委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約を解除できるところ、各当事者は契約期間内でも合意により解除することができる旨の規定の存在により、委任者が本件契約の解除権を放棄したといえない旨判示した事例(確定)
【事案の概要】
(1)原告らは、いわゆるカップルユーチューバーとして、「A」というグループ名で、動画配信プラットフォームであるYouTube上で配信活動を行ってきた者である。
被告は、タレントのマネジメント等を業とする株式会社である。
(2)原告らは、令和4年4月16日、被告との間で、」原告らの芸能活動に関するマネジメント業務を委託することなどを内容とする専属マネジメント契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約は、大要、次に掲げる内容を定めている。
ア 専属マネジメント契約
a)原告らは、被告に対して、契約期間中、独占的に、原告らの全世界における芸能活動についてのマネジメント業務を委託し、被告はこれを受託する(2条1項)。
b)原告らは、契約期間中に第三者との間で、名目を問わず、本件契約と同様の内容を有する契約又は矛盾する内容の契約を締結し、又は締結のための交渉をしてはならない(2条4項)。
イ 被告の業務
被告は、2条1項のマネジメント業務として、以下の業務を誠実に行わなければならない(5条)。
a)自らの名義によって第三者からの原告らに対する芸能活動の依頼を受け、原告らの芸能活動に関するスケジュール管理を行うこと。
b)原告らの芸能活動に関する連絡、折衝、取材対応その他外部との交渉業務
c)原告らの芸能活動から生ずる一切の知的財産権等の権利を自ら利用するとともに、第三者からの利用の申出に対し、許諾の可否を決し、許諾を与えること
d)上記a)~c)の業務に伴う報酬・対価。収益を収受し、その管理を行うこと
e)原告らの芸能活動に関する広告宣伝活動を行うこと
f)上記a)~e)の各号の業務に付随する一切の業務を行うこと
ウ 原告らの義務
原告らは、契約期間中、被告の指示に従い誠実に、芸能活動、自らの芸能活動に関する広告宣伝活動、これらに付随する一切の活動を行わなければならない(6条1項)。
エ 契約期間
a)契約期間は、契約締結日より3年間とする(12条1項本文)。
b)原告ら及び被告は、12条1項に定める契約期間内であっても、合意により解除することができる(12条2項)。
c)原告らは、契約終了後6か月間は、被告以外の芸能活動のマネジメント業務又はこれに類似する事業を行う法人又は個人と契約して、芸能活動を行ってはならない(12条3項)。
(3)原告らは、被告に対し、本件契約を令和5年7月14日をもって解除する旨の意思表示を記載した同月13日付け解除通知書を送付し、被告は、この頃、同通知書を受領した。
(4)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、本件契約が終了していることの確認を求めた。
【争点】
原告らによる解除の成否であり、具体的には、以下の2点である。
(1)原告らが本件契約の解除権を放棄したといえるか(争点1)
(2)本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか(争点2)
(参照条文)
・民法651条1項
委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
・同条2項
前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りではない。
一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。
・同法656条
この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。
【裁判所の判断】
(1)争点1(原告らが本件契約の解除権を放棄したといえるか)について
ア 判断枠組み
民法656条が準用する651条1項は、委任契約が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることに鑑み、各当事者がいつでもその解除をすることができる旨規定している。
同項の上記の趣旨目的に鑑みれば、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し、もって委任契約の本旨に反することからすると、委任者が委任契約を解除することによって、受任者が不利益を受ける場合には、受任者は、同条2項に基づき、委任者から損害の賠償を受けることによって、その不利益を填補されれば足りるというべきである(最高裁昭和56年1月19日判決参照)。
したがって、委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、委任契約の解除をすることができるものと解するのが相当である。
イ 検討
a)本件契約12条2項は、契約当事者は契約期間内であっても合意により解除することができる旨規定するところ、上記の規定内容は、合意解除を定めたものにすぎず、原告らが本件契約の解除権を放棄する旨を明記したものとはいえない。
上記の事情の下においては、上記特段の事情を認めることはできず、原告らは、民法656条が準用する651条1項の規定により、いつでも本件契約を解除することができるというべきである。
b)これに対し、被告は、以下のとおり主張する。
・本件契約の性質及び態様(注:この点に関し、被告は「本件契約は、駆け出しのユーチューバーであった原告らに被告がノウハウを提供し、原告らの配信する動画の登録者数と再生回数が増加することに伴って、原告らの収入と被告の収益が増加することを目的としたものである。そのため、契約期間の満了を待たずに原告らの意思表示による一方的な解除を認めると、被告の利益の回収が困難になる」と主張した。)によれば、本件契約は途中解約を前提としないものである。
・本件契約12条2項は契約期間内の任意解除を排除する規定であり、上記特段の事情が認められる。
しかしながら、
・本件契約は、原告らの芸能活動におけるマネジメントを主たる目的とするものであり、そもそも、委託者である原告らの利益のために締結されたものであることが認められる。そうすると、本件契約が途中解約を前提としないものであったという被告の主張は、その前提を欠く。
・委任者の解除権が制限されるのは、委任者において明らかに解除権を放棄したという特段の事情が認められる場合に限られると解すべきである。しかしながら、本件契約に係る書式は、被告の定型書式を利用したものにすぎず、原告らが解除権を放棄する旨の特約は明記されていないのであるから、原告らにおいて明らかに解除権を放棄したものと認めることはできない。
したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(2)争点2(本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか)について
被告は、原告らにおいて本件契約の解除権が認められるとしても、原告らは本件契約の契約期間中に別のエージェントと交渉等をしていた事実を踏まえると、原告らが解除権を行使することは、権利の濫用に当たり許されない旨主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、被告主張に係る事実を認めるに足りず、被告の主張は、その前提を欠く。
のみならず、委任者の解除権が制限されるのは、委任者において明らかに解除権を放棄したという特段の事情が認められる場合に限られるというべきであるから、仮に被告主張に係る上記事実が認められたとしても、委任契約の性質に鑑み、その解除権の行使が権利の濫用に当たるものと直ちに解することはできない。
したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(3)結論
原告らの請求は理由がある(請求認容)。
【コメント】
本裁判例は、民法651条1項の趣旨目的に鑑み、委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約を解除できるところ、本件契約中の各当事者は契約期間内でも合意により解除することができる旨の規定の存在により、委任者である原告らが本件契約の解除権を放棄したとはいえない旨判示した事例です。
当事者間の信頼関係を基礎とする委任契約の趣旨目的を重視すると、委任契約書(特に、受任者の用意した定型書式)上、委任者が解除権を放棄する旨明記されていたとしても、契約締結に至る経緯等の個別事情を勘案して、「明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情」が否定されることもあり得ると思われます。