【交通事故】大阪高裁令和6年4月26日判決(自保ジャーナル2178号138頁)

車両を駐車中に、車体全体にキズが付けられて、車室内に消火剤を噴射されるという事故は、被保険者の故意により生じたものとして、故意免責条項による免責を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)控訴人(一審被告。保険会社)は、被控訴人(一審原告)との間で、後記(2)の事故前に、被控訴人を被保険者、被保険自動車を○○(以下「本件車両」という。)、車両保険金額690万円全損時諸費用保険契約(全損の場合、車両保険金額の10%と20万円のいずれか少ない方が車両保険金に加算される特約)付き自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
   なお、本件保険契約においては、「衝突、接触(中略)その他の偶然な事故」によって被保険自動車に生じた損害に対して保険金を支払う旨が定められている。
   また、本件保険契約においては、保険契約者等の「故意又は重大な過失」によって生じた損害に対しては、車両保険金を支払わない旨が定められている(全損時諸費用保険契約についても同様。以下「故意免責条項」という。)。

(2)被控訴人は、平成31年2月18、控訴人に対し、同日深夜B公園駐車場(以下「本件駐車場」という。)に本件車両を駐車中に、何者かによって本件車両の車体全体にキズが付けられて、車室内に消火剤を噴射されるという事故(本件車両には、車体外部の全体にわたって、鋭利な器具等で付けられたような傷が多数あり、右前輪及び右後輪の各タイヤはパンクしており、車内に消化剤が散布されていた。以下「本件事故」という。)が発生したことを申告して、本件保険契約に基づく保険金の請求をした。
   本件事故による本件車両の修理費見積額は891万8294円であり、全損(全損時価額690万円)と評価されるものであった。

(3)控訴人は、令和元年9月2付けの書面をもって、被控訴人に対し、本件事故は、控訴人が保険金目的で作出した偽装事故である可能性が極めて高いことから、保険金の支払を拒絶する旨の通知をした。

(4)被控訴人は、本件訴えを提起して、控訴人に対し、車両保険金等710万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(5)原審大阪地裁令和5年4月12日判決・自保ジャーナル2178号148頁)は、本件事故が被控訴人の故意により生じた事故であると認めるには足りないとして、被控訴人の請求を認容したところ、控訴人は、原判決を不服として控訴した。

(6)原審において、「本件事故が原告(注:被控訴人)の故意により生じた事故であると認めるには足りない」と判断した理由の骨子は、以下のとおりである。
 ア 本件車両の車体の多数の損傷中には、一定の重量があり先端が尖った金属製の道具によって付けられたと考えられる損傷があるが、第三者による損傷行為であることが合理的に排除される事情であるとまではいえない(消火器が使用されたことについても同様)。
 イ 本件駐車場は、公園内の駐車場であり、夜間に車両や人の通行が少ない場所であることは認められるが、被控訴人以外に訪れる者がいるとは考えにくいとはいえない
 ウ B公園管理事務所において直近10年間に本件駐車場で駐車車両が損傷される事故が把握されていなかったことをもって、本件事故が被控訴人の故意によるものであることを基礎付けるとまではいえない
 エ 本件事故前である平成30年9月頃に、被控訴人は、B公園付近の道路であおり運転を受けて、降車後に相手方運転手から暴行を受け、その後、同運転手との間で示談が成立したが、同運転手がその問題で解雇されたということからすると、怨恨の可能性がないとはいえない
 オ 被控訴人は、平成31年3月11日に行われた調査会社担当者との面談の際に、担当者から「これ、もう全損ですよね。」と言われたのに対して、「これって、直らないんですか。直せるとは、板金屋さんに聞いたんですよ。」などと述べ、担当者から、消火剤が散布されているので不具合が出ることなどを教えられるなどして、ようやく、車体の補修は無理であることに納得しているのであり、全損による保険金を狙って本件事故を故意に起こした者の言動とはいい難い
 カ 本件車両の左後ろの窓が2~3cm空いていたことについて、被控訴人は、本件事故前(平成31年2月17日)、運転中に4つのボタンを操作して4つの窓を開けてたばこを吸い、吸い終わった後、運転しながら4つのボタンを操作して窓を全部閉めたつもりであったが、左後ろの窓だけ閉め切れていなかったのかもしれない旨を説明、供述しているところ、これが信用できないことを根拠付ける事情は見当たらない
 キ 本件駐車場よりも料金が安くて所要時間(距離)が短い駐車場(JRa駅高架下にあるH駐車場)があるにもかかわらず、本件駐車場に本件車両を駐車しに行ったことについて、被控訴人は、普段から本件車両を触られたりしないよう、あまり人目に付かないところに停めるようにしている旨を説明、供述しており、被控訴人の上記供述は不自然とはいえない
 ク 本件事故当時、被控訴人は、母と2人で被控訴住所所在地の家に居住していたところ、本件事故前の状況に関する原告の説明・供述は、本件事故の前日(同年2月17日)、被控訴人が本件車両に乗って帰宅すると、別に暮らす兄が車で自宅に来ていて、ガレージに兄の車両が駐車してあったことから、本件車両を自宅前に一旦駐車して自宅に入ったが、兄がそのまま泊ることになったため、被控訴人は本件車両を本件駐車場に停めに行ったというものであり、その内容に変遷はない
 ケ 被控訴人は、令和元年6月21日の控訴人代理人との面談時に、被控訴人の兄が、その運転してきた車両を自宅ガレージから出して別の場所に駐車するのではなく、被控訴人が、本件車両を別の場所に移動させることとなった理由を質問されたこと対し、「とくにない。」と回答しているが、兄の車両が自宅ガレージ内にあり、本件車両が自宅前の路上に駐車しているという状態を前提として、路上駐車が近所に迷惑になるのでこれを避けようとするに際し、被控訴人が本件車両を移動させることになった理由を問われる意味が理解できなかったということは、不自然とはいえない
   上記の質問に対し、被控訴人が兄の飲酒のことを回答していないことをもって、説明や供述に変遷があるとはいえない。
 コ 被控訴人が本件車両を移動させるために自宅を出発した時刻について、被控訴人は、午前2時から午前3時くらいまで(平成31年3月11日の調査会社の面談時)、または、午前1時から午前2時の間(本件訴訟の尋問時)と供述する一方、被控訴人の兄は、被控訴人は前日の午後11時頃に帰宅して、10~15分後に自宅を出発した旨供述している(控訴人代理人との面談時)が、被控訴人の兄が当日の被控訴人の行動について性格に記憶していない可能性があるから、出発時刻に関して被控訴人の説明・供述と被控訴人の兄の回答との食違いが、重大なものであるとまではいえない
 サ 自宅ガレージ内のバイクの駐車状況に関し、被控訴人は、2台(調査会社に対する回答)、または、4台で、横一列に並んでいた(控訴人代理人の面談時)、または、5台(本件訴訟の尋問時)と説明する一方、被控訴人の兄は、ガレージの奥に2台、手前に2止まっていた(控訴人代理人に対する回答)と説明しているが、被控訴人か被控訴人の兄のいずれか一方又は双方が、バイクの並び方について正確に記憶していなかった可能性があり、また、これを正確に記憶していなかったことが不自然であるともいえない
 シ 本件車両は、被控訴人が、分割払手数料込みで620万5022円のローン(平成30年8月の9万3822円を第1回とし、令和3年6月まで毎月8万5800円ずつを支払い、同年7月の支払額〈残価〉を320万円とするローン)を組んでいたところ、本件事故時までに支払の遅滞はなかった
 ス 被控訴人は、トラック運転手として稼働し、その給与所得(支払金額)は、平成30年分が551万5246円、令和元年分が726万1116円であり、この他に、父から相続した賃貸物件の家賃収入が年間約90万円余あること、独身で実家に居住していたこと及び原告に本件車両のローン以外に負債があるとは認められないことからすると、被控訴人が、保険事故を偽装して保険金を詐取することを欲するような経済状況にあったということはできない


【争点】

(1)被控訴人は、本件車両に対する損傷行為が被控訴人以外の第三者によって行われたことについて、主張立証責任を負うか(争点1)
(2)本件事故は被控訴人の故意により生じた事故であるか(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、控訴人における控訴人の補充・追加主張は、以下のとおりである。
 ア 本件駐車場の精算機に記録されたジャーナル領収書データ)から、被控訴人が本件駐車場に本件車両を駐車した時刻は平成31年2月18日午前2時49分から同日午前3時10分までの間であることが判明した。
 イ ETC利用履歴により、被控訴人のは、勤務先のトラックを運転して、平成31年2月17日午後8時19分にc料金所を入場し、同月18日午前8時59分にd料金所出口を出場した事実が判明した。したがって、兄が同月17日夜から同月18日朝にかけて、被控訴人宅に滞在した事実はない
 ウ 被控訴人は、本件事故のほかにも、単独事故が発生したと申告して保険金請求を繰り返している。また、本件事故後の令和元年12月10、本件車両が盗難されたと申告し、本件金請求を行った。本件車両は、令和5年4被控訴人が所有するアパートの駐車場に保管されていたことが判明した。
 エ 本件車両には、本件事故によって右前輪のブレーキキャリバーに打痕が生じているところ、上記の箇所に打痕を発生させるには、右前輪のホイールのスポークの隙間からブレーキキャリバーに向かって金属製の道具を打ち込む必要があるが、控訴人の調査によれば、本件車両の右前輪の打痕の箇所とスポークは重なっている。このことは、本件事故を発生させた者が、打痕をつけてから消火剤を散布するまでの間に、本件車両を移動させた(ホイールを回転させた)ことを意味している。


【裁判所の判断】

   当裁判所は、本件事故は被控訴人の故意によるものと認められ、故意免責条項により保険金を支払わない場合にあたると認められるから、被控訴人の請求は、理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。 

(1)争点1(被控訴人は、本件車両に対する損傷行為が被控訴人以外の第三者によって行われたことについて、主張立証責任を負うか)について
   被控訴人は、本件車両に対する損傷行為が原告以外の第三者によって行われたことについて主張立証責任を負うとはいえない(逆に、控訴人において、本件事故が被控訴人の故意〈又は重大な過失〉により生じた事故であることについて主張立証責任を負う。)(注:原審の判断のとおりである。)。

(2)争点2(本件事故は被控訴人の故意により生じた事故であるか)について
 ア 兄が被控訴人宅を訪れた事実の有無について
  a)被控訴人は、本件事故の経緯につき、以下のとおり主張する。
  ・平成31年2月17日に、兄が自分の車両に乗って被控訴人宅を訪れ、ガレージに同車両を駐車したので、被控訴人は、一時的に本件車両を道路上に停めた。
  ・兄が、飲酒し、運転して帰ることができなくなったため、被控訴人は、本件車両を道路上に放置しておくと近所迷惑になると考えて、本件車両を本件駐車場に駐車しに行った。
  ・翌朝、被控訴人が本件車両を取りに行ったところ、本件車両外部に多数の傷が付けられ、車室内に消火剤が散布されていることを発見した。
  b)兄が平成31年2月17日に被控訴人宅を訪れたことは、本件事故の根幹となる前提事実である。しかし、兄がトラック運転手として当時運転していたトラックのETC走行履歴(注:控訴人代理人が申し出た弁護士法23条の2第2項に基づく照会に対する、被控訴人の兄の勤務先である株式会社Eからの回答によるものである。)によれば、同トラックは、平成31年2月17日午後8時19分c入口を利用し、同月18日午前8時59分にd出口を利用しているのであるから、被控訴人がそもそもの前提とする兄が同月17日に被控訴人宅を訪れていたという事実は認められないというほかない。
   原審において、
  ・同月17日、兄が自分の車両を運転して被控訴人宅を訪れたこと、自分が飲酒し、運転できなくなり、そのまま宿泊したことは事実であることは間違いない旨を記載した兄の陳述書
  ・控訴人代理人からの照会に対し、同日、兄が被控訴人宅を訪れたことを前提にした兄の回答書
がそれぞれ提出されているが、兄は、原審及び当審において証人として採用されたがいずれの期日にも出頭せず、上記陳述書及び回答書は被控訴人からの尋問を経ていない証拠であることに、期日に2度出頭しなかったという兄の対応を併せ考えると、上記証拠によって、兄が被控訴人宅を訪れた事実は認められないとの上記認定は左右されない。
  c)以上のとおり、兄が被控訴人宅を訪れた事実が認められない以上、車両をガレージに停めた兄が飲酒し運転できなくなったので、近所迷惑にならないよう路上に駐車していた本件車両を本件駐車場に駐車しに行ったとの被控訴人の説明は全く成り立たず被控訴人は、同月18日午前3時頃という深夜の時間帯に、人気の少ない本件駐車場に本件車両を敢えて移動させたことにつき、何ら合理的な説明をしていないこととなる。
   さらに、被控訴人が一貫して兄が被控訴人宅を訪れていたという虚偽の説明を行っていたことは、被控訴人の供述の信用性が乏しいことはもとより、本件事故が被控訴人の故意によるものであることを強く疑わせる事情ともいえる。
 イ 本件事故を故意に作出する動機の有無について
   本件事故により被控訴人に支払われる保険金の額は710万円であるから、被控訴人は、本件車両の購入価格557万円を153万円上回る保険金を受け取ることができ、本件事故当時のローンの残債務額約568万円を考慮しても被控訴人の手元には約142万円が残ることとなる。
 ウ 本件事故の偶発性を疑わせる事情について
   発見時の本件車両には、車体外部全体にわたって、一定の重量があり先端が尖った金属製の道具でつけられたような傷が136ヶ所あり、車室内に大量の消火剤が散布されていたが、本件事故当時、本件駐車場内に消火器は設置されておらず、B公園内に設置された消火器が持ち去られた事実もない。
   本件事故が第三者によるものであるとすると、第三者は、たまたま本件駐車場に駐車されていた本件車両を見つけ、通常持ち歩くとは考えにくい一定の重量があり先端の尖った金属製の道具と消火器を使って、上記のように執拗に本件車両を損傷したことになるが、その可能性は低いといわざるをえない。
   しかも、本件車両のドアは施錠されており、消火剤は、開いていた左後ろの窓ガラスの2~3cmの隙間から散布されたものと思われ、消火器の準備と併せて、偶然とは思われない状況が重なっている
 エ 本件車両が損傷された後に移動されている等の事実について
   本件車両につけられた右前輪のブレーキキャリバーにある傷の箇所にスポークが重なっており、発見時の状態では傷をつけることができないことは、上記の傷をつけられた後ホイールが回転した、すなわち本件車両が移動したことを示し、
   本件車両の発見時、本件車両のハンドルやシフトレバーに消火剤の粉末が付着したままで触られた痕跡はないことは、消火剤が散布された後に本件車両が移動していないことを示している。
   かかる車両の状況を前提とすると、何者かが本件車両外部を損傷した後、ドアを開錠しエンジンをかけて本件車両を移動させ、発見場所に駐車し、車室内に消火剤を散布したことになるが、
   本件車両にはイモビライザーが搭載され、発見時にドアは施錠されていたのであるから、本件車両のキーを所持しない者が、上記のように本件車両外部を損傷した上で、本件車両を移動させ、さらに車室内を損傷することは困難である。
 オ 控訴人による鑑定申出直後に被控訴人が本件車両を売却した事実について
   控訴人は、当審において、本件車両に装備されたコンピュータに記録されている平成31年2月17日から同月18日にかけての本件車両の位置情報等を解析する旨の鑑定申出を行ったが、被控訴人が上記申出の直後に本件車両を売却したため、上記鑑定は実施不能となった。
   被控訴人が、本件事故後4年以上の間本件車両を保有していたにもかかわらず、上記鑑定申出の直後に本件車両を売却し、本件事故前後の本件車両の位置情報を得られなくしたことは、本件事故の経緯についての控訴人の立証を妨げる結果となっており、本件事故前後の被控訴人の供述書について疑念を生じさせる事情といえる。
 カ 小括
   上記の事情を併せ考えると、本件事故は被控訴人の故意により生じたと認められる。
   したがって、控訴人は故意免責条項によって免責され、保険金の支払を拒むことができる。

(3)結論
   原判決は相当でなく、本件控訴は理由がある(原判決取消、請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原審の判断を覆して、本件車両を駐車中に、本件車両の車体全体にキズが付けられて、車室内に消火剤を噴射されるという事故(本件事故)は、被控訴人(被保険者)の故意により生じたものとして、故意免責条項による免責を認めた事例です。
   本裁判例は、兄がトラック運転手として当時運転していたトラックのETC走行履歴などから、「兄が被控訴人宅を訪れた事実が認められない」と認定した上で、「被控訴人が一貫して兄が被控訴人宅を訪れていたという虚偽の説明を行っていたことは、(中略)本件事故が被控訴人の故意によるものであることを強く疑わせる事情ともいえる」と判示しています。

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