【交通事故】奈良地裁葛城支部令和5年1月26日判決(自保ジャーナル2149号70頁)

本件事故直後の原告の下肢のMMTがゼロ(ほぼ完全麻痺)とされたことには、事故当時の多量の飲酒が大きく影響していることを指摘した上で、主治医が頸髄中心性損傷の診断の根拠とした臨床的特徴を総合的考慮して、原告の頸髄中心性損傷を否認した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成30年5月22日午後8時28分頃
 イ 発生場所 奈良県宇陀市内路上
 ウ 被害者  原告(本件事故当時38歳の男性)
 エ 事故態様 原告が、原告の長男が運転し道路脇に停車させていた普通乗用自動車(以下「原告車」という。)の前部のボンネットを開けて中を見ていたときに、被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が原告車の後部に追突し、これにより原告が後ろ向きに(被告車及び原告車の進行方向に)転倒して傷害を負った

(2)原告は、本件事故当日の平成30年5月22日午後10時54分、Bセンターに搬送された。
   Bセンターでの頭部CT、頸椎CT、胸部CT、腹部CT、胸腰椎MRIでは、明らかな異常所見が認められず、頸椎MRIでは、第5頸椎及び第6頸椎に軽度の骨挫傷が、4頸椎ないし第6頸椎に軽度の椎間板膨隆が、同部位付近軽度の脊髄の高信号がそれぞれ認められ、第5頸椎の損傷疑いとされたが、骨傷はMRIでもわずかであり、頸髄の高信号わずかにあるかないかの程度であるとされた。
   他方で、Bセンターの診療録では、徒手筋力テストMMT)において、上肢は、両側屈曲位は2(可:重力を除けば、関節運動が可能)であったが、伸展は1(不可:筋収縮は認めるが、関節運動は無い。)であり、下肢ほぼ完全麻痺との記載があり、四肢ともに知覚はあるが、下肢は知覚高度低下との記載がある。
   原告は、同月23日未明にC大病院に転院となり、同日から同月28日まで頸髄損傷疑いの入院病名によりC大病院に入院し、最終的には脊髄震盪及び頸髄捻挫の診断を受けた。
   なお、Bセンターで撮影されたMRIについては、C大病院において、「脊椎に明らかな骨折なし。脊髄に明らか高信号を認めず。」との所見が下されている。
   原告は、同日、将来的なD病院への転院を見据えてBセンターに転院となった。
   原告は、同日から同月31日までBセンターに入院し、最終的には頸髄中心性損傷及び脊髄震盪の診断を受けた。
   原告は、同日、リハビリ目的でD病院に転院となり、同日から同年10月25日までD病院に入院した(入院日数合計156日間)。

(3)原告がD病院に転院した翌日である平成30年6月1(初診時)にD病院整形外科医師E(以下「E医師」という。)により作成された「神経学的所見の推移について」(以下「E医師神経学的所見」という。)には、原告が訴えていた症状として、頸部から背部痛、両手しびれ、右下肢外側しびれ、腰痛、右膝痛が記載され、膀胱直腸障害はなし、腱反射は正常、病的反射はなし、筋萎縮はなし、知覚障害は鈍麻、ジャクソンテスト及びスパーリングテストはいずれもプラスと記載されている。
   同日徒手筋力テストMMT)では、上肢は、片外転、肘屈曲、肘伸展、手関節背屈、手関節掌屈、手指伸展は、いずれも5(正常:強い抵抗を加えても、重力に抗して関節運動が可能)又は4(優:ある程度の抵抗を加えても、重力に抗して関節運動が可能)であり、下肢4であり、手指屈曲のみが3(良:抵抗を加えなければ、重力に抗して関節運動が可能)となっている。
   約3ヶ月後の同年9月4のテスト時には、手指伸展及び手指屈曲のみが4であり、残りは下肢も含めて全て5となっており、令和2年6月18のテスト時にも同じ結果となっている。
   なお、左の握力は、平成30年6月1日には10kgであったのが、同年9月4日には6.5kgとなっており、令和2年6月18日には9kgとなっている。

(4)原告は、平成30年11月1日から令和元年11月28日までD病院に通院し(実日数56日)し、傷病名頸髄中心性損傷とし、令和元年11月28症状固定日とする後遺障害診断書の作成を受けた。
   原告は、併せて、D病院の紹介により、平成30年10月29日から令和元年11月30日までの間、F整形外科医院にリハビリ目的で通院(実日数256日)した。

(5)原告は、令和2年3月4日付けで、「頸部から両肩・肩甲骨部の痛み・しびれ、両手のしびれ等の症状」につき、自賠責保険の後遺障害等級14級9に認定された。その理由は、以下のとおりである。
 ア 後遺障害診断書記載の頸髄中心性損傷との診断については、これを客観的に裏付ける画像上の脊髄の髄内輝度変化等の異常所見が認められず、後遺障害診断書上も腱反射異常や病的反射などの神経学的異常所見が認められず、頸髄損傷に起因する障害としての評価が困難であることから、認められない
 イ 他方で、頸部受傷後遺障害として症状経過や治療経過などを踏まえると、将来においても回復が困難と見込まれる障害と捉えられ、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当する。

(6)E医師が令和2年4月2日付けで作成した「脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書」(以下「E医師意見書」という。)には、「障害の原因となった傷病名」欄に「頸髄中心性損傷」と記載されているが、「脳・せき髄等に係る画像診断結果等」欄には「CT骨傷なし。MRI髄内輝度変化(-)」と記載されている。
   また、E医師が原告訴訟代理人からの照会に対し、同月12日付けで作成した「照会回答書」(以下「E医師回答書」という。)には、
    頸髄中心性損傷とした診断した理由につき、前医(Bセンター)搬送時下肢MMT(徒手筋力テスト)0(ゼロ)と記載あり、骨傷を認めないため」と記載されており、
   髄内輝度変化なしの画像所見にもかかわらず、頸髄中心性損傷が認められる理由として、「軽微な頸髄損傷の場合、MRIで輝度変化はっきりしないこともありうるのではないかと考える。受傷時の筋力低下が大きいことが頸髄の損傷の合併あった可能性ある。」と記載されている。

(7)原告は、自賠責保険の前記認定に対し、E医師意見書E医師回答書等を提出して異議を申し立てたが、令和2年9月4日付けで、前記認定とほぼ同様の理由により、前記認定のとおりとの判断がなされた。

(8)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、6516万3397円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
   なお、原告は、被告から、合計1467万2146円(治療関係費776万6146円、その余の既払額615万6000円、自賠責保険から75万円の合計額)の支払を受けている。
   原告は、被告から、上記以外に、本案前の仮払仮処分申立事件における和解金として、80万円の支払を受けている。


【争点】

(1)頸髄中心性損傷の有無(後遺障害等級が5級か14級か)
(2)原告の損害額
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)前提
 ア 頸髄損傷は、脊髄損傷のうちの頸髄部分の完全な損傷であり、頸髄中心性損傷は、頸髄の不完全損傷のうちの中心部の損傷であり、神経症候学的に下肢よりも上肢に強い運動障害、感覚障害をきたす症候群であるところ、その臨床的特徴として、
  ①下肢より上肢に強い運動麻痺
  ②多くは過伸展強制損傷
  ③多くは非骨傷性損傷
  ④急激な四肢麻痺
  ⑤多彩な感覚障害
  ⑥膀胱機能障害
  ⑦麻痺の回復は下肢、膀胱機能、上肢の順で手指巧緻運動障害が最後に残り、歩行機能は回復するものの手指機能の回復は良好ではない
  ⑧感覚障害の回復順序は不明
  ⑨比較的予後良好
などが挙げられている(書面尋問における証人Eの供述書(以下「E医師供述書」という。)及び同添付文献)。
 イ 自賠責保険において、提出された画像において脊髄の髄内輝度変化等の異常所見が認められず、腱反射異常や病的反射などの神経学的異常所見が認められないことを理由として、頸髄中心性損傷は認められないとされていることころ、
   本件事故から約10日後の平成30年6月1日時点において、原告に腱反射異常や病的反射がないことは、E医師自身がE医師神経学的所見において診断しており、髄内輝度変化等の異常所見がないことE医師意見書及びE医師回答書でも前提とされている。
   この点につき、E医師回答書及びE医師供述書では、軽微な頸髄損傷の場合にはMRIで輝度変化がはっきりしないこともあり得るとして、その理由として、
  Ⅰ)E医師供述書添付の文献記載の臨床的特徴が存在し、とりわけ受傷時の筋力低下が大きく下肢のMMT(徒手筋力テスト)がゼロ(筋収縮なし)であったこと
を挙げているほか、
  Ⅱ)同文献の記載内容を引用するので、以下、検討する。

(2)上記Ⅰ)の検討
 ア 原告の飲酒の有無
  a)E医師の診断の大きな根拠の1つとして、原告の受傷時のMMT(徒手筋力テスト)がゼロ(筋収縮なし)であったことが挙げられているところ、Bセンターの本件事故直後の診療録には、MMTにおいて、上肢の両側屈曲位は2(可)、伸展は1(不可)、下肢はほぼ完全麻痺とされ、下肢は知覚高度低下とされているにもかかわらず、本件事故から約10日後のE医師神経学的所見では、下肢につき、4(優)に回復し、その約3ヶ月後には5(正常)に回復しているのであって、このような下肢のMMTの急激な回復状況からすれば、前記の臨床的特徴の①、④及び⑦に外形上合致するとも考え得るところである。
   しかし、以下の理由により、下肢におけるMMTの急激な回復状況は、原告が本件事故当時に飲酒していたことが大きな理由であると解するのが相当である。
  b)以下の記載は、原告が本件事故当時ビールを6本程度飲んでおり、足元が大きくふらつき知覚もかなり低下しており、上肢もアルコールの影響でスムーズには伸展できなかったであろうことを示すものである。
  ・本件事故直後のBセンターの診療録には、救急搬送途中に原告が尿意を訴えて消防署に立ち寄った際に、歩行可能であって上肢も伸展していたとの救急隊員からの話が記載されていること
  ・1時間で転院となったC大病院の診療録には、転院直後の平成30年5月23日午前0時の血液検査時に、原告に明らかなアルコール臭があり、神経学的所見の評価は困難であったと記載されていること
  ・同日午前2時37分の診療録には、入院時の救急外来からの申し送りとして「ビール6本飲んでいる。」との極めて具体的な本数の記載があるほか、原告において両上肢の痺れが強く伸展できないと申告しつつ、実際には伸展可能であり、酔いもあり辻褄が合っていないと記載されていること
  ・その他アルコール臭の影響で診察に協力的でないと記載されていること
 イ 徒手筋力テスト(MMT)の数値の推移
  a)E医師神経学的所見による下肢のMMTの数値の推移(本件事故直後はゼロ、約10日後に4(優)、約3ヶ月後に5(正常))は、本件事故当時の多量の飲酒が大きく影響していることを示すものである。
   同様に、本件事故直後に上肢の伸展が不可であったとの原告の主張は、前記のアルコールの影響を考慮すると、これを採用できない。
   したがって、MMTの数値の推移、とりわけE医師が大きな根拠とする本件事故直後の下肢のMMTゼロ自体が事実であるとはいえず、頸髄中心性損傷の存在の根拠となるものではない
  b)他方で、E医師神経学的所見による上肢のMMTの数値の推移において、手指伸展及び手指屈曲のみが令和2年6月18日時点でも4(優)にとどまっていることからは、原告が主張する、頸部から肩にかけての痛み、しびれ、両手のしびれ等の症状が、本件事故により生じたものであることは認めることができる。
   なお、上記所見において、左の握力が10kg、6.5kg、9kgとの不自然な経過を辿っていることを考慮すると、上肢のMMTの数値もそのまま採用してよいのかは疑問が残るところであるが、他覚的所見のない神経症状が存在したという限度原告の後遺障害を認めることの支障となるものではないというべきである。
 ウ 臨床的特徴の総合的考慮
   以上によれば、E医師が頸髄中心性損傷の診断の根拠とする臨床的特徴のうち、①、④及び⑦は理由とならず、②は本件には該当せず、⑥は認められず、③、⑤、⑧及び⑨はこれらだけで頸髄中心性損傷の根拠とはなり得ない一般的かつ抽象的な要素であるから、臨床的特徴の観点からも、原告が頸髄中心性損傷であると認めることはできない

(3)上記Ⅱ)の検討
 ア E医師は、E医師供述書において、軽微な輝度変化では輝度変化がはっきりしないこともあることの根拠として、添付文献(略)を参照されたいとして、「軽微な損傷ではMRIではT1等信号、T2等信号にみえます(輝度変化なし)」、「MRIでT1低信号、T2高信号は予後不良因子といわれています」と記載している。
 イ 添付文献では、前者についての記載は見当たらず、「画像診断では、早期MRIにてのT1等信号/T2等信号が挙げられている」との記載があるのみであり、T1(縦緩和時間)強調像及びT2(横緩和時間)強調像における高信号(白色)と低信号(黒色)の意味内容についての説明もなされていない。
   後者については、添付文献に記載はあるものの、本件では、高信号わずかにあるかないかの程度(Bセンター)、明らか高信号を認めない(C大病院)とされるにとどまっており、E医師において、何が低信号で何が高信号でどのような場合にどのような損傷が考えられるか、それが本件の診療録のどの記載から具体的に裏付けられるのかの具体的な説明はなされていない
   以上によれば、E医師は、単に、MRIの画像診断において明確な輝度変化がなくても損傷が生じている場合があり得るとの一般論を述べるにとどまるにすぎず、本件において原告に本件事故当時頸髄の中心部に損傷があったことを認めるに足りるものではない。

(4)小括
   以上によれば、本件事故により、原告の頸髄の中心部に損傷が生じたことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
   したがって、原告が主張する後遺障害等級5級相当の後遺障害があるとは認められないから、他覚的所見の認められない神経症状が存在する限度で原告の後遺障害を認めることとし、後遺障害等級14級を前提として、以下、原告の損害額を検討することとする。

(5)原告の損害額 略

(6)結論
   原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償金合計186万2204円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、本件事故直後の原告の下肢のMMTがゼロ(ほぼ完全麻痺)とされたことには、事故当時の多量の飲酒が大きく影響していることを指摘した上で、主治医が頸髄中心性損傷の診断の根拠とした臨床的特徴を総合的考慮して、原告の頸髄中心性損傷を否認した事例です。
   本裁判例は、診療録に記載された本件事故当時の多量の飲酒の影響を考慮すると、MMTの数値の推移(本件事故直後はゼロ、約10日後に4(優)、約3ヶ月後に5(正常))、とりわけE医師が大きな根拠とする本件事故直後の下肢のMMTゼロ自体が事実であるとはいえないことから、E医師が頸髄中心性損傷の診断の根拠とした臨床的特徴のうち、①(下肢より上肢に強い運動麻痺)、④(急激な四肢麻痺)及び⑦(麻痺の回復は下肢、膀胱機能、上肢の順で手指巧緻運動障害が最後に残り、歩行機能は回復するものの手指機能の回復は良好ではない)を否認し、その他の特徴についても否定的に評価して、上記の結論を導いています。

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