受講申込みの際の規約に違反した場合に「当該コース正規受講料の10倍の料金又は500万円のより高額な方」を違約金と定める条項について、消費者契約法10条によりその額を合理的な範囲に制限すべきとして、5万円を超える部分を無効と判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)被控訴人(一審原告)は、平成24年4月に設立された、航空大学校(以下「A大学校」という。)受験を目的としたパイロット予備校(以下「本件予備校」という。)の運営等を目的とする株式会社である。
控訴人(一審被告。平成7年○月○日生)は、平成27年10月27日、本件予備校の無料相談会に行き、同月31日、本件予備校の講座である「○○」(以下「本件講座」という。)の受講を申し込み、受講料26万8030円(1万円の割引後の額。税込。)を支払って、被控訴人との間で本件講座の受講契約(以下「本件受講契約」という。)を締結した。
(2)被控訴人は、本件予備校の講座の受講を申し込む際の規約として、以下の内容を定めている(以下、この規約を「本件規約」という。)。
ア 解約・返金について(第3項1号) 略
イ 禁止事項及び罰則について(第8項)
a)本件予備校が受講生に提供する教材及び情報(テキスト、メールマガジン、資料、授業コンテンツ等。以下「本件予備校教材」という。)に関する著作権、商標権等の一切の権利は、本件予備校に帰属する(2号)。
b)本件予備校教材は、著作権法に定める私的目的以外に使用することはできない(3号)。
c)受講生又は第三者が本件予備校の許諾を得ないで本件予備校教材を複製、頒布、譲渡、貸与、翻訳、再利用することは、いかなる方法によってもできない(4号。以下「本件譲渡禁止条項」という。)、
d)配信授業、セミナー等において受講内容等を収録(録画、録音等)することはできない(5号)。
e)上記に違反した場合は、直ちに差止を求め、退会処分とする。当該コース正規受講料の10倍の料金又は500万円のより高額な方を違約金として申し受ける。加えて、民事上の措置(損害賠償等)・刑事上の措置(著作権法)を取る(6号。以下「本件違約金条項」という。)。
本件予備校について紹介したパンフレットには本件規約が記載されており、控訴人が上記申込みにおいて用いたウェブサイトの入力フォーム中には本件規約への同意を確認するためのチェックボックスが設けられていた。
(3)被控訴人は、平成27年11月9日、控訴人に対し、本件受講契約に基づき、別紙教材目録(略)記載の本件講座の教材(以下「本件教材」という。)を送付した。
本件講座の受講期間は、本件教材の発送日(11月9日)からA大学校1次試験(平成28年7月)前日までであった。
1次試験の出題分野は、英語・一般教養・数学・物理等であり、本件講座の主な内容は、本件予備校教材に基づき交講師が行う講義の配信であった。
(4)控訴人は、本件予備校におけるセミナーを受講した平成28年3月12日及び同年8月の2回にわたり、セミナーの内容について他者に公開、漏洩等をしないことを約する誓約書に署名し、被控訴人に提出した。
この誓約書には、第三者がセミナーの内容を使用した場合には、「法的手段により、内容を使用した会社または個人に対し、五百萬円の請求措置が取られますことを了承致します。」という記載があった。
(5)A大学の受験資格は受験年度時20ないし24歳であるため、控訴人は、平成30年で受験資格を失い、本件教材は不要となった。
なお、控訴人は、被控訴人から、本件教材の返還を求められなかった。
(6)被控訴人は、令和元年12月1日、本件規約を改訂し、「当社は、受講者に対して、シリアル番号で受講者毎に個別に管理された教材を貸与します。教材の所有権は当社にあり、受講者は、善良なる管理者の注意をもって使用しなければなりません。」という条項を追加した。
ただし、被控訴人は、受講者全員から教材の返還を受けているわけではない。
(7)控訴人は、令和2年5月1日、「B」という出品者名でメルカリに、本件教材を5つに分けて出品した(控訴人は、非売品のため値下げできないとコメントしていた。)が、控訴人は、メルカリのコメント欄に、本件規約に違反している旨のコメントが付されたため、出品を取り消した。
その後、控訴人は、令和2年5月1日、被控訴人に対し、①出品は既に停止したこと、②規約の確認不足とのことだが、他にも複数名が出品しているために問題ないと認識していたこと、③出品停止以外に対応事項等があれば知らせてほしいなどと記載したメールを送信した。
(8)控訴人は、令和2年5月6日、本件規約に違反している旨のコメントを削除して、「B」という出品者名でメルカリに、本件教材を5つに分けて再度出品した。
このうち2つの教材について、譲渡が成立した(以下「本件譲渡」という。)。
(9)控訴人は、令和2年5月頃、「C」という出品者名でメルカリに、譲渡が成立していなかった残り3つの本件教材を出品した。
被控訴人の当時の代表取締役であったWは、令和2年5月21日(注:同日時点で、譲渡が成立していなかった残り3つの本件教材が出品されていたがどうかは、不明である。)、控訴人に電話をかけ、控訴人が「B」の名でメルカリに本件教材を出品していることを確認したところ、控訴人は、出品を否定した。
(10)本件教材にもID番号が記載されていたが、控訴人は、本件教材をメルカリに出品する際、本件教材に記載されたID番号部分に付箋を貼って、ID番号が見えないように撮影した写真を出品サイトに掲載しており、「表紙の個人番号があるので、隠しております。」としていた。
(11)A大学校の入試試験では、問題用紙を持ち帰らせているが、問題文は掲載されていない。他方で、本件予備校の教材には、問題文も掲載されている。
なお、D出版は、「E入試問題集」を3080円(税込み)で出版しており、A大学校の問題文も掲載されている。
(12)被控訴人は、本件訴えを提起し、本件譲渡は受講規約に違反しているとして、控訴人に対し、本件違約金条項に定められた違約金500万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
(13)原判決(東京地裁令和4年2月28日判決・判例時報2545号86頁)は、本件違約金は違約罰であるとした上で、
・本件教材が第三者に対して譲渡されればノウハウが流出し、本件予備校の受講生が減少し、被控訴人は営業上の利益を害されるなどとして、本件譲渡禁止条項と本件違約金条項のいずれについても消費者契約法10条に違反して無効になるとはいえないが、
・本件の事情の下では本件違約金条項の定める違約金額は必要な限度を超えるものであり、その全額を支払わせるのは公序良俗に反する
として、100万円の限度で違約金の請求を認めた。
これに対し、控訴人が控訴し、被控訴人が附帯控訴した。
【争点】
主な争点は、本件違約金条項の有効性である。
以下、裁判所の判断の概要を示す。
(参照条文)
・消費者契約法10条
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
・民法90条
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
【裁判所の判断】
(1)本件違約金条項の有効性について
ア 前提となる事項
本件違約金条項は、「禁止事項及び罰則について」という見出しがつけられた本件規約第8項に定められている上に、本件譲渡禁止条項に違反した場合には、「当該コース正規受講料の10倍の料金又は500万円のより高額な方を違約金として申し受けます。加えて、民事上の措置(損害賠償等)・刑事上の措置(著作権法)をとらせていただきます。」と定めており、「違約金」に加えて損害賠償請求を別途行うとしていることからすれば、本件違約金条項は、損害賠償額の予定を定めたものではなく、違約罰を定めたものと解するのが相当である。
ところで、消費者契約法9条は消費者契約の解除に伴う損害賠償額の予定等について規律するものであるところ、本件違約金条項は、本件受講契約の解除を前提とするものではないことからすると、本件においては本件違約金条項が消費者契約法10条により無効とされるか否かが問題となると解される。
そこで、以下この点につき検討する。
イ 判断枠組み
a)本件受講契約は、A大学校受験のための講義や教材等を被控訴人が提供する一方で、控訴人がその対価として26万8030円の受講料を支払うという双務契約であって、この契約における控訴人の基本的義務は受講料の支払義務であり、本件譲渡禁止条項に基づく義務は控訴人の負う付随的義務ということができる。
このような義務に違反した場合において受講生は損害賠償義務を負担し得るところ、本件違約金条項は、これに加えて違約罰を課すものであるから、任意規定の適用による場合に比し、消費者である受講生の義務を加重するものというべきである。
b)そこで、本件違約金条項が民法1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するといえるかどうかについて検討すると、
同条項は被控訴人が提供する講義や教材等の内容が本件規約の定める禁止事項に違反して外部に漏出等することにより生じる著作権侵害や本件予備校の経営に与える悪影響を防止する目的で設けられたものと解されるところであり、
漏出等が生じた場合にはその態様によって損害の規模も様々である一方で、被控訴人がこれを具体的に立証して賠償を求めるには相応の負担や困難も伴う面があることから、
違約罰という制裁を予め定めておくことにより、漏出等の事態が生じるのを未然に防止する趣旨に出たものと解される。
本件規約に定められた付随的義務を守ることは受講生に特段大きな負担をかけるものとはいえないことにも照らすと、上記のような趣旨目的から違約罰を定めることそれ自体が直ちに消費者である受講生の利益を一方的に害するとまではいい難い。
c)しかしながら、違約金が現実に課される段になれば受講生の受ける負担は現実的なものとなるから、その額が禁止条項違反により生じ得る損害の額に比して高額に過ぎると評価すべき場合には、信義則に反して消費者である受講生の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となり得ると解するのが相当である(最高裁平成23年3月24日判決参照)。
ウ 検討
a)本件違約金条項の下においては、受講生が上記付随的義務に違反した場合、損害賠償義務を負うのに加えて500万円又はそれ以上の違約罰を課されることになるわけであるが、
これは受講生が基本的義務として負う受講料額を超える負担を付随的義務違反に対する制裁として課すというものであって、契約当事者間の公平の観点から看過できない負担を受講生に負わせるものである(違約罰の例として挙げられる違約手付も通常は売買代金額の範囲内の額が定められることが想起される。)。
しかも、本件違約金条項で定められた違約金額は、受講生が支払う受講料の額をはるかに超えた多額に及ぶものであり、受講生にとって過酷な結果を招くものといわざるを得ない。
b)もっとも、本件違約金条項の対象となっている禁止事項には様々なものが含まれており、被控訴人による配信授業やセミナー等を密かに収録してインターネット上で公開したり、本件教材を複製して多数の者に頒布したりするなどの行為も含まれ得る一方で、本件違約金条項について十分な認識を欠く受講生が本件予備校教材を知人に譲渡してしまったために違約金を請求されるといった場合も含まれ得る。
それらの個別事情によって、受験生側の義務違反の程度は大きく異なるし、被控訴人に生じる損害もまた大きく異なり得るところであるから、本件違約金条項の適用が受講生の利益を一方的に害するか否かを一律に判断することは困難といわざるをえない。
このような事情に加えて、消費者契約法10条が民法1条2項の基本原則を踏まえたものであることを考慮すると、本件の個別事情を踏まえつつ、本件に適用する限りにおいて、本件違約金条項を全部又は一部無効とすべきであるか、一部無効とする場合にはどの範囲で無効とすべきであるかを検討するのが相当である。
c)そこで検討すると、本件において本件違約金条項の対象とされるのは、控訴人が本件教材をメルカリで他の特定人に譲渡したことであり、これが本件規約で禁止事項とされる本件予備校教材の「譲渡」に当たるというのである。
しかしながら、本件教材の内容は、英語、数学、物理等の問題とその解説であり、その内容それ自体がこれらの科目の一般的知識を有しているだけでは理解や回答ができないという特殊なものであると認めるだけの証拠はないし。類似の問題集が市販されているから本件教材に記載されているものと同種の内容を不特定多数の者が入手可能な状況にあるともいえる。
そうすると、かかる事情の下で控訴人が本件教材を他の特定人に譲渡したからといって、それにより被控訴人の経営にとって望ましいものではないというレベルを超えた多額の損害まで発生するものとは考えられない(少なくともそのような損害が生じ得ると認めるだけの立証はされていない。)。
他方、控訴人の譲渡行為は他の禁止事項に違反した場合に比べて義務違反の程度は類型的に低いといえるものの、控訴人は被控訴人から譲渡を制止されながら譲渡に及んだものであり、かかる場合に違約金が何ら課されないとなると、本件規約の実行性を一部失わせるものになり得ることも否定できない。
d)以上検討してきたところを総合考慮すると、本件違約金条項については消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする消費者契約法10条によりその定める違約金の額を合理的な範囲に制限すべきであり、本件における事実関係の下では5万円を超える部分は無効と解するのが相当である。
(2)結論
被控訴人の請求は、5万円の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却すべきである(原判決変更、附帯控訴棄却)。
【コメント】
本裁判例は、受講申込みの際の規約に違反した場合に「当該コース正規受講料の10倍の料金又は500万円のより高額な方」を違約金と定める条項(本件違約金条項)について、消費者契約法10条によりその額を合理的な範囲に制限すべきとして、5万円を超える部分を無効と判示した事例です。
原判決においては、本件教材が第三者に対して譲渡されればノウハウが流出し、本件予備校の受講生が減少し、被控訴人は営業上の利益を害されるなどと判示していましたが、本裁判例は、「控訴人が本件教材を他の特定人に譲渡したからといって、それにより被控訴人の経営にとって望ましいものではないというレベルを超えた多額の損害まで発生するものとは考えられない」と判示しています。このような評価の違いから、本裁判例においては、控訴人は被控訴人から譲渡を制止されながら譲渡に及んだという事情を勘案しつつも、本件違約金条項について、5万円を超える部分は無効との結論に至ったものと考えられます。