楽曲に係る被控訴人スコアを制作するに当たり、被控訴人に無断で控訴人スコアを模倣したか否かについて検討する。
(2)争点1(被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したかどうか)について
ア バンドスコアの模倣性の判断基準
a)バンドスコアの採譜及びその模倣については、以下のとおりと認められる。
クラシック音楽は、作曲家が記譜した楽譜が先にあって、それに基づき演奏家が演奏するのに対し、ポピュラー音楽は、演奏家による演奏が先にあって、それを採譜して楽譜が制作されるものであるから、両者における楽譜の位置付けは異なる。
ポピュラー音楽のバンドスコアは、様々な楽器で合奏された音源から各楽器の音を聴き分けて各パートに割り振る必要があり、演奏方法も幾通りも存在するため、その採譜は各楽器の特性や演奏技術を心得ている者だけが行い得る高度な技術を要する作業であり、音楽学校の卒業生等の中でも、正確に採譜できる者は希少である。
採譜作業は、採譜者の聴力・体調等を含む身体的能力、音楽的知識・経験に基づく判断や使用再生機器等の環境の影響を受けるものであり、よく聴き取れない(マスキング現象)箇所については、採譜者が前後の脈絡や他の楽器の演奏との関係等を考慮しながら、推測的・創作的判断に基づく独自のアレンジを施すことがあり、また、音価、演奏ポジションや記譜の方法には、採譜者の癖や個性が表れるから、採譜の結果は必然的に採譜者によって大きく異なることになる。
もっとも、同一楽曲について複数のバンドスコアが存在する場合、いずれも原曲に近付けて演奏できることを目的として制作されているのであるから、その表記内容が類似しているからといって、直ちに一方が他方を模倣したと認定することはできない。
b)以上を踏まえて、被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したか否かについての具体的な判断基準を検討する。
模倣性の判断においては、まず、控訴人スコアと被控訴人スコアの間で、その楽曲を構成する、音自体の表記(音高、音価、音色)や音楽の表記(メロディ、ハーモニー、リズム)が一致する部分がどれほどあるかが判断の基礎となる。
次に、採譜作業は困難な作業であるがゆえに誤りはつきものというべきであるが、控訴人スコアの明らかな誤りが被控訴人スコアに引き継がれている場合には、被控訴人会社の採譜者が原曲の音源を聴いて独自に採譜したとすれば、そのような事態が生じる可能性は極めて乏しいから、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと強く推認される。
また、控訴人スコアに特有の表記が被控訴人スコアに引き継がれている場合にも、被控訴人会社の採譜者が独自に採譜した結果を自ら被控訴人スコアに記入したとすれば、そのような事態が生じる可能性は極めて乏しいから、模倣性が強く推認される。
さらに、ギターには同じ音高を出せる演奏ポジションが複数あるが、独自に採譜した場合に演奏ポジションが全て一致することは稀であると考えられるから、演奏ポジションが一致している場合にも、模倣性が強く推認される。
他方で、控訴人スコアの明らかな誤りが被控訴人スコアでは是正されていることがあるが、採譜能力が十分でなくても音楽を多少学んだ者であれば、原曲の音源を聴くことによってバンドスコアの明らかな誤りに気付くことはできるし、模倣した上で誤りを是正することは、最初から採譜するよりもはるかに労力の節約になるから、誤りが是正されているからといって、直ちに模倣性が否定されるものではない。そして、既存のバンドスコアを複数参照すれば、誤りを見つけ出すことが更に容易になり、その精度が上がるものと考えられる。
また、模倣をする者は、模倣した事実を隠すために、模倣した上で意図的に変更を加えることがある。すなわち、模倣をする者は、楽曲の同一性は維持する必要があるため、「基本となる演奏情報」(メロディの音高や音価、ハーモニー、リズム、演奏ポジションその他の演奏指示)を変えることはできないが(もっとも、模倣した事実を隠そうとする場合には、支障がない程度に変えることも考えられる。)、それ以外の実際の演奏にあまり影響しない「補足する演奏情報」(音色、それらの時間的変化、演奏情報の一部)については、ある程度変更しても聴き手に与える印象に大きな違いは生じず、楽曲の同一性は維持されることから、模倣隠しのためにそれらの「補足する演奏情報」を意図的に変更する可能性がある。そのため、このような変更があるからといって、直ちに模倣性が否定されるものではない。
さらに、被控訴人スコアについては、被控訴人会社が自動演奏システムを使用しているところ、これにはシステム特有の表現方法や入力対象となる楽譜上の情報に一定の制限があるため、既存の楽譜をそのまま再現することができず、同じことを表現しようとしても表記が必然的に変更されることが起こり得る。模倣した上で上記の制約に伴う表記の変更があるからといって、直ちに模倣性が否定されるものではない。
上記の諸点を踏まえて検討した結果、「基本となる演奏情報」がほとんど全て一致し、そのような事象が単一のパートに限られず、バンドスコア全体に及んでいるとすれば、当該楽曲に係るバンドスコアについて、模倣性を認めることができる。
また、被控訴人スコアは組織的に統一された方針の下で制作されていると推認されるから、上記のような事象が認められるのが1曲にとどまらず、相当数の楽曲に及んでいる場合には、被控訴人会社は全体として組織的に控訴人スコアを模倣したものと認めることができる。
イ 本件楽曲に係る模倣性の具体的な検討
控訴人は、「瞬き」、「himawari」、「打上花火」、「バトンロード」、「見たこともない景色」、「明日も」、「LOSER」、「MONSTER DANCE」、「Fight For Liberty」、「ないものねだり」及び「ヘビーローテーション」(以下では、上記11曲を併せて「模倣主張楽曲」という。)に係る被控訴人スコアについて、具体的な根拠を挙げて、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したと主張するので、以下では、模倣主張楽曲を中心に、本件楽曲について被控訴人会社が被控訴人スコアを制作するに当たり、控訴人スコアを模倣したか否かについて検討する。
a)誤りの一致
別紙1模倣楽曲一覧(略)の「誤り引継」欄に「あり」という記載がある楽曲について、控訴人スコアの誤りが被控訴人スコアに引き継がれていることが認められる。
前記のとおり、被控訴人会社の採譜者が原曲の音源を聴いて独自に採譜したとすれば、そのような事態が生じる可能性は極めて乏しいから、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと強く推認される。
これに対し、被控訴人らは、上記とは逆に、控訴人スコアの誤りを被控訴人スコアが引き継いでいない楽曲が多数ある事実からすれば、模倣性は否定されると主張する。
しかしながら、前記のとおり、採譜能力が十分でなくても音楽を多少学んだ者であれば、原曲の音源を聴くことによってバンドスコアの明らかな誤りに気付くことはできるし、模倣した上で誤りを是正することは、最初から採譜するよりもはるかに労力の節約になるとともに、模倣を隠すためのカモフラージュにもなるから、上記事実があるからといって、直ちに模倣性が否定されるものではない。
被控訴人らの上記主張は採用することができない。
b)控訴人スコアに特有の表記の一致
別紙1模倣楽曲一覧(略)の「独自表現引継」欄に「Small note」等の記載がある楽曲について、控訴人スコアに特有の表記が被控訴人スコアに引き継がれていることが認められる。
被控訴人会社の採譜者が独自に採譜した結果を自ら被控訴人スコアに記入したとすれば、そのような事態が生じる可能性は極めて乏しいから、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと強く推認される。
これに対し、被控訴人らは、被控訴人会社の採譜者が独自に採譜した後に控訴人スコアを照合した結果、被控訴人スコアに「Small note」を記入した可能性があるから、上記表記の引継ぎの事実から模倣性を推認することはできないと主張する。
しかしながら、採譜者において、楽曲全体について時間と労力をかけて聴音し責任を持って採譜したにもかかわらず、最終段階で、照合・参考のために提供されたにすぎない控訴人スコアに記載があったというだけの理由から、それを無批判に受入れ、意味を理解できない記号をそのまま付け加えたなどという説明は、およそ信じ難いというほかない。被控訴人会社の採譜者が一から当該楽曲の音源に当たり時間と労力をかけて実質的な採譜の作業を行ったとするには大きな疑問が生じるし、そもそも「Small note」という楽譜における一般的な用語の意味が理解できていないことからすると、被控訴人会社の採譜者が相応の採譜能力を有するということ自体に根本的な疑問を禁じ得ない。
被控訴人らの上記主張は採用することができない。
c)不自然な一致
模倣主張楽曲である「LOSER」については、控訴人スコア及び被控訴人スコアのそれぞれに対応するパート部分の演奏内容が大部分において同一である箇所がある上、控訴人スコアにおいては、「Strings3&4」が2段に分けて記載され、いずれもヘ音記号で表記されているのに対し、被控訴人スコアにおいては、控訴人スコアの「Strings3」及び「Strings4」に相当する「Key.3」及び「Key.4」の「Strings」パートに、同一の音符(音型)がいずれもト音記号で表記されている。
五線譜上の音符の記載が同一であっても、音部記号が異なれば、音程は同一ではなく、全く異なる演奏情報になるのであるから、被控訴人会社の採譜者が独自に採譜したとすれば、そのような事態が生じる可能性は極めて乏しいと考えられる。
上記の事態が発生した機序は、被控訴人会社の採譜者が被控訴人スコアを制作するに当たりへ音記号で表記された控訴人スコアを複写したものの、被控訴人スコアの音部記号をもともと記載されていたト音記号からへ音記号に変えることを失念し、その後も被控訴人会社の関係者の誰もこの誤りに気付かないまま公開されるに至ったものと考えるのが合理的であるから、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと強く推認される。
模倣主張楽曲である「MONSTER DANCE」については、控訴人スコア第2版のドラムパートの第2間奏から15小節間は、初版と異なり、アーティストによる監修を受けて、原曲の音源とは全く異なるオリジナルフレーズが加えられている。そのため、被控訴人会社の採譜者が原曲の音源を聴いて独自に採譜したとすれば、上記オリジナルフレーズが採譜されるはずはないにもかかわらず、これが被控訴人スコアに記載されていることからすれば、被控訴人会社は控訴人スコア第2版を模倣したものと強く推認される。
d)表記の大部分の一致
模倣主張楽曲である「明日も」及び「バトンロード」については、控訴人スコアと被控訴人スコアは比較された小節の大部分において演奏内容が同一であるから、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと推認される。
他方、被控訴人スコアには存在するのに、控訴人スコアには存在しない表記もあるが、これは、被控訴人会社において、控訴人スコアを複写した上で、気になった部分にフレーズを付加したにすぎない可能性が高いから、この表記の相違によって上記推認が覆るものではない。
e)被控訴人が先行公開している楽曲について
「サヨナラの準備は、もうできていた」、「マリーゴールド」及び「秒針を噛む」は、被控訴人会社が控訴人に先行してバンドスコアを公開した楽曲(本件楽曲に含まれない。)であるが、これらについては、控訴人スコアと被控訴人スコアの表記が一致しない部分が多数認められる。
この事実は、模倣主張楽曲については両スコアが大部分の箇所で一致していることと対比すると、被控訴人スコアの公開が控訴人スコアの発売より後である本件楽曲について、被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したという判断を補強する根拠になり得る。
f)一致率
①控訴人は、二つのバンドスコアの表記を比較対照し、小節数を基準として、両スコアが一致する小節数が全パートの全小節に占める割合(以下「一致率」という。)をもって、一方が他方を模倣したか否かを判断する一基準になると主張する。
この一致率に関して、優秀な採譜者が採譜したとしても、一致する割合は、バンドスコア全体の小節数を基準にして、せいぜい50%から60%程度であり、一致率が80%以上であれば、模倣と判断することができるという音楽専門家の意見がある。
もっとも、上記意見における一致率を基準にした判断は感覚的なものといわざるを得ないから、これのみによって法的判断の前提となる模倣性の有無を決することはできず、その他の事情も併せ考慮して、慎重に吟味する必要がある。
②別紙1模倣楽曲一覧(略)の「一致率」欄に記載がある楽曲について、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は、同記載のとおりと認められる。
③控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率、及び、これらと同業他社制作のバンドスコアの一致率について検討する。
まず、「夢灯籠」について、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は100%であるのに対し、控訴人スコアとH社スコアの一致率は19.72%である。
また、模倣主張楽曲である「ないものねだり」について、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は95.0%であるのに対し、控訴人スコアとH社スコアの一致率は51.2%、控訴人スコアとJ社スコアの一致率は58.7%である。
さらに、模倣主張楽曲である「ヘビーローテーション」について、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は98.0%であるのに対し、控訴人スコアとH社スコアの一致率は31.2%、控訴人スコアとE社スコアの一致率は34.9%である。
控訴人会社が控訴人スコアを購入せず、被控訴人名義Y1名義でE社スコアを購入した楽曲として、「Re:Re」(ASIAN KUNF-FUGENERATION)及び「夜明けのビート」(フジファブリック)がある。このうち、前者については、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は38.37%であるのに対し、控訴人スコアとE社スコアの一致率は96.94%である。後者については、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は34.48%であるのに対し、控訴人スコアとE社スコアの一致率は92.54%である。
また、「秒針を噛む」は被控訴人スコアが控訴人スコアよりも先に公開された楽曲であるが、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は14.2%であるのに対し、控訴人スコアとE社スコアの一致率は12.6%である。
以上によれば、被控訴人会社が控訴人スコアを入手した上で被控訴人スコアを制作した楽曲については、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は極めて高い反面、被控訴人会社が控訴人スコアを入手せずに被控訴人スコアを制作した楽曲については、控訴人スコアと被控訴人スコアの一致率は低いということができる。
また、被控訴人会社が控訴人スコアを入手せず、E社スコアを入手して被控訴人スコアを制作した楽曲について、被控訴人スコアとE社スコアの一致率が極めて高いことに照らすと、被控訴人会社において、控訴人スコアを入手していない場合には、E社等の同業他社が制作したスコアを入手し、これを模倣して被控訴人スコアを制作した可能性が高いと考えられる。
④前記①で述べたとおり、控訴人による一致率の算定を基準にして、これが80%以上であれば模倣と判断することができるかという音楽専門家の意見は感覚的なものであるから、慎重な吟味が必要である。
しかしながら、「夢灯篭」について、控訴人スコアとH社スコアの一致率は19.72%であるにもかかわらず、両スコアともにバンドスコアとして成立し商品として販売されている事実にも表れているように、採譜の結果については採譜者ごとのばらつき非常に大きいと考えられるから、同一楽曲を異なる採譜者が採譜した場合に一致率が90%を超える事態は通常想定し難いという上記見解の趣旨は、採譜作業の内容や性質に照らし合理的なものとして是認することができる。
⑤以上によれば、本件楽曲について控訴人が算定した一致率は、その意義を控えめに考慮するとしても、被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したという推認を補強する有力な根拠になるというべきである。
g)被控訴人Y1による控訴人スコア等の購入及び利用
被控訴人Y1は、控訴人スコアを始めとする同業他社制作のバンドスコアを大量に購入した上、被控訴人会社の採譜者に対し、採譜を依頼する楽曲の音源を送付するのと同時に、これらのバンドスコアを送付していたものである。
同業者者制作のバンドスコアを購入し採譜者に送付した理由について、被控訴人らは、被控訴人会社の採譜者が独自に採譜した後に、大きな見落としを防止するために、採譜者が入力したギタープロのスコアと同業他社制作のバンドスコアを校合して検証し、また、本件サイトの視聴者から、被控訴人スコアに関し正誤その他の指摘があった場合に備え、同業他社制作のバンドスコアではどのように表現しているかを参照する必要があったと主張する。
しかしながら、バンドスコアの採譜において、同業他社制作のものを参照するという慣行の存在は認められないところ、独自に音源に当たり採譜したのであれば、その結果を記譜して被控訴人スコアを制作すれば足りるのであって、同業他社制作のスコアを参照する必要は認められない。
被控訴人らの上記主張は採用することができない。
h)模倣主張楽曲以外の楽曲の模倣性について
ところで、同一の楽曲に係る複数のバンドスコアを多数の楽曲ごとに逐一比較対象する場合に要す莫大な時間、労力及び費用に鑑みると、被控訴人会社による控訴人スコアの模倣性についての立証として、本件楽曲全ての全小節についての個別具体的な立証を求めるとすれば、それは控訴人に不可能を強いることになりかねず、不法行為による損害の填補という不法行為法の目的を達し得ないこととなる。
また、本件楽曲のうち、模倣性が十分に立証されたとみることができる模倣主張楽曲以外の楽曲の全部又は一部について、被控訴人スコアの制作過程に模倣性を否定できる具体的な事情が存在するのであれば、被控訴人らにおいてそれを主張立証することも可能というべきであるが、被控訴人らはそうした主張立証をせず、両者を区別しないまま本件楽曲全てについて一切の模倣行為を否定する態度に終始している点も考慮に入れる必要がある。
これらの点を総合考慮すれば、被控訴人会社が控訴人スコアを入手し、これをあらかじめ採譜者に送付して被控訴人スコアを制作していた楽曲(本件楽曲)である限り、模倣性につき個別具体的な立証がない楽曲も含めて、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと推認するのが相当である。
そして、本件全証拠によっても、上記推認を覆すに足りない。
ウ 小括
以上によれば、本件楽曲のいずれについても、被控訴人会社は、被控訴人スコアを制作するに当たり、控訴人スコアを模倣したと認めるのが相当である。
(3)争点4(控訴人の損害及び因果関係の有無)
ア 本件不法行為による控訴人の損害額は、下記の合計額である1億6925万5305円と認められる(注:詳細については、省略する。)。
・本件不法行為による控訴人の逸失利益 1億5425万5305円
・弁護士費用 1500万円
イ 被控訴人会社が控訴人に無断で控訴人スコアを模倣して被控訴人スコアを制作し、これを本件サイトにおいて無料で公開したことと控訴人の損害との間には、相当因果関係がある(詳細については、省略する。)。
(4)結論
控訴人の被控訴人会社及び同Y1に対する各請求については、1億6925万5305円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある(一部認容。なお、被控訴人Y2に対する請求ついては棄却)。
【コメント】
本裁判例は、①被控訴人会社が控訴人スコアを模倣したか否かについての具体的な判断基準を判示した上で、「模倣主張楽曲」について、被控訴人会社による控訴人スコアの模倣を認めるとともに、②被控訴人会社が控訴人スコアを入手し、これをあらかじめ採譜者に送付して被控訴人スコアを制作していた楽曲(本件楽曲)である限り、模倣性につき個別具体的な立証がない楽曲も含めて、被控訴人会社は控訴人スコアを模倣したものと推認する旨判示した事例です。
本裁判例は、上記②のとおり、模倣性が十分に立証されたとみることができる模倣主張楽曲(11曲)が本件楽曲(579曲)のわずか1.9%に過ぎないのにもかかわらず、その他の本件楽曲についても、被控訴人会社による控訴人スコアの模倣を推認しています。
