鎖骨の変形障害(12級5号)が残存する原告について、直ちに労働能力の喪失を認めることは困難としつつ、症状固定日の右肩拘縮の傾向から相応の痛みがあったものとして、後遺障害逸失利益の労働能力喪失期間を14%、喪失期間を5年と判示した事例(控訴後和解)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成29年12月4日午後4時32分頃
イ 発生場所 京都市内C線下り(以下「本件現場」という。)
本件現場は、東西に延びる中央線のない道路(東行一方通行規制あり。以下「本件府道」という。)と南北に延びる道路(一時停止規制あり。以下「南北道路」という。)とが交差してなす、十字路交差点内であり、信号機による交通整理は行われていない(以下、この交差点を「本件交差点」という。)。
ウ 関係車両① 原告が所有・運転する足踏式自転車(以下「原告車」という。)
エ 関係車両② 被告が所有・運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
オ 事故態様 原告が、原告車を運転して、南北道路を北から南へ走行し本件交差点を直進したところ、本件府道を西から東へ走行し本件交差点を直進しようとした被告車と接触した。
(2)原告の治療経過等
ア 原告は、本件事故により、右肩鎖関節脱臼、左下腿打撲傷の傷害を負い、平成29年12月4日(事故当日)、B病院整形外科を受診した。
その際、原告は、右肩が痛く、左のふくらはぎも痛むがそれほど強くない旨話した。医師は、右上肢を他動的に動かそうとすると右肩の痛みを強く訴える、肩関節の脱臼の可能性がある旨判断した。原告は、手術加療のメリット、デメリットの説明を受けた上、保存加療を希望し、クラビクルバンドの装着を受けた。
イ 同月6日、原告は、同科を受診し、診断書の作成を希望した。
ウ 同月11日、原告は、同科を受診し、引き続きクラビクルバンドを使用し、デスクワークは可とされた。
エ 同月18日、原告は、同科を受診し、ウと同様の説明を受けた。
オ 平成30年1月29日、原告は、同科を受診し、たまに右肩痛がある程度で、他に痛みのある部位がない旨話した。診療録の同日欄には、「ROM Full」として、可動域に制約のない旨、クラビクルバンドを外すことを外すことを許可する旨告げられた。診療録には、「終了」「痛み続けば再診」との記載がある。
カ その後、原告は、同科を受診していなかったところ、同年7月9日に同科を受診し、後遺障害診断を希望した。診療録の同日欄には、可動域に制限があると後遺障害診断書に記載する旨の記載のほか、「拘縮気味」「寝返りでバキッといって痛い。挙上困難。」との記載がある。医師は、半年で拘縮があり、痛みも取れていない、まず、後遺症診断ではなく、リハビリテーションをして、場合によっては手術も含めフォローを説明したが、原告は、リハビリテーションを希望せず、後遺障害診断を希望し、肩専門の病院を受診する可能性を示唆した。
医師は、同日を症状固定日として、後遺障害診断書を作成した。
キ 後遺障害診断書においては、傷病名として右肩鎖関節脱臼、自覚症状として右肩痛、可動域制限の症状が残存していると診断されているところ、被告加入の任意保険会社であるC保険会社(損害保険料率算出機構)は、令和元年10月29日、右肩鎖関節脱臼に伴う右鎖骨の変形障害について、裸体になったとき、変形が明らかにわかる程度のものと捉えられるため、「鎖骨に著しい変形を残すもの」として、自賠法施行令別表第二の後遺障害等級表の後遺障害等級(以下、単に「後遺障害等級」という。)12級5号に該当する旨判断した。
(3)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、民法709条に基づく損害賠償金として1,086万1,416円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(なお、被告も反訴を提起したが、以下、反訴については省略する。)。
【争点】
(1)事故態様、責任原因及び過失割合(争点1)
(2)原告の受傷内容、後遺障害の残存の有無・程度・内容(争点2)
(3)原告の損害額(争点3)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(事故態様、責任原因及び過失割合)について
本件交差点の状況、規制内容、双方車両の性質、出会い頭の衝突事故であることなどの事情を考慮すれば、過失割合としては、原告40%、被告60%とするのが相当である(詳細については、省略する。)。
(2)争点2(原告の受傷内容、後遺障害の残存の有無・程度・内容)について
ア 原告の主張
原告は、本件事故による後遺障害として、上記後遺障害診断書の自覚症状欄記載のとおりの右肩痛、可動域制限が残存し、後遺障害の程度が後遺障害等級12級と認定された旨主張する。
イ 検討
a)自賠責保険の認定内容は、右鎖骨の変形障害について後遺障害等級12級に該当するとするものであり、右肩の可動域制限について「1上肢の3大関節の1関節の機能に障害を残すもの」(同級6号)ないし右肩痛について「局部に頑固な神経症状を残すもの」(同級13号)に該当するとしたものではない。
b)右肩の可動域制限については、後遺障害診断書上、屈曲が他動160度(左180度)、自動120度(左180度)、外転が他動100度(左180度)、自動90度(左170度)である旨の記載がある。
しかしながら、平成31年1月29日に受診した際、原告は、可動域の制限がない旨診断されていたものであるのに、その約6ヶ月後に可動域制限が生じたとすれば、それは本件事故による器質的損傷に基づくものとは解されないから、後遺障害等級12級6号に当たるものとは評価できない。
c)右肩痛については、平成31年1月29日当時、たまに右肩痛がある程度であったとされているものの、同年7月9日時点では、拘縮気味であったものであり、それは、当時、相応の痛みがあったことを示すものといえ、この点は、後記のとおり、労働能力喪失率、喪失期間の点で、考慮する。
ウ 小括
損害保険料率算出機構の後遺障害に関する判断は相当であり、原告には、本件事故により、後遺障害等級12級5号相当に該当する後遺障害が残存したものと認められる。
(3)争点3(原告の損害額)について
以下、後遺障害逸失利益についての裁判所の判断の概要のみを示す。
ア 原告に残存する後遺障害が鎖骨の変形障害であることからすれば、直ちに労働能力の喪失を帰結するものと捉えることは困難である。
しかしながら、症状固定日において、原告には、右肩に拘縮の傾向が見受けられるところ、本件においては、労働能力喪失期間を14%、喪失期間を5年(ライプニッツ係数4.3295)として評価するのが相当と解される。
イ 基礎収入については、原告が大学を卒業していることに照らし、症状固定日の属する平成30年賃金センサス男性大学・大学院卒20~24歳の342万5,800円による。
ウ 以上を前提に、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、逸失利益の現価は、207万6,480円となる(1円未満切捨て)。
(4)結論
原告の請求は、92万2,938円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。
【コメント】
本裁判例は、原告に残存する後遺障害が鎖骨の変形障害(12級5号)であることからすれば、直ちに労働能力の喪失を帰結するものと捉えることは困難としつつ、症状固定日の右肩拘縮の傾向から相応の痛みがあったものとして、後遺障害逸失利益の労働能力喪失期間を14%、喪失期間を5年と判示した事例です。
本裁判例は、損害保険料率算出機構の判断を前提に、右鎖骨の変形障害についての後遺障害等級12級5号相当のみの後遺障害の残存を認めつつ、後遺障害逸失利益については、診療録上、症状固定日に「拘縮気味」との記載があることから、原告には、当時、相応の痛みがあったものと推認し右肩痛について「局部に頑固な神経症状を残すもの」(同級13号)に該当するものと判断された場合に相当する、労働能力喪失率14%(ただし、喪失期間については5年のみ)を認めた点が注目されます。