【労働】東京地裁令和5年4月14日判決(労働判例1327号48頁)

原告において、非常勤講師として労働契約が更新されると期待することについて、一定程度の合理性があると認められるものの、その合理的期待の程度が高いということはできないことを踏まえると、国立大学法人である被告が、授業中に性的に不適切な発言を複数回行った原告との労働契約を更新しないとの判断に至ったことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当である旨判示した事例(控訴審にて控訴棄却)


【事案の概要】

(1)被告は、国立大学法人であり、住所地(略)においてDT大学(以下「本件大学」という。)を開学している。
   被告は、平成24年12月、ハラスメント防止宣言をし、セクシャルハラスメントその他のハラスメント行為に対して厳正な態度で臨み、これを排除して安心で快適な環境の確保に積極的に取り組むことを宣言し、ハラスメント相談窓口を設けるなどの取組をしている。
   原告(昭和36年生)は、教育学を専攻し、大学の非常勤講師等を務める者である。

(2)原告は、平成27年8月末頃、被告のD部会部会長であるC教授から、平成28年度後学期に開講される教職課程の授業の一つ(必修科目)であるE論の授業を担当してほしいとの依頼を受けた。C教授は、その際、原告に対し、前任の担当者が突然担当から外れたため、引き受けてくれるか早急に回答してほしいことなどを述べた。原告は、C教授の依頼を承諾した。
   原告は、平成28年3、被告との間で、期間を同年10月1日から平成29年3月31日まで、担当教科をE論(後期、毎週2時間、年間32時間)とする、非常勤講師としての労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。
   原告は、本件労働契約に基づき、本件大学において、平成28年後学期のE1コマを担当したが、その授業中、学生に対し、別紙2の発言(以下、別紙2の1~4の発言を、「発言1」~「発言4」といい、併せて「本件各発言」という。)をした。

(3)被告では、毎年2回、原則として授業の最終回(学生に対する成績評価前)に、学生による授業評価を実施し、その集計結果を授業担当教員にフィードバックしている。
   平成28年度後学期の授業に対する学生による授業評価は、実施期間を平成291月4日から同年2月13日まで、代表学生(受講者から代表学生として選定された者)による被告の教務課への提出期限を同月20日として実施され、同年3月下旬頃までに集計された。
   原告のE論に対する授業評価集計表(回答者49)には、良かった点として、原告の人柄が面白い、学生の意見を取り入れた授業である旨の記載、
   改善すべきと思う点として、要旨、「先生を替えるか選択肢を増やしてほしい。雑談や下ネタが多く聞くのが辛かった。後輩に私が経験した嫌な思いをしてほしくない。」、「言葉遣いがひどすぎる。平気でバカ、アホ、というのは聞いていて、気分が良くない。」、「女学生に対しての配慮に欠けると思う。」、「下ネタ多すぎ。女子に変な絡みしすぎ。」旨の記載があった。
   上記授業集計評価表は、同月下旬頃、原告に送付された。

(4)原告は、平成29年3、被告との間で、期間を同年4月1日から平成30年3月31日まで、担当科目をE論(①前期集中講義、32時間、②後期毎週2時間、年間32時間)とする、非常勤講師としての本件労働契約を更新した。

(5)原告が実施した平成28年後学期のE論を受講して、不可(不合格)となった学生が、成績評価の異議申立てをし、これに原告が対応しなかったと主張して、本件大学の教務課に相談をした。そこで、被告は、平成29年5月1日から同月6日までの間、異議申立てに対する対応を調査するため、平成28年度後学期のE論を受講した学生を対象に教職関連アンケート(以下「本件アンケート」という。)を実施した。
   本件アンケートは、回答者58であり、回答者のうち27名が単位取得、12名が不可(不合格)、単位取得状況について回答しない者が19名であった。本件アンケートにおける、「この授業についてのあなたの意見や気づいた点などを記述して下さい。」との問いに対し、別紙1の記述(以下、別紙1の1~10の記述を、「記述1」~「記述10」といい、併せて「本件各記述」という。)記述1ないし10が存在するほか、
   本件各記述以外にも、「最初の授業で危ない(きわどい)教授だと思った。このような人がE論を教えていいのかと思ったほどだ。」、「授業内容に不満はありませんが、講義中の教授の言葉遣いに違和感を感じることがありました。具体的には阿呆、馬鹿などが聞かれることがありました。」との否定的な意見も記述されていた。
   また、成績評価に関し、「他の教職科目に比べて非常に成績が厳しい評価だった。」、「(学生の)あの授業態度では3割程度以上の人が不可であったとしてもなんら不思議ではない。」旨の意見が記述されていた。

(5)被告は、平成29年5月24に開催した情報理工学域代議員会において、原告について、平成30年度は本件労働契約を更新しない方針であることを事実上確認し、また、平成29年度前学期の集中講義のE論及び後学期のE論において別の非常勤講師を任用し、原告のE論と同じ金曜日5限に並行開催することを決めた。

(6)本件大学のハラスメント防止・対策委員会(以下「本件委員会」という。)は、平成29年6月21原告から事情聴取を行った。その際、原告は、平成28年後学期のE論の授業中に、発言1から4までをしたことを認める一方、発言1は、E論において、実際に学生がその場にいた場合はどうするのかという趣旨で述べた、発言3は、女性蔑視的な表現になり、発言してからまずいと思った、発言4は、学生に表現力、思考力、判断力の話をしながら出た発言であるが、その場では、原告がしたかった出会いを大切にしなければならないという話まではできなかったなどと述べた。
   事情聴取の最後に、原告は、「ご迷惑をおかけしました。いい勉強になりましたので、先生からのご助言聞かせていただきます。」旨を述べた。
   上記事情聴取を受け、本件委員会の委員長は、同年8月10、原告に対し、口頭で厳重注意を行った。

(7)原告は、平成29年10月19、被告の教職課程支援室に問い合せ、遅くとも同日、本件労働契約が次年度に更新されないことを認識した。
   C教授及び被告のD部会部副会長であるF教授は、平成29年12月1、原告と面談し、原告に対し、次年度(平成30年度)に本件労働契約を更新しない旨を伝えた(以下「本件雇止め」という。)。

(8)原告は、平成29年度前学期集中講義のE論及び後学期のE論1コマを担当した。
   原告について、平成29年度後学期に実施された学生による授業評価集計表(対象者3名のうち回答者2名)では、原告の発言を問題視する回答はなかった。 

(9)被告は、平成30年11月22日付け通知書において、原告に対し、本件雇止めの理由について、「平成28年度後学期にご担当いただいたE論の授業について、履修した学生から成績評価に関する苦情があったため、学生を対象に調査を実施した。その結果、成績評価に関する苦情の他に、授業中に性的に不適切、不快な発言に及んだとの指摘が相当数あり、指摘に相当する発言があったものと認めるべき事情を把握するに至った。このことから、情報理工学域代議員会における議論を踏まえ、本学の非常勤講師としての適格性に欠けると判断した。」と記載して通知した。

(10)原告は、本件訴えを提起して、被告による本件労働契約の更新の申込みの拒絶(雇止め)が、労働契約法(以下「労契法」という。)19条に違反し無効であるなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び雇止め後の未払賃金の支払等を求めた。
   なお、本件大学の教職課程の非常勤講師について、平成20年度から平成29年度までの間、教職科目時間割に掲載されている科目を担当する非常勤講師が、年度ごとに16名から23いたが(平成28年度及び平成29年度は原告を含む。)、上記期間において、原告以外に、更新回数が0の非常勤講師が2更新回数が1の非常勤講師が4いた。


【争点】

(1)原告が契約期間の満了日までの間に又は満了後遅滞なく本件労働契約の更新又は有期労働契約の締結の申込みをしたか否か(争点1)
(2)本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるか否か。労契法19条2号該当性(争点2)
(3)本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないといえるか否か。労契法19条柱書該当性(争点3)
(4)未払賃金の有無及び額(争点4)
(5)国家賠償法上の違法故意の有無、原告の損害の有無及び額(争点5)
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(原告が契約期間の満了日までの間に又は満了後遅滞なく本件労働契約の更新又は有期労働契約の締結の申込みをしたか否か)について
   原告は、平成29年12月1日のC教授及びF教授との面談で本件雇止めの通知を受けた際にC教授らに対し本件雇止めに納得できないなどと異議を述べたと認めるのが相当である(注:その理由についての詳細は省略する。)。
   したがって、原告は、契約期間が満了する日までの間に、本件労働契約の更新の申込みをした労契法19条柱書)と認めるのが相当である。

(2)争点2(本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるか否か。労契法19条2号該当性)について
 ア 原告は、本件労働契約が原則として更新することとされていた旨主張する。
   しかしながら、被告の非常勤職員就業規則上、非常勤職員の雇用期間は、発令の日の属する年度の3月31日までの範囲内で定めるとされ(非常勤職員就業規則9条1項)、被告の原告に対する委嘱状(注:平成28年3月1日付け及び平成29年3月1日付け非常勤講師の委嘱状である。)にも委嘱期間が明示されており、更新を原則とする旨の定めはなされていない。
   この点、非常勤講師に適用される同規則9条4項では、「非常勤職員(中略)の雇用期間は、当該事業等が継続する範囲内とする。」とされているが、同条7項では、「非常勤の雇用期間終了後、更新しない場合は、少なくとも30日前までに本人に予告するものとする。」と規定されており、同規則9条4項は、当該事業等が継続しなくなれば雇用期間が終了する旨を規定したにとどまり、労働契約の更新を原則とした規定と解することはできない。他に本件労働契約が原則として更新される旨の定め等は認められない。
   そうすると、本件労働契約の解釈上、その更新が原則とされていたとはいえない
 イ そして、本件労働契約の更新は1であり、原告の通算の雇用期間も1年6か月で長期間であるとはいえない。
   本件労働契約の平成29年4月の更新時には、同年3月に被告から委嘱状が交付され、原告がこれに応じる回答書を提出する手続が履践されていた。
   また、原告は、本件委員会から原告の平成28年後学期のE論の授業における発言について事情聴取を受け、平成29年8月に厳重注意を受けていた。
   本件労働契約は被告からの急な依頼で締結されたものの、これをもって被告(C教授)が原告に対し数年間は本件労働契約が更新されるものと期待させる言動を取ったとまでは認められず、他に被告が原告に対し本件労働契約が更新されるものと期待させる言動を取ったとは認められない。
   もっとも、原告が担当したE論が必修科目であること、
   また、本件大学の教職課程担当の非常勤講師について、平成20年から平成29年までの間、労働契約の更新が0回又は1回の非常勤講師が一定数いるものの、2回以上更新された非常勤講師が相当数いることが認められる。
   そうすると、原告が非常勤講師として本件労働契約が更新されると期待することについて、一定程度の合理性があると認められるものの、その合理的期待の程度が高いということはできない
   以下、これを踏まえて、本件雇止めの有効性について検討する。

(3)争点3(本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないといえるか否か。労契法19条柱書該当性)について
 ア 原告が、平成28年度後学期のE論の授業中、本件各発言をしたことが認められる。
   そして、
  ・発言1は、性的に不適切な発言である。
  ・発言2は、学生のプライバシーにかかわる発言で、交際相手がいるか否かを気にすることも多い学生に対し、交際女性のいないことを揶揄するような発言である。
  ・発言3は、女性を外見で評価する趣旨の発言である。
  ・発言4について、原告は女性の内面を含めた表現として「美人力」という言葉を用いたと述べるものの、少なくとも「どちらかというと美人じゃないと損するんだよ。」との発言は、女性を外見で評価すると受け止めることができる発言である。
   以上のとおり、本件各発言は、その内容からすれば、E論において発言する必要性がなく、不適切である。
 イ そして、本件各記述を含む本件アンケートの内容からすれば、原告のE論の不適切な発言で不快感を抱いた学生が複数存在しており(記述1~5、7、8、10)、本件アンケートの回答者58名に対する割合が低いということはできない。本件各記述における学生の意見が本件各発言に対して直接述べたものであるかは直ちに明らかではないものの、本件各発言の内容に加え、本件各発言の内容と本件各記述に係る学生の意見が整合していることからすれば、本件各発言が学生に与えた影響は相応のものであったと推認できる
   また、被告がハラスメント防止宣言をし、ハラスメント相談窓口を設けるなどの取組をしていながら、原告は、授業において学生に対し本件各発言を行っており、このような原告の行為は、被告に相当程度の影響を及ぼすものといえる。
   なお、本件各発言は平成28年度後学期のE論の授業においてされたものであるが、平成29年3月の本件労働契約の更新手続時に、被告(C教授等)が学生による授業評価や本件各発言の内容を認識していたとまでは認められない。
 ウ 原告は、同年6月21日の事情聴取の際に、本件各発言を謝罪する発言をし、その後、原告が学生等に対しハラスメントに当たる発言をしたと認める証拠はないものの、
  ・被告において、学生に対するハラスメントは厳に慎み、学生に対する悪影響を防止する必要があること
  ・原告が性的に不適切な発言を複数回行っていること(本件各発言自体4つの発言である上、本件各記述は原告が不適切な発言を複数回行っていることを前提としている。)
  ・前記(2)のとおり原告の本件労働契約更新の合理的期待の程度が高いとえいないこと
も踏まえると、原告の主張する事情等を踏まえても、被告が、原告との本件労働契約を更新しないとの判断に至ったことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると認められる。
 エ 以上によれば、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合(労契法19条柱書)に当たらない。
   よって、本件雇止めは有効である。

(4)争点4(未払賃金の有無及び額)について
   前記(3)のとおり、本件雇止めは有効であり、本件労働契約は、平成30年3月31日をもって終了したと認められるから、原告に未払賃金はなく、原告の同年4月以降の賃金の支払請求は理由がない。

(5)争点5(国家賠償法上の違法故意の有無、原告の損害の有無及び額)について 略

(6)結論
   原告の被告に対する本件請求はいずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、①原告には、非常勤講師として本件労働契約が更新されると期待することについて、一定程度の合理性があると認められるものの、その合理的期待の程度が高いということはできないとの判断を示した上で、②上記①を踏まえると、被告が、前年度後学期の授業中に性的に不適切な発言を複数回行った原告との本件労働契約を更新しないとの判断に至ったことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当である旨判示した事例です。
   上記の判断枠組みは、原告からの控訴を棄却した控訴審(東京高裁令和5年10月23日判決・労働判例1327号36頁)においても、維持されています。
   なお、本裁判例は、あくまで有期雇用契約の雇止めの有効性についての判断を示したものであり、期間の定めのない雇用契約の解雇の有効性が争われた場合には、同様の事実関係においても、異なる結論となる可能性があります。

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