【知的財産】東京地裁令和3年9月28日判決(判例秘書L07631198)

原告会社が先行公開したバンドスコアについて、被告会社が原曲から独自に採譜した場合にはおよそ一致していることが有り得ない表記が一致している場合には、被告会社が原告のバンドスコアを模倣したと認められる旨判示した上で、原告会社の請求を棄却した事例(控訴後上告審係属中)


【事案の概要】

(1)原告は、楽譜の出版及び販売等を目的とする株式会社である。原告は、多数の楽譜を電子媒体及び紙媒体で出版し、実店舗に卸売しているほか、自社及び他社のウェブサイトにおいて販売している。
   被告会社は、ウェブサイトの企画、制作及び運営等を目的とする株式会社である。被告会社は、平成20年頃に公開された「A」というウェブサイト(以下「本件サイト」という。)などにおいて、多数のギター、キーボード、ドラム、ボーカル等のパートが全て記載されている楽譜(以下「バンドスコア」という。)を無料で公開し、不特定多数人の用に供した上で、広告収入を得ていた
   被告Y1及びY2は、いずれも被告会社の関係者である(以下、これらの者に関する記述は省略する。)

(2)バンドスコアの概要及び表記について
 ア バンドスコアの概要
   クラシック音楽については、作曲家が楽曲全体の構成をあらかじめ楽譜として作成するのに対し、バンドミュージックについては、作曲家が楽譜を書きながら作曲するのではなく、録音現場において演奏、録音しながら作曲することが大半であるため、作曲者自らが作成した完全な楽譜が存在せず、楽曲の全てを表現するのは原盤だけという場合が非常に多い。
   そのため、バンドミュージックの楽譜バンドスコア)を制作する場合、音源の演奏内容を聴き取り(以下、この作業を「聴音」という。なお、この作業は、俗に「耳コピ」といわれている。)、楽譜を書き起こす(以下、この作業を「採譜」という。)ことになる。
   採譜は、音価やフレーズを正確に把握しなければならないので、専門的な音楽教育を受けた経験がなければ困難である。
   バンドスコアのうちギターやベースのパートは、タブラチェア譜と呼ばれる楽譜(以下「TAB」という。)に記載されている。TAB譜は、各々の弦に対応した線から成り、数字や文字で押さえる指板の位置(演奏ポジション)や奏法が記されている。TAB譜の6本線は、上から1弦、2弦と各弦を表しており、各線上に記された数字がフレット(音を出す際に弦を押さえる場所)の数字を示している。
 イ バンドスコアの表記
   バンドスコアでは、楽曲を演奏できるように以下の表記がなされる。
  a)音の三要素
  ・音量:クレッシェンド、デクレッシェンド、アクセントなどの演奏時の音量を指示する表示
  ・音高:ドレミファソラシドなどの音の高さを示す記号
  ・音色:シンセサイザー(様々な音色を作り出す電子楽器)の音色、エレキギターの音の歪み具合や、エフェクター(音に様々な効果を付加する機器)を指示する表示
  b)音楽の三要素
  ・メロディ旋律):複数の音が連続し、音程を伴って時間とともに変化しながら進行していくもの
   ・音程:2音間の音高の差幅(音程の単位を度という。)
   ・異名同音:「レ♯」と「ミ♭」は、バンドスコアの表記は変わるが全く同じ音
   ・移調:音価の調(キー)を変えること。キーが変わると、バンドスコア上の見た目は変わるが、同曲である。
   ・オクターブ移動:オクターブ(8度音程)を変えること。メロディの音程関係とリズムをまったく変えずに、1オクターブ上げたり下げたりすると、バンドスコア上の見た目が変わる。
  ・ハーモニー:二つ以上の音を重ねた時に生じる縦の響き(和音)。連続して変化していくことで楽曲に様々な色合いをもたらす。バンドスコアの場合、音符だけでなくコードネームで楽曲の和音進行を示している。
  ・リズム:音の時間的な長さ。発音や休音の組み合わせによって一定の規律を持つ。
  c)演奏ポジション:楽器を演奏する時に押さえたり叩いたりする位置
  d)奏法:それぞれの楽器にある様々な演奏方法。ピッチカート、スラップ、ハンマリングオン等
  e)ディレイタイム:ディレイ(やまびこ効果を作り出すエフェクター)の設定時間

(3)被告会社は、バンドスコア等の制作を行うアルバイトの募集をしており、その応募資格には、「ギター経験者」、「ギターパート、コードの耳コピが得意な方」、「楽譜、バンドスコア、TAB 譜が読め、各楽器の名称、奏法、表現への理解が十分な方」との記載がある。
   被告Y1は、自身のメールアドレスを使用して、株式会社ジャパン、ミュージック、ワークスが運営するウェブサイト「J」から、平成20年8月頃から平成31年4月頃までの間に、別紙楽曲一覧(略)記載の609曲(以下「別紙609」という。)に係る原告のバンドスコア(以下「原告スコア」という。)のうち、1曲を除く608を購入した。
   被告会社は、自社のアルバイトが採譜したバンドスコアを「Guitarpro」というソフトウェアに入力していた。被告会社は、少なくとも平成28年6月頃から、自社のアルバイトに対し、採譜を依頼する楽曲の音源(mp3ファイル形式のデータ)とともに、原告スコアを送付していた。
   被告会社は、制作したバンドスコアを基に、各パートの音声ファイルを作成し、被告会社のバンドスコア(以下「被告スコア」という。)を見ながら楽曲を聴くことができる自動演奏機能をつけた。

(4)被告会社は、別紙609曲のうち598について、被告Y1が原告スコアを購入した日以降(注:被告Y1が原告スコアを購入した日と同日に3曲、翌日以降に595曲)について、被告スコアを本件サイトに公開した(注:残りの11曲については、被告Y1が原告スコアを購入するより前に、本件サイトに被告スコアを公開したが、そのうち5曲について、被告会社は、原告スコアが公開される前に、被告スコアを本件サイトに公開した。)。

(5)原告は、平成30年6月3日、被告会社に対し、原告スコアを本件サイトで公開しているとして、公開終了を求める文書を送付した。
   被告会社は、平成30年6月末頃、本件サイトを閉鎖した。

(4)原告は、本件訴えを提起して、バンドスコアは著作権法6条所定の著作物に該当しないが、被告会社が原告のバンドスコアを模倣して無料公開する行為は、「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害する」(最高平成23年12月8日判決参照)から、不法行為を構成すると主張して、被告会社については不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として、原告喪失の利益相当額20億3449万6278円の一部である5億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
   なお、原告は、本訴提起時、別紙609について、被告会社が原告スコアを模倣した旨主張していたが、第3回弁論準備手続期日において、25曲について、模倣性を主張する楽曲から撤回し、対象楽曲584に変更した。また、被告が原告スコアの購入日を明らかにした後、原告は、第7回弁論準備手続期日において、5曲について模倣性の主張を撤回して、対象楽曲579(以下「本件楽曲」という。)に変更した。


【争点】

(1)被告会社が原告のバンドスコアを模倣したかどうか(争点1)
(2)被告会社及び被告Y1の不法行為の成否並びに被告Y1の任務形態の有無(争点2)
(3)被告Y2の監視義務違反の有無(争点3)
(4)損害及び因果関係の有無(争点4)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記(1)についての各当事者の主張の骨子は、以下のとおりである。
   (原告の主張)
   原告スコアと被告スコアは、楽譜に記されている本質的演奏情報が一致しているから、被告会社が原告スコアを故意に模倣したといえる。本質的演奏情報とは、誰が演奏しても、その楽譜を見て演奏すると、同様の音楽を奏でられるように記された情報のことを指している。具体的には、音の三要素(音量、高音、音色、そして三要素の時間的変化を含む。)と音楽の三要素(メロディ、ハーモニー、リズム)、これらに加え演奏ポジションや様々な演奏指示なども含まれる。
   別紙609曲に係る被告スコアのうち、少なくとも579(本件楽曲)については、原告スコアと比較すると、ほぼ100%、本質的に同一の演奏情報が楽譜として記載されている。
   (被告の主張)
   本質的演奏情報とは、「これが間違っていれば演奏できない、あるいは別の楽曲となってしまうような、根本的な性質にかかわる楽譜上の演奏情報」のことである。本質的演奏情報が異なると、原曲と異なった楽譜になってしまうから、原曲を採譜すれば、原告スコアと被告スコアはいずれも本質的演奏情報が一致するのは当然である。仮に、原告が定義する本質的演奏情報の一致で模倣を判断するならば、原告が先に採譜をした後は、誰も自由に採譜した楽譜を発表できなくなり、表現の自由や営業の自由に対する過度の抑制になる。


【裁判所の判断】

(1)争点1(被告会社が原告のバンドスコアを模倣したかどうか)について
 ア 判断
  a)原告は、当初別紙609の模倣を主張していたが、その後25曲、更に5曲について模倣の主張を撤回して579(本件楽曲)の模倣を主張するに至ったものである。原告は、訴状において、少なくとも別紙609曲の原告スコアと被告スコアを比較すると、ほぼ100%のレベルで本質的に同一の演奏情報が楽譜として記載されていると主張していたのであり、それにもかかわらず、別紙609曲の中には
   被告会社において被告Y1が原告スコアを購入するよりも前に本件サイトに被告スコアを公開したもの(11曲)があり、更にその中には
   被告会社において原告スコアが公開される前に本件サイトに被告スコアを公開したもの(5曲)があるのであって(なお、原告は、これらの楽曲について、1曲を除き全て模倣の主張を撤回している。)、原告の主張を前提とすれば、被告会社が原告スコアを模倣せずに被告スコアを制作しても、バンドスコアの一部が似たような内容になることがあることになる。
   また、仮に一部の楽曲の一部分の小節について完全に演奏内容が一致していることが認められたとしても、原告が模倣性を主張している全楽曲579曲の全小節についても一致していること、ひいては被告会社が同全楽曲について原告スコアを模倣していることが認定できるわけではない。
  b)もっとも、原告は、一部の楽曲の一部の小節について、被告会社による模倣を具体的に主張しているので、以下検討する(以下、原告が被告会社による模倣を具体的に主張する楽曲合計10を併せて「模倣主張楽曲」という。)。
 イ 模倣性の判断基準
  a)原告が被告会社による模倣を具体的に主張する被告スコアは、同一楽曲について採譜したものであり、原告に近づけて演奏できることを目的として制作している以上、その表記内容が類似しているからといって、直ちに模倣したと判断することはできない
   他方で、ギターは同じ高さの音を出せる演奏ポジションが複数あり、エフェクターが使用されたり、その他の楽器の倍音が混在したりしている中で聴音することを踏まえると、演奏ポジションが全て合致することは考え難く、採譜を行う者(以下「採譜者」という。)聴音、採譜能力、経験、使用再生機器等によって、採譜の細部に違いが出ると認められる。
   したがって、原告スコア及び被告スコアが細部にわたり一致しており、特に、原告による独自の表記や、明らかな誤りが一致しているなど、被告会社が独自に採譜した場合にはおよそ一致していることが有り得ない表記が一致している場合には、偶然一致したとは考え難いから、そのような場合には、被告会社が原告スコアを模倣したと認められる。
   また、細部にわたり一致しているかの判断においては、その楽曲を構成する、音自体の表記(音量、音高、音色)及び音楽の表記(メロディー、ハーモニー、リズム)が一致していることのほか、演奏ポジションが全て一致することは考え難いことから、演奏ポジションが一致しているかどうかも考慮して判断すべきである。
  b)これに対して、被告は、本質的演奏情報とは、「これが間違っていれば演奏できない、あるいは別の楽曲となってしまうような、根本的な性質にかかわる楽譜上の演奏情報」をいい、被告会社が同一楽曲を採譜して原告スコアと本質的演奏情報が合致するのは当然のことであると主張する。
   しかしながら、模倣性の判断を「本質的演奏情報」が一致する場合とするかどうかはともかくとして、前記のとおり、同一楽曲であっても、異なる採譜者が採譜を行った場合、採譜者の技量や個性によって細部に違いが出ると認められ、前記に掲げた表記内容が細部にわたり合致することは考え難いから、被告らの主張は採用できない。
 ウ 模倣主張楽曲についての検討
  a)「Small note」という表記(「Fight For Liberty」、「見たこともない景色」)
   「Fight For Liberty」の原告スコア及び被告スコアは、比較対象となった小節について、演奏内容が大部分において同一であるほか、被告会社のアルバイトが、原告特有の説明方法で、かつ、被告スコアに記載する必要のない「Small note」の表記をしたことが認められる(この点、「見たこともない景色」についても同様である。)。そして、原告による独自の表記が一致している上、被告会社のアルバイトはその表記の意味を理解できずに原告スコアの当該表記を複写していることからして、対象小節のその余の部分についても、同様に複写しているのではないかと疑われる。
   しかしながら、他方において、「Fight For Liberty」の被告スコアには、グリッサンド及びブラッシングの細かい弦指定が記されているが、原告スコアには記されていない箇所があることも認められ、当該部分については、少なくとも被告会社のアルバイトが聴音して表記していると考えられる。
   そうすると、原告スコアの表記をそのまま複写している部分と、被告会社が独自に採譜している部分が、当該楽譜には含まれていることとなる。
   そして、被告会社が独自に採譜している箇所があるということは、被告会社のアルバイトに採譜能力がないとは認められないのであるから、被告会社のアルバイトが独自に採譜した後原告スコアと照合した結果、意味の理解できない記号であるSmall note」を記入した可能性も未だ残るため、上記記載が一致していることから直ちに「Fight For Liberty」及び「見たこともない景色」の対象小節について、被告会社が模倣したものと認めることはできない
  b)他社スコアとの異動(「Fight For Liberty」、「himawari」、「明日も」、「MONSTER DANCE」、「ないものねだり」、「ヘビーローテーション」)
   原告スコア及び被告スコアが同じ表記であり、かつ「Fight For Liberty」、「himawari」、「明日も」についてはS社スコアと、「MONSTER DANCE」についてはY社スコアと表記が異なる箇所がある。
   しかしながら、該当箇所を採譜すれば、必ず原告スコアのように表記し、S社スコアないしY社スコアが独自の表記を行っている又は誤っている可能性を排除できないから、S社スコアないしY社スコアと異なっているというだけで、被告スコアが原告スコアの模倣と認定することはできない(この点、「ないものねだり」及び「ヘビーローテーション」についても、同様である。)。
   なお、「Fight For Liberty」、「himawari」、「明日も」、「MONSTER DANCE」、「ないものねだり」、「ヘビーローテーション」についても、「Fight For Liberty」と同様に、演奏内容が異なる箇所が一部存在し、当該箇所については被告スコアが原告スコアに依拠せず採譜していることが明らかであるから、模倣していない可能性が相当程度認められる
  c)ディレイタイム及び演奏内容の違い(「打上花火」)
   「打上花火」について、原告スコア及び被告スコアの同一の箇所に「Delay:468ms」の記載があり、上記記載はディレイの設定時間を表すものであることが認められる。
   この点について、被告は、自分で計測した上で、原告スコアの表記を参考にしたと主張するものの、自分で計測したのであれば、その数字を記載すれば良いのであり、計測時間が千分の一秒まで一致するとは通常考え難いことからして、原告スコアにそのまま依拠して上記表記を行ったと推認できる
   しかしながら、「打上花火」について、原告スコア及び被告スコアの一部のパートについて演奏内容が異なっている上、被告スコアでは演奏がされている部分で、原告スコアでは演奏がされていない箇所があることに鑑みると、当該各箇所について被告スコアが原告スコアと無関係に採譜していることが明らかである。
   そうすると、被告会社が全体について採譜した後に、ディレイタイムなどの細かい表記の部分について、原告スコアの表記に合わせた可能性をなお排斥できない。
  d)演奏内容の違い(「バトンロード」)
   「バトンロード」は、比較された小節の大部分において、原告スコア及び被告スコアおの演奏内容が同一であることは認められるが、「打上花火」と同様に、被告スコアでは演奏がされている部分で、原告スコアでは演奏がされていない箇所があることに鑑みると、当該箇所について被告スコアが原告スコアと無関係に採譜されていることが明らかである。
   したがって、同楽曲の対象小節について、被告会社が原告スコアを模倣したとまで認めることはできない
  e)説明の不合理性(「himawari」)
   「himawari」について、原告スコア及び被告スコアの同一箇所に、「PichShifter:add octave lower tone」との表記がある。この点、被告は、「8 va alta」と「PichShifter:add octave lower tone」のいずれの奏法か分からなかったため、原告スコアにあった表記をしたと主張している。
   しかしながら、「PichShifter:add octave lower tone」とは、ピッチシフターという機器で1オクターブ下の音を追加するという表記であり、「8 va alta」は、表記されている音の1オクターブ上の音で演奏する指示であって、意味が異なっている。
   そうすると、被告会社は、上記の演奏指示の一般的な意味を理解できていない主張をして模倣を否定しているといえるから、当該箇所について被告スコアは原告スコアに依拠している可能性が高い
   もっとも、前記のとおり、原告スコア及び被告スコアには演奏内容が異なる箇所もあり、当該箇所の依拠性が認められても、その余の小節全体について直ちに模倣しているとは認められない
  f)誤りの一致(「瞬き」)
   「瞬き」には、原告スコア及び被告スコアにコードネーム「B」が記載された箇所の下に、コードネーム「B#dim」のコードを配置し、コードネーム「B」が記載された位置の下には、コード表が配置されていなかった誤りがあった。
   確かに、聴き取りにくいフレーズなどについて採譜に共通の誤りが生じることはあり得るが、上記の誤りは表記上の誤りであり、仮に原告スコアを被告スコアと照合するために用いていたとしても、被告会社が自身で採譜していたのであれば、原告スコアの表記が誤っていることに気付くのが普通であり、当該箇所については、被告会社が原告スコアに依拠したと考えられる。
   もっとも、原告スコア及び被告スコアには演奏内容が異なる箇所もあり、当該箇所の依拠性が認められても、その余の小節全体について直ちに模倣しているとは認められない
  g)不自然な一致(「LOSER」)
   「LOSER」について、原告スコアの「Strings3&4」は2段に分けて記載され、当該フレーズはいずれもへ音記号で記されているが、被告スコアでは、同一箇所についていずれもト音記号で、原告スコアの「Strings3」及び「Strings4」に該当するフレーズと同一内容が、それぞれ「Key.3」及び「Key.4」に記載されている。
   この点、音部記号が異なれば、音符などが同一内容であっても異なる演奏となると考えられるから、同一フレーズを被告会社のアルバイトが聴音した結果、そのように聴き取ったと考えるのは不合理である。
   そうすると、当該箇所について被告会社が原告スコアに依拠したが、音部記号を揃えることを失念したと考えるのが相当である。
   もっとも、原告スコア及び被告スコアには演奏内容が異なる箇所もあり、当該箇所の依拠性が認められても、その余の小節全体について直ちに模倣しているとは認められない
  h)被告会社が先行公開している楽曲について
   被告会社が原告に先行して公開した楽曲である、「サヨナラの準備は、もうできていた」、「マリーゴールド」及び「秒針を噛む」について、原告スコア及び被告スコアの演奏内容の不一致部分が多く認められ、模倣主張楽曲数小節については、多くの箇所一致部分が認められることからすると、模倣主張楽曲の当該小節について、被告会社が模倣しているとの判断につながり得る。
   しかしながら、前記説示のとおり、模倣主張楽曲についても原告スコアと被告スコアで相違する部分があり、一部被告会社が独自に採譜していることからが明らかであるものが含まれおり、相対的に上記3曲について相違部分が多いことから、模倣主張楽曲について模倣されたと認定することはできない
  i)小括
   以上からすると、模倣主張楽曲のいずれについても、被告会社が原告スコアを模倣して被告スコアを制作したと認めることはできない

(2)争点4(損害及び因果関係の有無)について
   原告は、平成20年頃に本件サイトが公開され、その翌年には本件サイトが知られるようになり、平成24年以降、原告の売上が激減した旨主張するが、原告に売上減少による損害が発生していることを裏付ける証拠がない(注:その他の理由については、省略する。)。
   したがって、仮に被告会社が原告スコアを模倣して制作した制作したと言えるバンドスコアがあったとしても、原告には、かかる被告会社の行為と因果関係のある損害があると認めることはできない

(3)結論
   原告の被告に対する請求は、その余の争点(争点2及び3)について判断するまでもなく、いずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原告会社が先行公開したバンドスコア(原告スコア)について、特に、原告による独自の表記や、明らかな誤りが一致しているなど、被告会社が原曲から独自に採譜した場合にはおよそ一致していることが有り得ない表記が一致している場合には、被告会社が原告スコアを模倣したと認められる旨判示した上で、原告会社の請求を棄却した事例です。
   他方で、本裁判例は、「仮に一部の楽曲の一部分の小節について完全に演奏内容が一致していることが認められたとしても、原告が模倣性を主張している全楽曲579曲の全小節についても一致していること、ひいては被告会社が同全楽曲について原告スコアを模倣していることが認定できるわけではない。」と判示して、模倣性が認定されるためには、対象となる全楽曲の全小節について一致していることの立証が必要なことも示唆しています。実際に、本裁判例は、被告スコアについて、原告による独自の表記(「Small note」という表記)の一致や明らかな誤りの一致などを認めつつ、「原告スコア及び被告スコアには演奏内容が異なる箇所もあり、当該箇所の依拠性が認められても、その余の小節全体について直ちに模倣しているとは認められない」と判断した上で、模倣主張楽曲のいずれについても、模倣性を否認しました。

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