【交通事故】東京高裁令和6年1月24日判決(自保ジャーナル2172号167頁)

サイクリングコースの舗装路部分と土留めとの間に生じた隙間状の溝があることは、国家賠償法2条1項の「瑕疵」に該当すると判示した上で、本件コース内の本件溝の状況を視認、把握することなく本件溝へと向かって本件自転車を走行させた被控訴人に、1割の過失相殺を認めた事例(控訴事件について確定)


【事案の概要】

(1)控訴人(一審被告。Y市)は、Hサイクリングコース(以下「本件コース」という。)を設置し、管理している。

(2)本件コースは、Y市内を主として北東方向から南西方向に流れるh川の左岸に沿って設けられ、コース端の路地部分及び土留めや側溝が設置されている部分を除き、舗装されている。
   本件コースのY市h川区付近(以下「本件現場付近」という。)においては、h川側に土留めが設けられ、その土留めの南西端に沿って鉄柵が設置されているところ、上記場所付近では、令和3年3月27日当時、舗装路部分と上記土留めとの間に生じた隙間状の溝(以下「本件溝」という。)が存在していた。

(3)被控訴人(一審原告。昭和46年1月生)は、令和3年3月27午後0時頃、その所有するロードレース用自転車ロードバイク。以下「本件自転車」という。)で、本件コースの本件現場付近を南方から北方に向けて走行した。
   被控訴人は、同日、自転車で転倒し受傷したとして、Cクリニックを受診し、医師により、頸椎捻挫、右第5中手骨骨折、額部挫創の各傷害を負った旨の診断を受けた。
   控訴人は、同年4月16、被告に対し、本件コースを本件自転車で走行していた際に、本件溝に本件自転車の前輪が嵌り転倒する事故(以下「本件事故」という。)が発生した旨を連絡した。
   控訴人は、医師により、同年10月16をもって症状固定と診断された。

(4)被控訴人は、本訴を提起して、本件事故により負傷したと主張して、控訴人に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条1項による損害賠償請求権に基づき、3267万9429円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(5)原審(千葉地裁令和5年7月19日判決・判例タイムズ1520号237頁)は、被控訴人の請求を479万2571円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で一部認容した(注:本件コースの設置・管理の瑕疵を認定した上で、1割の過失相殺をしたものである。)ところ、控訴人及び被控訴人が各敗訴部分を不服として控訴及び附帯控訴をした。


【争点】

(1)本件事故の発生(争点1)
(2)本件コースの設置・管理の瑕疵(争点2)
(3)過失相殺(争点3)
(4)損害額(争点4)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)認定事実
 ア 本件自転車
   本件自転車は、重量7kg、前輪のタイヤの幅2.3cm、前輪直径が約66cmのロードバイクである。
 イ 本件溝
   本件溝は、本件現場付近の本件コース(幅約3.2m)の舗装路と土留め(幅約0.7m)との間に95mに渡って生じた隙間状の溝であり、そのうち2cm以上の隙間のある区間が24mに渡り存在していた。
   本件溝から土留め上にある鉄柵まで数十cm程度の間隔があった。
 ウ 本件事故の発生
   控訴人は、令和3年3月27午後0時頃、本件溝の南方から北方に向けて本件コースの左側(h川寄り)を走行していた。
   控訴人は、本件コース左側を歩いていた歩行者2を右から速度を緩めながら追い越し、その後南方に向かう自転車2とすれ違うために左側へと寄ったところ、本件自転車の進路方向左側の本件溝に本件自転車の前輪が嵌まった
   これにより、控訴人は、前転するような形で転倒して地面に頭部を衝突し、その後右方へ転倒した。
   なお、本件事故が発生した地点(以下「本件事故地点」という。)に向けて南方から北進する場合、本件事故地点の約30m手前付近から徐々に本件溝の隙間が広がって行き、本件事故地点における本件溝の状況は、少なくとも幅約2.9cm、深さ約10cmに至っていたが、本件事故地点の手前約40m付近から、所々その隙間に土が埋まったり雑草が生えたりしている箇所も存在した(注:なお書きは、控訴審で追加されたものである。)。

(2)争点1(本件事故の発生)について
   原審における被控訴人本人尋問の結果中には、被控訴人が(中略)ことを述べる部分がある(注:前記(1)ウと同一の内容である。)。
   本件事故の発生に及びその態様に係る上記の供述部分は信用することができ、本件事故は、同供述部分のとおりの態様で発生したと認められる(注:理由については、省略する。)。

(3)争点2(本件コースの設置・管理の瑕疵)について
 ア 一般的基準
   国賠法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の構造用法場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断される(最高裁昭和45年8月20日判決、最高裁昭和53年7月4日判決参照)。
 イ 具体的検討
  a)本件コースは、サイクリングのために設けられた、舗装されたコースであるところ、一般に自転車の前輪の幅は広くない上、自転車にはロードレース用自転車(ロードバイク)のように、通常よりも車輪の幅の狭い自転車もあることは公知であることからすれば、ロードレース用自転車(ロードバイク)も含め、自転車が通常の走行をする限り、安全に走行できる状態になっていなければ、通常有すべき安全性を欠くものとして、国賠法2条1項の「瑕疵」があるものというべきである。
  b)本件溝は、本件コースの舗装路部分にあったものではないが、h川寄りに設けられた土留め上の鉄柵の数十cm内側にあるなどの本件事故の現場付近の状況からすると、自転車が、歩行者や他の自転車とすれ違う際に接触を避けようとして、本件溝付近を走行することも十分に想定されるといえる。
  c)また、本件溝の幅は本件事故現場付近では2.9cmであり、自転車の車輪の幅によっては本件溝に嵌まった事故が発生することも想定される
  d)そして、控訴人の主張するところによれば、本件溝は、腐植土層が連続して多く存在する本件現場付近の地盤において、湧水により生じた空隙により、アスファルト舗装部分が沈んだことから発生した可能性が考えられる(原審控訴人準備書面(1))というのであって、前記(1)イ及びウで認定した本件溝の状況に照らし、本件コースを管理する控訴人において、本件溝を発見し、本件溝の存在に伴う事故の発生を想定してその結果を回避する措置を講じることが困難であったということもできない
  e)控訴人は、本件コースの利用者は、舗装路から逸脱しないよう利用すべきであって、舗装路以外の部分を自転車が走行することは想定されていないから、本件事故は、自転車が「通常の」走行をする中で発生したものではない旨主張するが、
   上記で説示したとおり、自転車が本件溝付近を走行することも十分に想定されるというべきであって、そのような走行も、「本来の用法に従った使用」(最高裁平成5年3月30日判決参照)の範囲内にある「通常の」走行というべきであるから、控訴人の上記主張は採用することができない(注:上記d)及びe)は、控訴審で追加されたものである。)。
  f)以上によれば、本件コースに本件溝があることは、サイクリングコースが通常有すべき安全性を欠くものと認められ、他方で、被告において、本件コースの通常の用法等に鑑み、本件溝付近を自転車で走行する原告の行動により本件事故が発生することを予見できなかったということはできない。
   したがって、本件コースに本件溝があることは、国賠法2条1項の「瑕疵」に該当する

(4)争点3(過失相殺)について
 ア 本件自転車は、車輪の幅が約2.3cmと比較的細いロードバイクであるところ、そのような自転車は、わずかな溝等の存在によっても転倒する危険性があると解される。
   そうすると、控訴人は、本件自転車で本件コースを走行するに当たり、走行の障害となるものの存否に十分注意し、走行路面の状況に変化があった場合にも制御することができるように路面等の状況を視認、把握して進路の安全を確認しながら走行すべきであったのに、前方にいた歩行者や対向して来た自転車を回避することに気をとられ、本件コース内の本件溝の状況を視認、把握することなく本件溝へと向かって本件自転車を走行させたという点に落ち度があったというべきであるが、
   他方において、本件コースは、舗装されたサイクリングコースであって、本件溝は、本件コース全体に渡り存在していたものではなく、本件現場付近の舗装道路と土留め部分の境目に隙間状に生じていたものであって、その幅2.9cmにすぎず、しかも、本件事故地点の手前付近から徐々に隙間が広がり、所々その隙間に土が埋まったり雑草が生えたりしている箇所も存在したといった本件事故地点付近における本件溝の状況(前記(1)イ及びウ)に鑑みれば、自転車で通常の走行をする中で本件溝を発見し、これを回避することが困難であったというべきであって、
   これらを併せて考慮すると、被控訴人について、1過失相殺をするのが相当である。
 イ この点に関し、控訴人は、
  ・被控訴人が進路前方の歩行者を追い越したときの運転態様や対向してくる自転車を避けるときの運転態様に関する過失
  ・95mにわたって存在した本件溝視認せず、本件コースの端を走行した過失
を主張して、8割の過失相殺がされるべきであると主張する。
   しかしながら、そのような運転態様も、本件コースを走行する自転車として、通常の走行の範囲を超えた特異なものであったとまではいうことができない。
   そして、前述のとおり、本件事故における被控訴人の落ち度は、上記のような運転態様による走行中において、本件溝を視認、把握しなかった点にあるというべきところ、本件全証拠によっても、被控訴人が上記の運転中にその進路前方の目視を怠っていたとまでは認めることができない以上、控訴人が主張するように、本件溝が本件現場付近前後約95mに及び本件事故地点の手前少なくとも30m以上に渡って存在するものであることや、走行速度その他の諸点を踏まえても、前述した本件溝の状況等に鑑みると、被控訴人が本件自転車で通常の走行をする中で本件溝を発見し、これを回避することは困難であったというべきである。
   したがって、控訴人の上記主張は採用することができず、本件事実関係の下において被控訴人に1割を超える過失相殺をすることが相当であるとはいえない。

(5)争点4(損害額)について
   479万2571円(原審の認定どおり。詳細については、省略する。)。
   なお、被控訴人は、本件事故による右第5中手骨骨折後の右第5疼痛が、本件事故による頸椎捻挫及び頸椎椎間板ヘルニアにより頸部痛及び両手指巧緻運動障害が、それぞれ残存し、これらは各々後遺障害等級12級13号所定の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、全体として後遺障害等級11に相当するなどと主張した。
   これに対し、原審は、右第5指の疼痛及び頸部痛については、各々後遺障害等級14級9号所定の「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認め、両手指巧緻運動障害については、その存在を否認した上で、控訴人の後遺障害を、後遺障害等級14相当であると認定した。
   そして、控訴審は、理由を付加した上で、上記の原審の判断を是認した。

(6)結論
   原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がない(いずれも棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、サイクリングコースの舗装路部分と土留めとの間に生じた隙間状の溝があることは、国家賠償法2条1項の「瑕疵」に該当すると判示した上で、被控訴人について、前方にいた歩行者や対向して来た自転車を回避することに気をとられ、本件コース内の本件溝の状況を視認、把握することなく本件溝へと向かって本件自転車を走行させた点に落ち度があったとして、1割の過失相殺を認めた事例です。
   なお、原審は、過失相殺に関して、「本件事故における被告の損害賠償責任は、本件コースに本件溝があったことがサイクリングコースとして通常有すべき安全性を欠いていたことに基づくものであるから、過失相殺に当たっては、本件溝に本件自転車の前輪を嵌めたことについての原告の落ち度を考慮すべきである。」と判示しました。
   これに対し、本裁判例は、このような抽象的な判断を示すことなく、上記のとおり、より具体的に被控訴人(一審原告)の「落ち度」を摘示しました。

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